番茶の最近の記事

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お待たせしました! 好評のタイコーヒー、それも日本ではわずかに一社しか輸入してないという貴重品です。缶コーヒーやインスタント・コーヒーの原料になるロブスタ種ではありません。タイ・コーヒー生産量のわずか1パーセントしかない、稀少なアラビカ種です。標高1450mという限界に近い高地で穫れる豆で、全てを手作業で収穫し、皮剥き、洗浄、選別と、手間をかけて作ってます。


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今回の豆の産地は「チェンライ県メースワイ郡メチャンタイ村」です。この豆を仕入れに行った日本人バイヤーさん、タイ北部ではもっとも有名な産地であるドイチャン村に行ったんだが、立派な工場が作られ、あちこちから原料豆を買い付けて製造していたので、そこでは仕入れるのをやめて、もっと山奥の村まで行ったそうで。そこではまだ工場も作られてなくて、周辺の傾斜地で無農薬で作られた豆を、庭先みたいな露地で作業をしていた。確実に、メチャンタイ村だけで作られたコーヒーです。チェンマイの少数民族が作るコーヒーは、日本ではまだあまり知られてないんだが、アメリカではスターバックスが扱うようになり、ヨーロッパでも年々、評判が高くなっている。メチャンタイ村は貧しい事で知られるアカ族の地で、麻薬栽培に代わる現金収入のために、国連やタイ王室が50年間かかって育てて来た事業で、ここ数年、やっと世界市場で戦えるところまで漕ぎ着けた。中南米の大資本農園で機械化されて大量生産される豆と比較すると割高なんだが、その分、確実に、味は違う。アラビアのモカ、ハワイのコナが入手困難となった今、これだけ香りが高く、フルーティな酸味のあるコーヒーは他では手に入らない。

_DSC4000_300.jpg 税・送料込み 1100円
<タイ国メチャンタイ村アカ族アラビカ種AA級コーヒー 100g×2>
タイ王室がフェアトレードで始めたコヒー栽培事業、50年の成果が、メチャンタイのコーヒーです。希少な、香りと酸味に優れた豆です。中炒りですが、個性を活かすために若干、浅めのローストです。焙煎済み、挽いてありません。

_DSC3997_300.jpg 税・送料込み 700円
<タイ国メチャンタイ村アカ族アラビカ種ピーベリーコーヒー 100g>>
メチャンタイのコーヒー豆の中でも、ピーベリーと呼ばれる特に選抜された特級品です。通常、コーヒー豆はひとつの実に2つの豆が入っているのだが、稀に、1つしか入ってない実がある。豆は小さく、丸い。同じ産地の同じ品種でも、このピーベリーは味が良いと言われていて、高額で取引されます。数に限りがございます。お早めに。焙煎済み、挽いてありません。

なお、生豆が欲しい方、大量に仕入れたい業者の方などは、バイヤーさんに繋ぎますのでメール下さい。

カロリー半分!

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もうすぐ再入荷!

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さて、老い先短いおいらは、土日もなく走り廻って仕事してます。炒り玄米粥が好評で、ただいま増産の手配をしている。無農薬・無施肥の自然栽培米を仕入れるというのが難関で、なかなか量が集まらない。そういうコメを作っている人のほとんどが、「自分が食べるために作っている」わけで、売るほどの量は持ってない。「それ、全部売って、自分は安い農薬米買って食えよ」と脅して、強引に奪ってますw 薪炒り番茶KKの玄米粥は薪炒り番茶で煮るので、完全ビーガン、厳しい菜食主義の方でも安心してお召し上がりいただけます。しかもヘルシー。おまけにカロリーは白米の半分! まさに攻守に敵なし、オススメは、保温ポットで1時間以上。忙しい朝セットして、5時間後の昼食にピッタリです。毎日の昼をコレにすれば、ダイエット効果バツグンですねw

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昨日は東京に行ったんだが、帰りに東名で大渋滞に巻き込まれて大変だった。原因はコレ。2車線を塞いで事故った黒ベンツ。窓ガラスはスモークだし、そこはかとなくヤクザっぽい車だw おまけに御殿場・沼津間が通行止め。もちろん都内も渋滞まみれで、日本社会の非効率の原因の多くが、渋滞のせいではないのかw

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今年の新米です。26.2kg入荷。引き続き15kg。焦がす事なく、ポップコーンのように弾けさせるのには、良い釜と、優れた技術が必要だ。

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<炒り玄米の番茶粥セット 6食分(2食分×3)>
弱火で20分間コトコトと煮るだけでカンタンに作れる番茶粥セットです。一人前ずつ小分けされているので、とても便利。コメは、無農薬・無施肥の自然栽培米です。番茶ももちろん、無農薬・無施肥の自然栽培茶。「日本の食」を追求して来た豆州楽市、薪炒り番茶KKが辿りついた、ひとつの結論です。

51b9pCGkZQL300.jpg¥2298

サーモス 真空断熱スープジャー 380ml マットブラック JBI-383 MTBK
温かいシチューやスープから、冷たいサラダやフルーツまでOK
開けやすい、サーモス独自の2ピース密閉構造
ステンレス魔法瓶と同じ構造だから高い保温・保冷力
外フタ・内フタは食洗機対応 (本体は除く)
内フタ底面がフラットだから洗いやすい

51eJBMzuNKL.300_.jpg¥1973

サーモス 真空断熱スープジャー 300ml ホワイト JBU-300 WH
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おいら、ビーガンとか、マクロビ信者とか、ダイエット女子とか、基本的には大嫌いなんだが、味のしない野菜を「自然の甘みが」とか言ってみたり、何か一つ食うたびに15分間演説ブチあげるとか、偏食の別名・ダイエットとか、バッカじゃねーの、と思うんだが、そんなおいらがあえて、オススメしようというのが、コレ。炒り玄米の番茶粥です。玄米は栄養素が豊富で健康に良い。そんな事は誰でも知っているんだが、消化に悪く、味も良くない。そこで炒って、アルファ化させる。それを番茶で煮る事によって、玄米なのに、消化が良くなる。味も、薪炒り番茶KK自慢の番茶で、香り高く、食べやすくなってます。作り方は簡単で、炒り玄米と番茶のティーバッグを20分から30分煮るだけ。ちなみに白米のカロリーと比較すると半分で満腹感が得られるので、ダイエットにも最適。ただし、消化が良すぎてすぐに腹が減るという欠点もあるがw あと、玄米と言っても、普通の玄米ではダメ。無農薬米に限る。コメの農薬はヌカに溜まるので、無農薬米でないと玄米は怖くて食えない。薪炒り番茶KKのスタッフが作ったこのコメは、正真正銘、無農薬・無施肥の自然米です。もちろん番茶も無農薬・無施肥。マクロビ業界では、「究極の養生食」と呼ばれてます。粥と言っても、普通の白米のお粥みたいにベタベタしない。お茶漬けみたいなサラッとした食感です。

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20分から30分も煮るの、かったるい、ガス代勿体ない、そんな人にオススメなのが、「サーモス」だ。最近大流行の保温ジャーで、300mlとか380mlといった小さいサイズが人気。会社の事務員おばちゃんのお弁当は、みんなコレですw 温かいご飯をそのまま会社に持って行ける。そこで、朝、自宅でサーモスにひと袋の炒り玄米粥セットを入れて、熱湯。1時間で食べられるんだが、昼休みまで5時間経過しても、大差ない。300mlだと、ほぼ水分が吸収され、380mlだと、玄米粥スープが残ります。まぁ、どっちでもいい。サーモスはアメリカの会社かと思ったら、日本の会社ですね。

日本酸素は、1978年に世界初のステンレス製真空断熱魔法瓶を開発・発売。1980年9月には日酸サーモを設立し、魔法瓶事業を行っていたが、1989年にイギリス、アメリカ、カナダのサーモス・グループを傘下におさめ、続いて本家に当たるドイツ社も取得した。
その後、2001年10月に旧日本酸素の家庭用品事業部門であるサーモス事業本部を会社分割し、日酸サーモと統合して、サーモス株式会社が設立された。現在は大陽日酸の完全子会社である。 商品開発、技術開発、品質管理などの機能を金属加工で有名な新潟県燕市の新潟事業所に置く。

朝、7時に炒り玄米セットと熱湯をサーモスに投入。昼になって食べる頃には、60度くらいと、ちょうど食べやすい温度になってます。ちなみに一食分の

カロリーは白米の半分

毎日の昼ごはんをコレにしたら、オカズに何食っても、きっと痩せるw

18102502.jpg 税・送料込み 980円
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サーモス 真空断熱スープジャー 300ml ホワイト JBU-300 WH
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さて、とっておきのピーベリー、浅煎りにした物をテイスティングしてみた。いつも深煎りのコーヒー飲んでいるので、おいらの好みではないんだが、コーヒー豆のキャラクターは浅煎りの方がハッキリ判る。もうね、淹れてる最中から全然違う。素晴らしい香気です。京薩摩のデミカップに注いで、口まで運んで、そこで手が止まった。飲むのがためらわれるほどの、香りの洪水。高貴でフルーティーなその香りだけで、もうお腹いっぱいという感じw さて、味なんですが、苦味は薄くて酸味が勝っている。コーヒーの苦味というのは、深煎りにすればいくらでも調節できるわけで、良い酸味のコーヒーというのはまことに貴重だ。ハワイのコナも、アラビアのモカも入手困難な今、コレは素晴らしい。欧米のバイヤーがこの豆に目をつけて買い漁っているそうだが、日本のコーヒー商社はまだ手を付けてないので、日本にはあまり入ってない。実は、この豆は2014年産で、ちょっと古いんですね。最近ではニュークロップと呼んで、摘みたての新しい豆が喜ばれる風潮なんだが、昔はコーヒー豆というのは「寝かせる」物だった。戦前、ブラジルの産地では、三年間寝かせた豆を出荷していた。エージングの効いた豆の方が、味は落ち着いてまろやかになる。もちろん、生豆での話です。それも、気温25度を越えないちゃんとした倉庫で保管しての話。なので、おいらの若い頃には、「戦前のコーヒーの方が美味しかった」と嘆息する爺ぃとか、いたもんだw もちろん、おいらは戦前のコーヒーの味なんか知らないがw これは是非、ブレンドなどせず、単味で、しかも砂糖もミルクもなしで味わって貰いたい逸品です。
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豆州楽市のコーヒー・プロジェクト、着々と進行中です。何種類かの豆をテスト中。これは最上級の希少なピーベリーです。タイはアジアで三位というコーヒー豆の大産地なんだが、その99パーセントはインスタントやペットボトル用の安いロブスタ種で、わずか1パーセントだけが、高級種のアラビカ。その中でも、もっとも評価の高い、チェンライ県メスエイ郡メチャンタイ村のアカ族による栽培です。標高1450mという高地で、明けがたには気温が10度まで下がる。おいらも経験してます。あのあたり、朝、メシを食いに出ると、吐息が白いw 昼間は30度以上まで上がる。この気温差が、風味豊かでコクのあるコーヒーを育てる。値段は高いです。タイのアラビカ種は、王室のプロジェクトで始まった事業で、フェアトレードでしか出荷されていないので、商社が介入しない分だけ、高いw これは現地で事業をやっている日本人が村でアカ族から直接買い付けた豆で、じゃあ、王室のフェアトレードより安いのかというと、むしろ高いw 何故なら、それだけ質が良いからですw 

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おいらの行きつけ、エアストリームのロースト屋さんです。焙煎職人さんに、浅、中、深煎りと、三種類作っていただいて、テイスティング。アジアのコーヒーというと、酸味が控えめで香気が弱いモノが多いんだが、これは真逆で、酸味が強く、香りが高い。コナ、キリマンジャロ、モカなどの系統ですね。良い酸味のあるコーヒーは少ないので貴重です。山の傾斜地で、貧しい山岳少数民族アカ族が、ひとつひとつ手で摘んでハンドピッキングで不良豆をはじき、選別した豆です。大産地の大量生産とは違う。値段が高いのはしょうがない。焙煎も、専門の職人さんが少量ずつ、丁寧に仕上げる。それを、50年間、コーヒーを淹れ続けてきたおいらがドリップで淹れるんだから、まぁ、それ以上の説明は不要だろう。

特注のテニスセット

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こういうのは「スナックセット」とか「テニスセット」と呼んだりするらしい。こちらと同一の型かも知れない。神戸や横浜の絵付け工房では、磁器の産地から白ボディを仕入れて、絵付けをして、輸出商社に納めていた。裏に銘が書かれているんだが、達筆すぎて読めない。萩の花咲く月夜に番の鶉が描かれていて、絵は上手です。明らかに本職の画家によるもの。特注品のようで、注文主のイニシャルらしい物が金で書かれている。明治の輸出磁器を代表するような作品です。

青木兄弟商会

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今も「青木龍山清高工房」として残る、有田焼の名門です。明治14年から盛んに輸出磁器も作っていた。

廃藩後、明治14年、私の曽祖父青木甚一郎は、外尾山の共同窯の権利を買い取り、弟の栄次郎と共に、青木兄弟商会(あおきけいていしょうかい)を立ち上げました。「かくあお」のブランドで、国内外向けの日常品から貿易用の美術品までを手広く手掛け、神戸に、貿易を主とした支店もその頃作ったと言うことです。その後の事業は、俊郎と祖父重雄(滋雄)兄弟に引き継がれました。

「大日本肥前 有田青木製」「の銘は、輸出磁器に使われていて、こちらにも紹介されてますね。現代物だと言っても通用しそうなデザインの文様で、飽きの来ない良いデザインですね。

加藤繁十のデミタスカップ

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加藤繁十のデミタスカップです。瀬戸には「加藤」を名乗る陶工がいっぱいいて、いちばん有名なのは加藤唐九郎だろうが、このサイトでも加藤五助加藤五輔は以前、取り上げている。

加藤繁十家は清栄軒と号して瀬戸の印所地区で江戸時代から昭和時代の約100年間、四代にわたって活躍した磁器窯屋です。瀬戸の窯業史の中でも大変革の時代において、繁十は染付磁器に始まり、名古屋・横浜などの輸出港で絵付した作品、釉下彩、マンガン釉・青磁釉などのその時代を象徴する作品に取り組み、また登窯や焼成方法の改良などの技術開発にも余念がなく常に瀬戸の窯業界をリードし、実に多彩な作品を生み出していきました。

やはり、名工の名が高い人のようです。このカップは、多分、1882年頃。二代目か三代目だと思われる。日文研データベースによれば、同じ筆致の署名が確認されます。1882年製の壺の署名です。明治15年。特に外国人に媚びるわけでもなく、ずっとやってきた手法で、ボディが洋風のコーヒーカップというだけですね。落ち着いた絵柄で、今でも実用で使えそうだ。

もうすぐ発売! 茶腹も一刻

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玄米が健康に良いくらいの事は誰だって知っているんだが、唯一の欠点は「消化が悪い」んですね。玄米食うと腹壊すとか、胃の調子が悪い時にはちょっと、とか、そういう人も多い。そこで、「炒り玄米」だ。炒り玄米というのは古来より、「非常食」としても食べられて来た。

玄米を炒って保存しておくと、炊飯器を使わずに「蒸す」という方法でも美味しく柔らかな玄米をいただくことができるし、水さえあれば玄米粥や玄米雑炊にも簡単にアレンジができるという。もし電気やガスといったライフラインが断たれても、炒り玄米はそのままポリポリとおいしくいただくこともできるため、究極の非常食ともいえる。

忍者メシみたいな感じですねw 関東の人はあまり馴染みがないかも知れないが、関西では茶粥というのは定番で、昔の商家とか農家とか、三度三度コレを食べていた。水っぽくフヤケているので、少量ですぐに腹一杯になるw 農家では雑穀ですね。炒り玄米で作ると、香ばしくて良い物です。マクロビ業界では「究極の養生食」と呼ばれ、固形物が喉を通らないような病人にはスープとして、汁だけを飲ませたりする。薪炒り番茶KKのこのセットは、30gの炒り番茶と、ひと袋の薪炒り番茶が入っていて、一緒に20分以上、コトコトと煮ます。500mlがオススメですが、スープ少なめが良い人は400mlでも良い。消化の悪い玄米も、炒って、煮てあるので、極めて消化が良くなっている。これに塩分を足せば完璧で、オススメとしては豆州楽市の天日塩とか、塩だけで漬けた梅干しとか。炒り胡麻を振っても良い。炒り玄米が良いのは知られていたところなんだが、自分で炒るのはなかなか面倒で、うまく行かない。コレは薪火で炒ってあるので、そのまま使えます。

あと、もう一つ。こっちの方に関心のある向きもあるだろうが、「痩せる」んですw ダイエットには最適w というのも、茶粥は水分で膨らんで量が多く見えるだけで、カロリーは少ないんですねw 一般的にご飯一膳は140gで235kcalなんだが、炒り玄米の番茶粥は105kcalです。半分以下。糖質制限、カロリー制限にはうってつけ。そら、ダイエットだわw それでもお粥なので、とりあえず腹は膨れる。これを古人は「茶腹も一刻」といいますw 昔の商家でコレが重宝がられたというのも、使用人にたくさんコメを食われたくないからw 逆に農家では、すぐに腹が減るというので、コレを一日5回くらい食っていたらしいw 

18102502.jpg 税・送料込み 980円
<炒り玄米の番茶粥セット 6食分(2食分×3)>
弱火で20分間コトコトと煮るだけでカンタンに作れる番茶粥セットです。一人前ずつ小分けされているので、とても便利。コメは、無農薬・無施肥の自然栽培米です。番茶ももちろん、無農薬・無施肥の自然栽培茶。「日本の食」を追求して来た豆州楽市、薪炒り番茶KKが辿りついた、ひとつの結論です。

熊野野生茶

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野生茶です。場所は、というと、

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熊野の山中。地主と話が付いたので、春になったら手摘みの野生茶を作ろう。もちろん、市販するほどの量は作れない。西日本には、山の中に自生している野生茶があちこちにあるので、物好きな人はやってみたらいいと思う。野生茶はおいらも飲んでいるが、深いコクがあって、次元の違う美味しさです。プライスレスそのものw

坂ノ

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アメリカの業者から購入したんだが、前のオーナーが50年以上所有していたそうで、古いのは間違いない。裏に「坂」あるいは「坂ノ」と書かれているんだが、それがなければ日本製だと見えないかも知れない。モダンな文様です。ご覧のように、コーヒー入れると透けて見えるほどに薄い。絵柄からすると、京焼系の絵付師の仕事にも見えるんだが、絵付師は移動するのでどこ製なのかは不明。生地は瀬戸とか有田とかの型物量産品です。神戸でも横浜でも名古屋でも、そうしたボディを産地から仕入れて、絵付けするという工房がたくさんあった。華やかでウキウキする絵柄で、楽しくなって来るw

横浜・高山造

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明治時代の横浜の絵付師、高山造です。以前にも紹介した。こちらにもある。横浜山水という言葉があるんだが、高山造の絵は、山水だけでなく、鳥や花も描かれている。おいらの持っているのは三点だが、どれも農村の自然の風景にからめて、鳥と花が描かれている。緻密で破綻のない熟練の筆使いで、金持ちの応接間のキャビネットを飾るにふさわしいw 横浜からはアメリカ行きの船がしょっちゅう出ていたので、絵付け工房が多かった。距離的にも東京が近いので、優れた絵描きがいたし、外国人も多いので、マーケットリサーチも完璧ですw

本日発売! 売り切れました!

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理想の茶園を探し求めて辿りついた地は修験の里だった。かつて行者たちは、この里から信仰を求めて山に分け入ったという。静岡県葵区ずしゃだち。薪炒り番茶KKが管理するずしゃだち茶圃からお送りします。

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セカンドフラッシュの紅茶は「月蝕萎凋紅茶」として発売、1時間で売り切れましたが、待望のオータムナル、秋摘み紅茶が出来ました。秋の紅茶らしく、濃厚な旨みが特徴です。手摘み・手揉みで、少量ずつ炭焙で仕上げました。100度以下の低温炭焙は、中国でもキームン紅茶の最上級品を作るのに使われる手法で、高度な技術と、ていねいな作業が要求されます。とてつもない手間がかかっているので、ちょっと高い。でも、世界中どこのお茶でも、このクオリティと手法だったら、こんなもんだろう。24セット限定ですが、自家消費分があるので、売り出せるのは18セットだけです。

karasu300.jpg 税・送料込み3000円
<ずしゃだち秋摘み紅茶 50g リーフ>
薪炒り番茶KK秘伝の月光萎凋と、宮内庁御用達のお茶を作るのに使っていた乾燥機で仕上げた、手作りの紅茶です。市販分は18セット限定です。売り切れご容赦。

オールドノリタケ最盛期

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1920年あたりのノリタケです。デミタスサイズの可愛いカップ。オールドノリタケとして評判の高い時期で、デザイン的にも洗練されて、グローバルな雰囲気だ。明治の異国情緒を売りにしていた頃とは違う。アップにしたのは、ラスター彩に金盛りと、豪華です。この当時のラスター釉薬は危険物で、皮膚や肉を溶かしてしまう。事故で職工の指が失われるなどのトラブルも多かったらしい。今でもラスター釉薬はべらぼうに高価で、モノによっては1gで1000円以上します。
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薪炒り煎茶の第一弾はリーフだけの発売で、100袋がほぼ一日で完売したんだが、今回は500セット用意したので、しばらくは保つと思う。ティーバッグです。普段はペットボトルを飲んでいる人に、ぜひ、本物のお茶を味わっていただきたい。「本物」とはどういう事か? 耕作放棄されて10年以上、自然に還った茶園を整備し、もちろん無農薬、それどころか肥料も与えず、山の厳しい自然が育てた味です。薪炒り番茶KKの自然栽培茶は、番茶を作るために刈り込んだ耕作放棄茶畑を、その後、2年間、農薬も肥料も与えずにじっくりと樹勢を回復させ、3年目にやっと、機械刈りが出来るまでになります。耕作放棄された茶畑を何年もかけて自然栽培茶の農園に作り上げていくという、気の長いシステムですw 今年はやっと、これだけ。来年はもう少したくさん作れる。再来年にはもっとたくさん作れる。製茶作業も、日本式の大量生産ではなく、高級中国茶に使われる釜炒り、炭焙の手作業で作りました。豆州楽市と薪炒り番茶KKのコラボ商品です。独占販売です。

makisent_300.jpg 780円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 ティーバッグ 3g×10個>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

横浜山水 陶栄舎

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高台の裏に「横浜焼 陶栄舎」と書かれているんだが、陶栄舎については資料が見当たらず不明。横浜焼というのは、Wikipediaにも項目があるくらいで、割と知られた言葉です。

横浜は開港するまで半農半漁の小さな寒村で焼き物の産地としての歴史はなかった。しかし、1859年7月1日(安政6年6月2日)の日米修好通商条約や明治政府の殖産興業政策を機に、生糸貿易や日本の伝統工芸品の輸出が盛んに行われるようになった。輸出される伝統工芸品で日本の焼き物は欧米諸国で非常に高い評価を受ける。 中でも横浜での焼き物の生産のパイオニアだったのが、宮川香山(真葛香山)である。彼が造る焼き物は海外では「マクズ・ウェア」とも呼ばれ、1873年(明治6年)に初めて出品されたウィーン万国博覧会では名誉金牌を受賞し、その後世界の万国博覧会で数々の最高賞を受賞する。横浜の焼き物は宮川香山を筆頭に世界から注目を浴びるようになり、海外からの需要は増え日本各地から続々と陶工が横浜に一旗揚げようと横浜に開窯する。また廃藩置県により藩窯として製作し続けていた職人も職を失い、活躍する場を横浜に移す者もいた。焼き物を地場の産業として栄えた横浜はその後、陶磁器を製造する窯・製陶所や商店が増え一時期は数百名もの横浜焼に携わる人が居たと言われている。

瀬戸や有田などの産地から白生地を仕入れて、横浜で外国人バイヤーの求めに応じて絵付けをする、というのが、当時、大産業だった。産地から陶土磁土を仕入れてボディから焼く、というのもあっただろうが、商売としては白生地を仕入れて絵付けだけやるのが手っ取り早い。絵付師は日本画の画工出身も多かったと見えて、「横浜山水」という言葉もある。「横浜山水」「なんて言葉、Wikipediaどころか、グーグルでも出て来ないw 「神戸山水」という言葉もあるw 横浜、神戸といった輸出港にあった絵付け工房で描かれた山水画のアイテムをそう呼びます。この絵のように「鶴」が描かれたのは「竹鶴物」とも言う。それもまた、グーグルで出て来ない言葉だw 世の中には、グーグルさんも知らない秘密がまだまだたくさんあるw 横浜焼は関東大震災や横浜大空襲などで歴史が途絶えてしまうんだが、1921年くらいまでが最盛期になります。

もうすぐ発売!

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南アルプスの隠し茶畑、ずしゃだちの紅茶です。樹齢70年以上、耕作放棄されてから15年以上という、理想的な茶畑です。もちろん在来種で、農薬も肥料も、15年間以上使ってません。農薬は、地主さんの話だと「使った記憶がない」そうで、この標高になると寒くて虫も出ないらしいw この、理想的な環境で、日本古来の在来種の茶樹、薪炒り番茶のために刈り込んだあと、数年かけて自然栽培の茶畑に再生しているところです。今年からやっと、少しずつ生産に入りました! セカンドフラッシュの紅茶は「月蝕萎凋紅茶」として発売、1時間で売り切れましたが、待望のオータムナル、秋摘み紅茶が出来ました。秋の紅茶らしく、濃厚な旨みが特徴です。なお、今回より、修験の修行の地にふさわしいキャラとして、「カラスの天ちゃん」を作りました! 山のお茶だけに使用を許される、カラス天狗印ですw
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オールドノリタケのいかにも和風な絵柄なんだが、裏印からすると1906-1925年あたりの英国輸出向けではないかと思われるんだが、富士山、寺社仏閣、美人と、ジャポニズム満載ですw この時代、腕の良い絵付師は良い商売で、なんせ職人なので、月に4、5日、懸命に描けば、あとは遊んでいられたらしいw カネは持ってるし、遊び好きなので、安い芸者を囲うくらいの事はみんなしていたそうで、囲った芸者に店をやらせ、そこではノリタケの社員は無料で飲み食いしていたというw 名古屋の陶磁器業界は儲かっていたんだが、平社員は休みも少なく、給料も安い。経営者がメカケを囲うのはアタリマエの時代、天下のノリタケといえども平社員にそんな余裕はなかったが、タダで飲み食いして、ついでにオンナまで世話して貰って、代わりに仕事をその絵付師に出すという、まぁ、そんな時代ですw

残り100個になりました!

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自然栽培茶のティーバッグというのは、日本初だと思う。味の深さが違います。香りが違います。ひとつのティーバッグに3gの茶葉が入ってます。オススメは80度まで冷ましたお湯で、と茶師は言うんだが、おいらは何でも熱湯で淹れる人なので、熱湯で淹れてみた。湯量は350mlと、小さいペットボトルのサイズです。10分間放置してからテイスティングしてみたんだが、苦味はそんなに強くない。いい感じです。夏になるとホームセンターでよく売られている個人用の小さな魔法瓶みたいにいなヤツ。あれがやはり350mlのサイズですね。そんな感じでピッタリです。時間をかければ水出しも可能なので、朝、ティーバッグと水を入れっぱなしにして、昼飯に飲んだらスッキリして美味しい水出し煎茶になるだろう。

良いお茶だからこそ、ティーバッグにする。静岡の本職のお茶屋さんは、ティーバッグというと「安物」「売れ残りの処理」としか考えてないところが多い。薪炒り番茶KKは違う。良いお茶だからこそ、みんなに味わって貰いたいからこそ、ティーバッグにする。ペットボトルのお茶しか飲んだ事のない人に、本物のお茶を飲んで貰いたいからこそ、このティーバッグを作った。10個で780円、税・送料込みです。これで、ペットボトルより安いです。茶師の手造り、釜炒り、炭焙です。唯一の弱点は、「たくさん作れない」という、それだけw 売り切れご容赦をw

makisent_300.jpg 780円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 ティーバッグ 3g×10個>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

加藤五助と、加藤五輔は別人

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加藤五助と、加藤五輔は別人だという指摘があって調べてみたんだが、加藤五輔は本名が五助で、美濃の名工、五助は瀬戸の名工。どちらも染付の名手で、名人です。時代も明治で同じで、美濃と瀬戸は遠くないので、混乱するw こちらは五輔です。輸出向けの磁器ではなく、煎茶碗。「赤壁の賦」という有名な漢詩が書かれている。中国では絵を描く人と字を書く人は別で、字を書く人の方が位が高い。そこら辺の「格式」を意識してなのか、文字だけの茶碗です。小さな茶碗に、ていねいに漢詩が書かれている。

宋の元豊五年(1082)旧暦七月十六日夜、蘇軾が明月の下、客人と舟遊びして、覇を競って赤壁で大激戦をした魏の曹操や呉の周瑜の栄枯盛衰を偲びつつ、自分のはかない身の上を嘆き、無限の大自然の前では限り有る命しか持ち得ない人間は、英雄も流人も何等選ぶところが無い、儚いものであることを悟り、虚心に明月と長江の清風とを楽しみ、憂いを忘れた、という感慨を述べた歴史に残る名文である。

これで、山の自然茶をいただくと、非常に美味しいですw ちなみに五助と五輔の見分け方なんだが、「陶玉園」が瀬戸の五助で、「清陶園」が美濃の五輔です。

乾山焼きティーカップ

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尾形乾山といえば、日本の美術史に名を残す巨匠なんだが、その乾山が作ったティーカップですw しかもおいら、これ、2つ持っているw 種明かしをすると、乾山の名は、京都と江戸、それぞれで二代目、三代目と受け継がれ、京都では天保年間に絶えているが、江戸では七代目まで続いてます。ちなみに江戸乾山の七代目はバーナード・リーチですw バーナード・リーチは六代目の弟子で、七代目を継ぐ事になっていたんだが、「もう、そういうのは止めた方がいいだろう」というので、そこで江戸乾山は絶えた。乾山の絵付けはいかにも稚拙で素人っぽいので、誰でも真似ができる。仁清みたいに精緻な絵柄ではない。何故か、乾山の名前は誰でも自由に使えたらしく、みんな勝手に自称しているだけです。さて、これなんだが、京焼だと思われる。横浜開港で日本を旅した外国人は、名古屋で名古屋城を見物し、土産の陶磁器を買い、そこから京都に行ったという。京焼もそんな関係で、明治時代にはたくさん輸出されてます。これは乾山を名乗っているわけでもない、単なるコピー商品作りの職人の手による物で、京焼ではそういうのも多い。まぁ、本物の尾形乾山はティーカップなんか作ってないので、あながち偽物とは言えないがw まぁ、明治時代の京都で、土産物として売られていたのかも知れない。それにしても、いかにも乾山らしい土味と絵付けで、ティーカップでなければ、尾形乾山のホンモノでも通用しそうですw

横浜九谷 織田製

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「織田製」のフルデコレート九谷です。織田というのは、石川県から出て来た人で、産地から取り寄せた生地に横浜で絵付けをして輸出していたようだ。

生家は古くから陶芸品を手がけていました。焼き物を作りながら、九谷、伊万里、薩摩なども扱っていました。明治14年、祖父の織田庄作が横浜に出てきて弁天通り(現 関内の一角)に陶器店を開きました。九谷のほか、瀬戸からも陶器を取り寄せて販売していました。一時期、弘明寺(南区)に織田オリジナル陶器を焼くため、自前の窯を持っていました。人が立ったまま出入りできるほどの大きさで、使う電気で市電(路面電車)一両を動かすことができました。 関東大震災まで弁天通りで商売を続け、その後、元町一丁目に移りました。

非情に精緻な絵付けで、手間がかかっている。戦後まで、こうした製品が作られていたようで、九谷赤絵は根強い人気があったようだ。このカップはアメリカからの里帰りです。

棚が埋まった

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田代造 コバルト金彩縁 鶴絵

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フルデコレートなチョコレートカップです。田代商店。田代商店というのは戦前にはノリタケのライバルとまで呼ばれた大きな会社で、横浜、神戸、名古屋などあちこちにあった。中でも名古屋は絵付け産業の拠点で、瀬戸や美濃で作られた白生地が荷車で運び込まれ、絵付けされていた。絵付師は工場で絵付けする場合もあり、自宅で内職的に絵付けする場合もある。いずれにせよ座り仕事であって、肉体を酷使する労働ではないので、

ワシが殿様は陶器の絵描き 座り仕事で品がよい

と俗謡で唄われ、なかなか良い仕事だったらしい。ただ、景気不景気の影響が大きい。ところで瀬戸から名古屋に白生地を運ぶのは荷車を使うんだが、牛に牽かせると割れやすく破損率が高いので、人間が牽いたそうで、大変な重労働です。帰りは空荷なので楽ですねw 瀬戸と名古屋を結ぶ街道は二本あって、ちょっと遠廻りになるんだが、花街もあって賑やかな道があり、景気の良い時期には、みんなその道を帰ったらしい。だかといって女郎買いするわけじゃないんだが、気分がウキウキするだけでもいいらしいw 景気が良いというのはそういう意味もあるw 不景気だと、花街なんかそっぽ向いて山道をトボトボ帰りますw

チョコレート・カップ

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チョコレート・カップというのがあるわけです。今ではあまり聞かれなくなった言葉で、18世紀くらいには「チョコレート」というのがコーヒーや紅茶のライバルとも言える飲料だった。ホット・チョコレートというのは、ココアとはちょっと違うらしい。ココアより濃厚でドロドロとした飲み物だったようだ。上の写真は1744-45年にリオタールという画家の描いた「チョコレートを運ぶ娘」という絵です。手元をアップにしてみると、受け皿の付いた背の高いカップが描かれている。背が高いので、転げないように支える金具みたいなのも描かれているが、これは「マンセリーナ」と呼ぶ。

チョコレートカップは、コーヒーカップやティーカップに比べると器高が高く、「マンセリーナ」とよばれるカップを固定できる受台付きの皿の上にのせられているようである。マンセリーナは 1673年にチョコレートがこぼれても皿で受けられるように、底が丸いヒョウタンをのせる受台をつけた皿を発明したと言われるメキシコの副王マルケス・デ・マンセーラの名に由来するという

チョコレート・カップが転げないように受ける金具の名前が「マンセリーナ」。覚えておいても一生、役に立たない豆知識ですw 今では、チョコレートを固形にして食べる習慣が広がったので、ホット・チョコレートそのものがなくなった。

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さて、ウチのチョコレートカップたちです。左がオールドノリタケ。センターが「舞子」と銘が書かれているが、不明。右もオールドノリタケ。時代的には1911年から1921年あたりまでだろう。いずれも手描きで、一見して「デミタスカップの背が高いヤツ」といった感じです。

金彩手彩色武者図卵殻手(林造)

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明治開国から、外国人観光客が日本にドッと押し寄せるんだが、たいてい横浜から入って来るわけです。もちろん、横浜は輸出入の拠点でもある。あの時代の海外旅行はもちろん船旅なので、荷物がたくさん積めるんですね。一人20kgとか、そういうセコイ話ではない。土産買い放題w 船旅用のトランクは大きいのでビックリするよね。それで、この手の日本的な絵付けをした磁器は、「横浜土産」として有名だった。「林造」と署名があるが、調べてみると横浜の絵付師のようです。人物画を得意としていたようだ。という事は、単なる絵付け職人ではなく、日本画の素養があり、ちゃんとした修行をした人だろう。細かいだけの幾何学模様だったら職人でも描けるが、人物画はそうも行かない。プロなので、皿とカップで絵柄が違う。

手掛かりが何もない

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高台に何も書いてない。手掛かりが何もない。以上。というわけにも行かないので考えてみる。まず、ボディの整形はロクロ挽きではなく鋳込みです。磁土を水分多めにした泥漿を作って、石膏の型に流し込む。石膏型が水分を吸ったところで泥漿を捨てると、石膏型に貼り付いた薄い磁土のボディが得られる。明治維新当時はこの技術が瀬戸にはなく、しばらく経ってからもたらされた。絵付けはこちらの「雪竹造り」に似てます。簡略化された蝶とか。また、デザイン化された文様はこちらの小花散らしに似ている。ところが、小花散らしはやはり無銘なんですね。まぁ、絵付けが有田や九谷風ではないので、名古屋というのが濃厚だろう。サイズはちょっとこぶりの「モカサイズ」というヤツです。もっと厳密に調べるんだったら、絵具の色を見るといい。地域によって使う絵具が違う。名古屋は伝統的な色絵があまりなかった土地なので、輸入も含め、新しい絵具をどんどん取り入れているし、デザインも割と自由闊達です。というわけで、1870年から1890年くらいまでに瀬戸で作られ、名古屋で絵付けされた品物ではないかと愚考する次第であります。
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オールドノリタケ・金盛上朱縁芸妓図紋というんだが、小さなカップです。いわゆるデミタス。カップのサイズには3種類あって、貧乳・美乳・巨乳、じゃなくて、デミタス、モカ、ノーマルと呼ばれます。デミタスは知ってるだろうが、モカサイズというのは、デミタスとノーマルの中間サイズ。そして、こうした飾り目的のキャビネットカップでは、小さくて精緻な絵付けをした日本製品が人気だった。

キャビネットカップとは、実際に使用するためよりもキャビネットに飾って、インテリアの装飾として使われるために造られたもので、非常にデコラティブなものが多く、貴族や、お金持ちのために、1点、1点作られたものです。

ヨーロッパでは貴族やお金持ちの愉しみだったんだろうが、文化が民衆化して行くアメリカでは、中産階級までもがこうしたモノを欲しがる。そこに入り込んだのが、安くて高品質の日本製品です。これは1911年から1921年あたりの「森村組」です。森村組はノリタケの前身。名古屋で成長しつつあった陶磁器業界をまとめて、今の巨大メーカーにのしあがった。名古屋には明治維新直後から外国人や支那人の買弁が入り込んで買い付けをしていたんだが、態度が非常に横柄で、日本人を見下すようなふるまいが多かった。それが、日清日露の戦争で日本が勝利すると、次第に態度が変わって行って、最終的には対等につきあってくれるようになったそうでw

雪竹組

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アメリカから里帰りした「雪竹組」のコーヒーカップです。雪竹組は1805年創業で、鍋島藩窯を継いで高品質の磁器を焼いていた。実はこの会社、まだ生き残って営業している。今は問屋専業のようだが、こちらにサイトがあります。明治時代には盛んに海外の博覧会に出品しているので、輸出も盛んにやっていたのだろう。鶉(ウズラ)なんだが、磁器の絵にはよく使われます。今、日本のウズラ農家は絶滅寸前で、生産量が日本一といわれる豊橋市では7軒だけ、全国でも32軒、スーパー向けのパック卵を作っているのは8軒だけだそうです。おいらの知人が、趣味でウズラ飼ってたなw 市販のウズラ卵には、結構な確率で有精卵が混じっているらしく、そこから増やしたものですw
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ライバルは「ペットボトル」です。正直、豆州楽市でもっとも安いタイプの夏摘み茶をティーバッグにしただけなんだが、それでも市販のペットボトル茶よりは格段に美味しい。超深蒸しのマルキョー牧之原茶です。お茶の産地、静岡では、ペットボトル茶の横行で、茶葉の生産量が物凄く減っている。考えてみりゃ妙な話で、ペットボトル茶を作るのに茶葉は要らないのか? その答えはカンタンで、ペットボトルの茶葉は、三番茶、四番茶といった極端に安い茶葉を使い、しかも徹底的に成分を抽出してしまうので、必要とする量が少ないのだ。しかも、「モーターの上に積もった工場のホコリまで買って行く」と製茶工場のオーナーが証言するように、安けりゃいいという、質の低い茶葉を使っている。こちらは、マトモなお茶です。大きめのマグカップに、お一人様一個、熱湯でも美味しく淹れられる超深蒸しです。水出しでも淹れられます。急須も要らず用途の広い、便利なティーバッグ、なんと50回分でこの値段。35回分の「ちょっと一服」が980円です。一回28円のティータイムw 味は、夏摘みらしいパンチの効いた苦味もあり、事務所・会社の常用として定番の人気商品なので間違いがない。繰り返します。

ライバルはペットボトルです

なお、今回から内容量が2gから3gに増量されました。今までより濃いお茶になります。二番でも三番でも淹れられます。

fukamushi300-1.jpg 980円(税・送料込み)
<夏摘みティーバッグ35回分 牧之原マルキョー産 2018年夏摘み茶使用>

こだわりの超深蒸し茶です。豆州楽市オリジナル商品。熱湯でも淹れられ、水出しも可。用途の広い便利なお茶です。マグカップにポン!と放り込んでゆったりとティータイムを楽しめる、お一人様専用、無駄のない常用スタンダードです。

本年産の夏摘み業務用リーフ茶、発売開始!


<マルキョー>夏摘み茶 上 500g 1800円(送料・税込み)
価格の安いリーズナブルな夏摘み茶のリーフです。夏摘みらしい、パンチの効いた苦味が特徴で、水出しでも美味しくいただけます。ドン!とお得な業務用500gでの販売です。ぬるま湯で淹れると、苦味が抑えられて、スッキリと飲みやすいです。旨味もあって、色も夏らしい緑色。熱湯でも淹れられるし、水出しでも淹れられる。使い勝手の良い、便利で美味しいお茶です。

豆州楽市がお届けします。

高坂造・金彩八卦手彩色風景図

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高坂造というんだが、高坂というのは横浜にあった輸出商社です。横浜でも盛んに絵付けは行われていたんだが、横浜の会社は名古屋から完成品を仕入れたりもしているので、どこで絵付けされたのかは不明。高坂造は横浜焼の名門と呼ばれ、1905年のルイス・クラーク万国博覧会で金杯受賞というんだが、生地は産地から仕入れていたと思われる。磁器の焼成は1300度ほどの高温なので大変だが、絵付けは「錦窯」と呼ばれる小さな窯で、800度くらいで焼くので、割と簡単。絵付師が商売順調に行くと、自前で庭に窯を作ります。それまでは、錦窯を持っている工房まで運ばなきゃならない。焼く前の段階なので、こすれると剥げてしまう。こうしたカラフルな絵柄だと、二度も三度も焼くので、手間のかかりぐあいによって値段が違って来る。絵付師は専門の修行をした画家ではなく、ほとんどが単なる職人です。不景気になると人力車をひいて糊口を凌いだりしているw 多少は絵が描ける人が、「見本付け」といって見本を描き、下っ端職人はそれを見ながら真似して描く。欧米では、こうした日本のエキゾチックな磁器は、いわゆる「ファンシーグッズ」的な存在で、今でいうところのエスニック雑貨だろうか。日本人の経営する店が、アメリカ各地にあったようです。

プリント物のノリタケ

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手前2点がノリタケで、奥が東洋陶器。これらは印刷です。陶磁器の絵付けに印刷を使うのは昔からあって、銅版画の技術を使って紙に印刷し、それを転写するわけです。当初、転写用のシールは輸入品で、手描きより高かった。それで、日本では手描きの磁器が外国人向けに流行ったわけです。明治になって開国した日本には欧米からの観光客が押し寄せるんだが、横浜に上陸した彼らは小型船に乗り換えて名古屋までやって来る。陶磁器を買うためです。名古屋城を見物し、磁器を買い、そこから京都に向かうというのが定番の観光コースだったそうです。外国人は相場を知らないので、メチャクチャな買い方をする。幾らだ? と聞かれて、陶工が「20銭です」と指二本出したら、2円くれた、という話があるw これで名古屋で一気に絵付け産業が興り、瀬戸や美濃から運んできた白地の磁器に、維新で失業した大名のお抱え絵師がせっせと絵付けする。また、横浜に巣食っていた支那人の買弁も、大量に買い付けた。それらを統合していったのがノリタケで、ノリタケの絵付け工場では多い時には1000人の画工が働いていたという。ノリタケの創業は1904年で、明治37年。それ以前には「森村組」の名前で、地域の絵付け工場から仕入れた荷を輸出していた。

月光萎凋

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茶師たちが研修を兼ねて紅茶を作ってます。標高700m、南アルプスの麓の隠し茶畑。耕作放棄されてから3年経ち、自然のまま、無施肥で元気よく育ってます。日本茶は主に新茶で作られるが、紅茶、烏龍茶は二番、三番から作るというのが一般的です。

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今年の冬になったら、背後の伸び放題に伸びた茶樹も刈り込みます。

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薪炒り番茶KK秘伝の月光萎凋です。穏やかな深夜の空気のもと、ジックリ時間をかけて萎凋させます。

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薪炒り番茶KKの製法は、中国伝来のキームン紅茶と同じ製法です。薪と炭で作られます。今のところ手摘み、手揉みなので、値段も高くなるんだが、この製法でなければ成し得なかったクオリティに仕上がっていると思う。今年は何回か作れたので、秋が深くなった頃に売り出します。

薪炒り煎茶、残り少なくなりました。使いやすいティーバッグです。これが品切れになったら、来年の初夏まで薪炒り煎茶は作れません。

 豆州楽市がお届けします。

makisent_300.jpg 780円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 ティーバッグ 3g×10個>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

京薩摩越田・芸者付き

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京薩摩のデミタスです。越田というメーカー。

京都市古門前に店を構え、明治から昭和初期、そして戦後にも活動していた。特にアメリカ向けに生産。

京都らしい洗練された絵付けなんだが、カップの底にギミックがあって、芸者の顔が浮き彫りになっている。光に透かして見るとハッキリ見えます。この手のギミックはアメリカ向けとして人気があって、なんでもあちらではフーテンの寅さんみたいなテキ屋が、遊園地などでコレを売っていたらしい。日本人の問屋としては、代金がちゃんと取り立てられるか心配したそうだが、ああいう連中というのは勘定を踏み倒すと、その場所で商売できなくなるので、律儀に払ってくれたそうですw 芸者付きのカップは割とよくあって、生地屋がやる仕事なので、あまりコスト増にはならない。この手の製品の原価は、ほぼ7割が絵付け。それも金彩に使う絵具代です。

綿埜の九谷赤絵

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綿埜の九谷赤絵です。装飾性が強く派手な九谷赤絵は外国人に大人気で、製造が間に合わず、職人が引き抜かれて神戸、横浜など、日本中を渡り歩くというようなそんな時代だった。

綿野吉二    安政6年(1859)生、昭和9年(1934)歿
 綿野吉二は、明治10年(1877)、父 綿野源右衛門の跡を継ぎました。
 明治12年(1879)、パリに九谷焼の直輸出を試み、翌年、支店を横浜に移して販路拡張に努めました。京浜の同志とともに日本貿易協会を設立しました。
 明治15年(1882)、陶商同盟の頭取となりました。16年香港、17年シンガポール・広東を視察し販路の拡張をはかりました。
 綿野吉二をはじめ当時の陶器商人は、買弁(外国の貿易業者の仲立ちをする者)を通さず直輸出を望みましたが、非常に困難なことでした。これを実現させてくれた人が、後に第一高等学校長となった加賀藩出身の今村有隣で、有隣は、留学の経験や学んだ西洋の経済知識を生かして、吉二らの望みにこたえ、フランスへの直輸出の道と、パリでの現地販売の窓口を開き、ヨーロッパへの直輸出先を開拓しました。

職人が足りずに粗製乱造になるのを防止するために、自前で絵付け工房を構え、製品の品質維持に努めた。生地の製造も間に合わず、瀬戸や有田などから移入してます。明治になると、九谷焼といっても、生地は他産地、絵付けも神戸や横浜でもやっていて、ローカルな製品ではなくなる。

開洋社

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凝ったフォルムに、シンプルながらも趣味の良い絵付け。明治11年から18年までのあいだに作られた製品です。「開洋社」と書かれているので、そこまで特定できる。開洋社というのは松村久助が作った会社です。

松村九助(まつむらきゅうすけ) 1845~1912
  佐賀県に生まれる。幼い頃から製陶に興味を持っていたため、西洋顔料が長崎に輸入されると、外国商人から西洋コバルトを大量に買い集め、古くから呉須を用いて染付をおこなっていた愛知県に導入することを考案する。明治7年(1874)に長崎を発ち、同9年(1876)名古屋で、主にコバルトの販売をおこなった。その後、陶磁器の販売にも取り組み、瀬戸・多治見の陶器にこの西洋コバルトを使用させた製品を、横浜の支店から海外に輸出した。陶磁器問屋数人とともに、同11年(1878)には輸出販売を目的とする開洋社を名古屋に設立、海外にも支店を出したが、同18年(1885)に会社は解散した。その後を単独で引き継ぎ松村商店として事業を拡大させ、磁器製造工場や神戸支店支店を設立した。その後、自らは横浜支店の田代屋商店で磁器改良に没頭した。

これを売った骨董商に言わせると「博物館級の名品」だというんだが、とりあえず小さくて可愛いので、これでコーヒーを飲むと美味しいw 150年経っても、普通に使える。陶磁器の絵付けは、こういう「手数が少なく、雰囲気が良い」というのが理想ですね。デザイン的にも、現代に通用する逸品です。

京薩摩・岩倉山

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京薩摩です。京都なのかよ、薩摩なのかよとツッコミが入りそうだが、いわゆる「京焼」の範疇で、薩摩風に作られた作品。これが明治時代に輸出用として一世を風靡した。京焼でもこれは「粟田口焼」と呼ばれる。清水焼は磁器を主に作るが、粟田口では陶器を作る。これも、わずかに鉄分を含んだ土が、温かなぬくもりを感じさせる。粟田口焼は、元は瀬戸から来た陶工だったそうだが、大消費地の京都で鍛えられ、色絵の茶器を得意としていた。これは「岩倉山」と刻印が入ってます。粟田口焼を代表する名窯です。明治維新から約50年間ほど、「サツマ」の名前は世界に轟いていた。

井口昇山

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明治期にアメリカに輸出されたコーヒーカップです。裏には「昇山」と書かれている。森村組(ノリタケ)の専属画工場、井口昇山の絵付けですね。端正で、ていねいに作られた製品です。ノリタケは名古屋を本拠地としていたんだが、名古屋には無数の画工場があって、腕を競っていた。

オールドノリタケのデミカップ

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4つともオールドノリタケの手描きです。小さなデミタスのコーヒーカップで、この時代はデミタスサイズが多いですね。小さいながらも鮮やかな金彩で飾られ、油絵風の絵がシックな感じです。和風の絵柄も悪くない。デミタスカップは意外に値段も安くて、この中でもっとも安いのは3500円ですw コレクションとしても、場所を取らないのでいいね。盛り上げた金は、特殊な道具を使うので、絵付師ではなく、専門の職人がやったようです。

ラスター彩シノワズリ文トリオ

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イギリスの窯で焼かれた偽ジャポニズムについては書いたんだが、これはノリタケです。手描きです。絵柄がちょっと似てますね。この時代、こういう東洋風のアレンジというのが流行ったのだろう。よくデザイン化されて、洒落た感じになってます。よく使い込まれていて、一部、剥げてます。カップの内部にはラスター彩の釉薬がかかっていて、高級品だ。いまでもラスターの釉薬は高いです。裏印から推測して、年代は1921年から1941年までの間です。

ヘンリーウイリアム&サンズ

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いつも紹介しているのは、「日本の窯で輸出用に作られた磁器」なんだが、今回は違う。イギリスのヘンリーウイリアム&サンズという窯の、東洋風の文様です。「サツマ」というパターン名が付けられている。この時代、既にイギリスは印刷になってます。ちなみに1903年の作だそうで。この時代、イギリスでこうした偽ジャポニズムが作られるほど、中国や日本の磁器は人気があったわけですw

瀧藤造り

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稲穂と蝶、なんだろうが、ススキかも知れない。外国人には想像もつかないかも知れない。でも、意匠としては面白いですね。天地が逆というのも面白い。瀧藤萬次郎の瀧藤造りというんだが、瀧藤萬次郎という人は陶磁器の輸出をしていた商人です。明治時代に活躍した。

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絵付師にもランクがあって、ベテランの絵付師は「見本付」といって、オリジナルの意匠を考えたりもする。予算の中で、どれくらいの工数を掛けられるか、そういう計算もしながら。磁器の絵付けは、絵具によって焼成温度が違っていたりして、何度にも分けて描かなきゃならない。金彩は焼成温度が低いので、最後になります。サンプルを見ながら細かい部分を緻密に埋めていくのは、あまり技量は要らないらしいw 水木しげるのプロダクションで点描ひたすら描いているアシスタントみたいなもんかw 駆け出しの下っ端職人の仕事です。もちろん、個人で仕事を請け負って一人で全部描く職人もいる。赤系の色は、オレンジ、ピンク、茶色など、焼成温度が少しでも違うと発色が変わる。800度というんだが、その前後、わずか20度ほどの違いで、まったく予想に反した色になってしまったりするので、今のように温度計のない時代、窯焚きは大変な仕事だった。

松風陶器のオキュパイドジャパン

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今回は「オキュパイドジャパン」だ。オキュパイドジャパンというのは、1947年から52年の、日本が占領下にあった時代に輸出された品物です。カメラのコレクターでも、オキュパイドジャパン物は希少なので珍重されている。磁器では、特に珍重されるという事もないようですw この手の絵柄は1920年代には既に印刷化されているんだが、これは手描きです。右側は名古屋の松風陶器という会社の製品。この会社はその後、人工歯の製造で成長しました。京セラの稲盛氏は松風の出身です。こうした絵付けをやっていた職人さんが、今でも生き残っていて、絵付け教室をやっているらしいw もちろん商売にはならないので、趣味でやってる生徒ばかりです。

―――  どのくらいの速さで描かれていましたか?
 速かったですよ。職人は速いことが一番大事なことです。単価から計算して、これは一日に20、これは30と、その割り出しができないとだめです。 いわゆる「値付け」といいますが、僕らは訓練していますから、 「この単価に合わせた絵を描いてくれ。」といった注文はすぐに受けられます。ですから、非常にメーカーさんにしても便利だったと思います。 だいたい輸出の売値はみんな決まっていて、それにはめる絵を描きました。

―――  どのような訓練をするのですか?
 筆に乗せる絵の具をいかに少なくして、効果的に絵を描くかという訓練をします。いかに手を省いて美しく見せるかが一番大事なことです。手間をかけて綺麗に描くのは当たり前のことですが、余分な筆を使って綺麗になることはありません。サラっと一度に描くのが絵も色の出方も一番綺麗です。 そのように出来るだけ努力するといいのですが、それは実際に仕事としてやらないと覚えにくいことです。

趣味でやる生徒さんは、どうしても「手間をかけて丁寧に」描きたがるそうで、本来の磁器の絵付けは、手数少なく、サラッと描くのがコツなんだが、趣味ではなかなか、それは覚えられないw ちなみに爺さんは1949年に中学を中退して絵付師になっている。最初は松風陶器の仕事が多かったというので、この写真の磁器の絵付けをやった可能性もありますねw

陶玉園 五助製

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日本五輔です。明治の美濃を代表する名人で、本名は五助なんだが、当時から海外の博覧会での評価が高く、日本五輔と呼ばれていた。ものすごい凝り性の人で、そのため作品は少ない。大日本美濃 加藤五輔製でもティーカップを掲載しているので、見て下さい。裏印は「陶玉園 五助製」。

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絵柄の拡大図。勢いの良い活きた筆致です。陶磁器の絵付けというのは、緻密で丁寧なら良いというものではない。むしろ、荒っぽいくらいに勢いがあるのが、器を引き立たせる。

名古屋製陶所の手描きカップ

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名古屋製陶所のコーヒーセット。実は3客ある。こういうの、3客でオークションに出ると、なかなか値が上がらない。コレクターは一つ持ってりゃ十分で、3つも要らないのだw というわけで、3つで1つ分の値段でしたw イギリスからの里帰りなんだが、良く使われた物らしく、金彩が剥がれかけています。これでも手描きですね。明治時代は日本画家の手による日本画のスタイルが多いんだが、名古屋製陶所は明治44年創業なので、洋画を描ける絵付師を抱えていたようだ。作家のサインが「O.Ohara」と入っているんだが、この会社の絵付師には「Y.Ohara」とサインする人もいたようなので、あるいは兄弟で働いていたのか。

本田造

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取手が蜻蛉になっている、いかにもアールヌーボーのジャポニズムです。あちこちの工房でまったく同じデザインのカップを見るので、この蜻蛉ハンドルの生地を提供する窯元があったのだろう。

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コレもまた、恐ろしく手間のかかった繊細な絵付けです。「本田造」と書かれているんだが、同じ時期に「本多造」というのもある。違う工房です。こちらのサイトによれば、1924年に浅草区旅籠町1の6「本田義松」陶磁器絵付業、という資料があるそうで、それかも知れない。

値段は忘れろ

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左はオールドノリタケの金彩ジュエル蒼地太湖石鳥紋図コーヒーカップ。実は同じカップが2個あって、同時にオークションに出たんだが、片方はほぼ万。もう片方はその半額だったw 両方ともおいらが落としたがw オークションでの相場なんてのは、ことほど左様に、当てにならないw まぁ、落札したら値段は忘れるのが一番ですw まん中はアールヌーボー様式のカップなんだが、裏印は傘の下に千と書いてある。詳細不明。右は九谷「綿本製」と手描きの署名が裏に書いてあるので、明治九谷です。綿本というのはよく判らない。この手のデミタスカップというのも、なかなか可愛らしくて良いモノです。

高山画カワセミ図

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横浜の工房「高山」については以前も紹介したんだが、明治時代に世界の最先端を誇った日本の磁器の頂点とも言える素晴らしく緻密な絵付けです。これはカワセミを描いてます。

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高山の製品は、キャビネット・セットの皿、大小それぞれが違う絵で、コレクター心理をくすぐりますねw こうしたセットは、当時から実用というより金持ちが客に見せびらかすために作られ、売られていたのだろう。日本を観光で訪れたアメリカの金持ちが横浜で土産として購入して、豪華客船で持ち帰る、といった需要もあっただろうし、ニューヨークの街角で、今で言う「エスニック雑貨店」みたいな感覚で、「日本雑貨店」というのもあった。とてつもなく手間がかかり、腕の良い絵付師も必要とされる作業なので、今ではここまで緻密な絵は描かれる事がない。これから先もないだろう。
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オールドノリタケのコーヒーカップたちです。左のウエッジウッド風のヤツはウエッジウッドより緻密で、半透明にボカしたり、日本人の器用さが出てますね。それ以外のモノは手描きの絵付け。これらは毎日、かわりばんこに家人が使ってコーヒーを飲んでますw 優雅だねw おいらは主にアイスなので、ステンレスのマグカップですw

初期の香蘭社

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初期の香蘭社です。香蘭社は有田の名窯で、明治8年創立。創立者の深川家は、元禄時代に有田で磁器の製造を始め、江戸時代には鍋島藩の庇護下にあったんだが、明治維新で海外に販路を求め、香蘭社を作った。香蘭社は代々、深川家が社長を勤め、今は15代目だそうです。

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これは創立間もない時期の製品で、裏銘は単純化された蘭の絵です。手間のかかった、明治ならではの逸品です。

横浜林造

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銘が「林造」とある。横浜の業者らしい。1921年より以前の作だが、細かい事は判らない。かなり力量のある絵付師なのか、皿とカップで違う絵を描いている。極薄の卵殻手のボディで、まぁ、一種の土産物としての需要もあったのだろう。昔は船旅なので、荷物はいくらでも積める。今じゃ、ティーカップを土産にする人は少ないだろうが、当時では外国人に人気だったのかも知れない。

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拡大してみると、なかなか上手な絵です。絵付師というより、本職の画家のアルバイトなのかも知れない。人物画は基本的なデッサン力がないと、なかなかうまく描けない。この手の絵は、パートのオバチャンには描けません。

横浜薩摩

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デミタスコーヒーのカップです。古い時代のコーヒーカップは小さい物が多い。薄いコーヒーを大量にがぶ飲みというアメリカンなスタイルは、割と新しいのだろう。これはドイツからの里帰り品で、「日光」という銘が入ってる。この銘を頼りに調べてみると、横浜薩摩でありますね。「加藤湖三郎による。1882年(明治15年)に横浜弁天通二丁目に店舗を構える。どちらかというと九谷の絵付けが多い。」そうで。横浜薩摩というのもわけわかんないんだが、有名な沈壽官窯をはじめとする薩摩の窯が各地の絵付け職人に生地を提供していたのだ。ちなみに「大日本」の謎というのも、このサイトで判明した。

日本陶磁器が海外輸出を意識するようになったことで、欧米のように「製造元を示す銘」を付けることが普及した。そして輸出用に「大日本」という名前が多く使われることになった。「大日本帝国」の名は大日本帝国憲法以前の万延元年遣米施設(1860年)の条約交換証書にて「大日本帝国」と記されており、輸出磁器においてもほどなくして「大日本」という銘が使用されるようになっている。

髪の毛ほどの細~い金線で、緻密な草花が描かれている。もちろん手描きです。日光商店は横浜の弁天町2丁目27番地にあったらしい。昭和5年にもその場所にあった事が確認されているので、1930年頃までは磁器輸出をしていたようだ。なお、こうした絵付師の工房では、薩摩だけでなく九谷からも生地を購入している。生地と絵付けが分業制なのだ。

吸うプーアル茶

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中国で流行ってるらしい、「吸うプーアル茶」ですw 何種類か売り出されているようだが、煙草のように火をつけて吸ったり、ほぐして普通にお茶として淹れたりします。まぁ、土産物なんだろうね。中国人はこういう子供っぽい商品開発が好きですw

金彩赤絵のティーカップ

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19世紀、中国・景徳鎮の官窯が、清朝の混乱の中で輸出停止になり、その代替えを探していたオランダ人が日本の陶磁器に目をつけたわけです。1804年から輸出が始まったというんだが、1837年に三川内では卵殻手の製造に成功。景徳鎮でも官窯でしか作れなかった、高度な技術です。これは「三川内」と裏銘が書いてあるんだが、いわゆる「平戸焼き」だ。有田焼きとは隣町なんだが、江戸時代には藩が違い、三川内は官窯で、領主の庇護下にあったので、レベルが高い。三川内焼きも有田焼も「伊万里」に集められ、出荷されたので、世間的には「伊万里焼」と言われる。世界的にもIMARIで通用しますね。というわけで、江戸末期だと思われるんだが、裏銘には「大日本 三川内」とある。「大日本」という呼称はいつから使われたんだろう。おいら、朝鮮や台湾を併合して以降だと思っていたんだが、これが幕末の作だとすると、江戸時代から「大日本」と呼んでいたのかも知れない。

Goldimari

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Goldimariの逸品です。「Hand painted」とあるので、絵柄が細かく端正だが、手描きです。実は、この窯元はまだ健在で、最近まで輸出を続けていた。今では国内向けの生産だが、相変わらず手描きで高級な磁器を作ってます。

「GOLD IMARI」は5代目弥左エ門が作った金襴手古伊万里様式の有田焼ブランドです。北米、欧州、中東に輸出をしており、世界中の古伊万里愛好家に愛用されておりました。プラザ合意(1985年)後、急激な円高になりほとんど輸出が無くなってしまってましたが、有田焼創業400年を記念してゴールドイマリの新商品を発表し、ラグジュアリーな日本の文化の象徴である金襴手古伊万里様式を世界に伝えていきたいと思っております。

この、弥左エ門歴代のファミリーヒストリーがなかなか面白い。初代は窯元だったが、天保の大飢饉による不景気で二代目には窯を閉じ、下男奉公、三代目は貧困の中から庶民金融を始め、「当時、巷間では有田銀行を殿様銀行、洪益銀行を草鞋銀行と呼んでいた」そうで、今の佐賀銀行に繋がるんだが、四代目は暴れん坊で、

卒業後は伊万里銀行に入行させられるが、弥左ヱ門窯を再興させ海外に輸出を行うという夢を実現するため、明治35年、養父に黙って銀行をやめ松本家を無断出奔し、義兄の前田 儀右衛門から有田焼の陶磁器見本を借り受け、神戸を出航しインドのボンベイに向かった。
ボンベイで資金が絶えた彼は、旅客運賃・貨物運賃共に着払いという異例のデッキパッセンジャーとして、南アフリカのダーバンまで行き着いた。
ダーバンで洗濯屋を営んでいた唯一の日本人である岩崎のところへ転がりこみ、有田焼を質に金を借りて渡航費用を支払い、洗濯屋を手伝う事になる。
ヨーロッパまでの渡航費用をここで稼ぐ腹積もりであったが、日露戦争が勃発し日本に戻らざるを得なくなり帰国。

この四代目が帰国後、有田焼の貿易を目的とする会社を設立するわけです。そして五代目が戦前から戦後にかけて輸出を開始。戦前は日本の支配下にあった朝鮮・満州に輸出、戦後になって「Goldimari」というブランドを作り、欧州、北米向けに輸出を開始する。Goldimari銘は昭和28年からですね。オークションの説明では「明治時代の物」と言っていたが、実際にはせいぜい50年くらい前の物です。日本の磁器が輸出できなくなったのは、円相場が200円を切ったあたりから、らしい。今では国内向けで、日本橋・銀座の三越、新宿伊勢丹、などで扱っている。また、マキシム・ド・パリ、ザ・リッツ・カールトンでも使われているようです。

金彩エッチング装飾富士紋図

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単なる金彩ではなく、エッチングで変化をつけた、手の混んだ絵付けです。もちろん富士山なんだが、椰子の木が生えているというのが不思議だw リアリズムの絵ではなく、意匠としての絵。まぁ、あまり手の混んだ絵付けだと、素人には描けないし、時間もかかる。この絵だったら、パートのオバチャンでも描ける。第一次世界大戦後、大量生産の時代になって、印刷が磁器にまで使われるようになると、こうした手描きも姿を消すのだが、そんな過渡期のものだろう。裏印は「Made in Japan」とだけ記されている。

ウインドブロウ2018

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ウインドブロウというイベントは、屋外ステージを使って毎年やっているんだが、今年は場所が海の家に移って、無料のイベントになった。台風も去って、夏の名残を惜しむには絶好の一日、海水浴客のまっただ中で、色々とやってますw これは「タヒチアンダンス」。右からローアングルで狙う怪しい人物が寄って来ているんだが、実はこの人、ふんどし姿で、写真もあるんだが、あまりに怪しすぎて、掲載は遠慮しておきますw

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DJで元気いっぱいのレゲエダンス。

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薪炒り番茶KKでは、このイベントのスポーサードをしていて、商品も置かせていただいております。本日、日曜日もイベントはやります。お近くの方は是非。

金彩太湖石花鳥図

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1908年あたりのオールドノリタケなんだが、五彩と呼ばれる伝統的な磁器絵付けで、きっちりと端正な作品です。藍色の不整形な代物は「太湖石」といって、東洋の伝統的な意匠。赤を敷いた上から施した金彩が見事です。印刷でも特色で金を使うときには、下にマゼンタとイエロー、それぞれベタで敷きますね。清の官窯で作られていた「粉彩」というのは、この五彩の技術をベースに、欧州から輸入した色ガラスの絵具を追加したもの。なので、絵具に水溶性、油溶性の違いがあったり、それぞれ分けて焼成しなきゃならないとか、やたら手間がかかるらしい。そうした中国の官窯が、19世紀までは世界の磁器市場のトップだった。清帝国の衰退と弱体化に乗じて、日本の磁器が幕末から一気に世界市場に躍り出る。そんな中でも、ノリタケは特にクオリティが高い。

肥蝶山 信甫造

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幕末に有田産という事で長崎から輸出された磁器なんだが、実は作られたのは有田ではなく、三川内窯。有田の隣町なんだが、あの時代には藩が違うので、色々と厄介な問題があったらしい。裏銘には「 肥蝶山 信甫造 {蝶は虫へんではなく石}」とある。1856年、出島からの輸出陶磁器の独占的な権利を手に入れた田代紋左衛門は、有田の窯だけでは生産量が追いつかず、また、外国人の望む薄手の卵殻手磁器には平戸藩の網代陶石が適していたために、他藩である三川内窯で生地を焼成し、それを隣町の有田に運んで絵付けしていた。この裏銘にはそういう意味があります。この、他藩で作らせるというのが江戸時代にはご禁制で、結果、田代紋左衛門は失脚し、輸出許可の鑑札があちこちに出されるようになり、日本からの磁器輸出がブームを迎えるのだが、そんなわけで、これは江戸時代の作品という事になる。ドイツからの里帰り品です。金彩が派手に散りばめられた赤絵で、いかにも、な、エキゾチックさです。なお、このカップはそこそこの厚みがあって、卵殻手ではない。

雪竹造り

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画像追加です。皿の高台内の裏印と、取手部分。

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蝶のアップです。まだあまり写実的ではない日本画的な絵で、ラフなタッチです。陶磁器の絵付けというのは、丁寧に緻密に描けばいいというものではなく、勢いのある、生きた線でないと。

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裏印には「雪竹造」とあるんだが、名古屋の雪竹仁蔵という人がやっていた絵付け工場の製品です。コムミッション商会という、外国人のやっていた輸出会社のお抱えで、外国人好みの磁器を盛んに作っていた。瀬戸で生地を作り、名古屋で絵付けをして輸出です。仁蔵の死後、昭和3、4年くらいに廃業している。昭和3年というと1928年なんだが、その頃になると手描きの絵付けというのが飽きられ、転写シールによる印刷が主流になって行く。時代もアールヌーボーからアールデコ、モダニズムに移行し、この手のエナメル絵付けに金彩という、手のかかった磁器は次第に作られなくなって行く。今では再現も難しい。たとえばこの、蝶の触角なんだが、このとてつもなく細い線は、特殊な面相筆を使うんだが、その筆に使う特殊なネズミの毛が入手できなくなっていて、技術的な問題ではなく、「道具がないので再現できない」のだそうです。

島村組

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やはり1921年以前の、手描きです。生き生きとした花鳥画なんだが、何故か稲穂が青いw 日本の画家は写実ではなく、雰囲気で描くので、コレはコレでいいのだろう。裏印は「島村製」とあります。

島村組(島村&Co.)について:
1887年、または1888年に、島村新吾氏と他数人がアトランティック市に日本雑貨美術小売店を開店しました。 その後、1893年のシカゴ万博と1904年のセントルイス万博の時には売店を開き、共に大成功を収めました。 そして、1906年に、ニューヨークブロードウエイに「島村組」(島村 & Co.)の店をオープンしました。
[参考:The Story of Atlantic City's Japanese Merchants 、JAPAN IN New York より]

こういうの、磁器のジャンルとしては清朝の康煕帝時代(1662-1722)に確立された粉彩というエナメル絵付け技術で、粉彩そのものは清朝宮廷の門外不出だったので、江戸時代の日本には伝わらなかった技法だ。それが明治になると日本でも似たような技術が使われるようになる。多分、中国からというより、西洋の絵付け技術と絵具が伝えられたのだろう。粉彩の元になったのは、西洋の七宝だからです。明治になると、日本でも七宝の名品が作られてますね。それまでの色絵というと、「五彩」と呼んでいたんだが、色数と表現に限界があり、リアリズムな絵は描けなかった。西洋から絵具が入って来るようになって、中国の粉彩に匹敵するような名品が作られるようになった。ちなみに粉彩は、とても高いです。官窯でしか作られてないし、期間も長くはない。おいら、本物は一つだけ持っている。タイの王室に献上されたアールヌーボー的な文様の逸品で、「アコードの頭金にする」と、タイの売り主が言ってたなw つまり、それくらいの値段ですw 今では景徳鎮で新作が土産物としてたくさん売られてます。ただし、それも決して安くはない。


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おいらがヤフオクで落札した茶碗なんだが、里帰り品で、1837年頃から長崎を通じて輸出された品物です。出品者は「和歌が書いてある」というんだが、読めないのでネットゲリラで募集したら、読める人がいた。流石です。

三味線の てふし(調子)をかへて 幾度(いくたび)も
     誨(おしえ)を引き出す 酒呑のくせ

くどくどと能書きを垂れたがる酒飲みっていますよねw
そんな人を皮肉ってるのか、と。

こりゃ、和歌じゃないなw 狂歌といいますw 酔っ払って説教始めるオヤジがいるもんだが、ほっとくとそのうちまた、再開するw 何度でもエンドレスw そんな光景を描いていますw オランダかイギリスあたりに輸出されたんだろうが、それ以来、かれこれ百有余年、この文字は誰にも読まれないままに、歳月を重ねて来たのだ。

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この時代、それまで陶磁器の輸出大国だった中国・清は、社会の混乱、皇帝の権力の低下で、官窯の生産力を壊滅的に失っていた。官窯というのは、皇帝お抱えの窯です。輸出用の高級磁器は官窯でないと作れない。欧州で好評だったのが卵殻手と呼ばれる極薄の磁器で、景徳鎮で作られていた。景徳鎮は明・清時代を通じて官窯として手厚く保護された窯です。

景徳鎮を語るうえで、重要なのが清朝のピーク時世界中で最も技術レベルが高かった景徳鎮は、おそらくできないものがないレベルだったため、皇帝のスペシャルオーダ以外に、海外からのオーダでこれも全く味わいの違う焼き物を焼いていました。
有名なのはタイ王朝むけの、ベンジャロン。現在はタイ国内で作られているタイ王室向けの焼き物ですがこれは清朝期の景徳鎮に絵付け師を派遣して焼成したいたといわれます。これは、当然中国国内にはほとんど残っておらずタイのナショナルミュージアムに膨大なコレクションがあります。
その他、マレーシアあたりの華僑向けのスペシャルな焼き物や、日本向けの祥端などスペシャルオーダーは景徳鎮のもう一つの顔です。

もちろん、欧州向けにもヨーロッパ人好みのデザインの磁器を大量に輸出していたんだが、1839年阿片戦争。そんな混乱の中で、景徳鎮からの品物が手に入らなくなり、その代替えとして日本に目が向けられる。日本でも官窯というのはあり、まだ明治維新の混乱を迎えてなかったので、優れた製品が作れた。ただし、初期にこの卵殻手を作れたのは平戸焼きだけです。極薄の生地を作るには、針尾島の網代陶石が必要、というか、それでないと作れなかったのだ。なので、輸出磁器のごく初期の物は、平戸の三川内焼きです。生地だけ平戸製で、それを有田に持って行って絵付けしたりもしていたらしい。その後、他の産地でも技術が向上し、またロクロ挽きでなく型で作る方法が使われ、有田や瀬戸でも作られるようになる。

読めない・・・

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平戸焼きの逸品なんだが、これ、日本の陶磁器の歴史に残るという代物でありまして、なんせ江戸時代です。まだ開国してない時代に、長崎からの要請で、ヨーロッパ輸出用として作られた。デンマークのエミール・ハノーバーという人は博物館長を勤めたんだが、著書「日本陶磁器考」の中で、「1750年から1830年の間の日本磁器の中では白色に光り輝く最高の製品」と褒め称えている。

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和歌らしきモノが書いてあるんだが、くずし字なので読めない。誰か読んで下さい。

平戸カップの歴史は1804年に今村鉄槌太郎がオランダ人より長崎の商人を通じて珈琲器具の注文を領主に上申して製造が始まり、1837年に池田安二郎が純白で卵殻のように軽い磁器を製作し主に海外に輸出され、その薄さ、軽さで高い評価を得た技術です。一般的に卵殻手(エッグシェル)と申しましても本作品は後年の伏焼式(型押)ではなく轆轤引きで製作されたものとなり、職人の非常に高い技術が要るため明治30年以降大戦等の影響で造られなくなった歴史がございます。

平戸焼きはそれ以前から欧州に輸出されていて好評だったんだが、中国の混乱で清からの輸出が止まり、その代替えとして日本に注文が来るわけです。コーヒーカップやティーカップを作れ、という要請で、こうした作品が作られる。ちなみにこのカップには取手がありません。卵殻手の代表的な作品だが、これは皿までもが極薄で、手が込んだものです。卵殻手というのは中国の景徳鎮が得意としていた技術で、

その名が示す通り、光を通すほど薄く、網代陶石のみを使用・手作りで成型・起こし焼きで焼成したものでなければならない。 「箸より軽い茶碗を」という藩命で、相神浦(相浦)出自の池田安次郎が完成させた。輸出先のヨーロッパでも「エッグシェル」と呼ばれ人気を博す。第二次大戦後、製作が途絶えていたが、平成18年に平戸藤祥窯が復元。皇室に献上され、著名人にも贈られた。

この平戸焼きが出発点となって、日本の磁器輸出は始まった。ちなみに平戸焼きの祖は、秀吉が朝鮮から連れ帰った陶工です。在日陶工が中国の得意技である卵殻手をコピーして、オランダ人に売りつけていたw この当時の日本は、決して先進国ではないw

金点盛上装飾

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1921年より以前の、オールドノリタケの逸品です。人気の白鳥柄。金は、単に塗ってあるわけじゃない、盛り上げてある。この時代の日本製磁器は、この手の「金点盛上装飾」が多い。見るからに豪勢です。こうした絵付けなんだが、呉須の染付は素焼きで施して本焼きの時に一緒に焼くのだが、色絵は本焼きとは別に、もっと低い温度で焼成される。金は、それともまた別に、もっと低い温度で焼かれる。なので、金を使った色絵付けは、少なくとも4回、素焼き、本焼成、色絵、金、と、それぞれ別個に焼かれます。手間がかかってます。なので、こうした磁器が日本で作られる事は、二度とない。

大日本美濃 加藤五輔製

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今日は朝から物凄い勢いで落札したカップ&ソーサーが届いたんだが、アメリカやイギリスからでも、一週間くらいで届くんだね、最近は。これはアメリカからの里帰りです。「大日本美濃 加藤五輔製」と高台に書いてある。

 加藤五輔は、美濃に於ける明治年代随一の名工であり その製品は鮮明緻密にして極めて独創的な様式を確立した。
窯処市之倉(岐阜県多治見市市之倉町)にて、江戸時代より御用窯として既に良品を焼き上げ ており、五輔の祖父もその一人であった。
土は有田磁器(陶石質)と異なり、美濃独自の原料を用いた長石質磁器であり、白色透光性 の素地であるその上に白化粧(白絵)を施し、繊細な染付により独特の絵画的表現をあらわ している。

明治初期に海外の博覧会で受賞しまくりで、その代表作は現在、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館に収蔵されているというので、当時から日本を代表する名工として名高く、地元では「大日本五輔」と呼ばれていたらしいw それだけの名工の作なので、なんというか、たたずまいというか、存在感が違う。この人はとてつもない凝り性で、磁土は何年間も寝かせて、バクテリアが増殖してロクロ挽きがしやすくなるまで待ったとか、呉須(藍色の染料)も、半年、一年も摺り続けてから使ったとか、伝説の人です。ひとつの作品を作るのにも何年もかけたとか、そういう人なので、残された作品は少ない。いずれもシンプルな白磁で、繊細な呉須の絵付け。このティーカップ&ソーサーも気合の入った素晴らしい作品です。この時代の絵付け作品は、ボディと絵付けが別々の工房で行われているのが多いんだが、これは作家が一人で両方やってます。

今回の生産は700g

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薪炒り番茶KKの紅茶作り、月蝕紅茶が良い出来で、素晴らしく香り高い味わい深いお茶になったので、気を良くして第二弾です。同じ標高700mの茶畑から、無農薬、無施肥の自然なお茶を手摘みして来ました。

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萎凋が終わってしおれたお茶を揉みます。動画で御覧ください。



一度にやれるのはこの程度の量です。お茶は乾燥すると重量が1/5くらいになってしまう。乾燥は宮内庁御用達の献上茶を作っていた乾燥機で。これも、この程度の量しか作れない。低い温度による炭焙で最上級のお茶になります。

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手揉みと乾燥の間に「発酵」という、紅茶にとってはもっとも大事な工程があるんだが、これは温度と湿度をキープして数時間待つだけです。こんな感じなので、紅茶作りには暑い季節がふさわしい。紅茶の産地はたいてい熱帯ですね。日本では、二番茶、三番茶の季節でうってつけです。

杉本造

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明治時代に欧米に盛んに輸出された「卵殻手」です。エッグシェルと呼ばれる、極めて薄く、透けるような磁器なんだが、生地は有田や瀬戸などで作られ、それが輸出港であった横浜や長崎、神戸に運ばれ、絵付けされる。磁器は焼成温度が1300度くらいで焼かれるんだが、絵付けはもっと低い温度で、焼くのは技術的には難しくない。

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日本では日本画の画家がたくさんいたので、この手の絵柄は得意です。デッサンとか写実とか、そういう世界ではない。手癖で描く絵です。これは「杉本造」と高台に記載されているんだが、詳細は不明。

大茶頭

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ちょっと珍しいお茶を手に入れたので飲んでいるんだが、プーアルの熟茶です。プーアル熟茶というのは割と安くて、コレも珍しいというだけで、さほど高くはなかった。

茶頭は小指の先程度のサイズ~繭大のお茶の塊で、熟茶の発酵の中盤に、茶葉が凝集することで自然に出現します。茶頭は熟茶の中でも特に香りが良くまた、滑らかで、濃厚な味わいゆえに、非常に人気の高いお茶です。多くの場合、お茶の生産者が自らのコレクションとして所有したり、非常に近い間柄のお客さんが1年前から事前予約で買い占めてしまうことが多く、お茶市場は勿論、生産地まで仕入れに行ったとしても、入手が難しいお茶です。

プーアル熟茶をどうやって作るのかというと、堆肥を作るのとまったく同じ方法で、茶葉を積み上げて発酵させるわけです。あまりにあまりな製造法なので、日本の茶師でもプーアル熟茶だけは作る人がいないw そんな粗雑な製造法なんだが、出来たお茶そのものは、癖がなく、飲みやすい。日本人には人気のあるお茶です。色はほぼまっ黒で、特に強い味や香りはないので、食事に合わせやすい。この熟茶そのものはいつも飲み慣れているんだが、カタマリは初めてで、最初はそのままお湯に入れてみたんだが、30分経っても固まったままでほぐれない。最初からほぐして淹れないと駄目だ。味はまったりと自然で、「上善如水」といった感じ。仄かに良い香りがする。確かに、プーアル熟茶としては最高級だが、値段はともかく入手が物凄く困難で、常用にならないのが残念だw 

高山画

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明治時代に盛んに欧米に輸出された陶磁器なんだが、緻密な手描き文様で、極めて薄い磁器で、手工芸品としては、当時世界でも最先端のクオリティを誇っていた。そんな中の一つが、この「高山画」のバックマークなんだが、明治時代の横浜陶器絵付業組合の名簿に「高山一二」という名前が出て来るので、いわゆる「横浜物」だろう。関東大震災後には廃業していたようなので、これも、それ以前の製品です。瀬戸や有田で焼かれた白磁が、横浜や神戸などの輸出港に運ばれ、そこで絵付けされて輸出されていた。今で言えばトヨタ並みの、国策産業ですw

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コレクション棚増設しました。これでまだ当分、集められるぞw

敷地は280坪

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紅茶作りの合間を縫って、薪炒り番茶KKの構内整備です。敷地は280坪あるので、けっこう使いでがあります。

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道路沿いの、砕石を敷いてないところに「薪小屋」が建ちます。薪の販売もする予定。田舎では家が広くて、薪ストーブも少なくない。

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梅の木だけは残した。梅干用ですw さて、紅茶作りですが、おかげさまで「レッドムーン」は一時間で完売しました。8月11日には、日本では見られないものの部分日食があるそうで、それに合わせて今度は「日蝕紅茶」を作りますw 同じ、標高700mの茶畑です。茶師は気合が入ってます。乞うご期待!

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売り切れました! 次回は日蝕紅茶を販売予定です。


理想のお茶とは何か? 諸条件を突き詰めて追求して行くと、「標高が高い」というのが出て来る。台湾やインドでは、標高2700mの茶畑もあるんだが、それは熱帯だからで、日本では1000mが限界となる。まぁ、300mを越えれば、立派に「山のお茶」です。これは標高700mです。オクシズです。南アルプスの麓で、鹿よりカモシカの方が多いという土地です。二つ目の条件は、「実生在来種」。実生の茶樹は根が深く張り、味の奥行きが深い。現在、日本のお茶の9割を占めるヤブキタ種は、収量は多いがみんな挿木のクローンで、根が浅い。実生の在来種となると、古木しかないですね。今回の茶樹は植えてから60年くらい経っているらしい。古木は収量は減るが、味は良いです。そして、当然なんだが、農薬を使わず、施肥もしないという徹底的な放置栽培。南アルプスの麓で、自然に還ったお茶は、白茶でも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたが、紅茶でも素晴らしい可能性を味わせてくれます。まだまだ茶園は整備中で、本格的な出荷は来年度からになりますが、今年はわずか400gのみの出荷となります。ちょうど皆既月蝕の夜に萎凋をしたので、茶師が「レッドムーン」と命名しました。

redmoon300.jpg 税・送料込み3000円
<月蝕萎凋紅茶 リーフ50g>
手摘み手揉みですが、仕上げは炭焙による低温乾燥です。100度以下の低温長時間の炭焙は、中国でも超高級茶にしか使われない製法で、日本ではほとんど行われていない。薪炒り番茶KKでは、かつて宮内庁献上のお茶を作っていた焙煎器を使い、茶師が寝ずの番をして仕上げています。今回、まだ試作段階なので、この価格でも採算度外視です。大赤字w

標高700mの茶園整備

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今朝のずしゃだちは深い霧の中。こういう、しょっちゅう霧に包まれるような高地が、最上級のお茶の穫れるところです。今日は標高700mの茶園の整備です。

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紅茶「レッドムーン」を収穫した茶園の続きなんだが、伸び過ぎた雑草に覆われて、育ちが悪いところがあります。さすがに雑草の日陰になってしまうと、新芽が出なくなる。茶師たちが一日かかって雑草を除去しました。全て、手仕事です。

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まだ刈り込みが終わってない部分もあり、この茶園がフル稼働するには、あと何年もかかる。樹齢数十年の在来種実生です。もう10年間以上、農薬も肥料も与えてません。薪炒り番茶KKの和紅茶「レッドムーン」はこの茶畑で初の、収穫です。標高700m、在来実生、自然栽培と、理想的な条件が揃い、それが茶師たちの丁寧な手仕事によって、喉越しの余韻深い紅茶になりました。

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今回、50gずつの販売で、わずか8袋だけです。良い紅茶が作れることが判ったので、来年からは圃場を整備して、増産を図ります。

水出し煎茶

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夏になると「水出し緑茶」という話が出て来るんだが、一般的には「深蒸しのヤブキタ種」だったら、何の問題もない、よく振ってやれば5分で飲める。水出し茶は、苦味がなくてサッパリした味で、夏には爽やかで良いモノです。で、絶賛発売中の「薪炒り煎茶」なんだが、深蒸しではないので、抽出に時間がかかる。冷水に漬けてひと晩、寝かせました。8時間以上かけてジックリとエキスを抽出。ティーバッグひとつで350mlくらいの水出し緑茶が作れます。

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豆州楽市の薪炒り煎茶は、茶師の手造り。10年以上、農薬も肥料も与えず、自然に還った茶葉を使い、手間のかかる萎凋作業というのは、今では日本ではほとんど行われなくなった技術だが、ひと晩以上かけてゆっくりと萎凋させ、薪の炎で殺青、乾燥作業は、かつて宮内庁御用達の献上茶を作っていた炭焙の乾燥機を使い、少量ずつ、丁寧に仕上げています。手間ヒマ掛けて作られたお茶なので、美味しく水出しするにも時間は必要。ティーバッグひとつで、

350mlの冷水で10時間以上

が推奨です。至上の水出し煎茶が味わえます。ペットボトルより安いです。

makisent_300.jpg 780円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 ティーバッグ 3g×10個>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

デミタスカップ

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右はオールドノリタケで、イギリスに輸出されたもの。バックスタンプから判明するところでは、1911年-1941年というところです。左はよく判らない。バックスタンプは「花」とだけ、ある。古いコーヒーカップはデミタスサイズが多いですね。ウチでは深煎りの豆で濃いめのコーヒー淹れて、家人はこうしたデミタスを落札するたびに新しいカップで飲んでます。毎日違うアンティークのカップですw おいらはもっぱら氷でアイスにするが。

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棚が全部、埋まりました。新しい棚は発注済みで、水曜日に届く予定。右側に入ります。

命名「レッドムーン」

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茶師が「レッドムーン」と命名して奈良に戻ったんだが、手摘み、手揉みの紅茶です。皆既月蝕の元で萎凋作業を行ったから、「レッドムーン」だそうです。原材料は標高700mのオクシズずしゃだちから。戦争中に植えられたという、在来種の実生です。もう10年間以上放置され、農薬はもちろん、肥料も与えずに、南アルプスの自然に還った樹から、と、おいらの描く「理想」にもっとも近いスペックなんだが、そのフルスペックの素材で、丁寧な手作業で作ったら、これはもう、究極の和紅茶です。和紅茶に共通した特徴としては、「香りが高い」というのがあるんだが、これもまた、淹れたとたんに、甘い香りが部屋中に漂う。味は極めてまろやかで、苦味、渋味はなく、山のお茶に特有の、自然な甘さがある。砂糖もミルクも入れないで飲みたいですね。せっかくなので、ティーカップはアンティークのノリタケ金盛。手描きです。今回、レッドムーンは500gしか作れなかった。そのうち100gは試飲で消えたので、残りを販売します。でも、高いです。

全て手作業で紅茶を作る

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紅茶作りです。機械を使わない全て手作業での製造で、夏のシッカリした二番の新芽を指で摘み取り、何十時間かかけて風通しを調節しながら自然に萎れさせる「萎凋」を行う。ほどよく香りが出て来たら、手作業で揉みます。茶師と、その弟子たち。

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揉んでいる最中にも、色が変わって来る。発酵がどんどん進みます。

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高温多湿の環境に置いておくと、数時間でこんな感じ。火入れのあいだにも発酵は進むので、切り上げるタイミングが大事。経験豊富な茶師ならでは。

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薪炒り番茶KKの小型乾燥機は、かつて宮内庁御用達の煎茶を作っていたという骨董品です。下に炭を入れて、何段かある引き出しを入れ替えながら少しずつ乾燥させる。頑張っても数時間かかって1kgとか2kgしか作れない。さすが献上茶w

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というわけで出来ました。完全手作りの、素晴らしい紅茶です。テイスティングした茶師も絶賛していた。なんせ、標高700mの自然栽培茶。値段は、かかった人件費を純粋に計算すると、100gで数万円という事になるんだが、もちろん、そんな値段で売り出せるわけがない。とはいえ、ネパールだろうがインドだろうが中国だろうが、コレと同じように手作業で全行程を処理したお茶は、100gで数千円になります。すべてを手作業でやる、というのはそういう事です。

フライングスワン別バージョン

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フライングスワンの新しいセットです。フライングスワンは人気のシリーズなので、バラで色々と出て来る。ティーカップ、コーヒーカップも、何種類かありそうだ。

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こちらは以前に購入した物。棚にはアクリル扉が付き、マグネットキャッチで閉まるようになってます。

ノリタケ1930年あたりのトリオ

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これね、オークションの出品者が勘違いしていて、「手描き」だと説明していたんだが、実際には転写プリントです。カップのフォルムからして、1920-30年代っぽいんだが、その頃になると転写プリントが日本の磁器でも実用的に使われるようになる。アール・ヌーヴォー時代の装飾過剰でなく、控えめでシンプルなデザインで、今でも通用しそうだ。これはこの年代としては珍しくトリオなんだが、昭和に入るとトリオはあまり作られなくなる。

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さて、棚にはアクリルの扉が付きました。透明度が高くて、鑑賞の妨げにはならない。今日、マグネットキャッチが届くので、不用意に扉が開かないようにセットすれば、ひととおり完成です。棚がいよいよ満員になって来たので、新しい棚を発注済みです。棚板にはフエルトか何か敷いた方がいいね。

椰子図

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オールドノリタケなんだが、その中でも比較的新しい、昭和の製品です。昭和と言っても戦前です。1921年から1943年といったところか。椰子の風景は多いんだが、手描きでも極めて簡単に描けるので、この時代まで手描きで残ったのだろう。昭和に入ると、転写プリントを使った製品が多くなるのだ。1921年以前にも転写プリントの技術はあったんだが、原紙が輸入で高価だった。人件費の安い日本人の手描きの方が安かったのだw

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さて、収納棚はこんなになってます。階段の踊り場です。右側に背の低いのをもうひとつ置けるね。この棚は奥行きが17cmしかないので壁際に固定してしまえばさほど邪魔にならない。この手の棚、置き場所を数箇所確保してあるので、まだまだ集められるぞw

紅茶作り開始!

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自然栽培茶の紅茶作りです。ここは標高700mのずしゃだち。一番茶は白茶のワークショップで使ったんだが、やっと二番茶の季節です。

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茶師が二人で手摘みしました。ポリフェノールを多く含んだ赤っぽい新芽が含まれていて、最上級の紅茶になりそうだ。在来種なので生育がバラバラで機械刈りができない。生産性は最悪w ただし、素晴らしいクオリティの和紅茶が出来そうだ。

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こちらは二、三日前に収穫した、本川根町徳山の標高300m物。ヤブキタ種が9割に、在来種が1割。ヤブキタは紅茶作りには向かないと言われているんだが、ちゃんと美味しい紅茶になりました。コツは、萎凋作業をシッカリやる事です。コレは機械刈りで機械揉みなので、リーズナブルな価格で出せそうだ。

金彩薔薇花文 トリオセット

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華麗なティーセットです。ケーキ皿まで付いたトリオで、コレクションとしては申し分なし。バックマークは「パゴダ印」で、1920年頃の日本製なんだが、詳細は不明。パゴダ印の磁器は、割と普遍的に市場に出ます。バックマークがNipponなので、1921年より前なのは間違いない。デザイン的にも、割と古い感じですね。

田代商店のデミタスカップ

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アメリカ在住の業者から落札したんだが、郵便が遅れて、届くのに一ヶ月近くかかってハラハラした。小さな可愛いコーヒーカップです。アメリカでコーヒーというと、デカいマグで薄いアメリカン、という印象だが、これはデミタス。「田代」と銘が入っているんだが、横浜・長崎・神戸にそれぞれあった田代商店の製品だと思われる。古い時代のコーヒーカップは、こうしたデミタスサイズが多いですね。ションベンみたいに薄いアメリカン・コーヒーというのはいつ頃誕生したんだろう。

南アルプスの隠し茶畑

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薪炒り番茶KK茶師の「隠し茶畑」です。南アルプスの山奥にひっそりと、農薬も肥料もなしで育てている。今は二番茶がこんな元気に出てます。茶師は、いよいよ紅茶作りに取り掛かります。静岡県でも紅茶は盛んに作っているんだが、二番茶で作るというのが定番で、ベニフウキという品種が多いようだ。これは在来種で、在来種でも美味しい紅茶が作れます。ヤブキタではあまり作られないが、ヤブキタが紅茶に出来ないというわけではない。一番茶で作った薪入り煎茶は、リーフは売り切れ、ティーバッグも既に半分以上が売れました。薪入り煎茶が売り切れる頃には、紅茶が売り出せると思う。中国のキームン紅茶と同じ手法で、炭焙仕上げで作ります。自然栽培の手造り紅茶、乞うご期待!

 豆州楽市がお届けします。

makisent_300.jpg 780円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 ティーバッグ 3g×10個>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

燕図

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これもまた輸出用として作られた磁器の筈なんだが、何故か日本国内に伝世し、洋館に所蔵されていたらしい。バックスタンプは無し。手描きで生き生きとしたツバメが金彩をまじえて描かれている。日本でも、昭和の初め頃には、紅茶やコーヒーが一般的にも飲まれるようになるんだが、初めてのデートで流行のカフェに入り、コーヒーを注文したものの、どうやって飲むのか知らず、付いてきた角砂糖を齧った、という話を聞いた事があるw デートのお相手の娘さんもまた、そういうもんだと思って、角砂糖齧っていたらしいw 二人はその後、無事結婚し、戦争も乗り越え、割と最近、80歳過ぎて亡くなったそうですw

金彩風景図

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1921年より前の製品です。バックスタンプに「Nippon」とある。1921年にアメリカで作られた法律で、日本製品はJapanと記載しなきゃいけなくなったので、それ以前の製品だというのが判る。つまり、アンティークの磁器で「Japan」の記載がない製品は必然的に、それ以前の輸出品だというのが確定するわけです。手描きの洋風っぽい風景画で、バックスタンプには「TN」とある。まぁ、業界ではノリタケ以外の同時期の磁器はみんな「オールドノリタケ」と呼んでいるようです。

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さて、コレクション収納棚です。3mm厚のアクリル板を買って、扉を付けた。マグネット・キャッチで扉を開かないようにすれば、地震の時にも安心だ。57cm幅で高さは200cm。それが二つ。もう一杯なので、新しい棚を発注しなきゃw

涼炉を作った

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おいらはコーヒーも飲むんだが、コーヒーを淹れるには「少なくとも3分間持続する熱湯」が必要とされるわけで、そこで小さな電熱器と小ぶりの薬缶です。煎茶道では「涼炉」と呼ぶ。電熱器に合わせて、カバーを作った。

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こんな感じです。煎茶道のお道具として売ってるヤツも、最近はみんな電熱器だ。最初は鉄瓶使っていたんだが、重くてw この型の薬缶が実用的にはベストだ。もっともこういうのは意外に高いw

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もちろん、中国茶を淹れるのにも使える。ポットから出て来るお湯というのは、「98度」となってるんだが、容器で受けると温度が下がるし、もちろん時間が経つにつれ、どんどん温度が下がるので、こういう小さな炉があると便利です。

シェナンゴチャイナ

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シェナンゴチャイナ社のカップ&ソーサーです。SHENANGO CHINAというのは、アメリカの陶磁器メーカー。1990年あたりには製造を止めてしまったらしい。社名に「チャイナ」とあるのは、陶磁器の事を指してチャイナと呼ぶわけで、中国という国とは無関係です。おっそろしく分厚い陶器で、重さを測ってみたらカップだけで220g。卵殻手の薄い磁器カップではせいぜい80gなので、重さは三倍近いw アメリカでは数少ない陶磁器メーカーとして、ホワイトハウスで使う食器なども作っていたが、これは1960年代の海軍用です。シェナンゴの歴史サイトで確認すると、やはり陶器から磁器への切り替えで苦労していたようで、結局、こんな無骨な食器しか作れなかったんですね、アメリカは。右にチラッと写っているのは、やはり同時期、1960年代のアルミのパーコレーター。パーコレーターで淹れたコーヒーは不味いですw それでも、まだキャンプ用品として生き残ってますねw どこ製だか知らんけどw シェナンゴの食器は、古き良き時代のアメリカダイナーの雰囲気があるというので、実用品として集めるコレクターもいるようです。

フライングスワン勢揃い

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フライングスワンのコーヒーセットは以前に紹介したんだが、今度はシュガーポットとピッチャーを手に入れました。なんか、セットっぽくなって来たw あと欲しいのはケーキ皿か。これは人気のあったデザインなので、色々とバリエーションが出ている。1880年から1930年あたりまで作られていて、数も多い。オールドノリタケの代表格です。ちなみにシュガーポットとピッチャーは何故か、物凄く安かったw セットならともかく、シュガーポットとピッチャーだけを買う人はいないからねw コーヒーか紅茶のカップ&ソーサーを既に手に入れた人しか、こんなの買わないw

スナックセット

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カップ&ソーサーというか、「スナックセット」とも呼ぶようだが、多分、スコーンをのせて出すのではないかと思う。クッキーとか、マカロンとか、そういった焼き菓子でもいいね。たまに見るスタイルです。時代的には大正くらい。高台裏の署名は「西田」とあります。日本画によくあるパターンなので、売れない画家を連れて来れば、一日でこういうの200個くらい絵付けすると思う。人件費2万円として、1セットあたりの絵代は100円くらいです。この時代にも陶磁器に印刷する技術はあったんだが、手描きの方が安かったw 昔、「ボブの絵画教室」というのがあったなw なんか、30分の番組で油絵の風景画をサクサクと描いてしまうのw 慣れてる人の絵付けは、凄く早いですw この手の絵というのはよく考えられていて、多少デッサンが狂っていても、目立たない。リアリズムの絵ではないのだ。

九谷赤絵のデミタスカップ

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コレクション棚を整備してます。特注の奥行き17cmの薄い棚で、幅60cmが2つ並ぶ。高さは200cm。こんな薄い棚だと、固定しないと危なくってしょうがない。上辺で壁面に固定してます。扉は特注だとガラス製が付けられるが、今は扉なし。棚が埋まったら、アクリル板を買って、自分で取り付けます。3mm厚くらいでいいだろう。アクリルの方が軽くて始末が良い。大きな地震でもあったら、棚そのものは固定しているので大丈夫だが、ガラス扉が割れたりして始末が悪い。この、二つの棚はそろそろ埋まるので、棚はこれから6個くらいまで増設します。

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どちらも九谷の赤絵で、デミタスカップです。精密な絵付けで、小さなデミタスカップというのも洒落てますね。左側はイギリスからの里帰り。「金彩赤絵鶉文」とでも呼ぶべきか。高台裏の署名は「九谷」とだけ、あります。右はアメリカからの里帰りで、「九谷赤絵百賢人文」です。「九谷・周山」です。どちらも厳密には「エッグシェル」ではないんだが、限りなく薄い、エッグシェル紛いです。エッグシェルの技法は戦後途絶えていたんだが、最近になって復活したらしい。この手の超薄手磁器は、素材によって決まるので、時代が下がると、中国からの良質な磁土の輸入があって、平戸以外でも盛んに作られるようになる。

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フランスからの里帰りというんだが、いかにもフランス好みといった感じの、全面花模様です。手描きです。いわゆる「エッグシェル」の典型で、厚さ1mm以下の極薄生地。明治から大正にかけては、このエッグシェルが外国で大人気で、盛んに作られた。国内の産地としては、平戸焼きです。卵殻手とか薄胎とか言うんだが、粘り気のある網代陶石でないと、この超極薄磁器は作れないらしい。元は、景徳鎮の薄胎で、中国では古くからある技法だ。ところが幕末から明治にかけては、中国国内が戦乱で混乱し、陶磁器の製造・輸出がうまく行かなかった。そこで、似たような技術を持っている日本製磁器が、ヨーロッパ輸出用としてもてはやされたわけです。天保時代から始まった卵殻手は、主に輸出用として、コーヒーカップ、ティーカップが作られ、欧米に輸出された。この作品は「斉藤」と銘が入っているが、詳細は不明。最盛期の明治大正の卵殻手輸出磁器は、ボディの製造が平戸、絵付けは横浜や神戸などの輸出港に絵付け工房があって、色絵で二度目の焼成、更に金彩で三度目の焼成をしていた。一度目の本焼きは1300度くらいだが、二度目の絵付けはずっと低い。金彩はもっと低い温度です。なので、絵付け窯はさほど大きな設備を必要としない。それで、輸出用磁器は分業制で作られた。ボディと絵付けで産地が違い、しかも絵付師も、九谷だったり薩摩だったり京焼だったり、各地からの寄せ集めです。トータルとしては、「日本製」としか言いようがないw ちなみに、この手の薄胎和風磁器類は、日本国内にはほとんど出廻らなかった。ひたすら薄いカップを追求し、ひたすら緻密な手彩色の絵付けを追求するというのは、ヨーロッパで増えていたブルジョワ階級の自慢で、絵柄も現地からの注文に合わせてアレンジされた物。西洋と東洋が出会ったところに、奇跡的に出現した幻、それがエッグシェル・ティーカップです。

精磁会社

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精磁会社という会社の製品なんだが、この会社は設立されたばかりの香蘭社から分裂して作られた、有田のメーカーです。ただ、存続していたのはわずか10年間。1879年から1889年まで。これは他の輸出磁器と違って、エッグシェルではなく、どっしりと厚く、重い造りになっている。呉須で下絵を描き、朱と緑、そして金彩の上絵付けとなってます。横の小皿は今出来の有田焼きなんだが、二見書房のパーティーで引き出物として貰った物ですw 
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金彩手彩色鯉跳紋卵殻手のキャビネットトリオと呼ぶと、何か、仰々しくていいねw 角石という銘が入っているが、詳細は不明。これはアメリカの業者から落札した物で、百数十年ぶりに日本に里帰りです。おいらの爺さんは清水港から密航してアメリカに渡ったメリケンジャップだったんだが、当時の日本といえば、輸出する物はお茶と磁器、絹織物くらいしかなくて、メリケンジャップはニューヨークなどの大都市で、今で言えば「エスニック雑貨店」みたいな商売をやったりしていたらしい。あとは、「執事」w イギリス人の執事は高くて雇えないが、日本人の執事だったら雇える、というレベルの中産階級で重宝がられた。日本人はマジメでカシコイので、執事にはうってつけだw 黒人の使用人よりは、ちょっとだけステータスが高かったらしいw おいらの爺さんがナニをやっていたのかは不明だが、日本の親族が心配して呼び戻したらしいんだが、住所も分からなかったので、現地の「日本語新聞」に故郷の遠州地方で流行病があって、みんな死に絶えた、という嘘を流して、むりやり呼び戻したんだ、という伝説があるw おいらの爺さんというのは、おいらの父親がまだ幼い頃に死んでいるので、既に伝説の人ですw

フライングスワン

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オールドノリタケではもっとも人気の高い「フライングスワン」です。元はロイヤルウースターの絵付師、チャールズ・ボールドウィンの文様のパクリなんだが、ノリタケがアメリカ輸出用に採用して、大人気となった。ところでこの2セットは同じ業者から違う日にネットオークションで落札したんだが、落札価格が倍ほども違ったので驚いたw ネットオークションはその場の状況で、相場の倍くらいまでは簡単に上がるし、相場の半額くらいで落とせる事も多い。一番良い方法は、「落札したら値段を忘れるコト」ですw

ノリタケ関係

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後列 東洋陶器会社 昭和初期ノリタケ 日本陶器会社(ノリタケ)
前列 昭和硬質陶器 名古屋製陶所

さて、どんどん溜まるので、在庫一掃、まとめて紹介です。第一次大戦後、アールヌーボーのゴテツイたデザインは過去の世界となり、スッキリしたモダニズムで、大量生産の「商品」が主流になる。既に、手描きの工芸品ではない。東洋陶器とか日本陶器とか名古屋製陶所とか、ここら辺はみんな「ノリタケ関係」だと覚えておけば大差ないw このあたりもそろそろ100年を経過したアンティークなんだが、値段は安いので普段遣いに絶好w 実用になります!

田代商店の三点セット

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「田代」というバックスタンプが入っているんだが、田代というのは肥前出身の人が三井物産ニューヨークと組んで売り出していた磁器で、長崎、横浜、名古屋、上海などに支店があった。19世紀のセットは、こうした三点セットも多いですね。鳳凰の絵付けが精緻で素晴らしいです。もちろん手描きです。コレクションを展示するとしたら、三点セットは扱いやすい。だいぶ溜まったので、通販で棚を発注して収納場所の確保に励んでますw

iPhoneぺけの搭載カメラ

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梅雨末期の断末魔的な悪天候のなか、きかんしゃトーマス号は今日も元気に走ってますw 大井川鉄道では、夏休みになると機関車をデコレーションしてトーマスになる。おいらはiPhoneをペケに買い換えて、広角と標準が使えるようになって、便利だ。これは陶芸の玄関から標準で撮って、少しだけトリミングした画像。

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これも標準なんだが、ポートレートモードというのがあって、背景のボケ味をコントロールできる。

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背景をボカすとこんな感じです。画角だけでなく、50mmレンズのF4くらいのボケ味か? 猫とか犬とか撮るのに使えそうだ。

モダニズム

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手前左から、倉知硬質磁器、名陶硬質磁器、東洋陶器、奥の2つが名陶硬質磁器です。倉知というのは「大正戦前期の則武(日本陶器)、東洋陶器、名古屋陶器に並ぶ白磁器を作れるメーカーの一つ」だそうだが、詳細は不明。いずれも第一次大戦頃の物で、19世紀のデコレーション過剰なアールヌーヴォーから、モダニズムへと移行した時期だ。この手のデザインはあまりに普通なので、アンティークとしての価値があまり認められず、100年を経過していても「骨董」ではなく「リサイクル」価格ですw 新品買うのと大差ない値段で100年物が手に入る。普段遣いにいいですね。それにこういうのはセットでも売りに出る。セットだと、また格段に安くなりますw

メリケンジャップの時代

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ノリタケの華やかなデミタスカップと、桃井造のチョコレート用のカップ&ソーサーです。桃井造というのは、アメリカにあった会社で、茂木桃井合資会社というところの製品らしい。

茂木喜太郎氏は栃木県足利郡毛野村出身
慶應2年生まれ。
14歳で東京の小林呉服店の店員となる。
数十年間呉服反物類に関する業務に従事、明治22年に 福沢諭吉氏の海外論に感激し、海外で仕事をしてみたいと思い、横浜より渡米、バンクーバに上陸、シアトル、サンフランシスコを視察し、ニューヨークに着いた。
茂木氏のモットーは『独力自立』
森村組から日本雑貨を仕入れ、笊に入れて各戸を叩いて行商した。日本雑貨に関して知識はなく森村組の重役達は成功の見込みはなく気の毒に思ったらしい。
他人の批判もあったが その事業を中止する事なく独力自立をもって、 明治25年茂木商会を開店した。

森村組というのは、ノリタケです。最初はノリタケの商品を担いで売り歩いていたようだ。明治の時代に日本を飛び出し、ニューヨークで天秤棒一本、瀬戸物を売り歩くという、まぁ、立志伝中の人なんだが、そういう時代でもあった、という事だ。

茂木桃井組営業部長
明治3年 奥州盛岡生まれ
20歳頃、世界的仕事をしてみたいと思い渡米し、サンフランシスコ第一日本人青年会事業に関係した。
1902年に高木種吉氏と共同で日本美術雑貨店をフィラデルフィア市で経営、さらに独立しペンシルベニアに竹器製造所を起こし日本竹細工販売をしたが資金がなく 辞めた。
その後 アトランティック市の島村組に支配人として入社、その後、茂木桃井組営業部長ととして日本陶器磁器、美術雑貨貿易界に目覚しい手腕を振るった。

共同経営者の桃井さんも似たような経歴ですね。この時代、日本を飛び出してアメリカでひと旗挙げようという若者がたくさんいた。おいらの爺さんもその一人で、清水港からアメリカ船に密航し、メリケンジャップをやっていた。そんな、メリケンジャップたちの心意気が詰まっている。

小花散らし

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若い娘さんの振袖みたいな柄なんだが、1890年より以前の日本製です。なんで1890年より前だと判るかというと、高台に製作者の名前が何もないから。1890年に法律で表示が義務付けられて、スタンプマークや手描きの表示が入るようになる。なので、「何も表示がない」のは、それ以前の製品です。着物の柄みたいなので、京焼の絵付師か? 開港した横浜には、日本中から絵付師が集まっていたし、また、産地の交流も幕末から盛んになる。京焼、九谷焼、有田、瀬戸、と、そういった産地ごとの特色は薄れる。素地を各地で作り、それを輸出港に運んで絵付けするというケースも多い。これはアメリカの業者から購入したんだが、目の肥えた専門家が、アメリカ国内から日本製の輸出磁器を探して集めてくれるので、おいらは買うだけだw ヤフオクでは海外業者はあまり人気がないので、割と安く買えます。今は郵便でも、10日くらいで届く。

九谷焼谷口造

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九谷焼谷口造のカップ&ソーサー。カップの裏まで丁寧に絵付けされていて、おっそろしく細かい金彩が施されている。明治から大正にかけての輸出用九谷は、こうした超細密な絵付けが多い。谷口造というのは、九谷の輸出磁器によくある名前なんだが、「谷口駒吉」の事だろうか。谷口駒吉は、京焼の名人、千家十職の永楽和全の弟子でもあって、地元の人に言わせると「人間国宝になってもおかしくない」名人だったそうだ。ところで下衆な話で恐縮なんだが、こうした里帰りの明治輸出陶磁器、意外に値段が安くて、お買い得なのが有り難いねw 永楽和全の茶道具といったら、「水指なんかだと1000万」と、プロが言っていたw 抹茶茶碗でも50万とか100万とかそれ以上とかするんだろうが、ティーカップだと2万円だw 理由は単純で、和陶磁器のマニアは輸出用磁器にあまり興味を示さず、洋食器マニアは日本製の磁器にはあまり興味を示さないからw ごく少ない、「明治の輸出用磁器マニア」だけが集めているw まぁ、そのうち存在が知れ渡ると、価格がとてつもなく値上がりするんだろうw 年寄りの骨董屋とか、「昔はガレなんて二束三文だった」とか、そんな話ばかりしているw

永楽和全の壽茶碗

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まぁ、珍品なんだが、エッグシェルの薄い白磁に鮮やかな朱色を掛けまわし、そこに金彩で龍の文様、更に、「福」とか「壽」といった文字がデザイン化されている。大胆極まりないですw 実はコレ、京焼の名人、「永楽和全」という人の描いた絵付けで、けれども京焼ではなく、九谷焼です。

永樂 和全(えいらく わぜん、1823年(文政6年)-1896年(明治29年)5月7日)は19世紀に活躍した京焼の陶芸家。 千家十職の一つ、土風炉師・善五郎の十二代である。江戸後期を代表する陶芸家の一人永樂保全(十一代善五郎)の長男で、幼名は仙太郎。 十二代善五郎を襲名したのは1843年であり、1871年に息子の得全に善五郎の名を譲って隠居し、以降は善一郎と名乗った。

永楽和全は1866年から1870年まで、九谷に出向いて、指導をしているんだが、このセットはダブルネームで、「綿谷」と「永楽」、2つの名前が書かれている。綿谷というのは、九谷の有名な窯元です。というわけで、1870年までに作られた、ごく初期の輸出用磁器です。この頃の九谷焼は、明治維新を迎えて、失業士族の救済事業として、磁器の生産力向上に努めていた。有田や瀬戸などから技術を導入し、人を派遣して学ばせ、と、そんな一環として、京焼の名人を招聘したわけです。それにしても、戦前の輸出用陶磁器には、世界と戦う日本人の心意気が込められていて、味わい深いです。

構内整備

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今日は薪炒り番茶KK菊川工場の構内整備です。敷地のあちらこちらにいつの間にか勝手に生えてきた雑木がいっぱい。全部チェーンソーで伐採して、スッキリ。

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梅の木一本だけ残した。梅干し製造用ですw 手前に看板があるんだが、国交省が設置した、「がけ崩れ注意」の標識。見て判るように、建物の背後に山が迫っているんだが、山と言っても高さは10mくらいしかなく、傾斜もなだらかで、崩れる心配など皆無だ。とはいえ、奥の家は建て直そうと思ったら、手前に持ってこないと許可が出ない。

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伐採した枝や太い樹も、すべて薪になりますw 薪はどれだけあってもありがたい。なんせウチは「薪炒り番茶KK」だw

白薩摩

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明治期の、やはり輸出用として作られた「白薩摩」です。白薩摩の起源は秀吉が連れ帰った朝鮮の陶工に遡るんだが、鮮やかな色絵が外国人に人気となって、たくさん作られ、輸出された。写真は、左が「湊光」という神戸で作られた白薩摩。中央は「旭山」とあるんだが、九谷焼でその名前を名乗る絵付師がいたのは知られているんだが、コレがそうなのかは不明。右にチラッと見えているのは、「志山」とあるんだが、詳細は不明。

幕末に日本が開国すると、日本の陶磁器のうち美術的に優れたものは欧米へ輸出されるようになった。薩摩藩は1867年にフランスの首都パリで開かれた万博に薩摩焼を出展し、現地で好評を得た。こうした背景から幕末から明治初期に掛けての京都で、欧米への輸出用に、より伝統的な日本のデザインを意識し、絵付けされた「京薩摩」が作られた。横浜や東京で絵付けされ、横浜港から輸出されたものは「横浜薩摩」と呼ばれた。

薩摩焼はわずかに鉄分を含んだ陶器質の土で焼かれる陶器なので、京都、神戸、横浜など、あちこちで焼かれたり、絵付けされたりしてます。白薩摩は、どこか鄙びた雰囲気の絵付けが多いようだ。

ジャポニズム

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1890年頃から、盛んに欧米に輸出されたジャポニズムの磁器です。右は「加賀国 九谷造」と高台に描かれている。極めて精緻な手描きの絵付けで、素晴らしいです。左は1908年製のノリタケ。ノリタケはバックスタンプでそこまで特定できる。こっちはデミタスカップですね。こうした日本の風景や人物というのは、海外で人気があったらしく、外国人の注文によって作られた。日本国内ではほとんど見られないデザインです。こういうのも、みんな「里帰り品」。

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せっかくなので皿だけをアップにしてみた。まだ開国から間がない東洋の不思議の国・日本。小さなカップ&ソーサーから、人々は異国に思いを馳せたのか。

花散らし文

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明治期の輸出用陶磁器なんだが、いわゆる「エッグシェル」というのとは違って、土が陶器っぽいです。絵付けは小さな文様を散らしたデザインで、ちょっと珍しい。バックスタンプは対米輸出用のオールドノリタケ、それも1910-1920年頃の感じなんだが、なんせオールドノリタケのバックスタンプというのは100種類以上もあって、特定できない。オークションの売り手は「明治期 森山焼 中村」と説明しているんだが、森山焼というのは遠州森町の伝統窯で、志都呂と同じ鉄分の多い土を使う、まったく違う系統の焼き物です。というわけで正体不明。土が違うので、ノリタケではなく、ノリタケのパチもんかも知れない。

色絵金彩

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これまた派手な文様なんだが、明治の輸出用磁器です。日本が開国して、輸出用として盛んになったのが、磁器生産とか、絹織物とか、お茶。これはメーカー不詳で、バックプリントには「Made in Japan」とだけ、ある。これはどうなのか知らないが、この時代、磁器の絵付けの多くは横浜で行われていた。お茶の火入れも横浜に大きな工場があった。瀬戸あたりで本焼成された磁器は、横浜の絵付け工場に運ばれ、色絵でもう一度、低温焼成。さらに金は金だけでもう一度、低温焼成します。横浜には外国人もたくさん住んでいたので、「こんな柄が良い」とかの要望はすぐに反映されただろう。幕末で日本の工芸技術というのはかつてない高みに達するのだが、そこに欧米のセンスが加わったのが明治の輸出用工芸品で、まぁ、ひとつの「極地」です。

チカラマチ印

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オールドノリタケとしては後期にあたる1920年代から1945年までの物だそうだが、手描きです。あまり緻密な絵柄ではない。これは「チカラマチ印」と言われているスタンプで、名古屋市の主税町に大きな絵付け工場があり、そこで絵付けされた物。

名古屋市市政資料館を東へ100m程行くと主税町公園があります。東区のこの辺りは明治から昭和にかけて多くの絵付け工場や陶磁器輸出業者が軒を連ねていました。主税町公園一帯は明治期には森村組絵付け工場があった跡地です。森村組は創始者である森村市左衛門が明治9年に創業した現在の森村グループ(ノリタケカンパニーリミテッド、TOTO、日本ガイシ、日本特殊陶業、大蔵陶園、森村商事)で明治29年頃には現主税町公園の南の敷地(国家公務員合同宿舎)も合わせて3,660坪の絵付け工場がありました。明治37年には西区鷹馬村則武に日本陶器を設立、工場も移転しました。

絵が、明治のジャポニズムそのものではなく、ちょっとモダンな感じも入っていて面白いです。

・チカラマチ印 (1920年代頃に日本陶器主税町[チカラマチ]主張所で絵付けされた製品の裏印で、いわゆる外工場用・または、外注仕入れ品に使用した裏印)

磁器絵付の印刷といえば、最初は転写だった。紙に印刷された絵柄を、磁器の生地に転写する。印刷された種紙は当初、ヨーロッパからの輸入しかなくて、手描きより高価だったそうです。

高坂造

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いかにも和風の絵付けなんだが、明治から大正にかけて、輸出用に作られた「高坂造」という名の製品です。実は、こうした和風の絵付けが最初に磁器に導入されたのは、ヨーロッパだそうで、日本の浮世絵などを参考にして作られたあちら作の「和風」磁器を日本がまた真似して作ったという、込み入った経緯があるらしいw 高坂造は生地を瀬戸で焼いて、それを横浜に運んで、横浜の「高坂商店」という工房で絵付けしていたようだ。そういうのは「横浜絵付」と呼ばれます。1905年(明治38年)に米国オレゴン州ポートラアンドで開催されたルイスクラーク100年記念万国博覧会で日本は金牌139個を獲得、陶磁器だけでも20の金牌というんだが、その中に「高坂藤右門」という名もある。端正な絵柄なので印刷かと思ったら、よく見たら手描きです。皿が二枚なんだが、大きい方はケーキ皿ですね。この手の「絵柄を鑑賞するセット」では、三点セットというのも多い。手描きの三点セットとしては、値段は安かったw
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柿田川のサントムーンには紅茶専門店ルピシアがあるので、今日はダージリンのファーストフラッシュ今年版を買って来た。今どきは紅茶も数ヶ月で店頭に並びますね。東インド会社の時代には、2-3年かかっていたらしいw なので、緑茶や発酵度の低いウーロン茶ではヨーロッパに着く頃には変質してしまっている。なので、紅茶の消費が伸びたんじゃないかとおいらは想像するんだが、さて、ファーストフラッシュというのはまだ気温の低い2月くらいに収穫される茶葉なので、発酵が進まず、紅茶と言っても半分は白茶みたいな味になります。水色も薄い。独特の風味で、好きな人は大好きですねw カップはオールドノリタケ。手描きです。アザレアの花だそうで、アメリカでは今でも人気のコレクターズアイテムです。お菓子は広小路ララの、ベビーシュークリーム。おいらがご幼少のみぎり、風邪かなんかで発熱した時にママンが買って来てくれて。あまりの美味しさに感動したおいらが「シュークリーム、シュークリーム、美味しいな」という詩を詠んで、それが三島市の文集「わきみず」に掲載されたのが7歳の時で、おいらの活字デビューだw

九谷のアンティークカップ

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これは素晴らしい逸品で、明治の輸出用日本陶磁器業界を代表するような作品だと思う。九谷の岩花堂は、1880年から1930年くらいまで、イギリスやアメリカに輸出をしていた。手描きの絵付けで、里帰り品です。この時期は「新九谷」と呼ばれていて、明治維新で失業した士族の救済事業として、頑張っていた時代です。

岩花堂は1873(明治6)年、金沢上柿木畠に金沢区方勧業場が設けられた際に窯が築かれ、京都の陶工西村太四郎と尾形周平を招き、尾形乾山風の陶器を焼いた。その後、1876(明治9)年には石川県勧業試験場となり、1880(明治13)年に廃止となったが、横浜宣徳らが士族授産のためにこの製陶工場と機械などを借り受けて「岩花堂」と命名し、操業を続けた。その後、1882(明治15)年には藤岡友次郎がその施設を継承して藤岡岩花堂と名付けた。

器が良いので、お菓子もここは頑張って、色を合わせたw 「ミシマバイカモ」という羊羹です。この和菓子屋さんはちょっと変わってて、どら焼きと、季節商品のこの羊羹しか売ってないw 一日限定10本です。

置き場所がない

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これら全て、TOTOのカップ&ソーサーです。今ではすっかり便器の会社なんだが、1960年代までは食器も作っていた。アールデコ様式の物が多い。なかなか可愛らしいデザインで、いい感じです。ネットオークションでも、比較的安く買えます。コレクターが少ないのだろう。それはいいんだが、安いので次々に落札して、どんどん届く。置き場所がないw 写真を撮ってネットゲリラで紹介して、別の場所に収納するんだが、追いつかなくなったので、まとめて処理しますw これくらいの品物だと価格的にも普通の新品と変わらないので、日用に使えるんだが、それでも戦前の品物なので、かれこれ100年物です。

限定500個

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以前、リーフを売り出したらほぼ一日で完売してしまったんだが、本川根の標高300mで作られた自然栽培茶です。今回はティーバッグの発売です。静岡のお茶業者には、「ティーバッグは安物」という意識があって、売れ残りを使ったりする事が多いんだが、イギリスでさえ9割がティーバッグという時代に、そら、ないだろうw というわけで、薪炒り番茶KKではあえて、最上級の自然栽培茶を手仕事でていねいに製茶し、それをティーバッグに仕立てました。3gの茶葉で10個入り680円。3gの茶葉というと、ペットボトルみたいに薄いお茶で良ければちょうど一本分という感じだ。古き良き時代の懐かしい日本茶が、ティーバッグで蘇る。限定500個です。今年の一番茶はコレでオシマイです。今日、茶師が仕上げたお茶をティーバッグ加工業者に持ち込みました。近々発売!

あげまん!

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中国茶には、お菓子のお茶請けは要らない、という話もあるんだが、台湾茶の凍頂烏龍茶なら日本の煎茶に近いので、まぁ、そんな事もないだろう。というわけで、「あまののあげまん」です。国道1号線の街道沿いに「あげまん」と看板が出ているので、ちょっとビックリw まぁ、40年も前から売っている名物なので、地元民は誰でも知っているんだがw

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今日は運良く揚げたてで、まだ暖かかった。皮がパリパリして、揚げたては格別だ。翌日になるとしっとりするんだが、オーブンで少し炙るといいらしい。まぁ、しっとりしていても美味しいんだが。

鯨に乗ったオッサンと泰国美人

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「イルカに乗った少年」ならぬ「鯨に乗ったオッサン」という話なんだが、時はあたかも天保12年、長く途絶えていた有田焼の輸出が、再開される。久冨与平という人物が、長崎から上海に向けて輸出を再開したのだ。

 肥前の焼き物の貿易が有田の富商久富与次兵衛昌常によって再開されたのは1841(天保12)年。 久富家は鍋島閑叟から屋号の蔵春亭を拝受し、1853(嘉永6)年には長崎に蔵春亭支店を設立した。 店は佐賀藩の事務所としても使用され、大隈重信や江藤新平らも出入りしていたという。
 その与次兵衛昌常の六男が与平昌起。 長崎の店を任され貿易の第一線に立った与平は、英国人トーマス・グラバーと親交を結び、炭坑の共同開発にも着手した。 彼等が開発した炭坑は、後に三菱に引き継がれた高島炭坑である。
 1866(慶応2)年、与平は小城藩主鍋島直虎に建言し、米国ボストンで建造された200tの汽船ドルフィン号を2万3千ドルで購入させた。 これが「大木丸」である。
 与平はこの船を操り、上海へ陶磁器、和紙類、松板、石炭等を輸出し、帰りには新式の武器を輸入するなど、藩のため東奔西走した。
 明治になり、新政府の要人となった江藤新平は、旧知の与平に東京府知事就任をしきりに勧めたが、与平は固辞した。海運と貿易を開始し五大州を廻らんと望んだからだ。
 1870(明治3)年の晩秋、与平を乗せた大木丸は千島沖で台風に遭って難破するという事故が起る。 船は半年余も島から島へ漂流したといわれている。 与平は遭難した船中で病に倒れ「遺体は海中に投ぜよ。死後長鯨に跨って初志を遂げん」と言い残し世を去ったという。 1871年6月、享年40才だった。
 後に大隈重信は「長命であったなら三菱以上の事業を成しとげただろう」と与平のことを回顧している。

今日のティーカップは、その久冨与平の扱った磁器。もちろんアンティークです。欧州からの里帰り品で、手描きです。鮮やかな絵付けで、明治日本の意気込みを感じさせる。素晴らしい逸品です。まぁ、そこそこ安かったんだがw それにしても、「死んだら鯨に乗って五大陸を駆け回るぞ」と、カンラカンラと笑いながら死んだという、傑物です。

さて、そこに合わせるお茶は、「泰国美人茶」なんか怪しげな名前なんだが、タイ北部メーサロンで作られているお茶です。メーサロンには国民党の残党が住んでいて、台湾からの技術供与で高級なウーロン茶を作っている。その中でも最高峰が、「東方美人」と同じ作り方をしたという、この泰国美人茶。東方美人は英語では「オリエンタル・ビューティー」と呼ばれ、台湾紅茶の超絶的な逸品です。こちらも、負けず劣らずの素晴らしい出来で、メーサロンのお茶は相変わらず素晴らしい。メーサロンの連中は、国共内戦の時に、囮となって共産党軍を引き寄せながら逃げ廻った部隊で、彼らのおかげで蒋介石は台湾に逃れる事が出来た。ところが、囮の部隊は大陸に取り残されてしまう。彼らは中国・タイ・ラオス・ビルマなどを転々として、阿片を栽培しながらゲリラ戦を半世紀に渡って続けた。麻薬王と呼ばれたクンサーもお仲間です。それがタイ国王の呼びかけで投降し、メーサロン村に定住した。おいらが最初に行った頃には、山のてっぺんにデカい短波アンテナを建てて、台湾と短波無線でやりとりしていたな。阿片栽培はやめて、その代わりに導入されたのが、ウーロン茶の栽培です。一つのティーカップにも、一杯のお茶にも、人の歩んできた歴史がある。

国産の黒烏龍、再入荷です

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お待たせしました。待望の黒烏龍、再入荷です。花いろ烏龍茶でお馴染みのヤマセンさんの定番商品です。花いろ烏龍茶は、フローラルな香りが特徴の高級烏龍茶なんだが、こちらはプーアル茶と烏龍茶をMIXしたもの。強めの焙煎で仕上げた烏龍茶と、まろやかな味わいのプーアル茶のダブルの働きというのが特徴です。サントリーの黒烏龍茶と飲み比べてみた記事がこちらなんだが、こちらの方がボディがシッカリしていて、味もエッジが立った力強さがある。美味しいです。ヤマセンさんは色々とお茶のバリエーション開発に熱心なんだが、烏龍茶も上手ですw ちなみに、深蒸し茶のマルキョーさんとは、社長がサーファー仲間だそうですw 安心安全の静岡産茶葉100パーセント使用、無添加です。


KOJ_2370_300.jpg 1300円(税・送料込み)
<ヤマセン 黒烏龍 5g×38個 38リットル分>

常用として飲みやすく、値段も安い、静岡産の黒烏龍のティーバッグです。一個で1リットル、煮出せば38リットル分になります。ポットで淹れる場合でも、19リットル分です。ボディがシッカリした美味しい烏龍茶です。癖がなく、和洋中華、どんな料理にも合います。豆州楽市オリジナルのパッケージ商品です。

豆州楽市がお届けします。

渋谷音楽大茶会、ご報告

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会場ホステルの玄関先に置かれた移動茶室。今日は大人気でフル回転でした。

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iPhone10のポートレートモードで背景をボカしてみた。白茶モヒート。びっくりするくらい素直な味で、コレは良いですねw お酒と食べ物は有料です。お茶の試飲は白茶も含め、無料です。

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本日のハイライトは、民謡歌手めぐ留さんのライブ。伴奏はフリージャズの巨匠、不破大輔さん。異色のコラボ、というか、日本初のコラボなんだが、意外にしっくり来たw ジャズミュージシャンは教養があって音楽性が幅広いので、何でも出来る。不破さんは玉川大学の講師もやってます。

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東京で初のオフ会だったんだが、いつものメンバーも含め、多数、参加いただきました。お茶もたくさん売れました。ありがとうございます。

渋谷で白茶が飲めます!

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薪炒り番茶株式会社主催 音楽大茶会 vo 1
~music tea party~
6月2日(土)
WISE OWL HOSTELS SHIBUYA 1Fロビー
(東京都目黒区青葉台4-9-10)
15:00~21:00


薪炒り番茶KKの新製品試飲については無料です。ライブも無料です。移動茶室での日本茶提供につきましては、ドネーションでお願いします。午後6時からは、民謡歌手「めぐ留」さんのライブです。伝説の白茶が味見できるチャンス!

トンキンオフ会!

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オフ会のお知らせです。今回はなんと、東京! 渋谷というか、246号線の池尻大橋です。WISE OWL HOSTELS SHIBUYA という、外国人観光客に人気のホステルがあるんだが、そこの地下でやります。

6月2日(土曜日) 午後3時~午後9時 

ライブもあります。午後6時から。民謡歌手・伊藤多喜雄の娘である、めぐ留さんのボーカルと、フリージャズの巨人、不破大輔さんのベースというデュオです。





貸し切りではないので、外国人観光客の皆さんも出入りしますw あまり恥ずかしい姿を見せないように、あまりハメを外さないようにw

国産野生茶、プライスレス

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中国茶マニアの間で垂涎の的となっているのが「野生茶」というジャンルなんだが、実は、日本にも野生茶はある。西日本ではいまだに焼畑農業というのをやっている土地があるんだが、焼畑業界では、「まっ先に生えてくるのはお茶の樹」だと言われるくらいで、山には普通に見られるらしい。もっとも、今ではまったく利用されていない。国産の野生茶なんて、聞いた事ないぞ、と言ったら、薪炒り番茶KKで若手の指導をしている奈良のベテラン茶師が、面白がって作って来たw 西日本にしか野生茶はないので、おいらも飲むのは初めてです。ところで、「山から採ってきた山菜と、畑で作っている山菜、どっちが美味しい?」という話があるんだが、愚問の極地で、山菜は天然・自然のモノが美味しいに決まっている。茶師の話だと、陽当たりの良くない場所の茶樹なので、天然物の玉露だ、と言うんだが、普通に淹れて飲んでみたら、しごくアタリマエの、バランスの取れた良い煎茶です。安っぽい玉露にあるような、過剰な「旨み」などはない。キリッとした苦みがあり、香りも良い。すごく気に入ったので、これを毎日飲む定番のお茶にしたいんだが、残念ながら、国産の野生茶なんて、値段が付けられるようなシロモノではないw 人件費を考慮したら、100g1万円以上だろうw そもそも100gなんて大量には作れないw けれど、お茶好きが飲んだら、これは一発でトリコになりますw コーヒーでも最高峰と呼ばれるブルーマウンテンという豆は、特に際立った特徴があるわけではない。単味で、全てが完璧にバランス取れているというのが、ブルーマウンテンの値打ちです。お茶も同じだ。

ちなみに茶碗は骨董品の多分、伊万里。高台内には「萬歴年製」と書いてあるんだが、大明萬歴年というのは中国の明代、1573-1620年の事を言うんだが、磁器の高台にはそう書くのが「お約束」なので、明代の中国製というわけではない。形はそば猪口なんだが、それにしては小さいし、口辺に金彩が施してあるので、煎茶碗だと思う。

2018年産、雲南省の野生茶

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今年の白茶です。新茶です。といっても、中国の大雪山というところの野生茶。おいらがいつも中国茶を購入している北条さんという人が、この地域を得意としていて、毎年、入荷します。ただし、圧縮してない散茶は時期が限られる。これは新茶なので、カタチも崩れていないし、まだ緑色が残っている。野生茶というのがどういうモノか? ちょうどいい動画があったので、見てみよう。



こんな感じの山中で、山菜採りみたいにして現地の少数民族が摘んでます。茶樹の原産地である雲南省というのは、こういうところだ。日本でも、西日本には「山茶」と呼ばれる野生茶があるらしい。でも、山茶を採取してお茶を作っているという話は聞いた事がない。日本人は人件費が高いので、そんな事をしても勘定が合わないw もっと日本が貧乏になれば、道の駅で山茶の白茶を売る婆さんとか出現するかも知れないがw 

さて、全てのお茶の原点である、この野生茶。見事に元通りに戻ったポットの茶葉を鑑賞しながらいただきます。仄かな香りと、ケレン味のない、落ち着いた味わい。深い喉越しの余韻が素晴らしい。薪炒り番茶KKでは、耕作放棄された山の茶畑を再生して、この野生茶に近い環境で育てています。もちろん無農薬、無施肥。白茶を作っても、煎茶を作っても、素材が良いので良いお茶が出来る。今年の生産量はわずかですが、6月2日の渋谷大茶会では、白茶と煎茶がテイスティングできます。煎茶は少しだけですが、販売もできると思う。よろしくお願いします。

6月2日、渋谷大茶会

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6月2日、渋谷大茶会のお知らせです。
WISE OWL HOSTELS SHIBUYA 1Fロビー
東京都目黒区青葉台4-9-10BANCHACAFE15:00~
★Live 18:00~18:40
不破大輔コントラバス/めぐ留民謡ボーカル



最近、夏になると日本中でコレなんだが、よさこいソーランでも定番、もっとも有名なのが、この南中ソーランだ。稚内南中学で始まったんだが、学校が一体となってコレで学級崩壊を食い止めたというので有名になり、TVの金八先生でも取り上げられ、全国的なブームになった。その、立役者が、この伊藤多喜雄です。若くしてコンクールで優勝した民謡歌手なんだが、海外を放浪するうちに、新しいスタイルの民謡を作り上げた人です。



で、こちらは伊藤多喜雄の娘さんです。めぐ留さんです。6月2日のイベントに出演します。娘さんも民謡歌手です。同じように、ジャズマンをバックに従えて、新しいスタイルの音楽を演ってます。会場は外国人旅行者の多いホステルのロビーなので、注目を浴びそうだw 踊っているのは、これまた伊藤多喜雄のお孫さんw やはり、こういう伝統芸は生まれ育ちで決まるもんだな。



お茶会イベントは午後3時からですが、ライブ演奏は午後6時から、となります。予算の関係でパックはベース一人だけですw まぁ、腕っこきのジャズマンなので、何とかなるだろうw 薪炒り番茶KKのスタッフは、「オマケでダンサーも付けろ」とか「お父さんも、暇だったら連れて来い」とか、無茶言ってますw まぁ、お茶の試飲もライブも無料なので、ゆっくり楽しんで下さい。

機械は古いほうが安心できる

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釜炒り煎茶の第一弾、おかげさまで好評のうちに100個を二日間で売り切るという好成績で、引き続き薪炒り番茶KKの茶師が山の遅い一番茶を製茶してます。最近はコンピュータで制御する自動の大きな機械が多くて、こうした小さな機械は流行らない。廃業する製茶工場から安く譲り受けてやってます。

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これはかつて「宮内庁御用達」の献上茶を作っていた「乾燥機」です。お茶の都博物館から盗んで来たわけじゃないが、博物館モノだわw お茶というのは匂いを吸着しやすい性格を持っているので、古い機械の方が安心して使える。竹ザルを新品で30個買ったんだが、白茶を作ってみたらやはり、竹の匂いが移る。半年くらい雨ざらしにして寝かせる必要がありますw これは半世紀以上も前の新品なので、安心だw

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一度に作れるのはせいぜい数kg程度。イマドキはこんな作り方は流行らない。1.5トンをブッ込めば、一晩で300kgの荒茶が作れる機械が、一人で動かせます。全てがコンピュータ制御でセッティングされているので、素人でも動かせる。けれど薪炒り番茶KKではあえて、茶師が自分の目と腕で、一つ一つの工程を確かめながら、作っている。農薬も肥料も使わないので、単位面積あたりの収量は悲惨なもんだが、な~に、どうせ耕作放棄された茶畑でやっているので、採算は度外視ですw


第一弾は売り切れました。第二弾は6月2日のイベント(渋谷)で発売開始です。今年の春摘み茶はそれでオシマイです。茶師は、夏の育った葉で作るウーロン茶、紅茶の試作に取り掛かっています。乞うご期待!

自然栽培茶、売り切れ!

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売り切れました。有難う御座いました。


自然栽培茶、おかげさまで売り切れ寸前です。限定100個が、一日で70個売れた。残りはあと26個。茶師を急かして次を作らせているんだが、さすがに山の一番茶もそろそろ終わりを告げる時期で、これが今年の新茶のラストになるという、薪炒り煎茶の第二弾サンプルを送ってきた。面白いね、同じように作っているのに、今回は味が微妙に違う。前回の初弾は香りが豊かで、味はまろやかだったが、今回は香りはちょっと弱くて、キリッとした苦みがある。おいらは苦いお茶が好きなので、全然オーケーなんだが、つうか、こっちの方が好みなんだが、前回のまろやかな甘さと香りが素晴らしいと評する人もいる。違いが出た理由は、主に新芽の成長具合だと思う。二弾目の方が、少し成長しているのだ。新芽は成長するにつれ、葉が充実するにつれ、甘さが減り、苦みが出て来る。お茶の味というのは、産地だけじゃない、畑一枚違っても味が違うと言われるほどで、收穫が一日遅れると、それだけでも味が変わる。市販のお茶はそれを混ぜて、味を調整してます。静岡茶を名乗っても、半分までは他県産の茶葉を混ぜても許されるほどだ。そうした風習が、日本茶のブランド力を弱めているんじゃないかと思うんだが、おいらはそのお茶の個性をそのまま味わいたいので、単味で勝負だ。

薪炒り番茶KKの自然栽培茶は、番茶を作るために刈り込んだ耕作放棄茶畑を、その後、2年間、農薬も肥料も与えずにじっくりと樹勢を回復させ、3年目にやっと、機械刈りが出来るまでになります。耕作放棄された茶畑を何年もかけて自然栽培茶の農園に作り上げていくという、気の長いシステムですw 今年はやっと、これだけ。来年はもう少したくさん作れる。再来年にはもっとたくさん作れる。捨てられた茶畑が、都会の意識高い系知識人垂涎の、自然栽培茶に変貌を遂げる。今回は本川根の山のお茶です。来年からはずしゃだちのお茶も出せると思う。

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<自然栽培 薪炒り煎茶 50g>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。ぜひ、ガラスのポットで淹れて下さい。元のカタチに戻って行く茶葉を鑑賞しながら飲むお茶です。

第一弾、まろやかに甘くて香り高い逸品は、あと26個です。第二弾は近々発売になりますが、多少、味は違う。また、ウーロン茶、紅茶も準備中です。乞うご期待!

TOTOのカップ&ソーサー

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これはまたスッキリしたデザインで、モダニズムですね。広義でのオールドノリタケなんだが、これは「東洋陶器」製です。東洋陶器は、今ではTOTOという。言うまでもなく、便器を作っている、あの会社だ。東洋陶器はノリタケの兄弟みたいな存在で、1960年代までは食器も作っていた。

日本陶器から技術指導や素材供給などの協力を得て磁器製の食器も作られた。こちらは第一次世界大戦によるヨーロッパの生産能力低下などから海外での需要が大きく、コーヒーカップ・ソーサーなどがアメリカやイギリスに輸出された。輸出は当初森村商事を通じて行なわれ、1922年からは東洋陶器が直販するようになった。また、国内販売は日陶商会(後のノリタケ、現・ノリタケテーブルウェア)が担当した。

オールドノリタケを集めていると、アールヌーヴォーからアールデコ、モダニズムと、近代デザイン史が凝縮されていて面白いです。カップ&ソーサーなら数千円で、滅多に万を超えないので、骨董趣味としては安上がりだしw

お茶を煮てみた

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「煎茶」といい、お茶を煎じるという。煎じるというのは、「煮出す」事で、むかしは急須なんかなかったので、鍋でお茶を煮ていた。鍋にひとまわり小さなザルを沈め、そこから柄杓でお茶を汲むのだ。なので、茶汲み娘という呼称も生まれた。むかしのお茶は揉みが浅いので、そんな乱暴な淹れ方をしても苦くならない。今のお茶は徹底的に揉む。特に日本の煎茶は、糸のように細くなるまで揉む。すると、葉の組織が壊れて、成分が抽出しやすくなる。最近はそれに「深蒸し」が加わって、まるで青汁ですw で、その今風の静岡茶の対局になるのが、薪炒り番茶KKの作った薪炒り煎茶。蒸してない、釜炒りです。ガラスのポットで淹れると、時間をかけて元の茶葉のカタチに戻る。これを、江戸時代の茶屋みたいに鍋で煮てみたw グラグラ煮立てると、すぐに茶葉のカタチに戻ります。一番茶なので、そんな事をしても苦くならない。よく、煎茶の淹れ方で「お湯を冷まして」と言われるんだが、玉露などは風呂のお湯くらいの低温で淹れたりするんだが、このお茶は熱湯でも大丈夫。煮ても大丈夫w 中国茶は基本的に熱湯で淹れるんだが、このお茶は製法が中国茶と同じなので、基本的には熱湯で淹れてください。

18052101.jpg 800円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 50g>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。ぜひ、ガラスのポットで淹れて下さい。元のカタチに戻って行く茶葉を鑑賞しながら飲むお茶です。
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理想的な「日本茶」というのは、いかにあるべきか? 世界中のお茶を、烏龍茶、緑茶、紅茶の垣根なく飲み比べ、背丈ほどの文献を読み漁り、海外も含めてあちこちの産地を歩き、その結果として、幾つかの「良いお茶を作る条件」というのが判って来た。その一つが「肥料を与えない」事です。窒素肥料をドカドカ与えれば、収量は増える。日本のお茶は、インド・スリランカの紅茶と比べて、単位面積あたりの収量が10倍だという。新芽の数が在来種と比べて3倍と言われるヤブキタ種に、これでもかという大量の肥料を与えれば、収量だけは増える。味は良くならないw 肥料から得られるのは、「出汁のように旨味が」という、あの、アミノ酸だけです。大地が提供できるミネラル分というのは限られているので、窒素肥料に由来するアミノ酸の旨味だけに頼った、妙にベタつくお茶ばかりになる。飲めば飲むほどに、後味が悪い。無農薬はもちろんだが、無施肥。これが理想です。収量はとてつもなく下がる。とても採算が合わない。なので、プロの農家は誰もそんなモノ作らない。おいらはプロの農家ではないので作る。

というわけで、ウチの茶師が作りました。耕作放棄されていた茶畑を刈り揃えて、2年間、農薬も肥料も使わずにひたすら待ちました。ほとんど雑草取りもせず、ただ、ひたすら待った。自然に還った在来種の生命力だけが頼りです。標高350mという、霧深い山です。お茶を無農薬で作るには、山でないとうまく行かない。一日の温度差が大きい高地では、虫が発生しにくい。肥料を与えないお茶の葉は美味しくないようで、山で無施肥なら、農薬を使う必要がないのだ。その代り、葉は栄養失調みたいに黄色っぽい。平地の茶畑みたいな鮮やかな緑色ではない。耕作放棄地の自然栽培茶です。これを、機械で刈って、白茶を作る要領で萎凋させる。近代の緑茶製法では萎凋作業は避けられている。手間がかかって管理が大変なのだ。けれど、萎凋させないと香りが出ない。旅行けば、駿河の国に茶の香り、という、昔はどこでもやっていた萎凋作業です。日本茶は蒸して作るんだが、薪炒り番茶KKに蒸し器はないので、薪で炒って殺青しました。釜炒り茶です。煎茶は揉んで作るんだが、これも常識はずれの、ごく弱い揉捻にとどめています。葉が破壊されていないので、お湯に浸けると、ゆっくりと、元の茶葉に戻って行く。抽出には時間がかかるので、何煎でも淹れられます。日本茶は揉み過ぎていて、すぐに成分が出切ってしまうお茶ばかりなんだが、このお茶は違う。高い、良質の中国茶のように、何煎でも淹れられる。これがベストだとは言わないが、少なくとも日本中どこを探しても存在しない、ウチだけのお茶です。薪炒り番茶KKとしては最初の試作ロットになるので、まだまだ進化の余地はある。でも、薪炒り番茶KKが目指す、世界一の緑茶に、一歩だけ近づいたのは確かだ。もちろん、6月2日のイベントでは飲めるようにします。それでも少し余りそうなので、豆州楽市でも通販します。機械刈りとはいえ、製茶は全て、茶師の手仕事で、火入れも乾燥も薪なので、値段のつけようがない貴重品なんだが、皆さんに飲んでいただいて感想を聞きたいので、安く提供します。

18052101.jpg 800円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 50g>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。ぜひ、ガラスのポットで淹れて下さい。元のカタチに戻って行く茶葉を鑑賞しながら飲むお茶です。

薪炒り煎茶の水出し

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薪炒り番茶株式会社主催 音楽大茶会 vo 1
~music tea party~
6月2日(土)
WISE OWL HOSTELS SHIBUYA 1Fロビー
(東京都目黒区青葉台4-9-10)
15:00~21:00


薪炒り番茶飲み放題と、薪炒り番茶KKの新製品試飲については無料です。ライブも無料です。移動茶室での日本茶提供につきましては、ドネーションでお願いします。

完全に耕作放棄されてから10年以上経過して、農薬も肥料も抜け、自然に還った茶樹から採れた新芽だけで作った、薪炒り番茶KKならではの薪炒り煎茶です。薪火による釜炒りと、炭焙による乾燥と、手仕事で製茶しました。いつもは熱湯で淹れるんだが、冷水で水出ししてみた。約10時間です。熱湯で淹れるとほどよい苦みがあって良いお茶なんだが、冷水だけで淹れると、苦みが消え、まるで白茶のようなミネラル分の濃い、深い味です。自然栽培茶ならではの、贅沢な味だ。白茶は国産の市販品が皆無で、自分で作るしかないんだが、ダージリン製法のファーストフラッシュと並んで、市販品ではもっとも白茶に近い存在だと思う。近日発売。数に限りがあるので、購入数はおひとりさま2個までとさせていただきます。

18052101.jpg 800円 税・送料込み
<自然栽培 薪炒り煎茶 50g>
無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。ぜひ、ガラスのポットで淹れて下さい。元のカタチに戻って行く茶葉を鑑賞しながら飲むお茶です。

黒と金

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オールドノリタケです。最近ではヤフオクでも戦前の日本製輸出磁器はみんなオールドノリタケと呼ぶんだが、厳密には1921年以前の物がオールドノリタケです。年代は高台内のスタンプでだいたい判る。これは1911年あたり。手描きです。黒と金だけで、東洋風の風景画をうまく表現している。お洒落です。アールヌーボーからアールデコへの過渡期的なデザインだが、今でも通用しますね、これは。それにしても磁器というのは100年経ってもまったく経年変化がなく、新品と変わらない。ネットオークションでも、値段からして新品と変わらないので、なかなか楽しい。紅茶は中国の祁門(キームン)、お菓子はglicoの「贅沢バターのたっぷりマカデミア」ですw

日本一古いとろろ汁屋さん

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安藤広重描くところの東海道五拾三次之内、鞠子の宿なんだが、誰でも知ってるこの建物、名物のとろろ汁を売る店です。実はこの店、今でもそのまま、面影を残して、とろろ汁を食べさせている。

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今回、40年ぶりの屋根の葺き替えが終了して、本日、お披露目です。

慶長元年(1596年)。時は猛々しい戦国時代。
駿府の町が目の前で焼き払われ、豊臣秀吉は小田原城征伐のため兵を挙げ宇津谷峠を通過。そのような中、初代・平吉はのれんを掲げ、ここに丁子屋が創業しました。
今でこそ「とろろ汁の丁子屋」として親しまれていますが、当時はお茶屋として開業したようです。
その後、富士山の大噴火、大政奉還、世界大戦など時代の転換期にも直面。
初代がどのような"想いや希望"を抱いて創業したのかを知る由もありませんが、丁子屋は現在まで場所を変えること無く、ここ東海道の丸子宿で400余年を過ごしてまいりました。

丸子宿と言えば、とろろ汁。
とろろ汁と言えば、丁子屋。

松尾芭蕉翁、十返舎一九、歌川広重、様々な紀行物語や俳句、随筆、浮世絵でも残されているように、当時の身分や立場に関係なく、行き交う旅人の道中の無事を祈り、一時のおもてなしを続けております。

丸子の宿というのは東海道でもっとも小さな宿場で、「丁子屋」という屋号には大きな意味がある。

丁子に由来する商号で、丁子の絵柄が含まれる家紋を持つ商家が名乗った。また、丁子に関する商売を行う者が屋号として使うケースもあった(丁子油・香料・漢方薬など)。そこから広がって、植物に関係する職業(藍染屋)などでも、丁子屋の屋号は使われている。

丁子油は日本刀の手入れなどに使われるものであり、香料・漢方薬なども江戸時代には決して安いものではなかった。丁子屋を名乗る店は数多く存在したが、そういった事情である程度以上の商業資本家としての商家だったものも多い。そのため、明治維新以降も暖簾を守り続けている店も散見される。

とろろ汁というのは食べ物だが、山芋を擦って干して粉にしたモノは、江戸時代までは漢方薬として貴重品だった。丁子屋でも、一年中売っていたそうです。

"山薬(さんやく)"は本来はナガイモの漢名だが、皮を剥いたヤマノイモまたはナガイモの根茎を乾燥させた生薬もこう呼ぶ。これは日本薬局方に収録されており、滋養強壮、止瀉、止渇作用があり、八味地黄丸(はちみじおうがん)、六味丸(ろくみがん)などの漢方方剤に使われる。

明治になって山芋の粉を「薬」だと名乗れなくなって、この丁子屋も単なるとろろ汁食堂になってしまったんだが、ひっきりなしに観光客が押し寄せる名物スポットです。そら、広重の絵にある店で、江戸時代と変わらぬ店が、ちゃんと十四代目まで受け継がれて、営業しているんだから素晴らしい。

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コース料理をいただきました。山芋の磯辺揚げ。

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おひつでご飯が届きます。全体的に素朴な田舎料理の面影を残していて、安っぽい料亭料理になってないのがいいですね。

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デザートはメロンと蒟蒻饅頭。メロンも静岡県の名物ですw

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今日はイベントがありまして、薪炒り番茶KKも出店させていただいております。

 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

リーフもあります!<豆州楽市・薪炒り番茶リーフ100g×3>3200円

太宰治のコーヒーお菓子セット

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戦前のいわゆる「オールドノリタケ」なんだが、緑色の方は「名古屋製陶所」です。名陶硬質陶器と高台にプリントされている。名古屋製陶所は、日本陶器(ノリタケ)の技師長だった人が作った会社なので、まぁ、ほぼノリタケだ。当時の流行であるアールデコ柄です。日本陶器と名古屋製陶、並べると、違う会社だとは思えないですねw 合わせる菓子は、太宰治の愛した三島広小路ララのロシアケーキ。ララの菊川さんという家は、古くから三島市内に水車小屋を持ち、製粉工場をやっていたらしい。その関係でまずは和菓子屋になり、文明開化の波に乗って、カフェ、洋菓子屋になった。太宰治も、こんなカップで、こんなお菓子を食べていたのだろうか。

ファーストフラッシュ

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紅茶とは何か? よく分類では「完全発酵茶」と呼ばれ、100パーセント発酵とも呼ばれるんだが、それは正確ではなく、「揉んだ後で発酵させたお茶」です。完全発酵とか100パーセントとか言うと勘違いされやすいんだが、ほどよい発酵具合というのがあって、そこで停めないと「過発酵」とか「酸化」とか、むしろ味は悪くなる。ダージリンのファーストフラッシュは発酵度の低い紅茶で、その分萎凋に時間をかけるので、白茶に近い味です。ファーストフラッシュはもちろん「春先に採れる一番茶」という意味なんだが、ダージリンのファーストフラッシュの場合は、発酵そのものが浅い。写真は左がダージリン、右が静岡産のファーストフラッシュ。静岡ではたいてい紅茶は二番茶で作られるので、ファーストフラッシュは珍しい。ダージリンとは違って、発酵が深い。普通の紅茶になってます。飲んでみると、色の薄いダージリンの方が、味は濃いw

発酵を失敗したお茶は、焦げ茶色か、更にひどい物になると黒やグレーの色をしております。紅茶の場合、発酵が上手に制御されるとテアフラビンという黄色の物質が生成されます。
この色素は紅茶の品質の指標でもあり、黄色の物質が豊富に含まれるがゆえに茶葉がオレンジ?明るい茶色に見えます。
逆に茶葉の色が濃くなってしまったお茶は、過度に酸化が進んだために、テアフラビンがテアルビジンという不定形の巨大なタンニン様物質へと変化します。
この様な色になった紅茶は種類に関係無く、また、例外なく、蒸れ臭がします。お茶が冷めてから飲んだり、2煎目以降になるとこの香りが非常に気になります。

静岡のお茶作りは「深蒸し」の大量生産に特化している部分があって、紅茶も一部で作っているんだが、あまりパッとしない。おいらの見たところ、たいてい発酵が深すぎる。生産設備も機械化されているし、茶師は経験が少ないし、そもそもビジネスとして重視してないので、「こんなもんだろう」というレベルに留まっているのだ。

紅茶作り

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ウチの茶師が、今度は紅茶を作ってます。日本茶、紅茶、中国茶、色々あるけれども、基本は同じで、要は、「発酵」をどの段階でどの程度、進行させるのか、というところに尽きる。この発酵というのが厄介なシロモノで、温度や水分量が関係してくるので、教科書が作れない。誰かのデータを入手したところで、同じようにやっても、同じ結果にはならないのだ。で、7月には好評だったワークショップの第二弾、自分で作る紅茶、です。写真は茶師が手揉みしている萎凋済みの茶葉。「こんなに大変だとは思わなかった、汗だくです」とメールが入ったw 揉捻機があるというのに、何で手で揉んでいるのかw 紅茶の場合、萎凋させてから揉んで、発酵です。発酵時間は「数時間から半日」というんだが、もちろん温度によっても違うし、水分の残り具合によっても違う。そもそも、萎凋にしても、1日から2日と言われていて、萎凋と発酵のバランスで紅茶のキャラクターが違ってくる。ダージリンで言うなら、オータムナルを作るのか、ファーストフラッシュを作るのか、という事だ。紅茶の作り方を解説したサイトはあちこちにあるんだが、この、「キャラの違う紅茶作り分け」を解説しているのは、こちらだけです。紅茶作りワークショップの参加希望者は暗記するほど読み込んでおくようにw
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理想的な「日本茶」というのは、いかにあるべきか? 世界中のお茶を、烏龍茶、緑茶、紅茶の垣根なく飲み比べ、背丈ほどの文献を読み漁り、海外も含めてあちこちの産地を歩き、その結果として、幾つかの「良いお茶を作る条件」というのが判って来た。その一つが「肥料を与えない」事です。窒素肥料をドカドカ与えれば、収量は増える。日本のお茶は、インド・スリランカの紅茶と比べて、単位面積あたりの収量が10倍だという。新芽の数が在来種と比べて3倍と言われるヤブキタ種に、これでもかという大量の肥料を与えれば、収量だけは増える。味は良くならないw 肥料から得られるのは、「出汁のように旨味が」という、あの、アミノ酸だけです。大地が提供できるミネラル分というのは限られているので、窒素肥料に由来するアミノ酸の旨味だけに頼った、妙にベタつくお茶ばかりになる。飲めば飲むほどに、後味が悪い。無農薬はもちろんだが、無施肥。これが理想です。収量はとてつもなく下がる。とても採算が合わない。なので、プロの農家は誰もそんなモノ作らない。おいらはプロの農家ではないので作る。

というわけで、ウチの茶師が作りました。耕作放棄されていた茶畑を刈り揃えて、2年間、農薬も肥料も使わずにひたすら待ちました。ほとんど雑草取りもせず、ただ、ひたすら待った。自然に還った在来種の生命力だけが頼りです。標高350mという、霧深い山です。お茶を無農薬で作るには、山でないとうまく行かない。一日の温度差が大きい高地では、虫が発生しにくい。肥料を与えないお茶の葉は美味しくないようで、山で無施肥なら、農薬を使う必要がないのだ。その代り、葉は栄養失調みたいに黄色っぽい。平地の茶畑みたいな鮮やかな緑色ではない。耕作放棄地の自然栽培茶です。これを、機械で刈って、白茶を作る要領で萎凋させる。近代の緑茶製法では萎凋作業は避けられている。手間がかかって管理が大変なのだ。けれど、萎凋させないと香りが出ない。旅行けば、駿河の国に茶の香り、という、昔はどこでもやっていた萎凋作業です。日本茶は蒸して作るんだが、薪炒り番茶KKに蒸し器はないので、薪で炒って殺青しました。釜炒り茶です。煎茶は揉んで作るんだが、これも常識はずれの、ごく弱い揉捻にとどめています。葉が破壊されていないので、お湯に浸けると、ゆっくりと、元の茶葉に戻って行く。抽出には時間がかかるので、何煎でも淹れられます。日本茶は揉み過ぎていて、すぐに成分が出切ってしまうお茶ばかりなんだが、このお茶は違う。高い、良質の中国茶のように、何煎でも淹れられる。これがベストだとは言わないが、少なくとも日本中どこを探しても存在しない、ウチだけのお茶です。薪炒り番茶KKとしては最初の試作ロットになるので、まだまだ進化の余地はある。でも、薪炒り番茶KKが目指す、世界一の緑茶に、一歩だけ近づいたのは確かだ。もちろん、6月2日のイベントでは飲めるようにします。それでも少し余りそうなので、豆州楽市でも通販します。機械刈りとはいえ、製茶は全て、茶師の手仕事で、火入れも乾燥も薪なので、値段のつけようがない貴重品なんだが、皆さんに飲んでいただいて感想を聞きたいので、安く提供します。近日発売!

ヨコハマノセ造3点セット

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ほぼ100年くらい前になるんだが、「ノセ造」と高台に書かれた輸出用の磁器です。いわゆるエッグシェルという薄手の生地で、花鳥風月の緻密な日本画がプリントされている。西洋では、100年を経て、やっと「アンティーク」です。100年未満のモノはアンティークではなく「ビンテージ」と呼ぶ。正確な年代は不詳で、というのも、この手のデザインは白人には人気で、デザインを変えないまま終戦直後まで作られていたりするからなんだが、プリントとはいえ、白のイッチンでポイントで手描きも入っているし、ケーキ皿まで付いた三点セットで、その割には安かったので、大満足だw ノセ造は「長崎」銘の野瀬造というのもあるようなので、横浜だけでなく長崎からも輸出されていたらしい。

music tea party

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薪炒り番茶株式会社主催 音楽大茶会 vo 1
~music tea party~
6月2日(土)
WISE OWL HOSTELS SHIBUYA 1Fロビー
(東京都目黒区青葉台4-9-10)
15:00~21:00


薪炒り番茶飲み放題と、薪炒り番茶KKの新製品試飲については無料です。ライブも無料です。移動茶室での日本茶提供につきましては、ドネーションでお願いします。

という事で、ネットゲリラのオフ会も、実はこの茶会に便乗ですw 茶会に向けて、ウチの茶師も気合が入ってます。釜炒り緑茶を作ってみたので、テイスティングして下さい、と、東名飛ばしてやって来た。

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ウチの茶師が作った、薪炒り釜茶です。日本茶は蒸してから揉むんだが、これは釜で炒ってから揉む。中国の緑茶と同じ製法です。機械刈りなんだが、葉の形はよく整っていて、揉みが浅いので何煎でも淹れられる。茶師に「文山包種茶に似てる」と言ったら、文山包種茶を見た事がないというので、淹れて飲ませてやった。

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こちらは文山包種茶。台湾のお茶の中ではもっとも緑茶に近いと言われている、微発酵のウーロン茶です。100gで4800円という、高級茶。こちらは殺青の温度が140度-160度という事で、ウチの茶師の「200度目標にした」という温度よりちょっと低い。なので、その分、味も違う。が、わずかな差です。どちらが良いという問題ではなく、好みの問題。台湾茶には「炭焙」という、炭で乾燥させる技術があるんだが、独特のスモーキーな風味になります。ウチの茶師が作ったお茶は、炭で乾燥させているというので、炭焙の文山包種茶に近い味になっていると思われる。炭焙は非常に難しい技術で、台湾でも「名人」と呼ばれる人は何人もいない。

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これは白茶。中国製の白茶は輸入にともなって、バラバラに形が崩れてしまっているが、こちらは作りたてw しかも丁寧に扱っているので、淹れると元の葉の形そのままに戻ります。透明なガラスのポットで鑑賞しながら飲むと、、ちょっと感動的w 茶師が頑張って、約1kg作ってくれた。売るほどの量ではないが、6月2日渋谷のオフ会などでふるまう分くらいはある。ほとんどの日本人が知らない白茶の世界、体験してみたい方は、6月2日、渋谷まで。

紅茶を作ろう!

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さて、お茶作りワークショップです。次回は7月中旬になります。挑戦していただくのは、紅茶。日本の場合、紅茶は新茶でなく、二番茶で作られるのが標準となっているんだが、海外の産地ではもちろん、一番茶も紅茶にする。上の写真、左側が春先の一番茶で作ったファーストフラッシュ。右側が秋の三番茶で作ったオータムナルです。ネパールのゴンチャバリ農園産。ファーストフラッシュの紅茶は白茶に近いテイストで、自然の旨みがたっぷり。オータムナルは深いコクのある味わいで、濃厚です。その間にセカンドフラッシュというのがあり、香り高く、もっとも上質とされている。ちなみにネパールのゴンチャバリ農園というのは、「ほぼダージリン」と呼んでもいいw 紅茶作りは、実は簡単でして、ネットで探すと紅茶作りのサイトがたくさん出て来る。いい加減で雑な作り方をしても、紅茶になります。ただし、美味しい紅茶にするには、それなりの技術が必要。特に大事なのは、「発酵止め」で、これさえ気をつければ、後は適当でも良いw ちなみに芽の柔らかいファーストフラッシュと、葉が固くなったオータムナルでは、萎凋、発酵の時間のとり方が違う。ネットにある紅茶作りサイトには、そのあたりの「秘訣」はほとんど書かれていない。唯一、北条さんのサイトにだけ、書かれています。

自宅で美味しいお茶が作れる!紅茶の作り方
お茶の知識が無くても簡単。紅茶を自宅で手作りする方法

紅茶作りワークショップに参加したい方は、北条さんのサイトを暗記するくらい良く読んでおいて下さい。それ以外では、

家庭でできる紅茶のつくりかた入間市博物館
手作り紅茶に挑戦。手摘みから試飲までこのり

特別な機械がなくても、ビニール袋、バケツ、ふきん、電子レンジなどで紅茶は作れます。萎凋から乾燥まで、一泊二日です。日程が決まり次第、募集開始します。

月曜日に発送します。

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白茶ワークショップ、茶師によるていねいな乾燥作業が終わって、やっと明日、月曜日に出荷です。一番たくさん摘んだ人で、138gの白茶が出来ました。少ない人で40gくらい。案内した薪炒り番茶スタッフの摘んだ分で、テイスティングしてみました。今回は茶師のコダワリで、殺青の火入れをせずに、乾燥だけでジワジワと仕上げている。熱湯を注ぐと、冷凍された金魚が泳ぎ始めるように、葉が元の状態に戻るというのが感動的です。揉んでないので成分の抽出は遅いのかと思ったら、そうでもない。白茶というのは、煎茶や凍頂烏龍茶みたいな際立った「味」というのがあるわけじゃない、ボンヤリした自然の淡い甘みが特徴なんだが、これはかなり「濃い」です。4gの茶葉で400ml淹れたんだが、一煎目はもちろん、2煎、3煎でもしっかりした色とミネラル分が出る。やはり、山奥の自然栽培茶は凄いわ。

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こちらは別の場所でスタッフが摘んできた原材料です。とはいえ、やはり山奥の自然栽培茶に変わりはない。こちらは一週間かけてゆっくり、乾燥させた。それくらい時間をかけると、白茶というよりプーアル生茶みたいなところまで発酵が進むんだが、こちらもまったりとした良い感じに仕上がってます。

どちらも作りたてという事で、まだ多少の青臭さは残っている。火入れ殺青してない、低温での炭焙乾燥だけなので、これからもどんどん味が変わります。一週間、一ヶ月、一年、10年といった単位で、味が変化して行く。待ちきれないという方は、

1.70度のサウナにブチ込んで半日
2.マレーシアの倉庫にしまって3年
3.密閉したまま60-70度のオーブンで5時間

といった方法があるw ちなみに白茶はカフェインなどの「効く」成分が多いので、かなりガツーン!と来ますw 人によっては「酔う」という症状が出ます。

加賀国 織田製

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こういうのは日本製なんだが、国内にはほとんど残されていない。輸出用です。1890年頃からアメリカに輸出された物が、里帰りで日本に入ってきている。「加賀国 織田製」との表示が高台にある。この、フルデコレートの食器類はアメリカ人に人気があったようで、戦後まで進駐軍のお土産として商売は盛んだったようだ。加賀国とあるが、織田商店というのは商社であって、横浜の会社です。末裔が今でも横浜の元町で洋服屋をやっているようだ。

私は石川県小松市に近い寺井というまちで生まれました。生家は古くから陶芸品を手がけていました。焼き物を作りながら、九谷、伊万里、薩摩なども扱っていました。明治14年、祖父の織田庄作が横浜に出てきて弁天通り(現 関内の一角)に陶器店を開きました。九谷のほか、瀬戸からも陶器を取り寄せて販売していました。一時期、弘明寺(南区)に織田オリジナル陶器を焼くため、自前の窯を持っていました。人が立ったまま出入りできるほどの大きさで、使う電気で市電(路面電車)一両を動かすことができました。 関東大震災まで弁天通りで商売を続け、その後、元町一丁目に移りました。

私は高等小学校(現在の中学生)のころ、父とともに横浜へ出てきました。織田陶器店は戦後、東京のお得意先からの注文を受け、白い生地の皿などに花鳥風月の和風絵を描いたオリジナルディナーセットを制作し、納めることが増えていました。運ぶのは私の役目でした。

納めるといっても1ダース単位のディナーセットは梱包するとかなりの数、重さになります。朝早く起き、荷造りしてリヤカーに積み込み、弁当を持って6時に出発します。当時の第一京浜国道は荷馬車が行き交い、たまに車が走ってくる程度です。リヤカーを引く自転車はスイスイ走れました。川崎を過ぎ、多摩川に着いて弁当をひろげ休憩をとります。お得意先はもうすぐです。納品を済ませ、元町へ戻り、残りの荷を積んで再びお客さまのところへ持っていく。そんな日が続きました。山手にもたくさんの外国人が住んでいましたが、織田陶器店に注文をくれるお客さまの多くが東京の方たちでした。口コミで評判が広まり、スペイン大使館からも大量のディナーセットを頼まれたことがあります。

証言をしているのは、大正4年生まれの爺さんです。器は薄手のエッグシェルと呼ばれる磁器で、透けて見えるほど。そこに色絵付けをして再度焼き、更に金彩を施して更にもう一度焼く。手間もかかるし、技術も高度な物が要求される。絵は華麗だが、手描きではない。派手なので、ヤフオクあたりではかなり高値が付きますw

国産のプーアル熟茶

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晩飯の買い物でスーパーをウロツイていたら発見したんだが、国産のプーアル茶だそうです。2gのティーバッグが10個で512円。スーパーなので安いんだが、メーカーの設定した上代は669円のようです。ところでプーアル茶というのは作り方が非常に原始的で、原始的過ぎて笑えるんだが、工程としては、茶摘み→萎凋→釜炒りで殺青→揉捻→天日干し、という事になる。これで作られるのがプーアル生茶。教科書的には、釜炒りした時点で酵素がその働きを止め、あとは揉捻と天日干しで「釜炒り緑茶」になるはずなんだが、モノゴト、教科書通りには行かない。雲南省の山岳民族のオバチャンの「いい加減」な釜炒りでは、死にきらない酵素が残ってしまうわけで、それが天日干しでほどよく暖まって、ガンガン発酵が進むw かくして、緑茶になるはずが、違うシロモノになってしまう。それが、プーアル生茶です。ところが、日本にはほとんど生茶は入ってない。日本人が飲んでいるのは、生茶を加工した「熟茶」だ。これがまた、物凄くいい加減な作り方ですw

生茶に加工されたプーアル茶は、積み上げられ、散水されます。湿った茶葉は、パームの一種の木の皮から作られたシートで覆われます。高湿度ゆえに茶葉は細菌発酵し、その結果、温度が最高60-70℃と非常に高温になります。茶葉は45-50日静置されますが、5-7日おきに再度混合され、水分分布が均一になるように調節されます。

なんか、堆肥を作っているみたいだが、まぁ、大差はないw そんなようなもんだw

1次発酵が完了した時点で、茶葉は発酵室の床に広げられ、自然乾燥が行われます。5-10日に一度茶葉は攪拌され、水分の分布状態が均一に整えられます。気候にもよりますが、自然乾燥は2-4週間要します。この工程中、カビや酵母が自然に増殖し、香りや、味に寄与します。

いわゆる黒茶というのは、こうして雑菌やカビだらけなので、「一煎目は捨てる」というお作法がある。こんな雑駁な作り方なんだが、プーアル熟茶は「痩せる」というので人気があるw で、国産のプーアル茶なんだが、

雑菌及びカビをシャットアウトしたクリーンルームで80時間かけて丁寧に発酵させた茶葉は、色もきれいでまろやかな味と香りです。
中国産プーアール茶と違ってくせがなく、毎日ムリなく飲み続けることができます。

クリーンルームで80時間かけて作られます、という話で、ずいぶんと短時間で作ってますね。本場のヤツは、3ヶ月かかるというのにw 中国のプーアル茶より「癖がなくて美味しい」という評判が寄せられているようだが、確かにそんな感じです。プーアル熟茶は、おいらの飲んでいるのは10年物とか、自然栽培茶とか、価格的にも比較にならないようなシロモノなので、味がどうこうという評価は差し控えておくが、中国茶というのは価格の差が激しいので、安物のプーアル熟茶は世界中でも、もっとも貧しい地域の人が飲むお茶なので、日本人が飲んで「美味しい」と思えるような味ではないです。値段は嘘をつかないので、美味しいお茶が飲みたければ、高いお茶を買えw

ワークショップ、またやります!

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さて、白茶ワークショップ、大成功のうちに幕を降ろしました。あとは乾燥させた白茶を宅配便でお届けするだけです。もうしばらくお待ち下さい。で、二日目の昼食です。豆州楽市提供による蕎麦です。付け合せに山菜の天ぷら。くわ、藤の花、八重桜、ヨモギ、山ウド、タネツケバナ、アケビの蔓の先、オオバコ、イタドリ、スイバです。古民家周辺で食べられるモノを全て、採集して来ましたw

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野菜が高い? そもそも近くのコンビニまで、車で40分かかるんですけどw 食べたい野菜は、自分で作るか、山で探して来るしかないw そんな土地ですw



さて、ここで比較して欲しいんだが、上の画像は今回、白茶のために新芽を摘んだ自然栽培のお茶です。野生に還って元気一杯に見えるんだが、農薬や肥料をタップリ与えたお茶とどう違うのか?

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こちらは通常の茶畑。鮮やかな緑です。これに比べると、自然栽培の茶樹は、新芽の数が少なく、色も黄色っぽい。新芽の色が薄いのは「窒素不足」だからです。窒素肥料を与えれば、もっと緑色になる。自然栽培茶は栄養不足でヒョロヒョロに見えるんだが、実は、強靭な生命力を持っていて、ミネラル分が豊富だ。最近はヤブキタ種が多いんだが、ヤブキタは芽の数が「3倍出る」とまで言われるほどで、窒素肥料を大量に与えて、アミノ酸で出汁の味にするしか、使いようがない。日本のお茶は、紅茶や中国茶と比べると、単位面積あたりの収量が「10倍」だというんだが、それだけお茶本来の味からかけ離れてしまっている。「むかしのお茶は美味しかった」という年寄りがよくいるんだが、ヤブキタの深蒸し偏重で、化成肥料と農薬の手柄で大量生産されるお茶ばかりでいいんですか? という根本的な問い掛けでもある。まぁ、自然栽培茶の手摘みなんて言ったら、コスト的にも生産効率的に言っても、とても日本中の需要をまかないきれたもんじゃないw とはいえ、理想だけは高く掲げたい物です。

なお、ワークショップが好評だったので、引き続き2回目、3回目を企画します。次は夏休みの時期を狙って、紅茶とウーロン茶のワークショップです。紅茶とウーロン茶は、比較的育った茶葉で作るのが良いと言われていて、静岡で作られる紅茶もほとんどが二番茶で作ってます。連続で10日間。自由参加ですが、茶摘みから製茶、完成まで一通り体験したいとなると、3-4日は必要です。古民家宿泊か、キャンプ、ないしはキャンピングカー、あるいは近所の温泉に宿泊など、各自、工夫して下さいw 食事は近隣に食堂やコンビニが一軒もないので、用意します。実費。予約制。
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摘んだ新芽をゆっくり、日陰で乾燥させる事によって白茶は作られる。極力、人の手は加えない。人が出来るのは、ただ見守るだけだ。うまく出来ると、苦みも渋みもない、柔らかくて自然な甘みのある、まろやかな液体が抽出される。

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山の夜は暗く冷たい。気温が下がると湿度は急上昇し、時には霧も出る。そんな中で、「乾燥させる」というのはどういう意味があるのか? いやいや、薄い葉や、水分の多い芯の、部分的に違う乾燥度を調整し、微発酵を均一なモノにするとか、まだ知られていない理由があるのかも知れない。

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山の夜明け。標高700mの高地なので、かなり冷え込む。

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冷涼な空気の中、富士山が姿を見せてくれた。この季節、新芽を摘まれたお茶の樹も、すぐに次の芽が出て来る。野生に還った旺盛な生命力の、ほんの一部を我々はいただくだけです。

アールデコのオールドノリタケ

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オールドノリタケです。アンティーク好きには人気なんだが、これはアールデコ様式で、こういうのはちょっと安い。ヤフオクで2000円くらいから落札できるので、最近よくある「欧米デザイン、製造中国」のセットより安いくらいだ。裏の刻印などから推定されるのは、左の葡萄文は1911-1941年、右の月桂樹が1935-1943年という事になるらしい。おいらの子ども時代には、こんなデザインの陶磁器が多かったような記憶があるんだが、戦前までは日本の主力輸出品としてずいぶん外貨を稼いだものだ。陶磁器は世界中どこででも作っているが、良質の磁器は産地が限られる。右のカップ、中のコーヒーが透けて見えるほど生地が薄い。フィフティーズ・アメリカの田舎のダイナーあたりで出てきそうな感じですねw

月光萎凋

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さて、白茶ワークショップも二日目です。順調に作業は進み、萎凋も順調、良い香りが古民家に満ちてます。ところで茶畑なんだが、今は90歳を過ぎて、まだ元気なお婆ちゃんが「娘の頃に種から植えた」在来種の茶畑が残されていて、豆州楽市の薪炒り番茶もそこから採れた原材料で作ってます。行ってみて、あまりの山奥で驚いたんだが、それもそのはず、ここは「日本で唯一、実在した隠れ里」として知られる京丸のご近所でしたw 地図でオレンジ色で囲われたところが京丸の里です。

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ドローンで撮った茶畑。下半分(道から入ってすぐ)の土地は、既にヤブキタ種に植え替えられている。その上、わずかに緑が固まっている部分が、一昨年薪炒り番茶の刈り取りをしたところで、今回はそこで白茶の原材料を摘んだ。今年の1月に番茶の刈り取りをしたところは、まだ新芽が出てない。その上は、まだ手付かずの耕作放棄茶畑。

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さて、今回は「月光萎凋」に挑戦してみた。満月の光にだけ反応する特殊な酵素があるのだそうで、室内で萎凋させていた竹ザルを全て、庭先に出した。まぁ、気温は低いし、湿度は高いし、発酵に何かしらの寄与があるとも思えないんだが、満月の光を浴びさせるというのは、スピリチュアルな意味はありそうだ。月光白茶、アベシンゾーの女房に売りつけに行くかw

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萎凋でもっとも大事なのは、薄い葉の部分と、芯や茎の部分が、それぞれ違うスピードで乾燥してしまうために発酵にムラが出てしまうので、それをどうやって克服するか、なんだが、低温で湿度の高い環境にしばらく置く事によって、水分の再配置が進行するというメリットはありそうです。

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夕食。

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そして朝食。

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豆州楽市の薪炒り番茶で作った「茶粥」です。かつてこうした山村では、出汁にする海産物も買えなかったので、番茶を出汁代わりにしたのだ。茶粥は、ご飯ではなく、どんな雑穀類でも使える。前出の「京丸」では、「その地は家わづかに四五軒ありて、農の業はすれども、常の食は米は聊かも食はで、稗にあづきをまじえて粮とす」と言われていて、水稲栽培はしてなかったので、雑穀類を食べていたようだ。ヒエはともかく、小豆はコメより高いだろ、三倍くらい高いぞ、と言う人もいるかも知れないが、自給自足の山の中では、高いも安いも関係ない。その土地で採れるモノはタダなのだw この京丸は、長く、人に知られなかった。「享保年間の洪水の際、膳椀などが増水した川上から流れてきたためようやく知られるようになったという。」とあるんだが、ここは「幻の京丸牡丹」でも知られていて、直径1メートルもある巨大な牡丹なんだが、誰も見たことがないそうですw

白茶ワークショップ報告

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白茶ワークショップです。天候にも恵まれ、暑くもなく寒くもなく、気持ちの良い茶摘みです。1時間でこんな感じ。各々、自分の竹ザルに拡げて、日陰で萎凋させます。

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薪炒り番茶を作るために台刈りしてから2年目になると、こうして新芽がドカドカ湧いて来る。このくらいではまだ機械では刈れない。手摘みしか出来ません。

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1時間頑張ればこのくらいは収穫できる。でも、乾燥させるとちょっぴりですw

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作業の合間に昼食。カマドで炊いたご飯と、タケノコやフキといった無料で手に入る山菜など。

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古民家には、乾燥用の棚を作ってある。これから二日間かけて萎凋させます。既に甘い萎凋香が充満しつつある。

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近場の日帰り温泉500円に行ってるあいだに、沢水でビールを冷やしてます。

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こちには持ち帰って自宅で萎凋させている分。じっくりと経過を観察してます。
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いよいよ明日、白茶ワークショップ開催です! 試しに、同じ場所で1時間ほど茶摘みして白茶を作ってみた。竹ザルで萎凋48時間、120度10分の殺青、更に70度で乾燥が2時間ほど。テイスティングしたところ、青臭さが気になったので、70度で5時間ほどエイジングです。白茶というのは、作りっぱなしではたいてい青臭くなるんだが、密閉して温かいところで半年くらいで、青臭さは抜ける。それをオーブンで強制的にやるのが、70度5時間の低温によるローストです。本来、お茶というのは作ってすぐに飲むモノではない。寝かせるモノだ。新茶も、本来なら「ひと夏越えて、秋から」が本当の味になる。で、ロースティング後の味なんだが、前回少し気になった「渋み」とか「酸味」といった雑味が消えて、自然な甘みのある、素直な味になりました。白茶は「子どもが喜んで飲む」というので知られていて、つまり、普通の緑茶にあるような苦いとか渋いとか、そういう味がないんですね。コーヒーや紅茶を飲みつけたオトナの人にとっては物足りなさも覚えるかも知れないが、苦い物が嫌いな子どもにとっては、自然にゴクゴク飲める、自然天然のドリンクです。

白茶は夏のお茶

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ウチで飲んでいる白茶なんだが、白牡丹というのは割とポピュラーなブランドで、横浜中華街でも出す店がある。聘珍樓で飲んだな。白茶は火照りを取ると言われていて、夏に飲むお茶です。白牡丹はそこそこの値段で、買いやすい。寿眉というのは、日本にはあまり輸入されてない。香港でよく飲まれている、庶民的なお茶です。白毫銀針という高級な白茶は中心の芽だけ使って作るが、その残りの葉が成長したところで作る。これは餅茶になっていて、崩して使う。古樹銀針というのは、中心の芽だけを使って作った高級品。しかも、これは樹齢の古い自然のお茶から作っている。白茶は、作りたてはあまり美味しくない。数年寝かせると格段に味が良くなる。だからウチの白牡丹は2014年です。サウナ温度でエージングという手もあるんだが、確かに青臭さは軽減するが、時間をかけないと変化しない部分もあるので、そう簡単ではない。

で、自宅で作る紅茶という記事です。その2。必要な道具は、例の竹ザルと、温度調節の出来るオーブンだけ。自宅でプーアル茶、という記事もある。いつも引用している北条さんのブログからなんだが、北条さんは日本にいる時には、毎週のようにお茶作りをしているらしい。売るためではなく、研究のために。中国茶や紅茶を輸入している業者は多いが、生産現場にまで入り込んで、作り方を指示しているのは北条さんだけだろうw 

ハイター禁止

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おいらが常用にしている煎茶碗なんだが、もちろん自作です。使っているうちに右の二つ、貫入が黒くなって来た。こういうのを茶人は「風情がある」と喜びます。間違ってもハイターで真っ白に戻したりしないw ところが、残りの三つが何故か、貫入が黒くならない。そもそも貫入が少ない。これはどういう事か? 造りとしては、鉄分の多い土に白化粧を掛け、透明釉です。結論から言ってしまえば、白化粧の厚さと、釉薬の厚さ。この双方が厚くないと、こういうまったりした白さとか、貫入の景色とか、出ないのだ。釉薬は二度掛けするくらいでも良い。まぁ、理屈では判っていた事なんだが、実際にどの程度でいいのか、それはやってみないと加減が判らない。ちなみに、長く使わなくても、安いお茶で煮込めばひと晩でこんな風になりますw

白茶のテイスティング

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さて、完成した白茶のテイスティングです。48時間の自然乾燥と微発酵の後、120度10分で殺青。さらに70度くらいで完全に乾燥させ、そこから密閉して60度で数時間、熟成させたもの。熟成前には、香りは効いているが、青臭さがあった。熟成させると青臭さは減って、飲みやすくなる。少し、ザルの竹が匂う。お茶は周囲の香りを物凄い勢いで吸収するのだ。ザルも新品だと匂いが移る。ワークショップまで、ザルを通風の良いところに吊るして、少しでも匂いを抜いておこう。熟成は、オーブンだけでは済まない。時間をかけないと、味が落ち着かない。数日待ったら、もっと良くなるだろう。ちなみにおいら自身はまだテイスティングしてない。酸味と苦みを感じるという話なんだが、白茶の製造には、「気温」「湿度」「通風」という3つの要素が絡んでいるので、試行錯誤です。今回の反省点としては、夜間、窓を締め切ってしまったので、通風が制限され、その分乾燥が遅れたというのがあるかも知れない。また、今の時期、夜間の気温がかなり低いので、そこで発酵も遅れる。まだ、緑茶っぽさが残っているんじゃないか? とテイスティングしたスタッフが言っていたんだが、本人があまり白茶を飲んでない人なので、おいらとしては何とも言えない。土曜日においらもテイスティングしてみます。

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こちらは吊橋茶園の大葉種。萎凋中。どういうわけか、萎凋香が凄いです。工場中にフローラルな匂いが充満している。前回作ったのも、これも、どちらも在来種なんだが、在来種というのは在来種という固有の品種ではなく、その土地によっても、その個体によっても違う個性を持っているので、中にはこうした香りの強いモノもある。この大葉種は紅茶を作るのに良さそうだ。紅茶は、秋口までいつでも作れるので、楽しみです。

金盛りのオールドノリタケ

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オールドノリタケと言ったら骨董業界では人気なんだが、これは100年ほど前の製品です。もちろん里帰りです。里帰りという事で、聖心女子学院の紅茶を淹れてみましたw 裾野市の聖心女子学院校内には茶畑があって、紅茶を作っている。明治時代に農業省の多田さんという技師が、苦労してダージリンから持ち帰ったタダニシキという銘柄のお茶です。明治の先人を偲んで、その歴史を振り返って見ようというんだが、

白生地の研究に苦闘している1902年(明治35年)にロンドンのローゼンフェルト社のB.ローゼンフォルト社長が『金盛の絵付けを教えてほしい』とニューヨークのモリムラブラザースを訪ねて来ました。早速、金盛の絵付け方法を教えたのです。一方、白生地の製造に困窮していることを打ち明け助言を仰いだのです。
ローゼンフォルト氏の理解と好意でオーストリアのカールスバットの工場の視察とドイツのゼーゲル試験場のヒヘト博士を訪問することが出来、白生地の原料の配合と釉薬調合の手順の教えを受け白生地の製造は大きく前進しました。その後、度重なる研究の結果、天草陶石54、蛙目(がいろめ)粘土23、長石23の割合で配合することが最適であることを見極め永年の目標であった白生地の完成を見ることが出来ました。

国策として磁器を輸出品として育てようとしていたノリタケの前身であるモリムラブラザースなんだが、西洋の真っ白い磁器の生地が真似できなくて苦労していたわけです。そこで、日本ではありふれた「金盛り」という技術と引き換えに、西洋磁器の生地について勉強させて貰ったわけです。日本を代表する磁器メーカーノリタケの歴史はここから始まった。というわけで、金盛りのティーカップだ。これね、ケーキに文字を書く時みたいに、絞り出しで描いて行く、「イッチン」という技法です。生地に泥漿のイッチンで文様を描いておいて、そこに後から彩色して行く。様式としてはアールヌーボーで、実に、華やかできらびやか。オールドノリタケの中でも、ごく初期のモノです。

hotmail.comをお使いの方!

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緊急!
白茶ワークショップ参加者様には、個別に案内のメールを送付しておりますが、hotmail.comをお使いの方で、どうしてもメールが戻って来てしまう方がいらっしゃいます。こちらからの案内メールが届かないという人は、電話で連絡しますので、メールで電話番号をお知らせ下さい。

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薪炒り番茶株式会社の新しい取り組みです。揉捻機を購入しました。中古なので安い。もっとも小さい型だし。35kg型というヤツです。揉捻機があれば、烏龍茶でも紅茶でも作れる。蒸し器がないので蒸し製煎茶は作れないが、釜炒り緑茶は作れる。遠州には、こうした製茶機械の中古を専門に扱っている業者がいます。

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これはヤーコンを潰すのに使っていた機械だそうです。薪炒り番茶では茎の太い部分を使うので、ティーバッグを作る時に茎を細かく裁断し、潰す必要があるんだが、そのための機械だ。

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さて、火入れして殺青、発酵を止めたんだが、この状態で淹れて飲んでみたところ、香りが強くて、いい発酵具合で、ウーロン茶っぽい味に仕上がってます。ただ、若干の「青臭さ」が感じられる。

乾燥しただけの白茶はどうしても青臭い香りが気になります。「これこそが白茶の特徴なんだ」という意見もあるでしょうが、私は白茶には甘い香りを求めます。この香りを引き出すためには、100℃以下の温度で数時間の火入れ熟成をする必要があります。この方法は福鼎でも用いられる方法です。
具体的には私は70℃位に温度をセットし、排気ダクトは閉じます。3-4時間この温度を維持することで、青臭さが抜け、甘い香りが形成されます。同時に、味わいについても渋味が軽減され、よりスッキリとした飲み心地に変化します。

実際に白茶を作っている北条さんの記事では、熟成させれば青臭さは消えるというんだが、熟成の方法というのは、「マレーシアのような熱帯で数年間、密閉保存」あるいは「温帯地方なら10年以上保存」となります。そんなの待ってられないので、サウナくらいの温度で数時間でも良いw まぁ、ここら辺が茶師のテクニックになります。

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さて、淹れて飲んでみた、その茶殻です。左が一芯一葉、右が一芯三葉。揉んで、組織を破壊してないので、ご覧のように、元通りの茶葉の形に戻ります。白茶は上手に作って大事に保管し、ガラスの茶器で茶葉を鑑賞しながらいただくのが、楽しい飲み方です。

これが白茶だ

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白茶ワークショップお申込みいただいた方にはメールでご案内させていただいておりますが、hotmailの方で届かない、メールが戻って来てしまう方がいらっしゃいます。案内が届いてない方はご連絡お願いします。

さて、無事完成した白茶です。これは一芯三葉で摘んだモノ。一般的に日本の煎茶では一芯二葉だが、中国では一芯三葉が多い。三枚目の葉にポリフェノールが多く、コクが深くなる。この状態の白茶は「散茶」と呼びます。かさばって運搬に不便だし、動かすたびに潰れてバラバラになってしまうので、これを蒸して円盤状に固めた「餅茶」にして取引される事が多い。今回のワークショップでは、散茶の状態まで作ります。当日中には完成しないので、後日、宅配便で送ります。

白茶完成!

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さて、いよいよ48時間です。慣れると、天候やら条件によって時間は微調整するんだろうが、今回はテストという事で、きっちり48時間で終了します。ご覧のように、まだ緑色の部分と、褐変した部分と、産毛が残って白く見える部分が混在してます。中国の「白牡丹」とか「寿眉」といった白茶もこんな感じなので、これで成功だと思う。まだ水分が少し残っていて、放置しておくと発酵が進むので、これから火入れをして発酵を止めます。

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収穫時にはこんなにコンモリとあったんだが、水分が抜けるとここまでササヤカになってしまうw なお、白茶の製造では茶葉を揺らしたり触ると傷むので、なるべく手を触れないようにします。

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殺青に使うのはこのオーブン。Amazonで7890円だった。温度計は864円。温度調節のできるオーブンなら、どれでも良い。

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殺青終了。このままだと多分、青臭い。熟成させると、味が格段に良くなる。熟成は60度から70度くらいの温度で数時間です。ちなみに、茶摘み初心者が1時間かかって一芯一葉で摘んだ原材料で、完成したのが6g。約600mlペットボトル一本分の白茶が淹れられますw 白茶が商売にならない理由、市販品が少ない理由は、この生産性の極端な悪さが原因だw まぁ、趣味だと割り切れば、それもまた楽しいがw 一芯三葉で慣れた人が頑張れば、1時間で50gくらいは作れそうだ。

せっかく茶処静岡に産まれたからには、自分で作ったお茶を、自分で作った茶道具で淹れて飲む。そんな暮らしを送りたい物です。

オキュパイドジャパン

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里帰り品のティーカップです。裏のプリントには、「オキュパイドジャパン」と書いてある。骨董業界ではオキュパイドジャパンというのは凄く意味の深い言葉で、「占領下の日本」という意味なんだが、1945年の敗戦から、ごくわずかな期間だけ使われていた。ブリキのおもちゃとか、こうした陶磁器などが、敗戦国日本の建て直しのために輸出されました。これは鳴海製陶という会社の製品。ナルミというのは今でもノリタケと並んで日本を代表する高級食器メーカーなんだが、終戦後に作られたメーカーです。

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驚いた事に、こんな細かい幾何学文様なのに、手描きなんですね。拡大してみると判る。ウチの絵付師に言わせると、「鬱になりそう」というんだが、こんなもん手で描いていたらホント、気が狂うぞw 鳴海製陶の歴史で言うと、

1947年3月には洋食器ディナーセットの製造に成功し、同年8月30日にニューヨークの輸入商・アメレックス社に輸出を開始した。ただし当時は絵付けを全て手作業で行っていたため、品質は良いものの生産性が低く高コストであった。さらに1949年4月25日の単一為替レート実施により、それまで適用されていた1ドル=550円から1ドル=360円へ急激な変化が起きて輸出売上高が65%も減少した。

ドルが550円だった時代があったんですね。というわけで、これは終戦直後の鳴海製陶のティーカップ。特に骨董品としての価値が高いというわけでもないんだが、敗戦で全てを失った日本人が、ここから、手描きのひと筆、ひと筆から再出発した記念すべき製品だと思うと、感慨深い。今日は愛鷹の紅茶を淹れてみた。占領下の日本で産まれ、アメリカに輸出され、そこでのお役目を全うして里帰り、再びここで日本の紅茶を注がれるというのも、運命の不思議です。

萎凋

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さて、萎凋開始から30時間経過です。一芯一葉で芯だけ摘んだヤツは、見事に白い針になってます。

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一部、茶色っぽく、あるいは黒変した葉もある。これは脱水ストレスによる発酵で、気にしなくても良い。花のような良い香りがしてきました。これが萎凋香です。

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30時間経過時の湿度32パーセント、温度23.6度。まだ水分が残っているし、ほとんど緑色が残っている。

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更に数時間。だいぶ褐変が進んでます。萎凋香も強くなってきた。やはり48時間くらいがベストになるだろう。その頃にはほとんど水分が失くなって発酵は自然に止まる。実は、白茶の作り方としてはコレだけです。ただ、殺青といって100度以上の高温に晒して酵素を殺さないと、後からも熟成がジワジワと進行して品質が変化してしまうので、この状態で固定するためには殺青をしなきゃならない。温度調節のできるオーブンで120度10分なんだが、Amazonで注文したオーブンがまだ届かないので、48時間たったら茶葉をジップロックに収納して密閉し、冷蔵庫に入れて、オーブンの到着待ちですw 酸素が足りず、冷蔵庫の低温下では、発酵はほぼ完全に止まるので、この状態で作り溜めしておいて、殺青と乾燥は後からまとめてやってもいいね。

今、日本の緑茶製造ではほとんど萎凋作業は行われない。発酵を嫌って、なるべく新鮮なうちに殺青して酵素を殺してしまうのだ。だから最近の日本茶は香りがない。特に「ヤブキタ種」は香りが薄い。萎凋はデリケートで、コントロールが難しい。場所と時間を食う。最近のトレンドは、萎凋なしで、深蒸し。苦みもなく、香りもなく、味はアミノ酸の旨みだけ。ダシ汁みたいなもんだw この白茶は、そんな深蒸しヤブキタの対極であり、お茶作りの原点でもある。

 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

リーフもあります!<豆州楽市・薪炒り番茶リーフ100g×3>3200円

白茶の製造工程

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こうしたボサボサの状態が、「放棄された茶畑」です。その高さで放棄されてからの年数がだいたい判る。手が届くような高さだと、まだ放棄されて間がない。耕作放棄されてからも少なくとも4年間は化学肥料の窒素が抜けないので、薪炒り番茶に使えるのは5年目以降です。ちなみに白茶は原材料のクオリティが大事なので、無施肥がベストです。

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これは芯の部分だけを摘んだモノ。水分が抜けてきたら白い産毛みたいなのが目立つようになった。いわゆるシルバーチップです。日本の緑茶では、葉を揉んでしまうので、こうした産毛は全て抜け落ちてしまう。

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萎凋をはじめてからかれこれ20時間。だいぶ草臥れた風情になって来たが、触ると冷たい感触があるので、まだ水分タップリだ。発酵はまだそれほど進んでなくて、香りは立ってない。発酵が進むと萎凋香というフローラルな香りが出て来る。本日は気温25.5度、湿度38パーセント。気温が高いので控えめにして通風を良くした。これから本格的に脱水と発酵が進む。あと30時間前後で、香りの良いところでオーブン120度10分で殺青して発酵を止めます。白茶の製造工程というのは、たったコレだけの簡単なモノです。

 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

リーフもあります!<豆州楽市・薪炒り番茶リーフ100g×3>3200円

白茶ワークショップの予行演習

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菊川の薪炒り番茶工場に行ったら、ちょうど、茶師のカズ君お手製烏龍茶が届いたところで、淹れて飲んでみた。発酵度20-30パーセントくらいの、緑茶に近い烏龍茶に仕上がっている。ベースになった茶葉は、白茶ワークショップで使う、ずしゃだちのお茶です。テイスティングしてみると、深いコクがあり、苦味の効いた静岡人好みのお茶だ。静岡と言うと今では深蒸し一辺倒だが、年寄りには「わしゃ、苦いお茶しか飲まん」と宣言する人も多く、そういう伝統的な好みに合いそうだ。台湾の凍頂烏龍茶と比較すると、味は同レベルだが、香りが弱い。品種や環境が違うので、そこは仕方ないか。

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近所の茶畑で、白茶ワークショップの予行演習です。1時間でこのくらい摘める。一芯二葉ないしは三葉。ザルに薄く広げて、48時間の萎凋です。午後2時半、萎凋開始。気温20度、湿度は34パーセントです。

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急激な乾燥を避けて、ザルを積み重ねて通風を制御する。今日は天気が良くて、湿度も低い。いきなり乾燥させると、薄い開いた葉の部分が先に乾燥して、丸まった芽の部分が乾かない。「水分の交換」と呼ぶんだが、全体が同じような湿り気から、ゆっくり乾きながら微発酵するというのが理想です。といって、風が通らないと蒸れて質が落ちる。微妙なコントロール。

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7時間経過。夜になって、温度は14.5度、その分、湿度は上昇して43パーセントになった。水分交換の成果なのか、表面に水分が滲んで、艶がなくなった感じ。確かにしおれ始めている。朝まで通風を制限して、20時間経過後あたりからもう少し風を当ててみよう。

というわけで、白茶の製造に必要なのは、この竹製のザルがメインです。ベトナム製で700円くらいだった。48時間ほどで、萎凋は終わり、殺青といって、発酵を止めるために120度10分という高温に晒す。コレは温度がコントロール出来るオーブンを使う。Amazonで8千円くらいです。乾燥度が足りなければ、更に70-80度くらいで乾燥させます。これが、白茶の製造工程の全て。市販の白茶は、これを蒸して固めた餅茶が多いんだが、このまま乾燥させたモノは「散茶」と呼びます。一泊二日の工程では、萎凋作業の途中までしか体験できませんが、その後スタッフの茶師が完成させて、宅配便でお届けします。

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自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

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白茶ワークショップの茶畑

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一年半前に台刈りした茶畑です。その後、放置して育てたら、またこんもりと茂り始めている。まだまだ、まばらな状態なので、これでは機械を入れて刈る事はできない。ここが、白茶ワークショップの茶畑になります。オクシズの、標高700mくらいというところです。畑のオーナーは90歳過ぎのお婆ちゃんで、戦時中、新婚の娘さんだった頃に、種から植えて育てた在来種です。爺ちゃんが生きていた頃は商用栽培していたが、亡くなってからは放置されていた。荒れた茶畑のオーナーさんというのは、皆さん、密かに心を痛めているんですね。イノシシの巣になったりして、近隣に迷惑をかける。なので、こうした放置茶園を「刈らせてくれ」と頼みに行くと、どこでも大歓迎されます。

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一年前の古い葉をベースに、今年の新芽が物凄い勢いで湧いている。この新芽を、一芯二葉、ないしは一芯三葉で摘んで、白茶作りはスタートです。薪炒り番茶用に台刈りしてから一年半、まったく手を入れてないので、手で摘むしかない。キレイに成形した茶園だと一人で一日15kgくらい茶摘みできるが、この状態では数kgだろう。生葉は乾燥させて白茶に仕立てると、重量が2割くらいになります。無農薬、無施肥、完全な自然栽培です。白茶そのものはこれから秋までどんどん芽吹くので、まだまだ作れますが、やはり新茶の時期がクオリティとしてはベストです。



北条さんのFacebookから、雲南省山岳民族の茶摘み。これとほぼ同じ事をやります。雲南省のコレもまた、無農薬・無施肥の自然栽培です。

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背の高いところでもこの程度なので、ここでは脚立は要らないようです。たぐり寄せて摘める。自然栽培の白茶は、中国市場でも100g数千円という価格で取引される。あまりに高価で、手間がかかるために、日本では商用としては作られていません。茶摘みだけでなく、萎凋作業に広い場所を必要として、数十時間、つきっきりで見守っていなきゃならない。生産効率が極端に悪いのだ。

さて、4/29-30は白茶ワークショップです。募集の手違いで、一人欠員が出てます。今なら一名様限り、参加できます。これが最後の募集になります。
締め切りました。



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大倉陶園

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大倉陶園といったら、皇室御用達で知られていて、日本一を名乗っても誰も文句を言えないというレベルのテーブルウェア磁器メーカーなんだが、これは比較的リーズナブルなシリーズです。野鳥シリーズの「シジュウカラ」。リンク先を見てもらえば、値段が出ている。絵がキレイだが、手描きではない。手描きだと、こんなお値段になりますw なんだよ、一客で16万2千円てw ところで、ティーカップというと「白い磁器」と相場が決まっていて、ヨーロッパが本場だと思われがちなんだが、白い磁器はもともと中国の特産品で、長く、中国以外では作られなかった。その後、秀吉が連れ帰った陶工の努力もあって、日本でも作られるようになる。中国が戦乱で輸出が止まると、日本の独占になり、柿右衛門などが名を挙げるんだが、それも鎖国で止まる。困ったのがヨーロッパで、仕方ないので、自分たちで工夫して磁器を作るんだが、ヨーロッパには磁器作りに向いた土がなくて、牛の骨を使ったりするわけです。今じゃヨーロッパでは白い磁器の本家本元みたいな顔をしているが、コピーから始まったんですね。中国はその後、粗製乱造の国になってしまったが、日本はまだ、大倉陶園だけでなく、ノリタケ、HOYAなど、素晴らしいテーブルウェアを作る会社がたくさんある。ウチには近所の喫茶店が閉店した時に引き取った大量のウェッジウッドとか、良いカップは色々とあるんだが、ゴミ屋敷なので、出すのが面倒w 結果、いつもステンレスのマグカップでお茶飲んでますw

趣味のお茶作り

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「お茶が趣味です」と言ったら、どう思うか? 「裏ですか表ですか?」と、抹茶セレモニーとしての茶道を思い浮かべる人がほとんどだろう。実際にやっているのはオンナばかりだね。女子高生だと「学校でお菓子が食べられるから」という理由で茶道部に入る食いしん坊が多いらしいw オバチャンになると、一張羅の着物を見せびらかす場ですw たまに、へそ曲がりが「煎茶道」やっていたりするw 煎茶道は形骸化した抹茶の茶道へのアンチテーゼとして出発したんだが、今では同じように形骸化して、ティーセレモニーになっている。一般人では、たとえば紅茶にこだわって、ダージリンのファーストフラッシュだ、セカンドフラッシュだ、いや、オータムナルだと、飲み比べて楽しんでいる紅茶好きは多い。中国茶でも、そういう人は少なくない。日本茶で銘柄や産地にこだわる人は、あまりいないね。これは日本の茶業者にも責任があって、ブランド化に失敗したので、消費者を失った。まぁ、お茶の趣味というと、そんなもんだ。でも、ここでおいらはもう一つ、新しい視点を提供したい。

「お茶を作るのが趣味です」

これは聞いた事がないw 今では世界中どこでも、お茶は機械で作っている。家庭の台所で作れるモノだとは、誰も思わない。けれど、つい100年前までは、世界中どこでも、お茶は粗末な道具だけで、手作りだった。採算さえ考慮しなければ、お茶は手で作れる。

ところで驚いたんだが、世界でもっとも早く機械化が導入されたイギリス経営の茶園。あれで、単位面積あたりの収量は日本の茶畑の1/10なんですね。たとえばスリランカの茶園では、現地のシンハリ人ではなく、インドから連れてきたタミール人に茶摘みをやらせているんだが、いまだに手で一芯二葉摘みです。機械化したら、先祖代々、茶園で生まれ育ったタミール人の行き場がなくなるから。日本で乗用茶摘機が一日動いて1500kgの茶葉を摘んでいる時に、インドやスリランカでは、100人の労働者が、手で摘む事によって生計を立てている。そいつらを食わせるために、わざと機械化しないのだ。それが、徹底的な機械化が進んだ日本では、お茶産業自体が壊滅状態です。日本中に売りまくるお茶を作るのにも、たいした手間がかからないw 結局、コストを切り詰めたら、市場が縮小し、みんなを食わせられなくなった。まぁ、それもまた、我々の選択だったのだから仕方ない。ヒマになったので、趣味としてお茶を作ろうというプロジェクトですw

必要なのは、「耕作放棄になった茶畑」です。これは茶産地だったらいくらでもある。特に、山の傾斜地。傾斜地は機械が入りにくいので、放棄されやすいのだ。放棄茶園の茶樹は高さが4メートルくらいになっているので、脚立も必要ですw 脚立なしで収穫するには、ロープでも掛けて、引き倒して芽を摘むので、一人では出来ない。何人か必要です。

さて、自分でお茶を作るプロジェクト、第一弾は4/29-30の白茶作りワークショップなんだが、事務処理の手違いで、もう一名だけ、受け入れ可能です。


ワークショップに参加できない方も、自分で耕作放棄茶畑を探してくれば自宅で作れるように、これから何度かに分けて、作り方を解説します。使う道具は「大きなザル」だけです。

涼炉を作る

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涼炉を製作中。伝統的なヤツは炭を使うんだが、現代的なヤツは電熱器だ。背後に見えている小さなヤツ。200Wです。鉄の単味釉で艶消しの黒に仕上げる。上に土瓶や鉄瓶を置いて、薪炒り番茶を煎じたり、漢方薬を煎じたり、あるいは煎茶のための湯を沸かしたりします。焼くと縮むので、大きめに作ってあるんだが、どの程度の仕上がりになるのか、やってみないと判らない。一発勝負。自作の茶道具でお茶を淹れるくらい贅沢な趣味はないねw いずれは土瓶を自作したいんだが、土瓶や土鍋は土から違うので、そう簡単ではない。炭を使わない電熱器の涼炉だったら、どんな土でも作れる。

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MIKASAのデッドストック

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三嶋大社の門前に「日光陶器」という店があるんだが、昔からある店で、昔は「親父が焼いて息子が安売り」と看板に出ていたw 今は、息子がガラスの風鈴作って、天秤棒で観光客に売り歩いてますw 鉄瓶買いに行ったんだが、ついでに安いティーカップを購入した。「MIKASA」とある。ちょっと今風ではないですね。品の良いパステル調で、割と地味です。持ち帰って、MIKASAで調べてみたら、こんなページが出て来た。

洗練されたデザイン、一流レストランも愛用する機能性と強度のある「MIKASA(ミカサ)」のテーブルウエア。
1965年誕生以来、アメリカを中心に世界中で愛され続けています。
洋食器中心のミカサの食器は、アメリカでは広く家庭でも知られていますが、日本では業務用としてのシェアーが大半を占め、帝国ホテル、ホテル日航大阪などの一流ホテル、一流レストランで使用され、その優れた機能性は定評があります。

テーブルウェアの会社としてはまだ存続しているようなんだが、店のオバチャンは「ここはもう商売ヤメた」と言っていたので、さて、どういう事かと調べたら、MIKASAの歴史が詳細に書かれたサイトがあった。この会社はメーカーではなく、貿易商社です。主にアメリカ、カナダからのオファーに応じて、安くて質の良い磁器を大量に作っていたんだが、ニクソンショックやら円高やらで採算がとれなくなり、生産拠点をインドネシアやマレーシアに移転し、日本の貿易商社であったMIKASAは日本からは姿を消す。それが昭和63年頃の事です。なので、このティーカップは昭和時代のデッドストックだ。そこまで調べてみたら、なんとなく地味なパステル調デザインの理由も判った。これはアメリカの中産階級の描く、「上品なティーセット」という風情ですw

お茶の都ミュージアム

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毎日アベシンゾーの事ばかり考えていると自分まで馬鹿になっちゃうので、今日は清遊だ。島田市の施設で「お茶の郷」というのがあったんだが、カネヅマリで廃止され、今度は静岡県が運営する施設になった。名前も変わって「お茶の都」です。ここには綺麗な庭があり、綺麗寂びの遠州式茶室もある。遠州というのは、小堀遠州の事です。江戸時代初期を代表する茶人です。

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静岡県が作ったお茶の都ミュージアムは、かなりマニアックな施設と展示で、一番驚いたのは、各種の中国茶が「見て、触って、匂いを嗅げる」という展示w 100g1万円クラスのお茶まで並んでいる。よほどマニアックな人でなきゃ、理解もできないし、その価値は解らないだろうw 

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ミュージアム・ショップで売られていたペットボトルのお茶が、238円(税込み)です。なんでそんなに高いのかというと、理由がある。

一番茶のみを使用し、国内産の0.005%にも満たない非常に貴重な品種、藤枝かおり種などを主原料として個性的で華やかな香りを生かした茶葉を使用しています。一般的なグレードの茶葉を使用した「太陽と風香る緑茶」のおよそ10倍の市場価格で取引される高品質な茶葉を使用しており、飲み干した後にほのかに感じる上品で華やかな香りをお楽しみいただけます。

藤枝かおり種というのは、やぶきた種に、香りの良い印雑131号を掛け合わせた新種で、しかも静岡茶では珍しい萎凋作業をしっかり施している。仄かに日干し臭さを感じたんだが、萎凋を日干しでやっているからだろうか。ちなみに茶葉の価格としては、100g1000円くらいです。同じメーカーから130円というリーズナブルなペットボトル茶も出ているんだが、そちらは「静岡県産やぶきた種の初夏摘み二番茶と秋番茶」という事で、それでもペットボトル茶としては上等なんですね。コンビニのペットボトル茶は、四番茶や茶工場のホコリまで使うからw で、アイスクリームだが、こちらは「世界一濃い抹茶ジェラート」w 7番というヤツです。静岡県は実は、抹茶の輸出では日本一なんだが、そのほとんどがアイスクリーム用ですw これはもう、アイスクリームというより、冷凍抹茶だなw というわけで、マニアックなお茶好きだったら楽しめるかも知れない、お茶の都ミュージアムでした。

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ワークショップ締め切りました

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さて、白茶です。4月29日-30日のワークショップは定員に達したので締め切りました。写真は水出しの白茶。白茶は水出しが可能で、味も良いです。10gの茶葉に冷水1000ml。ひと晩寝かせた物です。スッキリした雑味のない、シンプルな味だ。

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今年の1月に収穫した畑。まだ全然、新芽は出てない。

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去年の1月に収穫した畑。こちらは少しずつ新芽が出ている。ワークショップではこれを摘んで白茶にします。

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宿泊場所の古民家。寝袋持参でお願いします。まかないの食事も手伝いをお願いします。食材は用意します。
なお、白茶の製造については、北条さんのところの記事を参照して下さい。
初心者にも分かりやすい白茶の専門知識
自宅のお茶で作る白茶の作り方まとめ

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自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

リーフもあります!<豆州楽市・薪炒り番茶リーフ100g×3>3200円

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緊急募集です。新茶の季節に、自然栽培の、無農薬、無施肥の山のお茶を使って、白茶を造ります。「白茶」とは何か? パイチャと読みます。収穫した茶葉の新芽を、そのままゆっくりと萎凋させ、発酵させて仕上げた、素朴なお茶です。

摘まれた茶葉を、萎凋(いちょう、放置して萎れさせ、発酵を進めるとともに水分を飛ばすこと)した後に、火入れして乾燥させるだけという、中国茶の中では特に簡素な工程となっている。六大茶類の中では、唯一白茶だけが「揉捻」を施さない。
多くの中国茶とは異なり、揉みこむ工程(揉捻)がないために茶葉そのままの姿で出荷される。そのため茶葉が揺れ動く様を楽しめるように、淹れる際には耐熱ガラスに90度前後のお湯を注いで飲むのが一般的。こうする事で、茶葉がまるで「笹の葉」のように、ゆらゆらと揺れ動く様子を楽しむことができる。また、冷たい水で淹れても美味しく飲める。
香り・味わい・水色ともに上品で後味がとても甘い。また、白茶には宿酔い、夏ばてに効くといった効能や解熱作用があると言われている。

中国茶の世界でも、もっともマニアックなお茶で、お茶好きが最後に辿り着くお茶でもある。作るのに非常に手間がかかるために日本ではほとんど作られていないんだが、薪炒り番茶株式会社のスタッフたちは、以前から季節になると自家用にこっそり作っていた。今年は茶畑が確保できたので、ワークショップを開催して、10名に限り、参加者を受け入れます。4月29日の朝、静岡駅集合、30日の夕刻、静岡駅解散になります。スケジュールとしては、オクシズの杉尾地区、ずしゃだちに移動して、夕刻から茶摘み。月の光で収穫作業です。その晩はずしゃだちの古民家に宿泊、寝袋だけは持参でお願いします。食事はこちらで用意します。今までの経験では、素人でも頑張れば、100gから200gくらいの白茶が作れます。作ったお茶は参加者の物になります。参加費はオール込みで1万円ですが、食事付きなので、元は取れると思うw 白茶はベラボウに高いしw 白茶の乾燥には時間がかかるので、あとから完成したお茶は宅配便で送ります。10名限定です。下記アドレスまでメールでお申し込み下さい。

白茶作りのワークショップ

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ゴールデンウィークは白茶作りのワークショップで! 日本ではほとんど知られていない、作られていない、お茶の原点。それが白茶です。収穫した茶葉を、自然の微発酵のみで仕上げたのが白茶。葉にストレスを与えず作るので、苦みや渋みはなく、自然な甘さと旨みだけが優しいお茶です。でも、コレが意外にも「決まる」んですねw うまく作られた白茶は「酔う」ので知られている。お茶に酔うというのはどういう意味か? 白茶はカフェインが多いので、そのせいだという人もいるが、よく判らない。でも、遠州のサーファーは自家製の白茶でキメて海に出るというのが定番になってますw 

摘んだ茶葉を竹製のザルに拡げておくと、萎凋という作用が起きる。要するにしおれるわけだ。揉まないで放置しておくだけだが、均一に乾燥させながらムラなく萎凋させるのには高度な技術が要る。数十時間かかって、緩やかな空気の流れの中で、茶葉は甘い、花の香りを放つようになる。微発酵です。茶葉そのものが持つ酵素で、時間をかけてゆっくりと熟成させる。機械でガシガシ揉んで作るお茶とはまったく違う。



さて、今回は「標高750m」という、お茶の栽培ではもっとも厳しい気候の高地で、「10年以上放置された自然栽培茶」の新芽を、一芯二葉、または一芯三葉で摘みます。中国本土でも既に途絶えた技法で、「月光白茶」です。夜、月明かりで摘み、冷涼な山の空気の中で、じっくりと発酵させる。現在、中国で作られている「月光白茶」というのは単なる商品名であって、月明かりで摘んでいるわけではない。でも、こちには本物の月光白茶です。月明かりで摘んで、冷涼な深夜にじっくりと微発酵。最上の条件で素晴らしいお茶が出来る、その筈なんだが、原価計算したらどうにも商売にならないので、仕方ない、ワークショップにしましたw 
4月29日(日)朝 静岡駅集合
4月30日(月)夕 静岡駅解散
29日の昼食から30日の昼食までの食事は、こちらで用意します。手伝いだけ、お願いします。
参加費は1万円、中学生以下のお子さまは5千円です。
茶摘みをするので、働ける格好をして来て下さい。
宿泊は静岡市葵区杉尾の古民家です。寝袋は持参して下さい。
摘んだお茶は全量、白茶にして自分の物になりますが、仕上げ(炭火による乾燥)に時間がかかるため、後日、宅配便で配送します。

主催は薪炒り番茶株式会社です。スタッフは毎年、自分の分の白茶は自分で作っているベテランなので、逐一、指導します。誰でも美味しい白茶が作れます。お問い合わせは下記アドレスまで。

薄胎 粉彩

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景徳鎮の薄胎、粉彩です。左は日本製で、清水焼かなんかの景徳鎮写し。景徳鎮というのは言うまでもない、中国の陶磁器産地なんだが、現地には昔から無数の工房があり、質はピンからキリまでw 明も清も、皇帝のいる国だったので、宮廷で使う食器を作る工房の作品は凄い。超絶技巧。これは、磁器でありながら、ガラスのように透けるほど薄く作ってある。薄胎と呼びます。こんなに薄くロクロ挽きは出来ないので、乾燥させた生地を丁寧に削って薄くします。絵付けはエナメル彩色で、こうした技法が完成したのは清の時代。もちろんコレは現代物です。数千円で買える。日本人の観光客などが、よく北京の骨董屋に騙されて、アンティークのつもりで、15万円とかで買わされるw 造りは同じなので、ほぼ見分けがつかないw 中国では本物のアンティークは国家で保護していて「輸出」禁止なので、観光客が買える時点で、それは偽物ですw おいらは本物の19世紀景徳鎮の官窯物を持っているんだが、それはタイの王様の為に中国皇帝お抱えの工房で作られたシロモノで、アールヌーボー調の独特の文様で、そういう特殊な物には偽物がない。まぁ、骨董の世界も面白いんだが、凝り始めるとカネも時間もたまったもんじゃないので、偽物の景徳鎮で煎茶飲んでるくらいで、ちょうど良いw

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日本農業新聞に紹介されました

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ダマスクローズ

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おいら、人工着香したお茶は大嫌いなんだが、世の中には多いですね。コンビニとかスーパーとか、著名ブランドの名のついた臭い紅茶を売っている。マンゴとかw オンナとイギリス人は臭いお茶が好きで、昔からあるのが、アールグレイ。あれは柑橘類で香りをつけている。中国茶ではジャスミンティーが有名で、で、今日は自家製のローズティーです。ベースはヌワラエリアで、ダマスクローズのドライフラワーを2つ、浮かべてあります。

原料を求めて色んな産地を探しました。ダマスローズはブルガリアやトルコ、イランなどで主に栽培されております。
但し、その殆どは精油(エセンシャルオイル)を採取用として使われ、お茶としては流通しません。
精油にすると、ほんの数グラムで数万円で取引され、生産者も利幅の大きい香水用としてダマスローズを栽培しております。

そこで私が求めたのは、中国のゴビ砂漠のウイグル自治区で栽培されるローズです。
この地域では少数民族により無農薬栽培が行われており、作られたダマスローズはローズティ用として流通しております。
砂漠地帯で栽培が行われており、昼夜の温度差が激しいことから、良質のローズが栽培されます。

香料として作っているダマスクローズは、農薬を大量に使っているので、飲料には使えません。ハーブと紅茶を混ぜて使いたいという人がよくいるんだが、国産の無農薬ハーブを使うべし。箱根に落合ハーブ園というのがあるんだが、あすこは無農薬です。これはいつもの北条さんの商品なんだが、北条さんのところは全商品、無農薬なので安心です。30gで1150円なんだが、ひとつの花で1gもないので、38円くらいか。花は形のままなので、抽出に時間がかかる。夏には冷蔵庫に入れておく冷水に、こんなの浮かべておいたら、香りも良いし、お洒落ですw

毛尖茶

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さて、これもまたいただき物の中国茶なんだが、データがまったくない。とてつもなく立派な巨大な箱に入っていて、缶も高級そうなんだが、「茶生活 悟」とあるだけで、何も判らない。でも、おいらはそれなりの知識があるので、淹れて飲んでみりゃ、ある程度は見当が付く。茶葉の見てくれは伊豆のぐり茶みたいで、ぐり茶というのは釜で炒る釜茶なんだが、日本では珍しい製法です。ところが、中国では緑茶もほとんどが釜茶。さて、淹れてみて驚いた。味に驚いたのではなく、茶葉。なんと、芽の芯だけを使っている。手摘みの高級茶では、よく「一芯二葉」とか「一芯三葉」とか言われて、高級な象徴みたいに言われるんだが、これは芯だけです。芯だけのお茶というと、白毫銀針が有名なんだが、アレはそのための品種を使っていて、芯が大きい。コレは普通のお茶の芯なので、芯が小さい。一芯二葉で手摘みする場合、日本では一人、一日に15kg摘みます。製茶して3kg。このお茶は、芯だけなので、一日かかっても300-500gしか摘めない。製茶すると100g。なので高い。ベラボウに高い。中国でも、政府高官や会社関係のギフト用です。

おじけづく鋭いお茶の特徴

おじけづく鋭くて乾くお茶は皆細い芽の頭で、お茶の形は清潔できれいで、乾香ににおいをかいで、浅くいくつまで(に)かいではいけません。お茶を投げて、甘い香り出ます。私達のふだん接触した緑茶の香気と明らかに異なって、煮て鍋の中で熱気の甘いトウモロコシの息を冒すのです。茶はだんだん水に湿らせられて、杯の底で沈みます。スープの中白い微小なものは茶湯に従って翻って、スープの色の浅黄が緑で、すべての芽の頭の長さ(広げた後に)1センチメートル足らず。スープの重厚な甘のアルコール、生きている不足だが、しかし喉の中に韻があって、入口の香気が静かで趣があって、熟している女性の配りだす人にリラックスさせるので、回想する息に値します。甘に帰りがあります。お茶が3水のもとのままな味に着くのがこくがあって、そろえるのがつるつるで、久しく回の後に緑茶の苦くて渋いのがなくて、3水の味をうつして、4水の後に行くことができるのであるべきです。スープの色の3水の時に乳の濁っている色があります。

繁体字のサイトで毛尖茶の解説を見つけたんだが、翻訳ソフトに掛けたらかえって、わけわかんなくなったw 繁体字なら、むしろ原文の方が理解しやすいわw この「毛尖茶」が作られるのは、中国でも四カ所。河南省、貴州、湖北省、湖南省です。味は、日本茶より苦みも甘みも強く、コクがある。日本茶のように低温で淹れたら、苦みが押さえられて、日本の高級煎茶に近い味になるだろう。なお、今回の付け合せは「山査子」です。山査子の実を原材料に、ドライフルーツ化したもの。中国ではコレを酢豚の味付けに使います。おいらは遠州の観光地で買った。ほどよい酸っぱさで、いいお茶請けになります。

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福鼎高山大白茶

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あちこちから中国茶を貰うんだが、台湾や中国の土産で頂いたものの、どう淹れて飲むのかも解らず、「そうだ、アイツがこういうわけわかんないお茶、好きだったな」という事で、最終的においらのところに廻って来るわけです。これはまた立派な餅茶で、プーアル茶かと思ったらそうではない。白茶です。白茶は揉んでないので、バラバラの荒茶状態では場所を食う。しかも空気に触れて酸化、傷む。そこで、蒸して柔らかくして、こういう平たい煎餅状にします。これで約300gになる。飲む時には、もちろんバラバラにして使います。固まったまま空気と遮断して保管すれば、何十年でも保つ。年代物の白茶はコレクターズアイテムで、途方もない高値が付いたりしますw 寝かせると、新茶では鼻についた枯草っぽい香りが変化し、フローラルな香りになるのだ。それに、マイルドで柔らかい味になるのだ。包装紙に手懸かりを見つけて調べてみた。

「福鼎高山大白茶」とある。福鼎というのはどこかというと、福建省です。蜜柑で知られる温州のとなりです。蜜柑のとなりでお茶と、いかにもですねw 福鼎大白茶には伝説があって、

福鼎大白茶伝説 数千年前から伝えられ、太姥山の地区にはしかが流行し、多くのこどもが苦難をうける。一軒の農家の少女が雪山の山頂に白茶の木を探し当てて、葉を摘み取り同郷の人々のために煎じて飲ませて疫病から守った。その後、少女は白茶の樹を一心に育成して同郷の人に茶を植えるように教える。

基本的には、この伝説に描かれているように、昔からある素朴なお茶です。お茶の原点と呼んでもいい。

白茶の多くは中国の福建省で作られます。福建省における産地は、福州や福鼎などの町です。白茶生産に用いられる主な品種は福鼎大白茶と政和大白茶の2つです。ただし、福建省における白茶の産地は、歴史的にも非常に有名であり、白毫銀針や白牡丹などの白茶は中国国内はもちろん、海外においても非常に人気があります。その為に、福建省における多くの茶園は、現代農業方式による大量生産にシフトしていることが現状で、味に奥行きがあり、飲み応えのある白茶は非常に稀少になりつつあります。

白茶のブランドとしては、白毫銀針や白牡丹が有名なんだが、こうした餅茶に加工されるのは、新芽を高級品のために摘んだあとの二番茶とか、規格落ちです。だからって、安物というわけではない。白毫銀針や白牡丹は100gで5000円とか、途方もない値段になるわけで、二番茶でもその半値くらいか。現地では100g1000円前後から買えると思うが、輸入すると倍になります。貿易商が暴利を貪ってるわけではなく、食品の輸入というのは検査にコストが非常にかかり、率が悪いのだ。「寿眉」という商標はあちこちで見るので、割とポピュラーなようです。福建省ないしは台湾で、この餅一つが3000円くらいだと思う。日本で売っていたら、倍以上。中国でも白茶の人気は高まっていて、「健康的だ」というんだが、刺激が少なく、胃に優しい、というので、愛されているようだ。ただし、カフェインが多いので、お茶酔いする。サーファーはマリファナ吸うと逮捕されるので、白茶をキメて、海に出るそうでw なお、テイスティングについてはまた、項を改めて書きます。

 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

リーフもあります!<豆州楽市・薪炒り番茶リーフ100g×3>3200円

普洱茉莉龍珠

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ジャスミンティーというと、アレだな、「オリビアを聴きながら」。ジャスミンティーは眠り誘う薬、私らしく一日を終えたいこんな夜、って歌詞がありましたw でもね、ジャスミンティーのベースは緑茶なので、カフェインが多い。ガブガブ飲んだら、眠れなくなりますw さて、ジャスミンティーの作り方です。安物は人工香料を吹き付けて、最後にちょっとだけ本物の花びらを混ぜて完成。市販のヤツはほとんどソレです。高級品は、緑茶を散茶(釜炒り茶)の状態から蒸して丸める。団子みたいに丸くします。幼児の小指の先くらいの団子になります。そこに、等量のジャスミンの蕾を混ぜる。中華料理の基本で、「食材は同じサイズと形に揃える」というのがありますね。同じサイズだとよく混ざる。これをひと晩置いておくと、蕾が開いて、香りが緑茶に吸着される。お茶は香りの吸収率が凄いです。で、ここからが利口なところで、混ざったお茶をフルイに掛けると、お茶は団子のままなので落ちてくるが、ジャスミンは蕾が開いて、サイズが大きくなっているので、残る。そうして振るい分けるんです。で、これを何回も繰り返す。物凄い量のジャスミンを使います。本場は福建省の省都、福州市で、台湾でも作っている。さて、これはそんな高級ジャスミンティーだが、ベースになっている茶葉がプーアル生茶ですw 中国人がそんな斬新な発想を持っているわけがないので、コレを仕掛けた張本人は日本人だ。雲南省の山奥で、雑草に埋もれるようにして育っている自然栽培の茶葉を使ってプーアル生茶を作り、それを福建省に持ち込んでジャスミンの香り付けをしたという、おっそろしく手間のかかったお茶です。

さて、ジャスミンティーは中華料理屋では定番で、昔から横浜中華街でもよく出て来た。今は凍頂烏龍茶が増えてますね。中国人はみんなウーロン茶を飲んでいるかというと、そうでもない。おいらの知人の中国人は、日本に来て初めてウーロン茶を飲んだと言っていたw 「ウーロン茶はサントリーに限る」とか言ってますw じゃあ、中国で彼が何を飲んでいたのかというと、ジャスミンティーです。中国は、地域によって飲むお茶が違うらしい。なので、「雲南省のお茶で福建のジャスミンティーを作る」という発想そのものが出て来なかったw ベースのプーアル生茶は、白茶に近い素朴なお茶なんだが、ミネラル分が凄くて、そこに濃厚なジャスミンの香りが乗って、コクとボディが強い。お茶は地域性が強く、伝統色の強い産品なんだが、こういう新しい試みもいいですね。
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原宿キャットストリートのパタゴニアです。なんともお洒落というか、意識高い系のお店で恐縮なんだが、薪炒り番茶の発売第一号店はココです! 東京方面では、標高700mの天空の茶畑で採れた、特級セレクト品のみの発売となります。

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店頭で量り売りしてますw 今のところリーフのみです。

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なんで原宿のパタゴニアで薪炒り番茶を売っているかというと、サーファー繋がりだ。遠州はサーファーが多い。カネがなくなったら茶工場で働き、カネがあるうちは海に浸かっているw そもそも製茶工場のオーナーがサーファーだったりするしw どこの飲食店に入ってもレゲエが流れているとか、そういう土地です。なので、薪炒り番茶工場のスタッフにも、サーファーが多い。さすがに寒の時期にはあまり海に入らないので、喜んで手伝ってくれる。そんなわけで、原宿キャットストリートのパタゴニアが第一号になったんだが、引き続き販売店募集中です!



 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

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ダブル・レインボー

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焙炉あげが終わったら、雨も止んで、見事な虹が出ました。しかも二重。外側に薄く、副虹が確認できます。

虹が2本出ることがあります。左の虹と右の虹で色の並びが逆になっています。また、右の虹と左の虹では明るさが違っています。専門的には左の虹(下側)を「主虹」と言い、右の虹(上側)を「副虹」と言います。主虹と副虹は(図1)のように水滴に出入りする光の入射角がちがいます。このため、副虹は色の並びが主虹の反対となってしまいます。また、副虹は水滴内で2回反射するため主虹よりも暗くなってしまいます。普通よく見る虹は1本ですね。これは主虹が見えているので、内側が紫で外側が赤となっています。

さて、この二重の虹というのは非常に珍しい現象で、スピリチュアル的には大きな意味を持っているらしい。

二重の虹にも意味があり、その意味は「卒業」と「祝福」です。
二重の虹には制限の多い修行の場からひとつの卒業を意味し、そして、新しい概念を祝福する意味があるそうなのです。
人は困難な道を選んでいきますが、そんな状況で頑張ってきた自分にそろそろ新しい生き方をしてみる時期が来ているということを教えてくれているみたいです。

会社を立ち上げて、薪炒り番茶の仕込みに汗を流した日々からの卒業を祝福してくれる、素晴らしいお祝いでした。

 1100円(税・送料込み)
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焙炉あげ

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今日は「焙炉あげ」という儀式です。昔はお茶を収穫し、製茶するという作業は人手に頼っていたので、季節になるとたくさんの出稼ぎが静岡に集まったんだが、製茶の最後の工程で使うのが、焙炉という道具。お茶の季節が終わると、焙炉を片付けて、出稼ぎの人が家に帰る。その最後の儀式です。景気の良い頃には、料理屋を借り切ってどんちゃん騒ぎしたそうだが、今は廃れてしまった。緑茶はそもそも機械で作っているので、人手が要らない。300kgの製品を作るのに、1人、ひと晩ですw 焙炉あげどころじゃねーやw でも、薪炒り番茶は人手がかかる仕事で、ここに集まったのも、ほとんどが近所から手伝いに来てくれた人たちです。

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移動茶室。今日は天候が荒れ模様だったので、室内です。セットは畳んでどこにでも移動できるので、普段は野点に使ったりするらしい。

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おいらは寒い中、吹きっ晒しで売茶翁の真似ですw 中国の珍しいお茶をテイスティングして頂いた。

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徹夜作業で最後の釜炊き

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昨日から徹夜作業で最後の釜炊きです。今日は工場の大掃除をして、21日、焙炉上げという儀式になります。まぁ、働いてくれたスタッフ、近所の皆さんにお茶を振る舞うだけなんだが。

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1月中旬から始めて、二ヶ月。計5トンの薪炒り番茶を仕込みました。この工場の最大生産量は7トンくらいだと思う。まぁ、いくらたくさん作っても売れなきゃしょうがないんだがw

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工場に出入りの娘たちw このあたりは閑静な住宅街です。騒音や煙も少しは出るんだが、近所の人がみんな手伝いに来てくれているほどで、ワキアイアイとやってますw

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最後の賄い。挽肉が安かったので、ハンバーグ。若いスタッフが多いので、肉はみんな大喜びだ。かつての茶工場は人手の要る仕事だったので、季節になるとこうして若者が集まってきた。今はコンピュータ制御の巨大な機械が無人でお茶を作ってしまう。人間は要らないw でも、薪炒り番茶は人手の必要な仕事で、農薬も肥料も要らない代わりに、人手は必要。原価のほとんど全てが人件費だ。さて、焙炉上げが終わったら、あとは製品を売り歩くのに頑張ろう。

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氷点下15度の寒風

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ハイマウンテンのお茶の葉です。標高700m越え。真冬には氷点下15度の寒風が南アルプスから吹き下ろしてくる。寒風の触れた部分がご覧のように赤茶けた色に変色し、ひと晩で枯れてしまう。特に水分の多い新芽は弱いです。寒風の吹く通りに沿って、一列に茶色く変色した帯が生じる。豆州楽市のレモン畑でも、たまに起きる現象です。日本一高い茶畑では、こうした厳しい環境で生き延びた野生の茶葉が採れる。ちなみに枯れた葉は使いものにならないので、ひとつひとつ手で取り除きますが、残っても、炒ってるうちに粉々になって飛んでしまうので、製品には残りません。

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太すぎて使えない茎。何か利用法はないものか? そこで思いついたのが、「炭」を作るという利用法。釜炊きの時に、ダッジオーブンの中に茎を入れておいて、空気が入らないように針金で縛っておくだけ。さて、コレを何に使おうか?

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本日の賄い。静岡の最深部、天空の茶畑から戻って来たスタッフが大喜び。山は雪だったそうです。平地は既に春めいて、芽が動き始めているので、冬茶は終了。山の収穫も今日まででオシマイです。3月21日には焙炉あげという式を行って、シーズンを終えます。

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天空の茶畑

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まさに「天空の茶畑」。日本一高い茶畑の周辺、耕作放棄された茶畑で、今シーズン最後となる刈り取りをやってます。標高700mから1000mという、高地です。春の遅い南アルプスにも、そろそろ春が訪れる。芽が動き始めるとカフェインが作られ始めるので、収穫は終わります。

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山の茶畑はこんななので、機械化しにくい。だから、放棄される。けれど、こういう傾斜地は良い作物が出来る。蕎麦の製麺所のオヤジもそう言っていて、豆州楽市の蕎麦は、北海道でも、もっとも厳しい気候の傾斜地で作られています。傾斜地が良いというのは、箱根西麓の野菜でも良く言われていて、箱根は「段々畑」ではなく、傾斜地のまま、野菜を作っている。傾斜地は上からどんどん土が流れて来る。水も流れて来る。それにつれて、養分も流れ込んでくる。土が生きているのだ。

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菊川工場では、敷地に砂利を敷いてます。雨が降ると水溜りになってしまうので、砂利で排水を良くします。敷地は280坪あるんだが、もはや駐車場が足りなくなって、近所に借りました。

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いつもの賄いを食べる場所も気分一新。このまま縁側カフェが営業できそうだw

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紅茶に向いた茶葉とは

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この茶葉は、葉が大きい。持っているのが9歳の女の子だからなおさら大きく見えるんだが、こうした大葉種は「紅茶やウーロン茶を作るのに良い」という事で、春からはこの茶葉を使った紅茶を製造します。

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施肥してないのに、元気です。育ちが良い。山の傾斜地では、施肥をしなくても上から流れて来る養分があって、作物は元気に育ちます。ワサビ田では水がいつも流れているので肥料を与えられないんだが、200年間も無施肥で収穫し続けている。それに標高が高いところは病害虫の被害も少ないので、農薬を使わなくて済む。まさに理想的なんだが、あいにくと機械化しにくく、収穫が遅いので、新茶の相場に間に合わない。相場が下落する6月過ぎてやっと新茶なので、採算が合わない。日本は煎茶のブランディングに完全に失敗してしまった。一番美味しい、山の傾斜地のお茶が、耕作放棄されている。

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倉庫が一杯になってしまった。今日までで4.3トン。3月21日の「焙炉上げ」までには、5トンを突破するだろう。会社を作る時に採算目論見書というのを作ったんだが、そこには「最大生産量7トン」と書いた。実際には今シーズン、フルには活動できていない。稼働始めたのが1月中旬からなので、今シーズンの5トンというのは、上出来の数字です。あとは、二度目の焙煎と販売だけです。薪炒り番茶を仕入れたいという小売店、問屋さんなどありましたら、是非。



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日本一高いお茶

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お茶の産地に行くと、よくこうした霧に遭遇するんだが、スリランカのヌワラエリアに行った時もそうだった。ここは梅ヶ島。標高700mから1000mくらいにかけて、茶畑が点在してます。日本一高い茶畑群です。菊川の平地では、お茶が芽吹きはじめた。今シーズンの平地の収穫はオシマイです。これから2週間、これくらいの標高を狙って、春の遅い山のお茶に専念します。

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日中は晴れて、気温も上昇する。この、寒暖差、気候の変化が素晴らしい山のお茶を産む。

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工場から遠いので、軽トラでは間に合わない。1トン四駆がベスト。軽トラ3台分積める。これで一日二往復します。工場ではさっそく、山のお茶を加工。茎に甘みがあり、ミネラル分が豊富で喉越しが深い。薪炒り番茶を毎日飲んでいるスタッフがビックリするような、美味しいお茶になりました。ここのお茶は、「ずしゃだち」と並んで、番茶の中でも最高峰です。ただし、平地のお茶より手間がかかり、効率が良くないので、値段は高くなる。なんせ「日本一高いお茶」だw 主に首都圏の自然食品店への出荷用となります。

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「大雪山野生茶 毛茶 2017」と、「ネパール・ジュンチャバリ農園1stフラッシュ」の半々ブレンドです。大雪山というのは、日本のではなく、中国雲南省の山奥。ジュンチャバリ農園というのはダージリンのひと山隔てたところで、「ほぼダージリン」だ。通常、お茶のブレンドというのは、安い、欠点のあるお茶の欠点を補うために行われるのだが、コレはどちらも個性豊かで、クオリティの高い素晴らしいお茶で、混ぜたら勿体ない、という気もしないでもないんだが、いつもこうしたお茶を買っている北条さんところのメールマガジンで、「プーアル生茶とダージリンの1stフラッシュは素晴らしいぞ」とあったので、そそのかされてやってみたw もともとジュンチャバリの1stフラッシュは白茶に近いような喉越しとコクのあるお茶で、あまり紅茶っぽくないんだが、一応、紅茶です。プーアル生茶というのは、日本ではほとんど飲まれていない。市場に出廻っているのは熟茶です。生茶は野性的なお茶で、素朴な味だ。しかもコレは栽培されているお茶ではなく、自然に生えている山のお茶なので、お茶の原点だ。さて、どちらもおいらは好きなんだが、混ぜてみたらどんな味か? これが、驚くほど癖がなく、ナチュラルな味。一般的にブレンドというのは、「混ぜれば混ぜるほど、癖がなくなる」わけで、主張が奥に引っ込んで、深い喉越しのコクと、仄かな香りだけが残る。プーアル生茶は癖があって、好き嫌いが出るところなんだが、これは誰でも好き嫌いがなさそうだな。薪炒り番茶株式会社では、今年の新茶で1stフラッシュの紅茶を作ります。良い目標が出来た。ところで、日本で栽培されているお茶の9割以上が「ヤブキタ種」なんだが、薪炒り番茶株式会社では在来種にこだわっていて、あちこち探し歩いているんだが、在来種というのはそういう種類があるわけではなく、実生なので、一本一本が微妙に性格の違う樹なんですね。もちろん、それぞれ味も違う。それが製品になるまでにミックスされ、おのおのの個性が消えて、キャラクターの異なった樹々の奏でるハーモニーとなる。在来種のお茶は、ヤブキタのような単純な味ではなく、深みのある、豊かな味です。ウーロン茶も紅茶も、在来種からだったら作れる。ヤブキタではどうも、うまく往かないですw

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日本一高い茶畑

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日本一高い茶畑というのがありまして、標高974mです。台湾やスリランカではもっと高いところに茶畑があるんだが、日本は温帯で寒いので、これが限界。

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看板が出てます。「日本一高い茶畑」と書いてある。ここはまだ放棄されてない。

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日本一高い茶畑から。素晴らしい眺望です。この近辺にも耕作放棄茶畑はあちこちにあり、今日はそれを刈りに来ました。実は、「日本一高い茶畑」よりも高いところにも、耕作放棄茶畑を発見! 日本一高い耕作放棄地茶畑! 例によって道が崩れているんだが、早急に刈り入れの手配をします。

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菊川工場では、子どもがお手伝い。

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今日もヘルシーな賄い。豆州楽市のそばつゆを料理のベースにしているので、菊川工場の賄いは美味しい。

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粉塵対策

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今やっている茶畑。看板には特別栽培茶生産圃場とあるので、現役時代から農薬、化成肥料の使用を控えていたようだ。この看板の表示は「菊川町」なので、2005年の合併、菊川市誕生以前のモノです。

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こんな傾斜地です。これでは刈り取りに大型の機械は使いにくい。それで放棄されてしまうわけです。でも、こうした傾斜地の方が、作物の出来は良い。

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炒り作業で、凄い粉塵が出るわけです。茶埃というんだが、コレがあっという間にあちこち積もってしまう。粉塵は火が着きやすく、放置しているとすぐにボヤ騒ぎを起こす。危ないので、粉塵対策を試行中。

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送風機を逆に使って、釜から立ちのぼる粉塵を吸い込んで戸外に吐き出す。常時煙かった工場内の環境も、だいぶ改善された。

 1100円(税・送料込み)
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賄いはナチュラルフードです

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薪炒り番茶株式会社、菊川工場の稼働が1月11日。それから一ヶ月ちょっとなんだが、既に3トンの炒り作業が終了。順調に進行してます。二度炒りしないと商品にならないので、まだ仕込み段階なんだが、来月21日までに5トンを目標としてます。

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近所の方々が時間を見繕って、作業を手伝ってくれてます。紛れ込んだ雑草やゴミを除去する作業です。

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今日の賄い。鯖の竜田揚げ。スイートチリソースを出して貰って、ちょっと付けて食べると美味しい。

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有機野菜のサラダ。

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豆乳のクリームスープと、玄米のご飯。菊川工場の賄いは、ナチュラルフード系のヘルシーなメニューです。この賄いを楽しみに働きに来る人も多いとかw 食後はもちろん、番茶でひと休み。このまま雪が積もらなければ、次は標高1000メートルの茶畑を目指します。

 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

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薪炒り番茶株式会社菊川工場が静岡新聞に紹介されました。クリックすると大きくなります。

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持ち込み製造

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オクシズの足久保です。これは薪炒り番茶のオリジナル事業ではなく、現地の茶農家からの持ち込み作業になります。現地で茶農家が刈り込み作業をやって、茶葉を薪炒り番茶工場に持ち込み、炒り作業だけが薪炒り番茶株式会社担当。そして完成品は半分ずつ分ける。お金のやり取りはナシです。薪炒り番茶では、そうした協働型の番茶製造もやってます。

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足久保というのは静岡茶のルーツで、鎌倉時代に聖一国師という坊さんが開拓した茶畑。日本でも指折りの由緒正しい産地です。ところが例に漏れず、ここにも耕作放棄された茶畑がある。ところで面白いんだが、この地域のお茶、おいらがいつもウーロン茶を買っている北条さんのサイトでも以前は売られていたんだが、「HOJOの目指している品質基準とは異なります。この為、本商品は終売とすることに決定しました。」とある。どういう意味かというと、農薬を使っているからです。北条さんは、今では全製品、無農薬に切り替えた。もちろん耕作放棄茶畑には農薬は撒かないので、これで作った薪炒り番茶は無農薬です。

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雪の進軍

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いよいよ山のお茶です。ずしゃだちです。標高は700mくらいになる。ここらへんは既に南アルプスの麓で、日中でも霜柱が溶けない。このサイズですw

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ボブキャットが拓いた道に沿って、茶畑。10年以上放置されている。もちろんその間、農薬も化学肥料も与えてない。自然に還ったお茶です。

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菊川工場から2時間近くかかる離れた場所なので、ピストン輸送は出来ない。なので今日は1トンの四駆。これくらい力強い相棒はないね(断言)。



我が軍団、堂々、雪の進軍w

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道を作ってます

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ジュンチャバリ農園1stフラッシュ

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ウーロン茶みたいに薄い水色なんだが、これでも紅茶です。しかもネパール。さて、世界地図を拡げてダージリンを探してみよう。インドの北部で、ネパールとブータンに挟まれているのが判る。歴史的な経緯があってインド領という事になっているんだが、ここはネパールと呼んでも不思議はない土地で、なのでネパールでもダージリンと「ほぼ同質」のお茶が穫れる。しかもブランド力がないので、ダージリン茶より安い。これはジュンチャバリ農園のファーストフラッシュです。春の一番茶。ジュンチャバリ農園は2000年に拓かれた農園で、90ヘクタールほど。何か素晴らしく作り込まれたサイトがあったりして、只者ではないな、という印象なんだが、いわゆる意識高い系で、無農薬、有機栽培です。

多くのネパールの茶園が肥料栽培をしているのに対し、Jun Chiyabari茶園は自然農法を実践しておりお茶の原料の質が飛び抜けてよい点です。窒素系の肥料を使わず、植物由来の堆肥のみを用いることで、お茶はゆっくりと成長し、その為に、余韻が長く、後味が濃く飲み味豊かなお茶が出来ます。オーナーの1人は私の店にも遊びに来たことがあり、彼自身自然農法に対して非常に積極的であり、彼の姿勢はお茶の質に良く反映されております。

ここのお茶は、標高1650mから2100m。紅茶ではベストの環境です。熱帯なので、その高度でもお茶が作れる。日本では標高1000mが高所限界です。さて、飲んで驚いたんだが、紅茶でありながら白茶のようにふくよかな香りと余韻があって、それでもやっぱり紅茶なので、爽やかな苦味がある。これは良いお茶だ。主張の強くない、地味な和菓子で、ストレートでいただきたいお茶です。こういう紅茶を日本でも作りたいんだが、日本の場合、標高650mから1000mという事になる。いくつか目星はつけてあるので、今年は作ります。たくさんは作れないので、会員制で配布します。会員は100人くらい募集する予定。

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日産150kg

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若手釜師の教育も着々と進んで、交代で廻すようになり、能率向上。夜まで廻して、日産150kgまで作れる。昼食を食べながら、マリア・カラスを聴きながらまったりと火の番。昨日はレゲエだったらしいw

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刈り取り部隊も合流しての、ランチ。賄いは連日10人前です。今日は昨日の残りのスパイシーなカレーを使ったカレーうどん。豆州楽市提供のそばつゆとカレーとで、絶品の汁です。おにぎりと漬物なども。

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往時の茶工場は人手の要る作業だったので、こうした賑やかな光景が見られた。今では機械化されて、シーズン中でも人は少ない。けれど薪炒り番茶は相変わらず、人手の要るやり方でやってます。

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昨日から新しい畑に入ってます。「メジロ7年」と名付けたんだが、7年間メジロの巣になっていた茶畑で、明らかに葉が大きく、ヤブキタではない。多分、実生の在来種です。「この葉で紅茶を作ったら、アッサムみたいでいいんじゃないか」と茶師は言うんだが、新茶の後の少し遅れた時期にやれる仕事なので、今年はやってみようと思う。和紅茶はヤブキタでは向かないので、たいていベニフウキの二番茶で作るんだが、在来種でも作れないことはない。今年は紅茶試作の年です。白茶、ウーロン茶なども試作します。腕の良い茶師と企画を進めてます。量が作れないので、会員制の頒布会を作ろうと思う。

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ぴよぴよたまごパン

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ぴよぴよたまごパンです。菊川に桜屋という和菓子屋さんがあるんだが、そこの名物。桜屋さんは色々と取り上げたい面白いヤツがあるんで、また、やります。たまごパンは最近、あちこちで流行り始めているようで、物凄い甘い香りがするんだが、味は素直なもので、ひと口サイズでオヤツに良い。合わせる紅茶は、ここはやはり遠州で、掛川の紅茶です。実は、静岡では紅茶もあちこちで作っている。たいてい「べにふうき」の二番茶で作る。何故べにふうきかというと、静岡茶の9割を占める「やぶきた」が紅茶に向かないから。やぶきたは緑茶にしかならない。ウーロン茶にも向かない。紅茶を作っても、ウーロン茶を作っても、やぶきたはやぶきたで、やぶきたの味がするw 在来種は万能なので、在来種なら作れます。新茶でも紅茶は作れるんだが、紅茶の深い発酵をさせるのには「気温28度、湿度90パーセント」という条件が課されるので、新茶の時期では涼しすぎて無理。二番茶の季節が良いという事になる。紅茶に関しては、おいらも今、色々とプロジェクトを考えているところで、今年は標高の高いハイマウンテン、在来種を使い、一番茶で春摘みのファーストフラッシュを作ります。今、せっせと薪炒り番茶の釜炊きをやっている茶仙人の爺さんが、実は紅茶でも名人。どんなお茶でも豊富な経験と知識で作り分ける職人さんです。今までの静岡紅茶とは一線を画した、こだわりの和紅茶を作ります。問題は、たくさん作れないので、会員制で頒布しようか。自然栽培茶、無農薬、ハイマウンテンの、薪炒り番茶、煎茶、和紅茶、そしてウーロン茶や白茶の試作品まで含め、一年分のお茶を季節ごとに送って、年会費1万円、100人限定とか、そんな感じで考えてます。まだ募集は始めてません。しばらくお待ち下さい。

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なお、ただいま販売店募集中です。自然食品店と、ウチの近所のスーパーには出回る予定ですが、今後は量産予定も立ってきたので、販路を拡大したいと思ってます。


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耕作放棄地茶畑

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菊川工場の本格的な稼働にともない、耕作放棄地茶畑の刈り取りが忙しい。薪炒り番茶株式会社のすぐ近所です。ここはまた、ずいぶんと成長してますw お茶の樹はそのまま伸ばすと10メートル以上にまで成長します。中国には樹齢1000年の茶樹もあり、まだ毎年、新茶が収穫できます。天文学的な価格で取引されます。

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ここは茶樹の合間から笹が伸びて、茶の樹が日陰になっている。日陰の茶樹は、味が違う。どちらが良い悪いという問題ではなく、違う。

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軽トラ荷台に立てた「煽り」を倒すと、そのまま工場の作業場に荷が降ろせる。紛れ込んだ雑草やツル性植物などを除去し、きれいに「掃除」します。この工程がもっとも手間のかかる作業で、ご近所さんにパートで手伝いに来ていただき、和気藹々と仕事してます。菊川のお茶もテイスティングしてますが、なかなかのクオリティです。ただ、場所によっては長年の商業栽培で土地が疲弊しているところもある。茶師による見極めが大事だ。

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何でも一緒くたに煮るだけ

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春の新芽ではなく、成長しきった硬い葉を火で炙って番茶を作り、それで雑穀や季節の野菜を煮て雑炊、というのは、古来、多くの日本人の常食だった。山村、農村では自給自足が基本だったから、カネを一銭も使わずにどんなモノでも食べられるので、魚介類の出汁なんか使いません。番茶の茶粥です。商品作物を作るようになって初めて、鰹節やジャコが農村に入る。それまでは、何でも自給自足です。椎茸も、一年中採れるわけじゃない、春と秋だけです。出る時は一斉にドカッと出るが、ない時にはまったくない。だから乾物にする。日本人はこういうモノを食べて、何千年も生き永らえてきた。「日本のお茶の歴史」というと、坊さんが抹茶や煎茶を伝えて、という史実が取り上げられるんだが、その一方では、歴史書に残されない、「食料としてのお茶」があった。というわけで、昔の茶粥を再現してみました。

コメは、スーパーで買った玄米と雑穀。どこのスーパーでも手に入る程度のシロモノです。椎茸も普通の安い干し椎茸。ドンコとか、そうした高級品ではない。ちょっと贅沢して、中華料理に使う貝柱を入れてみたんだが、これは失敗だったw その理由は後で書きますw 茶粥のコメは研がないのが常識です。研がないで煮ると、汁が濁る。トロ味が出る。それで何か困る事があるのかというと、まったくないw 薪炒り番茶は出汁パックに入れて、取り出せるようにしておく。椎茸はそのまま煮て、柔らかくなってきたら食べられない茎をハサミで切り落とす。全ての材料を水に入れて、ストーブの上で30分。昔だったら囲炉裏というのがありました。山の暮らしでは、囲炉裏の火は一年中絶やさないので、燃料費の心配はないねw 30分煮ただけの玄米は、中にわずかに芯があるみたいなアルデンテ状態なんだが、悪くない。味付けは塩だけです。日本には「岩塩」はないので、塩だけは買ったんだろうね。逆に言えば、塩以外は全て、身のまわりで、無料で手に入る。ニンジンや菜っ葉など入ってもいいだろう。大根の葉っぱもいいね。大根は角切りにして入れると、「おしん」の大根飯になるw 貝柱が失敗だったというのは、「美味しくなり過ぎる」からですw 煮干しを丸ごと入れて、出汁だけではなく、具にするくらいでちょうど良いw いずれにせよ、「何でも一緒くたに煮るだけ」なので、こんなの、料理でも何でもない。味付けは塩を使ったが、梅干しでもいいね。色々と応用が効く。茶樹の育たない東北地方などでは、こうした粥文化というのは早くに廃れてしまったが、西日本では長く残り、大阪の商家などでも毎朝の食事として供された。消化が良すぎて、すぐに腹が減るのが唯一の欠点だw

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作りたて、遠州・薪炒り番茶

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薪炒り番茶自社工場で作った、初めての番茶です。まだ作りたてなので、スモーキーな香りが残っている。でも、京番茶みたいに強烈に臭い正露丸臭ではなく、焚き火みたいな、心地よい香りです。今回は平地の菊川産の素材という事で、今までの山のお茶とどれだけ違うのか不安もあったんだが、飲みやすい素直な味に仕上がってます。釜が進化し、茶師の技術も向上している。平地の菊川、牧之原あたりの耕作放棄地の茶畑でも、山のお茶と遜色ない。しかも、菊川工場は、周囲にたくさん耕作放棄茶畑があるので、軽トラでピストン輸送して量産ができる。山の、標高の高いところのお茶は、プレミア的な価格で売りたいという問屋筋からの要望もありまして、これからの薪炒り番茶は2系統のラインナップになりそうだ。豆州楽市で今、販売しているのは、将来的には値上げさせていただいて、「薪炒り番茶ハイマウンテン」となります。今までと同じ価格で売るのは、低地の、ヤブキタ種をメインとした「遠州・薪炒り番茶」となります。以前、台落としで作った「遠州番茶」はボディが薄かったんだが、あれは葉だけで茎や枝の部分がほとんど入らないせいで、こちらはちゃんと枝まで使っているので、ボディの薄さはさほどでもない。むしろ、癖がなくて、飲みやすいと感じられるかも知れない。飲みなれた「ヤブキタ」だし。というわけで、工場稼働とともに、フルスロットルで操業します。菊川市、あるいは周辺の掛川、牧之原などで耕作放棄茶畑のオーナーの方、遠州番茶プロジェクトに参加してみませんか? お問い合わせは下記アドレスまで。


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初釜

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釜開きを終えて無事帰宅、製造したばかりの菊川産の番茶をしみじみと味わっているところです。なかなかバランスの良いお茶です。薪炒り番茶の工場としては初めて、専用に設計された建物なので、色んな意味で使い勝手が良い。静岡新聞社さん、菊川市広報課、JA遠州夢咲の企画広報課さんが取材にお見えになりました。

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さて、初釜です。もちろん火を点けるのはおいらだ。釜造りはこれで3機目だという左官屋さん、次第に造りが合理的で使いやすく改良されている。

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40分ほど炙り続けて、水蒸気が抜け、香ばしい匂いになって来ると、そろそろだ。サンプルを取り出して、明るいところで確認する工場長。この見極めが、薪炒り番茶作り最大のポイントだ。

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ちょうど良いタイミングで一気に取り出して、広げて冷ます。積んだままにしておくと中で蒸れて、質が悪くなる。通常はこの数倍の量をいっぺんに作ります。それでも完全に機械化された煎茶作りと比較すると、人手がかかり、効率の良くない作業です。

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本日午前11時、、釜開き

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さて、本日はいよいよ釜開き。という事で、昨日は裏山の耕作放棄地で材料を刈って来ました。まずは日本酒でお清め。

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膝丈くらいで高さを揃えて刈って行く。残した株からは、3年ほど手入れすればまた普通の煎茶が採れるようになります。また、放置しておいて、薪炒り番茶の材料にも使える。なので、オーナーさんからは喜ばれる仕事です。

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このあたりは、まだ現役の茶畑と、耕作放棄地が混在している。現役の茶畑にとっては、耕作放棄地となった茶畑をそのままにしているのは、害虫の巣になるとか、色々あって迷惑なモノなので、みんなに喜ばれる仕事です。

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茶樹にはツル性の雑草などが巻き付いていたりするので、手作業できれいに処理しなきゃならない。手仕事が多いです。今日の火入れ式では、この茶樹を炙って、薪炒り番茶にする工程をご覧にいただきます。

というわけで、いよいよ工場完成です。本日午前11時、、釜開きをします。初釜を焚きます。株主の方、ご近所さん、マスコミ関係者の方、ネットゲリラの読者の方など、よろしければ覗きに来て下さい。場所は東名高速菊川インター下車5分くらいのところです。東海道線の菊川駅からは徒歩で20分くらい。お問合わせは下記アドレスまで。


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明日は釜開き

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こちらは工場内で製品を一時的に置いておくスペースです。床から湿気があがってくるのを避けるために、ここだけ床を貼る。

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釜からは真上に煙突が付きます。大きな仕事はこれで終わり。あとは細かい仕上げが少し残っている。

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倉庫部分の木造内装もきれいに仕上がってます。

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残った外壁部分、これを仕上げれば、ほぼ、完了。何とか11日の釜開きに間に合います。釜開きは午前11時です。

というわけで、いよいよ工場完成間近です。1月11日に、釜開きをします。初釜を焚きます。株主の方、ご近所さん、マスコミ関係者の方、ネットゲリラの読者の方など、よろしければ覗きに来て下さい。場所は東名高速菊川インター下車5分くらいのところです。東海道線の菊川駅からは徒歩で20分くらい。お問合わせは下記アドレスまで。


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もうすぐだ

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薪炒り番茶のキモとなる釜が完成です。中央の縦になった3つの耐火レンガは外せるようになっていて、そこから薪をくべます。回転するドラムの中で、茶葉は熱せられるんだが、煙を巻き込まない構造になっているので、安物の京番茶みたいなクレオソート臭は付きません。

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外壁のガルバリウム鋼板も着々と進行中。

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実際に仕事をする茶師が自分で図面を引いて作った建物なので、使い勝手は良いと思う。これから機械の試運転と調整です。

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倉庫の中だけ、湿度調整のために板張りです。人が暮らすわけじゃない、温度はどうでもいいので、グラスウールとかは入ってない。梅雨時など、湿気が多すぎたり、冬に結露したりすると、熟成中の薪炒り番茶が湿気てしまう。木材は湿気を調整してくれます。

というわけで、いよいよ工場完成間近です。1月11日に、釜開きをします。初釜を焚きます。株主の方、ご近所さん、マスコミ関係者の方、ネットゲリラの読者の方など、よろしければ覗きに来て下さい。場所は東名高速菊川インター下車5分くらいのところです。東海道線の菊川駅からは徒歩で20分くらい。お問合わせは下記アドレスまで。



工場の機械たち

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週末も休まず、職人さんが頑張ってます。釜の下に作っている炉床はこんな感じです。静岡県では三つ目の釜で、同じ人間が携わっているので、次第に効率的に、洗練されて行く。

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手前から、枝葉を裁断するチッパー(新品)と、枝葉を選別して仕分ける風力選別機(新品)、そして奥が巨大な「ふるい」です。

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風力選別機の裏側。強力な風圧で、重い茎と、軽い葉を選別する。

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建物の左側は倉庫です。倉庫の内装だけは木造の壁になっている。製品を安定した湿度で保管するための工夫です。外壁はガルバリウム鋼板。ウチの外壁もガルバリウム鋼板なんだが、安くて丈夫なのは一番ですね。倉庫以外の工場部分は、外壁だけで内壁はありません。火を使うので、火事の防止のため、燃えるような部材は使わない。

というわけで、いよいよ工場完成間近です。1月11日に、釜開きをします。初釜を焚きます。株主の方、ご近所さん、マスコミ関係者の方、ネットゲリラの読者の方など、よろしければ覗きに来て下さい。場所は東名高速菊川インター下車5分くらいのところです。東海道線の菊川駅からは徒歩で20分くらい。お問合わせは下記アドレスまで。



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1月11日釜開き

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いよいよ釜の搬入です。元はガス火の設備が付いていたんだがそれを外して、この下に薪の焚き口を作ります。

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パサと、言われている、砂多め水少なめで、あまり混ぜ合わせない状態のセメントを床に盛って、その上に耐火レンガを敷き詰めます。

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この上に耐火レンガを積みます。高温に曝される炉の部分はよく壊れるので、すぐに補修できるような、単純な造りです。この、炒り釜以外は、置けばそのまま使える機械ばかりなので、あとは外壁だけですね。

というわけで、いよいよ工場完成間近です。1月11日に、釜開きをします。初釜を焚きます。株主の方、ご近所さん、マスコミ関係者の方、ネットゲリラの読者の方など、よろしければ覗きに来て下さい。場所は東名高速菊川インター下車5分くらいのところです。東海道線の菊川駅からは徒歩で20分くらい。お問合わせは下記アドレスまで。



お茶にミルクを注いではいけない

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アッサムです。量では世界一と言ってもいい産地です。インド人が道端で飲んでいるチャイはアッサム茶です。基本的に安いお茶の大量生産に特化した地域で、昔から現地にあるアッサム種の茶樹です。ダージリンは中国系の茶樹なので、そもそも品種が違う。それに最近では製法も違う。CTC製法といって、ティーバッグに向いた、粉砕した細切れの茶葉だ。ただ、これは高級品なので、ダージリンと同じ伝統製法です。ルピシアの「アッサム・ゴールデンチップス・クオリティー」。いつものようにストレートで飲んでみたんだが、確かにミルクティー向きの、強いコシのある味です。というわけで、ミルクティー。ミルクティーにはお作法というのがありまして、カップにまず、ミルクを注いでから、熱いお茶を注ぐ。お茶にミルクを注いではいけない。何故なら、ミルクは80度で変質するので、熱いお茶に冷たいミルクを注ぐと、一部が80度以上になって味が悪くなる、まぁ、誰も確かめた人はいないんだが、その「可能性が否定できない」というので、長い論争の末、そういう事になりましたw

 1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

リーフもあります!<豆州楽市・薪炒り番茶リーフ100g>1100円

さわやかハンバーグ

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「さわやか」と言ったら静岡ローカルで知られたハンバーグ屋さんなんだが、げんこつハンバーグというのが名物で、250gです。ニュージーランド牛らしい。ほぼ球形に丸めた肉塊を表面だけ焼いて、テーブルまで。そこで店員が切って、焼けた鉄板に押し付けて仕上げる。

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レジから厨房が見えます。ここは「菊川本店」というんだが、ここがさわやか発祥の一号店だそうで。今は冬休みに入って、高校生で満員です。野球部みたいなのばかりw あー、ウットウシイw

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さて、作りからして心配だったんだが、案の定、中がまだヌルいw ちゃんと火が通ってない。まぁ、合挽きじゃなければ腹も壊さないだろうがw この手のげんこつハンバーグは焼いた後、オーブンで15分くらい暖めないとw

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窓ガラスが入ったんだが、外壁はまだです。年明けになってしまうらしい。

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今年の工事はここまでです。来月中旬には、工場開きのイベントもあります。株主さん、ご近隣の皆さん、見学希望者の方、もう少しお待ち下さい。

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子ども薪炒り番茶教室

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今日は子ども薪炒り番茶教室ですw

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お茶仙人から窯の焚き方を教わる小学生。かくして技術は世代を超えて伝承されるのであった。

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本川根の協力工場はシーズン入りしてフル稼働です。

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新年早々、稼働!

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土間打ち完了。あとは外壁と電気工事だけ。中に入れる機械もカネ払ったので、コンクリが乾き次第、搬入です。

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ここに軽トラがバックで入って、茶葉を降ろします。正月早々から稼働します。菊川周辺で、耕作放棄された茶畑のオーナーさん、アナタの茶畑から美味しい番茶を作ります。連絡ください。

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遠州では馬が現役です

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遠州では、ガソリンスタンドが潰れて、いよいよ馬が登場する時代になりましたw

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さて、薪炒り番茶工場です。土間打ちがもうすぐです。本当に年内に工事が終わりそうだw 

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排風乾燥機という機械です。ガスで火入れ焙煎するための機械で、「火入れ機」とも呼ぶ。薪炒り番茶工場では、これを改造して、薪を使う炉を下部に設置します。薪の炉は耐火レンガを組んで作る。薪を使う理由は、薪というのが再生可能エネルギーであるという事と、遠赤外線効果で枝までしっかり火が通るからです。

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本川根の協力工場での作業です。まずは、小割りした細い薪から。

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三年番茶の育ての親とも言える伝説の名人から教えをいただく若手職人。

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タイミングを見計らって、一気に広げて醒ます。ここでグズグズしていると、中まで火が通って、焦げてしまう。もっとも緊張する瞬間です。葉は葉で、枝は枝で、火入れ時間が違うので、別々に処理します。

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正月早々には稼働させます

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薪炒り番茶株式会社、本社工場です。屋根が付きました。あとは外壁と土間打ちだけで、機械の搬入が出来ます。電気工事が遅れた場合、外部電源の発電機で対応して、とにかく正月早々には稼働させます。のんびりやっていたらシーズンを逃してしまう。薪炒り番茶の製造は、寒い季節限定です。

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この建物の特徴は、張り出し屋根が大きくて、屋外での作業が可能になっている事。手前の張り出しは、軽トラがバックでそのまま入って、茶葉を降ろしやすいようになってます。

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本社工場がまだ稼働してないので、本川根の協力工場で本年度分の製造開始。刈り取った枝葉から、絡みついたツル性の雑草などを除去する。放置されていた茶畑なので、そのまま使えるわけではない。昨シーズンは標高の高い山のお茶が多かったが、今シーズンは平地のお茶まで扱います。

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茶葉鑑賞

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紅茶にも、日本茶にもない、中国茶ならではの楽しみ。それが、「茶葉の鑑賞」です。もっとも、あまりに安いお茶ではダメだが。100g3000円以上の中国茶だと、ほとんどが手摘みで、細切れにならないように注意深く揉まれているので、お湯を注ぐと、ゆっくりと茶葉が展開し、元の形に戻る。これは台湾のお茶です。貰い物なので値段は不明。だが、こうして元の形に戻っているという事は、それなりの高級茶です。中国茶でも安いお茶は機械摘みなので、もっと細切れになっている。中華街では、こうしたお茶のために、透明なガラスのポットを売ってます。透明なガラスのコップに直接、茶葉を入れて、お湯を注ぐ飲み方もある。日本茶や紅茶では、高い手摘みのお茶でも、揉み方がキツイので、葉が粉々に粉砕されてしまい、こういう楽しみ方は出来ない。中国人の「お茶」に対する情熱というのは、凄いです。

伝説の炒り師、静岡入り

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薪炒り番茶本社工場、いよいよ屋根が乗りました。順調に進んでます。年明けには稼働です。電気工事が間に合わなければ、工事用の発電機を借りてでも、生産開始です。

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あとは外壁と土間打ち。内装はないので、ここからは早い。

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スタッフは奈良で、耕作放棄地の茶刈りをしてます。奈良には健一農園という自然耕法の工場があって、薪炒り番茶の製法はそこから静岡に伝わった。自然食品の店で「三年番茶」の呼称で売られています。もっとも奈良の耕作放棄地はそんなに標高の高い場所ではない。

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三年番茶の伝説の炒り師さんです(右側)。白髯たくわえて、仙人のような風貌をしている。今年の冬は静岡入りして、本川根の豆州楽市協力工場と菊川の薪炒り番茶工場で、指導と製造にあたります。これから軽トラで奈良から本川根まで、刈り取った茶葉とともに長い旅ですw

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ルピシアのダージリンで、広小路ララの三島ロッシェです。おいら、広小路ララの干菓子系が大好きで、広小路ララは太宰治が愛したカフェとして有名なんだが、もちろん、おいらがご幼少のみぎりから、変わらぬ品揃えで頑張ってます。昔は「ロシアケーキ」と呼んでいたのが、今は地元の地名にちなんだネーミングに替わっただけw 中身は昔ながら。定番こそが真実だ。で、紅茶です。

【ダージリン・ザ セカンドフラッシュ】は、「紅茶のシャンパン」と称される、夏摘みダージリンのみのブレンドです。芳醇な味わいでありながら、みずみずしくフルーティーな香りとすっきりしたのど越しの、飲みやすいセカンドフラッシュ。ヒマラヤの香気を堪能してください。

ルピシアで購入したダージリン。ダージリンは紅茶の産地としても代表的で、ルピシアでも何十種類も揃っている。これは100gで1610円という、あまり高くないグレード。まぁ、好き嫌いはあるだろうが、おいら的には、トワイニングのビンテージ・ダージリンの方が、香りが高くて好みです。値段もあまり変わらないし。ティーカップは、HOYAのちょっと珍しい柄。イギリスのティーカップももちろんいいんだが、日本のティーカップも好きです。

刈り込み作業

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植え込みが伸び放題に伸びて凄い事になっていたので、刈り込みだ。糸を張って直線を出して目安にする。バッサバッサと二時間くらいの作業で平面が作られて来ましたw こういうところを整備しておかないと、マムシの巣になる。このあたり、マムシが多いです。

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裏側もきれいに刈り込み。この小径は山の上の墓地に続いていて、毎日、近所の婆さんが通ります。

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さて、工場です。ここは軽トラがそのまま入れるようになっている。運び込まれた茶葉の原材料は、ここから工場に入れられる。

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こちらは薪と人間が入るところ。それぞれ動線を考えた設計になってます。

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こちらは倉庫。今日で鉄骨工事はオシマイです。これから塗装屋が鉄骨のレタッチをして、屋根屋が屋根葺いて、外壁張って、土間のコンクリート打って、と、年内にそこまでは行くだろう。サクサク進行中です。



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待望のリーフ発売!

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お待たせしました! 待望の薪炒り番茶、リーフが発売です。手軽に飲むにはティーバッグもいいんだが、水代わりにガブ飲みするんだったらリーフです。100均で売っている出汁パックに10gを入れて、鍋で30分煮出すというのが、薪炒り番茶の正式なレシピとなります。出汁パック使わなくてもいいんだが、使った方が後始末が楽w 10gのリーフで1000mlの薪炒り番茶が作れます。寒い季節には熱々のホットで、暑い季節には氷をたくさん入れてアイスで。



鍋で30分もグラグラ煮ていると、水が半分になっちゃうし、ガス代かかるし、それで簡便な方法としては「ポットに熱湯入れてリーフ入れて30分待つ」という方法でやってます。煮出さなくてもそこそこ抽出できます。もちろん、パーコレーター使っても良い。



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薪炒り番茶には紐が付いてない

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豆州楽市の薪炒り番茶、ティーバッグには紐が付いてない。日本茶や紅茶のティーバッグには紐が付いてますね。なんで薪炒り番茶には紐がないのか? 大きめのマグカップにポン!と入れて、熱湯注いで、その抽出具合を観察してみると、5分くらいで7、8割、10分で9割といった感じで次第に濃くなって行く。緑茶、紅茶の場合、そこでティーバッグを取り出さないと、「苦く」なります。最後に苦味がドッと出て来る。ところが薪炒り番茶には苦味の原因となるカフェインが少ないために、そのまま放置しておいても苦味が出ないんですね。「茶葉を取り出さなくて良い」というのが、薪炒り番茶の大きな特徴です。なので、マグカップに入れっぱなしで、飲んだ再びお湯を注げば、二、三回まで飲めます。

お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

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年内完成を目指します

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薪炒り番茶株式会社です。本社工場、地中梁の埋め戻し完了。進捗が早いです。建物は小さいので、毎日作業をしていれば、どんどん進む。

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正面の植え込みが隣地との境界になっているんだが、茂りすぎなので剪定しなきゃならない。刈り込み鋏で出来る程度の仕事なので、社員が自前でやります。

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足場が建ちはじめた。鉄骨は鉄工所で加工しているので、ここに持ち込まれたら一日で建つ。もうすぐ建前です。年内完成を目指します。機材の搬入、電気工事などが続き、来年1月(来月だわw)には稼働です。

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日本一高い茶畑

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今日も、薪炒り番茶探検隊は耕作放棄茶畑求めて南アルプスを旅してます。ここは標高1000メートル。日本の茶畑では、もっとも高いところです。放棄されて10年以上経つ茶畑があると聞いて来た。この土地に300年前から住んでいるという一族の人に話を聞いたんだが、昔はお茶は作ってなかったそうで、栽培の歴史はそんなに古くない。明治の輸出ブームとか、戦後の高度成長期に拓かれた茶畑だろう。

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鉄塔工事の資材を運ぶのにも、ヘリコプターが必要なほどの僻地です。

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300年前から住むという一族の、兄弟猫。こういうのを飼っておかないと、天井裏がモモンガの棲家になってしまうw

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ちょっと日陰に入れば、こんなですw 日本では、お茶が栽培できるのは標高1000メートルまで。ここが限界の地です。放棄された茶畑で、まずは薪炒り番茶を作ります。将来は、煎茶も作ります。平地で作るように、大量生産はできません。その代わり、寒暖の差が激しい、厳しい気候に育てられた、素晴らしいフルボディの山のお茶が作れます。

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地中梁

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型枠外し。工事は順調です。静岡県は防災にうるさいので、たかが車庫に毛が生えた程度の建物でも、頑強な基礎を要求される。建設費は他県の3割増しくらいにはなります。

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隣家は山際に防災壁を建てている。山の斜度は15度くらいしかないので大袈裟なんだが、これでないと建築許可が降りない。ウチは防災壁は作らず、建物の山側の基礎からコンクリ壁を立ち上げて対応してます。

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ここで見えているのは全部、地中に埋まる部分です。この上に鉄骨の建物が乗ります。山から湧水が出るので、溝を掘って逃がす算段をしなきゃならない。色々と付帯工事も発生します。植え込みの剪定くらいは自分たちでやりますw

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甦れ! 耕作放棄地

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薪炒り番茶株式会社です。いよいよ生コン屋が入って、基礎です。今、建設業界は忙しくて、生コンは奪い合い。

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中央の二等辺三角形の森の右側が当社敷地280坪です。昔は水田だったようで、掘ると灰色の粘土質。山際なんだが、山といってもご覧のように急峻なものではなく、傾斜度はせいぜい15度くらいまでだろう。

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後ろに見える民家は、土地を買ったときからあった古屋。今は薪炒り番茶株式会社の事務棟になってます。背後に背負った森はジャングルになっていて手が入ってないので、マムシの巣。いずれ何とかしたいが、他人の土地だw

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これは薪炒り番茶株式会社のある菊川市の、耕作放棄茶畑。

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雑草に埋もれて、自然栽培ですw 今まで豆州楽市で売って来た薪炒り番茶は、標高の高い山のお茶ばかりだったが、平地のお茶でも番茶は作れます。こちらは量が多いので「遠州番茶」として製品化しようと思う。ただいま耕作放棄の茶畑募集中。見捨てられた茶畑から、美味しい番茶を作ります。連絡ください。

京番茶について

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京番茶です。京都には仕事の関係もあってしょっちゅう通っていた時期もあるんだが、幸いにしてコレを出された事はない。客に出すようなお茶ではないです。いわゆる三年番茶とか、豆州楽市で売っている薪炒り番茶は、この京番茶がベースになっているんだが、京都の人は基本的にケチで貧乏なので、家ではこういうお茶を飲んでます。これは安い。ベラボウに安い。100gあたりで200円ちょっと。

いり番茶は、その年最初の茶摘みの後、ヒザ丈程度の高さに切り落とした 茶の木の枝や葉、茎を蒸し、その後揉まずに葉が開いた状態のまま乾燥させます。最後に、高温に熱した鉄板の上で、3分ほど強火で炒って仕上げたお茶です。
いり番茶の最大の魅力は、スモーキーな香ばしさと、さっぱりとした味わい。ありがたいことに、その独特の香りのファンになられるお客様がここ最近急増しております。ただ、逆に、「タバコくさい」「煙くさい」など、苦手とおっしゃるお客様も少なくありません。もし、初めてご利用になるようでしたら、お試しに少量をお買い求めいただくことをおすすめいたします。

産地は、宇治とか、そういうところです。抹茶や玉露といった高級茶では、二番茶、三番茶は収穫しないので、翌年の収穫に向けて「台落とし」という高さを揃える刈り込みをやった時に出るクズで作る。基本、捨てるような部分で作るわけで、安い。強火で炒ってあるので、色は茶色く、焙じ茶に近いんだが、飲んで驚くのは、その香りです。強烈な燻製臭w 「あーっ! なんか覚えがある」としばらく考え込んで、やっと思い出した。ラプサンスーチョンだw それも、偽物の方w ラプサンスーチョンの偽物は、松を薪にして燻される。正露丸やクレオソートと同じ製法です。松の薪からは、精油分が揮発して、それが茶葉に染み付き、独特の薫香を生じさせる。まぁ、売ってる店が、遠慮がちに書いてるように、好き嫌いのある臭いで、はっきり言って、ない方がいいだろうw 

さて、どうしてこんなに臭くなってしまうのか? 京番茶の場合、薪を開放的な釜でチロチロと燃やし、開放的な支那鍋みたいな鍋で炒る。結果として、煙を巻き込んでしまうのだ。しかも、西日本では松が多い。松はことのほか、臭い。正露丸の材料ですから。松さえ使わなければ、こんな臭いにはならない。薪炒り番茶では、もちろん松の薪は使わないんだが、炉が閉鎖的で煙を出さないように完全燃焼設計しているので、煙を巻き込まない。精油分は、低温でチョロチョロ燃やすと発生する。高温で燃やせば、精油分も焼き切るので臭みが残らない。釜はドラム式で、回転している。鍋ではない。焦がさないようにクルクル廻しながら、時間をかけて炒る。こちらも閉鎖的で、煙を巻き込まない。おいら、薪炒り番茶の開発には1年以上付き合っているんだが、最初は焦げ臭が残っていたりしたんだが、最近は技術が向上して、純粋に、自然茶の旨味だけを凝縮したお茶になりました。

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薪炒り番茶のリーフタイプです

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コストパフォマンスの良い、薪炒り番茶のリーフです。100均で売られている出汁用のパックに10g詰めて、1000mlの水で30分かけて煮出す。減った分の水は随時、追加。と、これが正式なレシピです。京都では京番茶と呼んで、同じような番茶を朝、大きなヤカンで大量に作り、一日中、水代わりに飲んでいる。薪炒り番茶は漬けっぱなしにしておいても苦味が出ないので、パックは取り出さなくても良い。

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土鍋やヤカンなどで煮出して使う、本格的な薪炒り番茶のリーフタイプです。30分間煮出すのが基本ですが、ずっと入れっぱなしにしておいても苦くなりません。茶粥のベースとしても最適です。

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耕作放棄された茶畑です。ここは10年近く、農薬も肥料もやってない。それでも自然に還った茶樹が、大地のエネルギーを吸収して、少しずつ成長している。茶樹の原産地の雲南省には、樹齢数百年という、高さ10メートル以上もある巨木があります。今でも少数民族が春になるとハシゴを使って、新芽を摘んでます。

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今は花の季節です。白い可憐な花が、あちこちに付いている。葉はすべて、充実して固く、枝には来春の新芽を作るための栄養がたくさん蓄えられている。薪炒り番茶は、そんな、充実した葉と、枝まで全てを使って作られます。薪火でていねいに時間をかけて炒る事によって、カフェインを減らし、ミネラルたっぷりの番茶になります。わずかに薪のスモーキーな香りが残り、ホットでもアイスでも、水代わりにグビグビ飲めます。カフェインの多い緑茶は、たくさん飲みすぎると身体が冷えたり、利尿作用でトイレが近くなったりしますが、薪炒り番茶は二度の火入れによってカフェインが減り、、身体に優しい成分になっています。

耕作放棄茶畑、募集中

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基礎工事が着々進行中の、薪炒り番茶株式会社、本社工場です。やっと資本金集めが終わって、ただいま会社の登記をやってます。株主になられた方、選に漏れた方、ご苦労様でした。会社は資本金1000万でスタートします。集めた資本金は、この土地の取得と社屋建築費に使います。足りない分は銀行からの借金です。

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この土地は背後に「山」を背負っているために、基礎を立ち上げて防護壁的な役割をさせます。まぁ、山と言っても高さ数メートル、崩れるような心配はないけど、マムシが出ますw

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さて、これは井川です。標高700メートルほどのところに耕作放棄された茶畑発見。井川には「ヒドリッチャ」と呼ばれる番茶がかつて存在して、鉄鍋で炒った、ウチの薪炒り番茶とほぼ同一のモノです。この地域では、市場に出荷するためには普通の煎茶を作っていたが、自家用としては炒り番茶を飲んでいたそうです。また、山仕事の際には、そこら辺に生えている茶の葉を火で直接炙って、「アブリッチャ」というのを作ったという。なお、山で茶を淹れる時には、火の神、山の神に供える意味で、少量をその場に垂らしたそうだ。

薪炒り番茶のスタッフは、こうして毎日、新しい茶畑を求めて南アルプスの麓まで歩き廻ってます。厳しい気候のもと、自然に還って育つ茶樹から、無農薬・無施肥の自然茶を作ります。ご期待下さい!

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自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

ひと冬分の薪

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薪炒り番茶株式会社の敷地です。ひと冬分の薪が積み上げてある。この薪は、きこりに頼んで以前から貯めていました。薪は、伐採してすぐに使えるわけじゃない、少なくとも1年以上、寝かせて水分を抜く必要がある。これはこの冬に使う分で、次のシーズンの薪は山で今、伐採している最中だ。

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工場の基礎。鉄筋コンクリートの建物を作るわけじゃないんだが、ずいぶんと頑丈そうな基礎です。

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こちらは陶芸の薪窯です。焚き口の詳細。キャスタブルという耐火セメントを鋳込んで、蓋は作られる。天井に設置された滑車を経由して、分銅で釣り合いが取られる。これで、ほとんど力を使わずに、片手で楽々、上げ下げできます。薪炒り番茶の窯にも、この機構は採用する予定。陶芸の窯は、熱を逃がさないように合理的な構造になってます。その仕組を取り入れれば、薪の消費量が減らせる。



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遠州番茶の開発中

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今日は「遠州番茶」です。まぁ、そんなもんはないんですけどね。おいらが名付けたw 遠州というのは、静岡県西部を指して言うんだが、言うまでもない、静岡茶の産地です。企業活動として目一杯やってるところは、年に4回、収穫する。4番茶はペットボトルの材料としてkg25円で引き取られたりするんだが、最近ではあまりお茶が売れず、年に一度しか収穫しない茶畑も増えている。そんな茶畑でも、晩秋になると「台落とし」と呼ばれる作業がありまして、新茶の収穫に向けて、夏以降に伸びた新芽を全部、刈り落とすわけだ。この台落としで刈られた茶葉は、通常、商品にはならない。そのまま現場で捨てられ、朽ち果てて肥料になります。その、台落としで刈られた枝葉を貰ってきて、薪炒り番茶と同じ手法で炒ってみた。いわゆる「京番茶」と同じやり方です。京番茶の場合、蒸してから炒るところが多いようだが、蒸さずにそのまま炒るところもある。どうせ炒るんだから、蒸して殺青する必要はないと思うんだが、蒸した方が葉が柔らかくなって、抽出が捗るのかも知れない。で、これは標高300メートルくらい、本川根の在来種です。新茶だけ収穫し、その後は晩秋まで放置していた茶畑の台落とし。火入れは一度だけです。アッサリした飲みくちで、明らかに三年番茶とは違う。通常、豆州楽市で売っている薪炒り番茶は三年番茶で、しかも、「30年放置していた標高700メートル」とか、「無農薬、無施肥の自然栽培」とか、極端なスペックなんだが、これは普通に作っている茶畑なので、これで商品化ができれば、安く、大量に供給できる。問題は「味」なんだが、さすがにハイスペックの豆州楽市・薪炒り番茶と比較すると、ボディが薄い。よくワインで「フルボディ」という呼び方があるんだが、高いワインはボディが厚い。安いワインは、美味しくてもボディが薄い。軽い。お茶でもそんな違いがあるようだ。でも、癖がないので、その分、ガブ飲みには適している。まだまだ、遠州番茶の開発は続きます。

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工場見学会

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薪炒り番茶を作っている川根の工場見学会です。標高230メートルくらいの地点なんだが携帯の電波は入らない。霧雨が一日中降っていた。

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ご近所の人や、菊川の工場建設地のご近所さんやら、皆さん、お茶の関係者なんだが、なんせ、この工場は静岡で初の、番茶製造施設。番茶の製造は始めて見るようで、興味津々。質問が次々に飛びます。

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刈り取られた耕作放棄地の茶葉は、枝も付いたこの状態です。これをチッパーという機械に掛ける。細かく裁断されて、葉は葉、枝は枝と、別々に仕分けられて下の容器に貯まる。

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これが薪炒り番茶製造の心臓部である、釜です。葉と枝とは別々に炒られる。もちろん葉は、割と短時間で完成するんだが、枝は芯まで火を通すために時間がかかります。薪を使うのも、薪の遠赤外線効果で、しっかり炒るため。実際、ガスだと中まで火が通りません。豆州楽市の薪炒り番茶は、枝まで使っているのが特徴で、冬の枝は新芽を作るための養分が蓄えられているので、ミネラルいっぱいです。そして、今、静岡で二番目の施設として、薪炒り番茶の工場が建設中! 株主希望の方には、メールをお送りしました。今回、申込みは100名以上あったのですが、23名しか受け入れできませんでした。ゴメンナサイ。メールの届かない方は、一応、保留扱いです。辞退者が出た場合、保留者の中から受け入れる可能性もあります。

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タダよりはまかり申さず候

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秋になると、染み染みと、煎茶が美味しくなって来る。一般的には「新茶、新茶」と、新茶ばかりが尊ばれるんだが、煎茶はひと夏越して、秋くらいの方が味が熟成されて良くなります。今日はオクシズ蛇塚の玉露。萎凋させているので、味わいが奥深いです。和菓子屋で上生和菓子を買って来た。急須は中国製で、蓋がなくならないように紐をつけましたw 中国のスタイルです。

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売茶翁の生涯
本書は、僧臭を脱却して、しかも俗臭に堕ちない禅僧で煎茶の祖とあおがれる売茶翁(一六七五~一七六三)の生涯をまとめた初の伝記(英語版)を年代順に整理し、書きあらためた日本語訳版。
京の東山、東福寺や三十三間堂、聖護院などの景勝地に自在に茶店をもうけ、茶代を飲む者にゆだね茶禅一味の宗風を開き、最後はみずから茶道具を焼却したという売茶翁の生きざまや思想は、伊藤若冲や池大雅ら当代文化人を魅了し、時を超え人びとの魂をゆさぶってやまない。
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さて、売茶翁です。江戸時代の禅僧だったんだが、突然、寺を出て世俗に混じり、お茶を売るようになったw 漢詩をたくさん残したインテリで、大名や金持ち階級のための抹茶道から脱して、誰でも気軽に飲める煎茶をふるまった。お代はいくらでも良し。お気に召すまま。ただし、「タダよりはまかり申さず候」という、そういう人です。

舎那殿前松下開茶店

松下点茶過客新
一銭売与一甌春
諸君莫笑生涯乏
貧不苦人人苦貧

大仏殿の前の松の下で、新たに訪れる客に茶を点じている。
一銭で、春にとれた新茶を一杯売りあたえる。
皆さん、この私の貧乏な人生を笑わないでほしい。
貧しさによって人が苦しむのではなく、貧しいと思い込んで人は苦しむのだ。

「貧、人を苦しめず、人、貧に苦しむ」というのは良い言葉です。この本も外国人の書いた物の翻訳なんだが、売茶翁は日本より海外で評価が高く、ニューヨークの日本茶マニアには良く知られているらしい。なお、年老いて茶道具を担げなくなった売茶翁は、自分の茶道具を燃やしてしまい、余生は頼まれた書を書くなどして過ごしたそうです。利休の使った道具が金持ちの玩具になっているのを知っていたので、後世の人が自分を神格化しないように、だろう。

薪炒り番茶株式会社の近況

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薪炒り番茶株式会社の近況です。敷地の整備を進めています。長年放置されていたためにジャングル化してマムシの棲家となっていた構内を整備して、薪の置き場所を作っています。

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山から伐り出して運んできた薪は、ここで一年間、寝かされる。水分を抜かないと使えません。簡易的な屋根を作り、雨除けにします。

もちろん、釜を置くための工場の建設も進行中。これから急ピッチで建設を進め、年内には稼働を目指します。今週中に銀行口座が出来る予定なので、来週から資本金の振込みが始まります。出資予定の方には、メールを送りますが、申し込み口数の多い順に合計1000万まで受け付けます。具体的な案内は、個々にメールでお送りします。よろしくお願いします。



お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

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紅茶のクレオソート漬けが今のラプサンスーチョンだという話は前回書いた通りなんだが、じゃあ、昔の「本物の」ラプサンスーチョンはどうだったのか? 「龍眼のような、あるいは名も知れぬ南国のフルーツのような香り」がした、というので、今のクレオソートとはまったく違う。そこで、お茶のバイヤーである北条さんの出番です。

正山小種と言うお茶は、本来は武夷烏龍茶とならぶ、高価な岩茶です。それもそのはず、正山小種の産地である星村の桐木鎮は武夷山の国定公園内にあり、このエリアではほとんどの農家が無農薬栽培を実践しております。
紅茶の代わりに烏龍茶を作ればかなり高い値段で売れるところを敢えて紅茶を作っているだけに、売値もなかなか強気です。
正山小種の正山は、真性のとか、本物のと言う意味を含みます。大量に流通したコピー品と区別するためにこのような名称になったと言われております。

北条さんは自分で産地まで赴いて、現場を見て仕入れる人です。実店舗はクアラルンプールにあるw お茶にウルサイ華僑相手に自分で仕入れた烏龍茶を売っている人なので、そこら辺のお茶屋さんとちょっとレベルが違う。どこの茶葉を扱うにも、現地の茶摘みや製茶の写真が添えられ、作業の工程が丁寧に解説されていて、バイヤーさんならでは、です。この、ラプサンスーチョンの産地は、今では国定公園になっていて、そもそも整備された茶畑が作れない。自然保護区なので、整備をしないまま、自然に近い環境の中、無農薬でお茶が作られている。紅茶ばかりを作ってるわけじゃない。一般的に、もっとも高く売れるのは中国人向けの烏龍茶なので、そもそも紅茶の生産量は少ない。北条さんのサイトで限定して「ラプサンスーチョン」と検索してみると面白いんだが、この人、もう10年間も現地に通って、「本物の」ラプサンスーチョンを探し歩いている。その結果、最近やっと、伝統的製法で作られた、クレオソート臭くない、フルーツ香のラプサンスーチョンが入手できるようになった、という事で、最近はちゃんと売ってますw 2006年当時は、現地の紹介記事ばかりで、品物が入手できなかったらしいw バイヤーというのも大変な商売ですw

さて、本物のラプサンスーチョンなんだが、香りが凄いです。ダージリンのセカンドフラッシュも香りが強いが、それよりもっと強い。つうか、ダージリンの紅茶は、この武夷山の茶樹がルーツで、イギリスのプラントハンターが命懸けで盗んで移植したのだ。そのルーツが今でも生き残っていた。今でもこのお茶を作っている農家は、22代目だそうですw 唐津焼の中里太郎右衛門より古い時代から、作られている。中国人は偽物作りが大好きで、なので、ラプサンスーチョンも偽物ばかり。世の中のラプサンスーチョン、ほぼ100パーセントが偽物です。

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紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入...。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。
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標高が高いのと、値段が高いのと

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紅茶のクレオソート漬けの続きです。正露丸の材料であるクレオソートを作るのとまったく同じ製法で燻される茶葉。それが現在、出廻っているラプサンスーチョンだ、という話を書いたんだが、いや、実は昔はそうじゃなかった、という話もある。恋する中国というサイトに、ラプサンスーチョンの歴史が出ていたので、それを読めば事情がわかります。

桐木でつくられた正山小種は、自生茶特有の香りがあった。それは福建省を中心に採れる龍眼という果物に似ており、柑橘系の淡い香りに、プラムの甘さを加えたような芳香である。そして製茶の際に茶葉の発酵を止め、乾燥させる工程で火入れをする材料に松の木を使用した。その松から発生した煙は茶葉に付着し、出来上がった正山小種は龍眼のフルーツの香りと、ほんのり松で燻煙されたスモーキーな匂いが混じった不思議な紅茶になった。

龍眼はタイにもあって、散々食った。甘くてさっぱした果実です。日本には似たような果物がないので、説明しにくい。このラプサンスーチョンが作られるのは、標高が2000メートルに近い、茶樹の限界の地域です。福建省はウーロン茶の産地として有名なんだが、その中でも、もっとも「高い」お茶の採れるところ。高いというのは、標高が高いのと、値段が高いのと両方w kg何十万円もするお茶もあるw このお茶がイギリスに入って、王族貴族をトリコにした。とはいえ、野生茶のわずかな量しか採れない。とても注文に応えられない。昔からレアな最高級品だったのだ。

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図説 英国紅茶の歴史 (ふくろうの本/世界の文化)
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紅茶が作られるのは、武夷山だけではない。中国のあちこちで作られているし、インドでも栽培が始まる。けれど、あの、龍眼の香りはしない。ラプサンスーチョンを飲んで、そのトリコになった二代目グレイ伯爵が、なんとかラプサンスーチョンのような香りを、香りの薄い紅茶に付けようというので考えたのが、「アールグレイ」です。アールグレイはベルガモットで香り付けがされる。ベルガモットというのは地中海で採れる柑橘類です。苦くて実は食べられないし、果汁も使えない。ただ、香りが良いので、香水の材料にもなる。アールグレイはかくして、イギリス製の紅茶として、いまでも愛好されているんだが、

一方、桐木で作る正山小種(ラプサンスーチョン)には、東インド会社を通じ、別の注文が付けられた。それはロンドンの石灰混じりの硬水では、せっかくの龍眼の香りが希薄になる。水色は濃くなるが、味と香りを弱めてしまうのが硬水の特徴だ。そこでもっと強い香りの紅茶を作るよう要求された。
桐木の人たちは、強い香りとは一体なにかと悩んでしまう。龍眼の香りは茶葉そのものの自然の香りでどうすることもできない。ひょっとしたら松の煙の匂いかもしれない。そこで、出来上がった茶葉を水に浸し、もう一度松の煙で燻じた。それはもう龍眼の香りなどせず、ただ強烈にスモーキーな最も個性的な香りになってしまった。

中国人は、こんなインチキな臭い紅茶は飲みません。けれど、ウイスキーや葉巻で燻製臭に耐性のあったイギリス人は、そんなクレオソート正露丸茶でも、大喜びで飲んだ。やがて、ラプサンスーチョンは、貴族階級の間で、「公式な場で」飲まれる紅茶となり、今でも伝えられてるそうですw まぁ、連中もさすがに「美味しい」と思って飲んでいるわけじゃないらしいがw 格式だけはいまでも高いお茶のようだw

で、こういう逸話を知ると、かつての「本物のラプサンスーチョン」を飲んでみたくなるんだが、その当時と同じ製法を伝えているのは武夷山でも何軒もないらしい。皆無ではないw でも、極めて希少なシロモノです。はたしておいらは本物のラプサンスーチョンを手に入れられるのか? その続きは、またいずれw

紅茶のクレオソート漬け

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今日はラプサンスーチョンとミシマカロンです。って、何言ってるのかわかんねーぞ、と言われそうだが、ミシマカロンというのは三島の名物として開発されたララ洋菓子店のマカロン。中にクリームが入ってます。紫芋とワサビと白ごま。ララ洋菓子店は太宰治が愛したカフェが発祥の名店です。ウチの近所なので、しょっちゅう買ってます。ロシアケーキがいいですね。で、ラプサンスーチョンだ。中国語では「正山小種」と書くんだが、ほぼ全量がイギリスに輸出され、紅茶業界ではイギリスのお茶という事になっている。「正山」というのは、武夷山の事。この武夷山にある桐木村というところで作られる紅茶で、「クレオソート臭い」「正露丸臭い」というので知られているw 中国からイギリスに入ったごく初期の紅茶がラプサンスーチョンで、香り高い「お茶」という不思議な飲み物を始めて知ったイギリス人はすぐに夢中になり、お茶欲しさに阿片戦争まで引き起こし、苗や種子を求めてプラントハンターが大冒険を繰り広げ、中国から盗んだ種子を武夷山と気候風土が似たダージリンの地において、栽培に成功する。実に、世界史を動かしたお茶、それがラプサンスーチョン。ところで、ウチの近所で紅茶が買える店というと、柿田川サントムーンにルピシアがあるんだが、ルピシアでラプサンスーチョンを買って来た。ルピシアというのは日本全国に支店がある紅茶の専門店です。ラプサンスーチョンは50gの袋入り560円。

【正山小種】は福建省武夷山のふもと、星村で生産される、松の薪で燻製した紅茶です。ラプサンスーチョンと呼ばれ、独特の燻製香がヨーロッパ人を虜にしています。硬水でいれるとすっきりとした風味になります。

「硬水でいれるとすっきりとした風味」という言葉の持つ意味は大きいw 日本の、良質な軟水で淹れると、「出過ぎ」ですw もうね、淹れる前から正露丸臭プンプンw 熱湯注ぐと、ますますプンプン。飲む前からゴメンナサイしたくなるw 味としては、割と普通の紅茶なんだが、スッキリしたメントールっぽさもある。まぁ、言ってみれば「紅茶の燻製」なので、煙臭いのはアタリマエ。しかも使っているのが松の木なので、クレオソート臭いのも当然。

正露丸の主成分である木(もく)クレオソートは、ブナやマツなどの原木を乾留して得られる木(もく)タールを精製した淡黄色透明の液体です。
医薬品として使用されており、正露丸・セイロガン糖衣Aの主成分として含まれています。日本薬局方(医薬品の規格基準書)には、「クレオソート」として収載されていましたが、「木(もく)クレオソート」に名称変更されました。

正露丸のサイトから転載w 松の木を弱い火でチロチロと燃やすと、精油分が気化して茶葉に染み付く。実は、クレオソートの作り方とまったく同じ製法なので、ラプサンスーチョンというのはいわば、「紅茶のクレオソート漬け」ですw こんな物にイギリス人は夢中になったのか? そんな疑問が浮かぶんだが、その答えについては、「本物の美味しいラプサンスーチョン」を飲んでからにしようw おいらが書くのを待ちきれない、という人は、

現在市場に流通している正山小種(ラプサンスーチョン)の実情
武夷山に今も存在する2つのラプサンスーチョン

を読んで下さい。

茶器を育てる

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茶器を育てる、という話なんだが、白化粧というか、粉引の茶碗は2週間ほど前に窯から出てきた作品なんだが、気に入って毎日使っていたら、茶渋が貫入に染み込んで、こんな模様になって来た。後ろに写っている菓子皿はあまり使ってないので、ツルッと綺麗なままです。粉引の白化粧というのは、半生の生地の状態で、溶かした白い泥に漬けて表面にまとわせるんだが、生地の陶土と一体化しているので、そこにはヒビ割れは出来ない。素焼きしてから施釉するんだが、釉薬というのはガラス質で、陶土とは伸縮率が違う。なので、たくさんのヒビ割れが出来る。それが「陶器」というモノです。100均で売ってるようなヤツは、陶器ではない、磁器。磁器はボディもガラス質なので、ヒビ割れは出来ない。一体化している。この、茶渋が染み込んで黒くなったヒビ割れ、もちろんハイターに漬けたりして真っ白にする事も可能なんだが、それでは茶器の意味がないw つうか、抹茶茶碗などはそもそも「洗わない」ですw 拭くだけw なので、古い、由緒ある茶碗はみんな真っ黒ですw おいらは茶人ではないので、この茶碗は普通に洗っている。洗剤は使わないが。この工程を理解すると、偽物の骨董品を作るのにも応用できるw 骨董屋は、キレイ過ぎる陶器は、お茶の出し殻で煮るw 貫入のヒビ割れが見事に真っ黒になって、時代が付くw 陶芸家の中には、墨汁で煮る人もいます。陶器というのはどれでもこのヒビ割れを持っているので、インチキ骨董屋は毎日せっせと安物陶器を煮てますw でも、100均の磁器はいくら煮ても、貫入の模様は出て来ませんので、念のためw

ロイヤルミルクティー

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11月2日は「タイツの日」だそうで、Twitterにやたらパンストやタイツの画像が流れてくるんだが、60デニールが最強だとか、マニアがウルサイんだが、ところで1日は「紅茶の日」だった。ロシアに漂流して流れ着いた大黒屋光太夫という人が、女帝エカテリーナ二世に謁見し、紅茶を飲んだ日だそうで、1791年の11月1日だそうです。ロシアでは紅茶にジャム入れて飲むね。イギリスでは砂糖とミルクを入れる。今日はヌワラエリヤでロイヤルミルクティーを淹れました。茶葉に少しの熱湯を注いでふやかしておく。牛乳を沸かして、そこに注ぐ。おいら、砂糖は入れない。苦いのは平気だ。ところで、なんで西洋人が砂糖を使うのかというと、紅茶はもともと苦いし、使う茶葉の量が多いから。イギリス人は日本茶や中国茶の標準からすと、倍くらいの量を使うので、そのままでは苦い。紅茶も半分くらいの茶葉で薄めに淹れると、砂糖もミルクもなしで、普通に美味しく飲めます。ミルクティーには、アッサムかスリランカの安いお茶がベストです。

リモンチェッロのチーズスフレ

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チーズスフレなんだが、通常レモン汁を使うところ、豆州楽市のリモンチェッロを使ってます。どう違うのか? レモン汁は酸っぱい。リモンチェッロは香りだけで、酸味はない。詳しいレシピは知らないんだが、あの伝説のショコラティエが、今週末、常連さんのために作ろうという試作品で、特にウチで通販するために作ったわけではない。でも、これは冷凍できるので、通販も出来ますね。売るかも知れない。先日、3時間で売り切れたリモンチェッロの生チョコは大好評で、特にウチのスタッフは今でもその美味しさを語り草にしてますw さて、リモンチェッロのチーズスフレはどうか? 口に運ぶと、フワッとしたレモンの香りに包まれて、味は、いつもながらの、甘すぎない、素材の味を活かしたトロトロのシアワセです。問題は、6号サイズのホールが、一度に数個しか作れないという事かw ちなみにチーズスフレを発明したのは日本人で、普通のベイクドチーズケーキの生クリームを牛乳に替え、焼かずに湯煎焼きしたもの。英語では「Japanese cheesecake」と呼ばれるらしい。

  1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

ビンテージダージリン

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紅茶の世界で最高峰と呼ばれるのが、ダージリンティーだ。紅茶のシャンパンとも呼ばれる。インドで作られる紅茶のほとんどがアッサム種で、葉が大きい。ところがダージリンで作られているのは、イギリスのプラントハンターが苦労の末、中国から持ち帰った中国種で、葉が小さい。もちろんリプトンでもダージリンは出しているんだが、今回はトワイニング。しかも、「ビンテージ」です。

トワイニング独自の卓越したブレンド技術から生まれた本格リーフ ティー。 ヒマラヤ山麓・ダージリン地方の高地で育まれる特別な紅茶です。収穫時期にこだわって手摘みされた茶葉は、繊細でありながら芳醇なマスカテル フレーバーと上品な渋みを生み出します。ゆったりとした午後や特別なおもてなしに、ぜひストレートでお楽しみください。

アッサムとダージリンの違いは品種だけではない。標高が違う。アッサムはせいぜい1000メートルまでの高原。ダージリンは標高2000メートルです。日本で標高2000メートルといったら、森林限界に近いあたりで、茶樹は育たないが、熱帯では茶樹に理想的な、一年中穏やかな気候になる。ダージリンでは茶の収穫は年に四度。春夏秋冬、それぞれの時期に特徴の違うお茶が収穫される。春のファーストフラッシュ、日本で言う「新茶」が高級で高いのかと思ったら、そうでもないらしいw 人気があるのは、夏摘み茶。成長が良いので、香りが高いというんのだが、ダージリンの場合は「マスカテル」と呼びます。マスカットのような香り、という事だ。イギリス人はお茶に「香り」を求める。正山小種(ラプサンスーチョン)とか、臭いお茶が好きですw トワイニングのリーフ販売ではダージリンは二種類ある。クオリティダージリンが1128円(税込み)で、ビンテージクオリティダージリンが1290円(税込み)。160円しか違わないし、味はともかく、香りがぜんぜん違うので、ここはビンテージを選びたい。つうか、紅茶の最高峰が缶入り100g1290円というのは、また、べらぼうに安いねw 手摘みなのに。トワイニングやリプトンといった大メーカー以外の小さな輸入紅茶で探すと、ダージリンティーは100gで3000円から5000円くらいします。そういうお茶が、トワイニングやリプトンとどれだけ違うのかというと、正直、たいして違わない。老舗の大メーカーは、自前で農園を抱えていて、安く仕入れられるのだ。もちろん、「上を見たらキリがない」んだが、「下には下がある」というのも確かな事で、ティーバッグに使われるお茶とか、ペットボトルに使われるお茶とか、ケニヤの紅茶とか、まぁ、キリがないw 同じトワイニングやリプトンでも、「英国内向け」と「外国向け」では味が違うという説もある。外国向けのトワイニング紅茶は、ポーランドの工場で作られているそうだw 旦那がイギリス人でウルサイので、紅茶はイギリスから並行輸入、なんて話もあるw ちなみに「ティーバッグとリーフでは元の材料から違う」というのも確かな話です。ちなみに、いつもポーランド工場のトワイニング飲んでいる人が、英国製の同種の紅茶を飲んだ感想w

あなたがたはいつもこんなお茶を飲んでるのか
ポーランド人には賞味期限切れた少し古い茶葉を詰め替えたような
日本人には賞味期限切れたティーバッグをバラして低級な茶葉とブレンドしてカサ増ししたみたいな
しかももう一度焙煎掛けたみたいな、香ばしくて紙の味のする茶葉か

このビンテージダージリン、英国製だともっと美味しいのかと思って調べてみたら、そもそもあっちには存在しないようですw

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薪炒り番茶、新発売!

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スーパーで買った「秋田諸越」です。秋田県の名産で、落雁の一種。素朴なお菓子だ。こういうお菓子には、番茶が似合うね。薪炒り番茶です。リーフも近々発売します。リーフは「30分煮出す」です。というのが正式なレシピになるんだが、鍋で30分もグラグラ煮ていると、水が半分になっちゃうし、ガス代かかるし、それでいつもは「ポットに熱湯入れてリーフ入れて30分待つ」という方法でやってます。煮出さなくてもそこそこ抽出できます。もちろん、以前やったみたいにパーコレーター使っても良い。まぁ、そんな面倒しなくても、今の時代には便利なティーバッグという物があるんですけどね。ティーバッグなら熱湯5分で飲めます。その秘密は、粉砕してあるからです。

お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

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ダージリンのほとんどが偽物

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紅茶といえば「ダージリン」というのがもっとも有名なんだが、実はダージリン・ティーの生産量というのは、全紅茶のわずか2パーセント。世の中のダージリンのほとんどが偽物だというんだが、今回はリプトンの「クオリティ・ダージリン」のリーフです。安価なダージリンというジャンルでは、標準的な物だろう。値段は220gで3240円。100gあたり1500円弱なので、日本の普通の「新茶」よりちょっと高いという程度。紅茶は基本的に安いです。もっともダージリンの農園指定でブランド品になると、値段は数倍になる。紅茶でそんな高い値段が付くのはダージリンだけです。なぜ、ダージリンはそんなに貴重なのか? インドでは物凄い量の紅茶が生産されているんだが、その多くが、アッサムです。アッサムは微妙に品種が違い、標高も違う。ダージリンは標高2000メートル。アッサムは500メートル。アッサムはアッサム種で、ダージリンは中国種。アッサムは安価で濃厚なので、インド国内でも大量に消費される。いわゆる「チャイ」というヤツですね。ミルクティー向きです。ダージリンはわざわざ中国産の苗木を苦労して持ち込んで育てた、プラントハンター苦労の結晶です。寒暖の差が激しい高地で、葉の小さい中国種を育てているので、香りの高い品質の良い紅茶になる。ストレートで、お茶そのものの味をシッカリ味わうのが良いだろう。安いリプトンでも、常用としては文句なしです。上を見ればキリがない。下を見たら後がないw いやいやリプトンさんは、紅茶を庶民の手が届く物にしてくれた功労者です。サー・トーマス・リプトンと呼ぶので貴族の偉い人かと思うんだが、貧乏人の出で、苦労して紅茶王になった。リプトン飲んでりゃ間違いないw
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一杯の紅茶の世界史 (文春新書)

かつてヨーロッパ人にとって中国の不思議な飲み物は、神秘の薬・王侯貴族のステイタスであった。英国人はやがてその茶に二つの種類があることを知る。一つは緑茶、一つはもっと深い色で、見も知らぬ南国のフルーツの香りがした。この茶を求めて、英国は国家経済を揺るがせ、戦争を起こし、ついには世界をまたぐ帝国を築いてゆく...。紅茶誕生の数奇なドラマと、その影の知られざるアジアの真実を追って各地に取材した、紅茶ファン必読の一冊。

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この、香り高いダージリン・ティーを飲むために、イギリスは世界中を植民地として荒らしまわった。カップはウエッジウッドだが、これも中国産の陶磁器を必死でコピーして作り上げたもの。イギリスは泥棒で成り上がった国です。

月ヶ瀬の萎凋在来種

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日本の製茶法では、「刈り取った茶葉は一刻も早く蒸して発酵をさせない」というルールで統一されている。なので遠州の製茶工場では、一度に何トンもの茶葉を処理できる機械が並んでいて、持ち込まれた茶葉はその日のうちに蒸され、揉まれ、加工される。最近では深蒸し茶が流行りで、しっかり蒸した茶葉は細かく砕けて、お湯で戻しても原型を留めない。まぁ、紅茶でもそうなんですけどねw CTC製法と言って、顆粒状になるまで細かく砕けているので、ティーバッグではよく出ますw 紅茶では、イギリスですら売上げの9割以上がティーバッグなので、短時間ですぐに成分が抽出される砕かれた茶葉が望ましいのだ。同じ理由で、深蒸し茶でティーバッグを作ると、使いやすい。豆州楽市の夏摘み茶ティーバッグは超深蒸しで、手軽に美味しい緑茶が楽しめます。まぁ、紅茶でも日本茶でも、方向性は二つある。安くて美味しいお茶を大量生産する方向と、質の良い理想的なお茶を追求する方向性と、その二つだ。今の日本茶では、収量の多いヤブキタ種の深蒸し茶で、大量生産を賄っているんだが、それは「日本茶」のひとつの側面でしかない。で、今日のお茶は奈良県月ヶ瀬の萎凋在来種です。

在来種というのは、そういう品種があるわけではない。ヤブキタ種はクローンなので、基本的に全て、同一品種、同じ味です。在来種は一本ずつ、味が違う。それがMIXされて、複雑で奥行きのある微妙な味わいを作るんだが、収量の多いヤブキタ種に押されて、今では生産量の10パーセント以下です。萎凋というのは、収穫した茶葉を24時間くらいかけて微発酵させ、良い香りを引き出す技術です。中国茶では定番の技法なんだが、日本の煎茶では基本的に使われない。昔は今ほど機械化が進んでなかったので、自然に萎凋が行われていたと推測する人もいるんだが、確かに、山のお茶を萎凋させ、ごく浅い蒸しで仕上げると、昔ながらのキリッと苦みの効いた美味しいお茶になる。けれど、大量生産できない。お湯で戻した茶葉は、蒸しが浅いので、原型をとどめている。日本各地で、こうした技法のお茶があり、個性を競っている。大量生産のお茶とは違った、手作りの職人芸のお茶です。まぁ、どう転んでも、大量に作れるわけじゃなし、手間がかかるので値段も高くなるし、ヘタクソが淹れると苦いだけだし、主流にはなり得ないんだが。
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日本茶の「本流」 萎凋の伝統を育む孤高の狭山茶
"萎凋"が生きていた! 旨み系が蔓延する中で、奇跡的に生き残った香りの日本茶、それは<本質茶>の証。孤塁を守ってきた坂東の銘茶が、いま時代の最先端に!

この本で知ったんだが、狭山茶の本場で、萎凋にこだわってそれだけを扱っている問屋さんがいるわけです。このお茶は、その問屋さんが自前で持っている「自然仕立て」の野木園のお茶。リンク先で判るように、人間の背丈ほどまで延びた新芽を、手作業で摘んでいく。そう、手摘みです。これを萎凋させ、浅蒸しで殺青して酵素の働きを止め、揉んで仕上げる。上記の本から。

十一秒で茶葉の完全蒸しができるのであれば、どうして業界は深蒸しなどにこだわるのか。渋みをとるため? 渋みがダメという消費者には、もとより日本茶を飲む資格はないはずだ。日本茶の生命は萎凋香と渋みであり、これらをともに放棄してしまった現在の日本茶に、明るい未来を望むのは筋違いである。チッ素多投による毒々しい茶葉の緑色と、喉を通らない不自然な旨みにしがみついている限り、いくら待っても日本茶の次のステージはやってこない。
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手作りの少量生産だったら、萎凋も出来る。各地で、新しい日本茶を目指して、こうした日本茶を作っている生産者が居ます。

ずしゃだちの最終兵器彼女

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ずしゃだちの最終兵器、彼女たちです。かつては美味しい山のお茶を作って生きてきた集落が、今、絶滅の危機に瀕している。既に、「お茶を作って生計を立てている」という家は一軒もない。作っているのは、自家用と、知人に分けるだけのわずかな量です。多くの茶畑が耕作放棄され、薪炒り番茶の材料になるばかり。いや、それじゃ勿体ないだろ、というので、豆州楽市の新しいプロジェクト。来季はこの娘たちを使って、新茶を摘みます。このあたりでは昔、「茶畑引き回しの上、茶工場張り付け」と言っていたそうで、茶摘みや製茶が手作業だった時代というと、かれこれ100年近く前になるんだが、たしかにずしゃだちには古い茶樹が多い。90歳過ぎのお婆さんが「若い頃にアタシが種を蒔いた」なんていう茶畑がある。タイムカプセルのように、奇跡的に残されている。豆州楽市の薪炒り番茶がよその三年番茶と違うのは、元になる材料が違うから。番茶に使うだけでは勿体ないので、こうした美味しい南アルプスのお茶を使って、新しいプロジェクトを企画中です!

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自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

微発酵茶

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通販で買った、さして高くない急須なんだが、宜興茶壺(イーシンチャフー)と言います。中国製で、作者の写真付き署名保証書が入っていた。若い女性のようです。宜興というのは上海から無錫を越えたその先。ずいぶん小さい急須なんだが、中国茶や煎茶で使うのはコレくらいです。使った茶葉は狭山の微発酵茶。

埼玉県で生まれた緑茶品種に、半日間の萎凋(いちょう)を施しました。
花のような香りと、すっきり爽やかなのど越し。そして甘みのあるやさしい萎凋香の味わい。
いままでになかった、新しい嗜好の日本茶です。

琥白というんだが、作り方も説明されているんだが、収穫した茶葉を半日間、萎凋させ、その後、揺青(ようせい)揺青というのは、葉を掻き回しして揺らして、傷つける作業。傷から発酵していく。その後、殺青。釜炒りで発酵を止めます。と、ここまでだったら中国茶の白茶や、発酵度の浅い台湾茶に似ているんだが、これは更に揉捻といって、揉んでいる。なので、普通の煎茶のように抽出が早い。さて、味なんだが、普通の煎茶や、玉露みたいに、出汁のような旨みというのではなく、自然な甘みと、ほのかな苦み、渋み。よくバランスが取れて、香りも良い。台湾の上質なお茶のようだ。発酵度の浅いウーロン茶みたいです。うん、こりゃ、美味しいわ。惜しむらくは、値段が高く、生産量がきわめて少ないので、ガブ飲み出来ない事くらいか。このお茶、2014年の世界緑茶コンテストで最高金賞を貰っている。川勝平太から賞状貰っているので、静岡が主宰しているんだろうが、狭山茶なのに立派なもんだ。「いままでになかった新しい嗜好の日本茶です」というんだが、ヤブキタ深蒸し一辺倒の業界に、風穴となるのか。萎凋による微発酵緑茶というのは、コアなマニアの間では、ちょっとしたブームですね。

熊野釜炒り生茶

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静岡ではほとんど番茶は作られていない。明治時代に対米輸出用に、製法が「上級蒸し煎茶」に統一されたからだ。地方の各地に残っていた違う製法のお茶はどんどん淘汰されていった。そもそも、地方のお茶というのは自家消費用で、規格が統一されていなかった。商品じゃないから、それで良かったのだ。その、自家用のお茶が番茶です。これは和歌山で名物になっている「熊野番茶」という伝統的な釜炒り茶で、収穫した新芽を鉄鍋で40分かけて炒り、それを手で揉んで、日光で乾燥させる。天日干しは1日2日といったところです。こちらに工程の様子がありますね。特徴的なのは、「機械を使わない」というところで、鉄鍋も、江戸時代からどこの農家にもあった、ありあわせだ。上級蒸し煎茶も、手で作れないわけではないが、高度な技術が必要となる。番茶は、高度な手揉み技術ではなく、農家の爺婆が力づくで竹ザルの上で押して揉むだけのようだ。機械で揉むほどにはシッカリ揉まれていないので、こういうお茶は抽出に時間がかかる。販売者のサイトを見ると、「一番茶を使用し、2~3日間かけて丁寧に作られた香味は、乾草のような懐かしい香りと、すっきりとした味が何煎も続きます。」とあるんだが、中国茶にもよくある「何煎も」という言葉は、揉みが浅くて、葉が原型をとどめている物の特徴です。そういう作り方をした番茶は、だから、「煮出す」というのが正しい淹れ方。急須で冷ましたお湯で、という、煎茶のやり方ではうまく淹れられない。コレはパーコレーター10分で淹れました。販売者の言う「乾草のような懐かしい香り」というのは、天日干しに特徴的な匂いで、明治時代の輸出用としては嫌われ、炭を熱源に使って工場で匂いがつかないように乾燥させるようになった。そんなわけで、このお茶は極めて原始的な、昔のスタイルのままのお茶です。「熊野釜炒り生茶」というんだが、通常はこのお茶を更に焙じ茶にして飲むらしい。焙じ茶にすると、香ばしさが立って天日干し臭も薄れるので、より、飲みやすくなる。このままだと、プーアル生茶とか、白牡丹系の白茶みたいな、マニアックなお茶ですw もっと熟成させると味が良くなるかも知れないので、試しにサウナに入れておこうw

ただいま発売しました!

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お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

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自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。



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パーコレーターで薪炒り番茶を淹れてみた。薪炒り番茶、ティーバッグが完成し、ただいま袋詰作業中です。二、三日うちには売り出しできると思う。そちらはティーバッグなので、こんな面倒な作業は要らないんだが、リーフだと「30分煮出す」という作業が必要になってくる。鍋で煮出すと、どんどん蒸発して量が半分になっちゃいますね。パーコレーターなら、蒸散量が少なそうだ。バスケットに茶葉をセットし、バスケットの蓋をしてお湯が沸くと、ご覧のように勢い良く、お湯が飛び出す。

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パーコレーターの蓋をセットすると、お湯が飛び散らない。抽出加減は透明なツマミ部分で確認できます。10分間このボコボコを続け、しばらく休んで、更に10分。完成したら湯量が700mlまで減ってしまった。その分、水を足して1000mlに戻す。これが鍋だと半分以下まで湯量が減ります。

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鍋で30分煮出したより濃いくらいの良い色になりました。味も文句なし。これからリーフの薪炒り番茶はパーコレーターだな。なお、3人用の小さなパーコレーターだと、ヤフオクで2300円くらいで買えます。最近のヤツはステンレス製で、丈夫に作られているようです。
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紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入...。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。
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清朝末期には、阿片戦争で負けたために中国は皇帝の権威が衰え、各地で叛乱が起きていた。そんな中、勝手に農民を拉致し、奴隷としてイギリス人に売り飛ばす行為が頻発。奴隷たちは上海からマレー半島に、あるいはアメリカに送られ、イギリス植民地の開拓に従事した。激しい労働や熱帯のマラリアで、ほとんどが死にました。生き残った中国人が、今でも東南アジアやアメリカにいる華僑たちだ。その当時、中国が誇った最大の輸出品がお茶だったんだが、それもイギリス人のプラントハンターの手によって盗まれる。「史上最大の産業スパイ」と言われてますw 中国から盗まれたお茶は、ダージリンで育てられ、「紅茶のシャンパン」などと呼ばれる最高級品になるんだが、そういう歴史を経ているので、今でも中国人は欧米人を決して、許していないと思うw

パーコレーターでお茶沸かす

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パーコレーターです。カウボーイが焚火でコーヒー淹れるための道具です。コレで淹れたコーヒーは美味しくないので有名w 原理としては、お湯が沸騰すると細いパイプを通って勢い良く噴き上げ、手前の丸いヤツからポタポタとアルミの籠に落ち、籠のなかの粗挽き豆からコーヒーが抽出されるという。どのくらい抽出されているのかは、蓋のツマミが透明なので確認しやすい。道具としては良く出来ている。おいらが50年間使ってきたヤツは中身がどっか行っちゃったので、コレはヤフオクで購入した。キャンプ用品として出廻っているので、安く買えます。で、これを眺めているうちに気がついたんだが、「コレでお茶、淹れられないか?」という事だ。

薪炒り番茶は、「30分くらい煮出す」という淹れ方をする。そこまで行かなくても、中国茶の多くは、熱湯で15分くらいかけないと、完全には抽出できない。良いお茶ほどそうです。これをマニアは「煎が効く」と言うんだが、7煎、8煎はアタリマエ、ゆっくり時間を掛けて淹れないと、味がシッカリしない。今の日本の深蒸し茶は、せいぜい2煎くらい。まったく淹れ方が違う。まぁ、小さい急須で、じっくり構えて、時間をかけて楽しむのもいいが、いつもそうしてはいられないので、コイツでボコボコと沸騰させながら熱湯のシャワーを浴びせ続ければ、中国茶の淹れ方としては、そんなに間違ってないのではないか? というわけで、やってみた。10年物のプーアル熟茶。10gをバスケットに入れ、水の量は1000ml。このパーコレーターは7人用という事で、だいたいそれくらいの分量です。急須と違って、お湯が「動く」ので、その分、抽出が早い。沸騰した所で火を弱めて、ボコボコ噴き上げる水色を観察していると、ほどなく良い色になって来たので、適当なところで火からおろす。便利なのは、そのまま水に漬けて冷やせますw ガラスのポットでそんな事をしたら割れてしまう。大雑把な扱いができるのも、アメリカ製品の良いところだw

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紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入...。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。
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ちょうど今、上記の本を読んでいたんだが、イギリスが紅茶の製法を盗むために中国人の技術者を探していた頃、アメリカの開拓のために、中国人の奴隷を大量に購入して、アメリカで鉄道建設にあたらせてたんですね。中国政府(清朝)は奴隷制を認めてなかったので、表向き、人身売買なんてない、と言い張り、イギリスも奴隷だとは言わず、契約労働者だと言い張っていたんだが、奴隷です。アメリカに中国人が入った歴史は古い。そうした中国人たち、厳しい労働が終わると、こんなパーコレーターで、故郷を偲びながら、中国茶を淹れて飲んでいたのではないか? そう考えると、「パーコレーターで中国茶」というのも、実は、由緒正しい淹れ方なのかも知れない。いや、おいらの勝手な想像なんだがw

砂糖入れて、レモン絞って

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日本には発酵食品が多くて、たとえば醤油も日本酒も納豆も、みんな発酵食品。おいらが社長をやっている七尾たくあんも発酵食品。じゃあ、お茶は? というと、少なくとも現在の煎茶に限っては、発酵食品ではない。ただし、ウーロン茶や紅茶は発酵を利用している。発酵というと「微生物」と来るんだが、お茶の場合は微生物ではなく、茶の葉が自分で持っている酵素による物です。

お茶の発酵に関与する酵素は、ポリフェノール酸化酵素(ポリフェノールオキシダーゼ)と呼ばれます。
この酵素はカテキンをはじめとするポリフェノールを酸化する酵素です。通常、酵素とポリフェノールは別々に存在しますが、切ったり、傷を付けた場合、両者が混ざり発酵が促進されます。
リンゴにや他の植物にも類似の酵素が含まれます。リンゴを切って放置すると茶色くなるのも、バナナの皮をむいて放置しておくと茶色に変色するのも同じ原理です。

ところで発酵と腐敗の違いという話がありまして、どう違うのかというと、「人間の役に立つ現象を発酵と呼ぶ」事になってますw 価値判断の基準は、役に立つか否かw なので、リンゴが茶色くなるのは発酵とは言わない。

発酵茶を作る上で重要なのは、「萎凋を制御することでポリフェノールの酸化をデザインし、理想的な段階になった時点で熱を加えて止める。」ことです。発酵度の高い低いは萎凋を行う時間で調節するのが一般的です。これにより、花のような香り、フルーツの香り、更には乾燥フルーツのような香りまで生み出すことができます。

今では、全ての工程が機械化されて流れ作業なので、収穫された茶葉は、新鮮なまま機械に飲み込まれる。最初に蒸して酵素を殺してしまうので、発酵している時間的余裕がないw けれど昔はそうじゃなかった。昭和の初めまでは、茶摘みも揉むのも手仕事で、時間がかかる。その間に、どんどん発酵が進んでしまうのだ。この、酵素による発酵を「萎凋」と呼ぶのだが、たくさん積み上げて放置しておくと、良い匂いにならず、蒸れた不快な臭いになってしまう。広く、薄く並べて、風通しの良い状態で保たなければならない。萎凋させようとしてしていたわけじゃなくても、腐敗による蒸れ臭を防ぐためにはそれしか手段がなかったのだ。だから、昔の煎茶は、結果として萎凋させた物が多かった。意図的な作業なのかどうかはともかく。

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日本茶の「本流」 萎凋の伝統を育む孤高の狭山茶
"萎凋"が生きていた! 旨み系が蔓延する中で、奇跡的に生き残った香りの日本茶、それは<本質茶>の証。孤塁を守ってきた坂東の銘茶が、いま時代の最先端に!

この本で知ったんだが、狭山茶の本場で、萎凋にこだわってそれだけを扱っている問屋さんがいるわけです。このお茶は、その問屋さんが自前で持っている「自然仕立て」の野木園のお茶。リンク先で判るように、人間の背丈ほどまで延びた新芽を、手作業で摘んでいく。そう、手摘みです。これを萎凋させ、浅蒸しで殺青して酵素の働きを止め、揉んで仕上げる。上記の本から。

十一秒で茶葉の完全蒸しができるのであれば、どうして業界は深蒸しなどにこだわるのか。渋みをとるため? 渋みがダメという消費者には、もとより日本茶を飲む資格はないはずだ。日本茶の生命は萎凋香と渋みであり、これらをともに放棄してしまった現在の日本茶に、明るい未来を望むのは筋違いである。チッ素多投による毒々しい茶葉の緑色と、喉を通らない不自然な旨みにしがみついている限り、いくら待っても日本茶の次のステージはやってこない。
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そんなわけで、本来の煎茶は、わずかとは言え、「発酵」の要素があったわけですね。今では日本茶は「不発酵茶」というのが常識なんだが、昔は必ずしもそうではなかった。

緑茶の場合、熱を加えることで酵素を失活させます。
酵素が失活しているため、それ以上酵素が関与する酸化は起こりません。
但し、酵素が失活した後も酵素が関与しない酸化は起こります。例えば、深蒸し茶の場合、過度に熱を加えることでポリフェノールの酸化を促進します。
概して質の低いお茶が原料として用いられることの多い深蒸し茶の場合、深く蒸すことで強い個性を形成し、質はさておき個性を売りとしております。
また、同様に日本茶の火入れ工程では、熱を加えることで意図的に酸化を促し、香りを生成させます。質が低い原料ほど火が強く入れられ、個性を高める努力が行われます。

おいらの子供時代、お茶というのは苦い物だった。香り高い物だった。広沢虎造も言っている。「旅ゆけば、駿河国に茶の香り」と。今の主力であるヤブキタ種は、香りが薄い。量はたくさん採れるが、質はそんなに良くない。そんな素材で、いかにして製品としてまとめるか、茶師が苦労してたどりついたのが、深蒸しと、強い火入れだった。でも、それが唯一の正解というわけではない。

さて、狭山の備前屋さんちの「富貴昔」です。昔ながらの、浅蒸し、萎凋24時間というこのお茶を4g。400mlのお湯、約70度で、15分くらいかけて抽出しました。これを自然に冷やして、氷でアイスにして飲む。おいらのいつものスタイルです。ほどよい苦味が快適です。昔、アメリカに輸出されていた日本茶はこういうのではなかったのか? だとすると、「砂糖入れて、レモン絞って、ウォッカで割ってパンチにしていた」というエピソードもうなずける。

自然仕立ての萎凋茶

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今日は「狭山茶」だ。狭山茶というと、大学生の頃、川越の探索でウロウロしていてよく飲んだんだが、白湯みたいに薄くて、味が感じられなかった。静岡がいちはやく深蒸しに切り替える中、まだ浅蒸しだったのだろう。今はどうなのか? ヤブキタの深蒸しというのは日本中で定番になっているんだが、そんな中にも、各地に違った傾向のお茶を目指す人はいる。


日本茶の「本流」 萎凋の伝統を育む孤高の狭山茶
"萎凋"が生きていた! 旨み系が蔓延する中で、奇跡的に生き残った香りの日本茶、それは<本質茶>の証。孤塁を守ってきた坂東の銘茶が、いま時代の最先端に!

この本で知ったんだが、狭山茶の本場で、萎凋にこだわってそれだけを扱っている問屋さんがいるわけです。このお茶は、その問屋さんが自前で持っている「自然仕立て」の野木園のお茶。リンク先で判るように、人間の背丈ほどまで延びた新芽を、手作業で摘んでいく。そう、手摘みです。これを萎凋させ、浅蒸しで殺青して酵素の働きを止め、揉んで仕上げる。上記の本から。

十一秒で茶葉の完全蒸しができるのであれば、どうして業界は深蒸しなどにこだわるのか。渋みをとるため? 渋みがダメという消費者には、もとより日本茶を飲む資格はないはずだ。日本茶の生命は萎凋香と渋みであり、これらをともに放棄してしまった現在の日本茶に、明るい未来を望むのは筋違いである。チッ素多投による毒々しい茶葉の緑色と、喉を通らない不自然な旨みにしがみついている限り、いくら待っても日本茶の次のステージはやってこない。

今回のテイスティングは「富貴昔」というヤツで、最高級の手摘み煎茶だというんだが、包装には「玉露」と表示があったので、玉露でもいいのかも知れない。萎凋させた玉露というと、こないだ書いた水を美味しくしてくれるのが良いお茶 の、本山蛇塚玉露がそうだったんだが、味はやはり似たような傾向で、苦味がしっかり立って、濃厚です。萎凋させた日本茶、どれもボディがシッカリして、良いですね。こういう玉露を飲んでから、安い店売りの玉露を飲むと、確かに味の素を水で溶いて飲んでるみたいな気分になりますw 

日本茶では「萎凋」を行わない、と言われるんだが、はたして昔からそうだったのかというと疑問が残り、最近になって全てが機械化されてスピードアップされ、萎凋が省略されるようになった、という説もある。ちなみに萎凋というのは「大きな竹のザルに茶葉を重なりすぎないように置いて、風通しの良い場所に24時間」というモノで、よく考えれば判るんだが、今の大規模製茶工場では、ひと晩で何トンもの茶葉を処理するわけで、そんなモノを広げて並べられる場所はありませんw 手作業でしか出来ない、効率の悪い作業ですw

パーコレーター

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ステンレスのマグカップは最近買ったモノなんだが、後ろのコメットはおいらが中学生の時に購入した「パーコレーター」です。パーコレーターというのはアメリカ人が焚火で雑にコーヒーを淹れるための道具で、おいらはアメリカ人でもないし、焚火でコーヒー淹れたりもしないので、いつの間にか中身のストレーナーが紛失して、単なるポットになってしまいましたw 実はコレ、アルミ製で軽い。ちょうど1リットル入る。耐熱ガラスのポットはよく割れるが、コレは割れないので、もう半世紀も使ってますw さて、薪炒り番茶です。おいらリーフなんだが、10gを小ぶりの行平鍋で煮立てて、このポットに移す。ガラスと違って、そのまま水に漬けて冷やす事も出来ます。このポット、直火でも平気なので直接火に掛けてもいいんだが、ウチのガス台は大きくて、取っ手が焼けると困るので、直火では使わない事にしている。せっかくのアンティークなのでw 50年使ってきたので、死ぬまで使い続けますw このコメットというメーカー、とっくに死んだかと思ったら、最近まで生き残っていたたらしい。アウトドア用品としては長く、定番だったようです。ちなみにパーコレーターで淹れたコーヒーというのは、

どれほど火力を調整しても、できあがりは香りと酸味 の飛んだやや酸化した味わいになってしまいます。
また、コーヒー粉に降りかかるお湯は時間が経過するほど出来上がりのコーヒーに近付いていくため、粉を通過しても新たに成分を溶かしこむことが難しくなっていきます。
結果として、全体に味も色も薄い、いわゆる「アメリカン」な仕上がりになるのです。
つまりパーコレーターで淹れたコーヒーは、現代の日本人の感覚で言うと「薄いわりに苦いあまりおいしくないコーヒー」と感じられるものになりがちなのです。

という事なので、「本物のアメリカンコーヒー」を味わってみたい方は、是非、一度、これで淹れてみるといいです。本物のアメリカンコーヒーというのは、マズくてこそ、本物だからw その際には、MJBの缶入りが定番ですねw



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良いお茶が採れる条件、というんだが、おいらは生産者ではないので、好き勝手に何でも言えるわけです。「ヤブキタは飽きた。在来種が良い」とか、「やっぱり山のお茶。標高650メートル以上だね」とか。現実には、日本のお茶の95パーセントくらいがヤブキタ種で、ほとんどのお茶が平地で作られている。もっと厳しい条件を付けるなら、「無農薬はアタリマエ。肥料もやるな」「樹齢100年は欲しい」「挿木は根が浅いからミネラル分が少ない。実生に限る」とか、理想とする条件、全てを満たすようなお茶は、多分、日本には存在しませんw 中国にはある。茶樹発祥の地、雲南省の自然栽培茶はそういうお茶です。緑茶ではなく、白茶とかプーアル生茶なんだが、白茶というのは微妙な「萎凋」だけで仕上げる原始的な製茶法です。そういうのもずいぶん飲んでみたんだが、よほどのマニアでないと、「美味しい」とは感じないだろう。そもそも、ほとんど味がしない。理想のお茶とは何か? マニアはこう言う。「水を美味しくしてくれるのが良いお茶」だと。人間、喉の渇きを付けるなら癒やすだけなら、水を飲めば良い。それを、何故、わざわざ手間とカネをかけてお茶にして飲むのか? 水が、一層、美味しくなるからだ。自然のミネラル分が口に甘く、喉越しの余韻が深く感じられ、ついでにカフェインの作用で気分もシャッキリw この、「ミネラル分の甘さ」とか「喉越しの余韻の深さ」というのがポイントなんだが、中国茶の良いヤツとなると、どんなに味がないように見えても、このポイントだけはシッカリ確保している。安いお茶は、どんなに美味しく感じられても、この二つが薄い。

さて、今日のお茶は、静岡の山の中、標高800メートルの地で作られる玉露です。徳川家康御用達のお茶の産地なんだが、本山蛇塚玉露といいます。品種はヤブキタで、肥料も農薬も使っているので、特に珍しいわけではないんだが、珍しいのは、「萎凋」を24時間行っているわけです。萎凋というのは、収穫した茶葉を冷暗所で熟成させる事を言うんだが、今の日本茶業界ではほとんどやらない。可能な限り手早く蒸すというのが常識で、それだけ新鮮な香りを重視するんだが、熟成させた萎凋香というのは評価されない傾向にある。それでも各地に、萎凋にコダワル生産者はいる。花のような香りが立つのだ。おいら的な飲み方としては、通常の玉露のように低温で淹れるのではなく、中国茶みたいに熱湯で淹れちゃうんだが、キリッとした苦味の効いた、美味しい山のお茶として優秀です。

閑人適意の韻事

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出先でお湯だけ貰って、三人分のお茶を淹れました。九州産の安い玉露です。絞り出し急須は100ml。茶葉がお湯を吸って膨らむので、淹れられる量は一人あたり20ml以下です。ずいぶん少ないんだが、ここは夏目漱石の「草枕」だ。

茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃く甘く、湯加減に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落して味わって見るのは閑人適意の韻事である。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭へぽたりと載のせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどへ下るべき液はほとんどない。ただ馥郁たる匂が食道から胃のなかへ沁み渡るのみである。

ところで、この煎茶セットには、玉露なんて洒落たお茶ではなく、山の自然栽培茶の方が似合いそうな気がする。場所も、病院のテーブルじゃなく、どこか戸外の景色の良い場所がいいなw

ドイメーサロンの偽凍頂烏龍茶

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タイにも山はある。ドイメーサロンは標高1600メートル、日本では厳しい気候になるが、熱帯の高地というのは、世界で一番、心地よい場所です。陽射しは強いものの、そんなに暑くならないし、真冬でも滅多に霜も降りない。この街が拓かれたのはそんなに古い話ではない。中国共産党と内戦をしていた国民党、蒋介石率いる本隊が台湾に逃亡した際、オトリとなって逆方向に逃げて、共産党軍をひきつけた連中がいたわけです。負け戦の中でも、もっともやりたくない任務だなw 結局、彼らは中国国内に居場所を失い、国境を越えて山に逃げ込む。ゴールデントライアングルと呼ばれる、ラオス、タイ、ビルマの国境です。阿片を少数民族に栽培させながら、彼らは世代を越えて何十年も逃げ回った。クンサー将軍というのが有名なんだが、クンサーもその一味です。1987年、そんな武装勢力に対して、タイ国王が恩赦を与え、タイ国籍を付与して、定住させる。それで作られたのが、ドイメーサロンの街です。おいらが最初にこの街を訪れたのは、街が作られてからまだ何年も経ってない時期なんだが、ご覧のようにロバが荷を運んでます。自動車が入れるようになったのは1987年以降なので、それまではロバが主な運搬手段だった。下界まで一週間かかったという。そんななので、現金収入を得る手段というのが阿片くらいしかなかったのだ。ドイメーサロンには、「タイ人」は一人も住んでおらず、国民党の残党と、少数民族ばかり。村では普通に阿片を吸ってました。おいらも目撃してますw

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今ではゴールデントライアングルも観光名所なんだが、定住させられた麻薬部隊たちは、仕方ない、阿片以外の収入の途を探るわけです。消費地から遠いので、小麦とか作っても運搬費で赤字になる。そこで選ばれたのが、ウーロン茶です。当時、台湾では凍頂烏龍茶が爆発的にヒットして、大人気だった。一般的にお茶は、「標高が高いほど質が良い」。そこで、台湾からコッソリ苗を持ち込み、ドイメーサロンの頂上に巨大な短波アンテナ塔を建て、栽培法を聞きながら少数民族と共同作業で、広大な茶畑を開墾して行った。おいらが最初に訪れた頃には、まだインターネットもなかったので、短波だけが、彼らの通信手段だったのだ。

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団将軍記念館でクンフー茶の接待。最高級の凍頂烏龍茶です。ちなみにkg1万はしなかったと思う。下界の半値以下。タイではこんなに高いお茶を飲む人はいないので、収穫されたほぼ全量が、台湾に運ばれ、台湾産として売られる。乾燥させたお茶は軽くて高価なので、遠くまで手間かけて運んでも採算が合うのだ。台湾までの運賃はkg数十円くらいだろう。この、タイの凍頂烏龍茶、ほとんど知ってる人がいない話です。外国人観光客は訪れるが、このお茶を飲んで「凍頂烏龍茶だ」と気がつく人は少ないし、それが台湾に運ばれて、倍以上の価格で売られている事を知る人も少ない。ちなみに凍頂烏龍茶の製法は台湾だけの秘密で、いまだに中国本土では作れません。

おいらの煎茶セット

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おいらの煎茶セット。煎茶道なんかやらないが、このセットを籠に入れて持ち運べば、どこででも美味しいお茶が飲める。籠は骨董品です。急須、湯冷まし、そして煎茶椀と、全てが自作です。いつも同じお道具使う事で、安定した味になる。おいら、茶葉の量は必ず、秤で計って使います。100mlに対して、茶葉1g。「お茶が美味しく淹れられない」という人は、まず、使う茶葉の量を必ず秤で計量するところから始めてはどうだろうか。この急須は100mlの容量なんだが、茶葉は4gくらい使って何煎か淹れるという感じになります。茶葉の種類にもよるが、5煎ないしは6煎です。5人で飲むと、一度の配給量はせいぜい10mlちょっと。煎茶の淹れ方というのはそういうもんです。水代わりにガブガブ飲むわけではない。

静岡市の奥地、ずしゃだちから爺婆の自家用茶を横取りして来ました。標高の高い高山の厳しい気候に磨かれた、自然栽培茶です。

ただいま品切れ中。しばらくお待ち下さい。

_DSC2475_300.jpg 税・送料込み 580円
<ずしゃだちの煎茶 ティーバッグ 2.7g×10個>

日本茶ティーバッグというと、安いお茶を使った物が多いんだが、これは違う。標高700メートルの高地で自然栽培に準じた無農薬のお茶です。最高級のお茶を手軽に飲んでいただきたい。そんな想いが、形になりました。小さめの急須で二人分、大きめのマグカップで独り占め、どちらでも楽しめる2.7g入りです。

グレートティーレース

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帆船というと、マニアにもっとも人気なのが、ティークリッパーと呼ばれる「中国茶をイギリスに運ぶ専用船」なんだが、その中でも唯一、「カティーサーク号」だけが現存してます。ただいま改修中で、こないだ火事で燃えたんだが、装飾などは既に外されていたので、燃えたのは数パーセントだそうで、ちゃんと復元されるだろう。帆船最後の時代を華やかに彩った、グレートティーレースを戦った船です。グレートティーレースとは何か? 中国産の新茶をロンドンまで運ぶんだが、阿片戦争の頃までは、東インド会社が中国貿易を独占していたので、「急いで運ぶ」という必要はなかった。独占なので、競争がなかったからだ。それが、自由化され、競争に曝されると、アメリカが高速のクリッパー船を投入し、短時間で新茶を運ぶようになる。

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それから1869年にスエズ運河が開通するまでが、グレートティーレースの期間です。帆船はスエズ運河を通行できなかったので、時代は蒸気船に移行する。それまでの、ほぼいち世代、25年間。毎年、何隻ものティークリッパーが参戦し、10分でも早く港に着いた船が、勝者の栄光と多額のプレミア金額を受けた。ご祝儀相場みたいなもんで、新茶の、しかも一番乗りというのは、高額で取引されたのだ。特に激しかった1866年のグレートティーレースは今でもイギリス人の語り草なんだが、11隻のティークリッパーが参戦し、そのうち3隻が99日間で到着している。東インド会社が独占していた時代には、18ヶ月から24ヶ月かかったというから、時代の進化というのはめざましい。このグレートティーレースはロンドン中を沸き立たせる大イベントだった。船がイギリスに近づくと、その情報が刻々と電信で伝えられ、賭け屋から庶民に至るまで、大騒ぎだw 

さて、阿片戦争が、「イギリスが中国茶を欲しがって、インドの阿片を売り付けて起こした戦争」だというのはよく知られているんだが、アメリカの独立戦争というのも、お茶にかけられた税金がきっかけで、ボストン茶会事件として知られている。この時代、近代史はお茶の貿易とともにあった。何しろ、貿易額のトップが「お茶」だったのだ。何故、西洋人はそんなにお茶を欲しがったのか? それは、ヨーロッパでもアメリカでも、茶樹が育たなかったからです。香辛料もそうだが、自分のところにないから、世界中探しまわって手に入れる。まぁ、今にして思えば。、まだ牧歌的な時代だと言えるだろう。今では、自前で自給自足できるモノまで叩き潰して、海外から輸入させようという時代。日本の食料自給体制は崩壊寸前だ。
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ロマンス・オブ・ティー―緑茶と紅茶の1600年
中国での茶樹発見以来1600年、世界中に広まり各国で独自の喫茶習慣を生み出し、多くの絵画や文学にも描かれてきた緑茶と紅茶。その長い歴史に秘められた、茶にまつわる伝説・逸話・名言・芸術のすべてを詳述する緑茶・紅茶文化の一大データベース。茶文化研究の大家の古典的名著、待望の初邦訳。
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売り切れました!

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売り切れました。茶葉の在庫はもう少しあるので、近々、ティーバッグにして再発売します。

静岡では現在、ティーバッグ屋さんがフル操業だそうで、伊藤園からの大量発注で忙しいらしい。そういやTVでもCMやってたなぁ。なんでいま頃ティーバッグ作っているかというと、今は四番茶まで終わって、安い原材料がある事。一番茶の売れ残りも安く仕入れられる事。その二つですね。伊藤園に限らず、大手メーカーの日本茶ティーバッグは安い茶葉で作られる。業界全体の、暗黙のルールでもあるのかw ところでイギリスでは、ティーバッグの普及率が9割を越えたそうです。あれだけの紅茶にコダワル国でも、その有様。一方、日本ではまだ、「日本茶のティーバッグ」「というのはマイナーな存在で、高級茶はなかなかティーバッグにならない。まだ、ほとんどの家に急須があるのだ。じゃあ何故、豆州楽市ではこのティーバッグを作ったのか? このお茶、標高700メートルという、ずしゃだちで作られたお茶です。ずしゃだちには11軒の家があるんだが、今ではお茶を「商業生産」している家は一軒もない。自宅で飲む分と、知人に配る分しか作らない。農薬は使いません。古い樹が多く、肥料は少しだけです。お茶がよく売れて相場が高かった時代には、山でも商売になったんだが、今は安いので、商売にならない。耕作放棄されて薪炒り番茶の原材料として重宝しているんだが、まだ見捨てられてない茶畑のお茶を飲んでみて驚いた。下界の茶畑と違って、年に一度しか収穫しないので、味が濃い。生産性を考えたら、100g1700円くらいつけたいシロモノなんだが、あまりに量が少ないし、みんなに楽しんで貰いたいし、特に、日本茶の本当の美味しさを知らない若い人にも味わって欲しいし。というわけで、ティーバッグです。他社のティーバッグ2gと違って、2.7gと多めに入ってます。大きめのマグカップ一杯分の、苦み走った本物の煎茶が作れます。



こぶりの急須と湯呑み茶碗なら、二人分。味が良いのはもちろん、使い勝手も良いティーバッグです。限界集落の爺婆が「自分用」に作っているのを横取りして来たので、量がありません。すぐになくなりますw

_DSC2475_300.jpg 税・送料込み 580円
<ずしゃだちの煎茶 ティーバッグ 2.7g×10個>

日本茶ティーバッグというと、安いお茶を使った物が多いんだが、これは違う。標高700メートルの高地で自然栽培に準じた無農薬のお茶です。最高級のお茶を手軽に飲んでいただきたい。そんな想いが、形になりました。小さめの急須で二人分、大きめのマグカップで独り占め、どちらでも楽しめる2.7g入りです。

ヒネクレモノの趣味

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煎茶道というのがありまして、使う急須が握りこぶしくらいに小さい。茶碗はぐい呑ほどのサイズ。これで濃く淹れた煎茶を、何度も味わう。文人墨客の趣味で、それもヒネクレモノの趣味ですw 日本では抹茶道の方がポピュラーで、通常、「茶道」といったら抹茶道だ。ところが、夏目漱石は煎茶マニアだったw

茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃く甘く、湯加減に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落して味わって見るのは閑人適意の韻事である。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭へぽたりと載のせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどへ下くだるべき液はほとんどない。ただ馥郁たる匂が食道から胃のなかへ沁み渡るのみである。

名作「草枕」の一節。煎茶趣味というのは漱石の中国好きから来ていて、草枕というのは一種の反戦小説でもある。日本は中国人をバカにして、日清日露と二度の戦争で中国大陸に利権を植え付けようと戦争を繰り返した。もちろん、その後も日中戦争に続くんだが、そうした時代の中、趣味的な世界に沈殿して韜晦するフリをしながらも、漱石は時代をしっかりと見据えている。
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漱石と煎茶 (平凡社新書)
漱石は『草枕』で、いまはほぼ忘れられた風流韻事「煎茶」をみごとに描き出している。
近世文人が愛好した「煎茶」は、日本で独自に発展した茶の湯とは別の茶事で、陸羽以来の中国の茶の正系を色濃く継いでいる。その煎茶の歴史がはぐくんだ精神と漱石の思想は、じつは深く重なり合う。そしてその視角から読みなおすとき、『草枕』は明確な反戦小説であり、漱石が「維新の志士の如き」過激な文学者であることが見えてくる。
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この本を書いたのは、小川流煎茶道の宗家さんなんですねw なかなか面白かったです。夏目漱石は教師を長くやっていたので、立場としては政府の役人です。それでいながら反戦思想を持っているというので、「探偵」に追われていたらしい。探偵というのは、治安維持のためにあちこち探っていた、憲兵みたいなもんだ。江戸時代には、抹茶は武士の嗜みで、それが裕福な町人にまで広がるんだが、京都の貴族などはむしろ煎茶を楽しんでいたという。教養がありながらも不遇の連中が、集まってはグチをこぼし合う、まぁ、カッカッと火照ったオツムを冷やすには、カフェインの豊富な煎茶、という事ですかw

_DSC2475_300.jpg 税・送料込み 580円
<ずしゃだちの煎茶 ティーバッグ 2.7g×10個>
日本茶ティーバッグというと、安いお茶を使った物が多いんだが、これは違う。標高700メートルの高地で自然栽培に準じた無農薬のお茶です。最高級のお茶を手軽に飲んでいただきたい。そんな想いが、形になりました。小さめの急須で二人分、大きめのマグカップで独り占め、どちらでも楽しめる2.7g入りです。近日発売!

ハイグロウンティー

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というわけで、ヌワラエリヤです。リプトンです。普通に楽天でも買える。250gで1836円なので、紅茶としては安い。これでも、スリランカを代表するハイグロウンティーで、ウバ、ディンブラと並んで、三大銘茶の一つです。しかも、その中でもヌワラエリヤがもっとも標高が高い。おいら、スリランカの農園で土産に買ったので病みつきになって、ずっとスリランカからお取り寄せして飲んでましたw ナニも、高いお茶だけが美味しいわけじゃない、世の中には安くて美味しいお茶というのも、いくらでもある。というか、紅茶は基本的に安いです。白人がビジネスを仕切っているので、いまだに植民地収奪ビジネスのまま。ヌワラエリヤの特徴は、「緑茶に似た適度な渋みと、優雅でデリケートな花香」だそうで、ストレートで飲むべし、というんだが、おいらは濃い目に淹れてミルクで割ったり、冷やしてレモン入れたり、何とでも使います。ボディがシッカリしているので、どう使っても美味しい。

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ヌワラエリヤの競馬場専属のポニーw 年に一度だけ、お祭りがあって、レースがある。そのために飼われている。普段は観光客を乗せて散歩してます。

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山で見つけた、「世界一小さなお店」。裏の畑で採れたカシューナッツを売ってます。

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どこにカメラを向けても、にこやかな笑顔が返って来る。カメラを向けると怒る人がいるというのは、不法入国とか、治安の悪い土地です。スリランカでは、イギリスは現地人の生活を破壊しなかった。紅茶は山の傾斜地で作るので、シンハリ人の農業とは競合しなかった。その代わり、イギリスが去ったらスリランカは物凄く貧しい国になってしまった。もっともおいらが行ったのは20年も前なので、今はもう少し発展しているのかも知れないが。

ヌワラエリヤ

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スリランカは言うまでもない、世界一の紅茶生産国なんだが、中でもヌワラエリヤのお茶が好きで、おいら現地をわざわざ訪ねた事がある。延々と続く曲がりくねった山道、おいらの雇ったレンタカーはオールドファッションのベンツで、消耗を恐れてか、運転手がなかなかワイパーを使わないw 霧が深く深く湧いてきて、それが霧雨になっても、手動で時折一回だけシャコン!と動かすだけで、怖かったですw 標高1868メートル。何もない山の中に、突然、リトルイングランドと呼ばれるお伽話のような可愛い街が現れる。植民地時代の建物が多く、競馬場とゴルフ場がある。スリランカを占領したイギリス人は、この山の上まで鉄道を敷き、熱帯の避暑地として整備した。熱帯とは言え、夜は寒くて、ストーブなしではいられない。泊まったホテルが骨董品で、ストーブが壊れていたので、おいら、震えてましたw 日本人がめったに行かない観光地なんだが、スリランカに行くんだったら是非。このあたり、素晴らしい紅茶の穫れるところです。ご覧のように、手摘みです。イギリス人はインドからタミル人を連れて来て、紅茶農園の労働者として使役した。いまでもタミル人の仕事です。強い陽射しをやわらげるために、背の高い樹をあちこちに植えてある。ヌワラエリヤの名物は競馬場での、年に一度だけのレースだそうで、そのレースに出すためのポニーが、普段は観光客を乗せて、茶畑の中を散策してますw 可哀そうみたいだが、おいらも乗ったw

熱帯では、標高2000メートルでもお茶が作れる。スリランカでも、平地のお茶はランクが下る。やはり高いところのお茶が高級品です。現地の農園主は、「イギリス人が去ってから樹を植え替えてないので、老化して、収量が増えない」というんだが、確かに「収量」でいえばそうだろう。ただ、お茶の場合、老木の方が収量は少ないが、ミネラル分の多い、良質の葉が穫れる。ヌワラエリヤの茶樹は、どれも盆栽のように捻くれた幹をしていて、風格がある。あの老木だからこそ、ヌワラエリヤの、あの美味しい紅茶が穫れるわけです。
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お茶の歴史
紅茶か日本茶か中国茶に偏りがちな「茶の世界史」を初めて詳細に網羅した待望の決定版。東南アジアの茶の起源から現代まで、日本茶を含めて、100以上の図版とともに茶の発達史を読む。
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スリランカは、紅茶の産地としては後発です。最初はコーヒーの産地だったんだが、病気で全滅してしまい、その後、紅茶に切り替えた。商売の上手なリプトンさんが投資して、今の地位がある。量産の安くて美味しい紅茶の産地です。

肥料を与えると、味が悪くなる

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良いお茶を育てる、理想的な環境というのはどういう物か? よく言われるのは、「寒暖差が大きく、霧が深いところ」だというんだが、それは単なる気象条件であって、そういう意味では深山幽谷という事になるんだが、そういえばお茶の樹というのはその原産地は雲南の山の中です。

HOJOで紹介する雲南蒸製緑茶と雲南春尖緑茶は臨滄の奥地、ミャンマーとの国境付近、2000-2300m付近の茶園産のお茶から作られました。通常、臨滄の山奥へ入ると、優れた原料茶葉は豊富にあるのですが、反面、プーアル生茶と紅茶以外のお茶の生産が出来る人がほとんどおりません。プーアル生茶の腕の良い生産者を探索する過程で、非常に腕の良い生産者を見つけました。この生産者は少数民族の村の中に立地しており、完全自然栽培で作られたお茶のみを用いてお茶作りを行っておりました。このため、お茶の後味が従来の緑茶の常識を覆すほど深く、飲み込むと喉に染み入るような強いコクが感じられます。

熱帯の高地というのは、霜が降りるほどは寒くならず、平地のように灼かれるような暑さもなく、人類にとっても天国のような環境です。そして、この雲南省からミャンマー、タイ北部あたりというのは、「お茶」「コメ」「みかん」の原産地でもある。静岡人にとっては、故郷のような土地だ。

肥料や農薬を与えず、自然な状態で育てるとお茶の木が窒素不足になり、葉がバナナの皮のように黄色くなります。このようなお茶は、人が手を貸さなくても、自分の力で生き、また、お茶の木は人間の手による過保護な状態ではなく生体系の一部として機能しております。この様に変化し茶園をよく観察すると、生き物が豊富に見られます。にもかかわらずは消毒も何もしなくてもお茶の木は病気にもかかりにくく、また、虫にも食われないと言います。厳しい環境下に置かれたお茶の木は根が深くまでしっかりと達し、ゆっくりと成長します。その結果、茶葉を構成する細胞は非常に小さく、細胞の数が高密度になります。また、時間をかけてゆっくりと成長したお茶は、健康体ゆえにポリフェノールとミネラルを豊富に含み、ゆえに非常にコクがあり、後味の甘い、とろりとしたお茶になります。

北条さんというのは、クアラルンプールでお茶屋さんをやってる人で、自分が探し歩いたお茶を売ってます。高いです。何故高いのかというと、この人ならではのコダワリがあって、無農薬、無施肥、限りなく自然に近い、自然栽培茶ばかりを扱っている。「肥料を与えると、味が悪くなる」という信念があって、このお茶もその典型です。リンク先で写真を見てもらうと判るんだが、そもそも「茶畑」ではない。単なるジャングルw その中に、まばらに生えている栄養不足の茶樹から、季節になると新芽を摘んで製茶をする。現地では昔からプーアル茶を作っていたんだが、このお茶はそうした野生に近い素材から、釜炒り緑茶を作ったもの。日本は蒸し製茶なんだが、西日本には釜炒り緑茶もあり、中国では釜炒り緑茶ばかりです。ごく一般的な緑茶の製造法で、この、茶樹発祥の地のお茶がどうなるのか?

最初に感じたのは、「懐かしさ」です。懐かしい、日本のお茶の味がする。山のお茶です。それも最近の主流である、旨み重視の深蒸しヤブキタではなく、在来種の苦いお茶。しかもコクが深い。実は、「旨み」というのは窒素肥料を大量に与えれば、カンタンに作れる。最近では窒素肥料どころか、アミノ酸を畑に撒くw 味の素漬けで育てば、茶葉もその味になる。それが「美味しい」と信じ込まされた消費者は、「出汁みたいに旨みが」と叫ぶ。オマエら、出汁飲んでろw まぁ、このお茶は、お茶の「原点」ではあるものの、今の時代に量産も出来ず、価格も高く、むしろ贅沢の極み、みたいな物なんだが、こういうお茶を飲むと、おいらとしては、自分の目指している方向が見えてくるので、楽しくなっちゃいますw

サンプルが届いた

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薪炒り番茶株式会社の薪炒り番茶、やっと製品が完成です。最初のロットが出来て、そのサンプルが届いた。以前、ここの読者の皆さまにも試作品をテストしていただいたんだが、改良点としては、「粉が出ないように粉砕を加減した」というところ。その分、抽出は遅れるので、ゆっくり時間をかけて飲んで下さい。ティーバッグの中身は3gです。時間をかければ300mlの美味しい番茶が作れます。普通のコーヒーカップの容量が150mlなので、二杯分。大きめのマグカップで大盛り一杯分。緑茶のティーバッグと違って、お湯に漬けっぱなしでも苦くならない。日本人が1000年間飲み続けてきた庶民のお茶、番茶の真髄です。



特に今回は、会社も製品もスタート、という事で、とびっきり良い素材を使いました。標高の高い山の、10年以上放置された自然栽培の茶葉が原料です。大地のエネルギーを、時間をかけてタップリ吸い込んだ、コクの深いお茶です。もうすぐ発売です。

南アルプスの美味しいお茶

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以前、ティーバッグ詰め工場に発注していた「南アルプスの美味しいお茶」です。完成しました。我々には理想とする茶樹というのがありまして、「在来種」「実生」「標高600メートル以上」「無農薬」「無施肥」です。このお茶は、その条件にパーフェクトではない。わずかに肥料をやっているものの、年に一度しか収穫しない、贅沢極まりないお茶です。標高が高いので、新茶のシーズンに間に合わず、新茶偏重の日本の茶業界では冷遇されてきたお茶なんだが、我々が求めている理想のお茶に、もっとも近いところにある。静岡市の山中、南アルプスの裾野にある、ずしゃだちという土地で獲れました。比較的浅蒸しの仕上げで、2.7gと多めに入ってます。沸騰したままの熱湯で淹れてよく振ると、苦味の効いた昔懐かしい日本茶です。ぬるめのお湯で淹れると、旨みと苦味のバランスが取れた、これこそ本物の日本茶です。
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一杯の紅茶の世界史 (文春新書)
かつてヨーロッパ人にとって中国の不思議な飲み物は、神秘の薬・王侯貴族のステイタスであった。英国人はやがてその茶に二つの種類があることを知る。一つは緑茶、一つはもっと深い色で、見も知らぬ南国のフルーツの香りがした。この茶を求めて、英国は国家経済を揺るがせ、戦争を起こし、ついには世界をまたぐ帝国を築いてゆく...。紅茶誕生の数奇なドラマと、その影の知られざるアジアの真実を追って各地に取材した、紅茶ファン必読の一冊。
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今の緑茶業界は「旨み偏重」とよく言われるんだが、窒素肥料どころか、アミノ酸肥料を大量に施肥して、出汁みたいに「旨み」の強いお茶を作っているわけです。畑に味の素撒いて、美味しいお茶になるのかよ、と思うんだが、それが現実。もうね、だったら最初から味の素、舐めてろw このお茶は、厳しい自然の中、ほとんど天然自然に還った状態で、大地のミネラルを一年間かけてじっくり吸い上げて育った。農薬は使ってません。肥料も最小限です。味の奥行きが違います。静岡のお茶に革命をもたらすための、我々の第一歩です。近日発売ですが、ティーバッグが650個しかない。でも、ほぼ同じ条件のお茶をまだ用意してあるので、これから折りに触れ、少しずつ発売できると思う。

ティーバッグの中身は2g

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トワイニングのオレンジペコ。カップはウェッジウッドなんだが、カップはともかく、リプトンやトワイニングのティーバッグというのが、今の日本では標準的な紅茶のスタイルだろう。一つのティーバッグに2gの茶葉が入っている。薪炒り番茶のティーバッグ、発売が遅れているのは、ティーバッグ屋さんが忙しいからで、何でも「伊藤園の大量注文で忙しい」というんだが、なんで伊藤園はいまごろティーバッグを大量に作っているんだ? 一番茶のシーズンではないので、二番茶、三番茶で作っているのか。まぁ、この時期になると、売れ残った新茶(一番茶)が安く買えるんだろうw 人の弱みにつけ込むような阿漕な商売しないと、カネは儲からない。ちなみに今の静岡県知事は伊藤園が嫌いらしいですw 実は今、牧之原では四番茶のシーズンです。もちろん順番に値が下がる。四番茶はキロ25円。「20円なら捨てる」と生産者は言っていたw 四番茶はリーフで売られるわけではない。主にペットボトル茶の材料になります。キロ25円の茶葉から何本のペットボトルが作られるのか、まぁ、世の中には知らないほうがシアワセな事はいくらでもあるw で、その伊藤園のティーバッグも、2gが標準です。おーいお茶は2g、一番茶100パーセントが売りの高級な「ぞっこん」は1.8g。紅茶でも日本茶でも、ティーバッグの中に入っている茶葉はリーフそのままではない。抽出しやすいように、粉砕してある。豆州楽市で近々売り出す薪炒り番茶は、実は3g入ってます。良心的、なのではなくて、番茶は抽出がしにくいから。もちろん粉砕してあるんだが、それでも2gでは薄くなってしまう。その代わり、時間をかければ二煎行けます。ただいま製造中です。ウチが発売元になって大規模な商売にしたいので、問屋さんを募集中。


T- Backではない

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ティーバッグです。ティーバッグは、TeaのBagです。Packではないし、ましてやT- Backでもないw イギリス人に言わせると、「紅茶の邪道な飲み方はみんな、アメリカで生まれた」と嘆くんだが、ティーバッグもまたアメリカの発明です。1920年代だそうで、もう100年になる。今ではイギリスでも8割がティーバッグ使用だそうで、このティーバッグで市場を制圧したのが、リプトンだ。リプトンというのは1850年生まれの貧しいアイルランド系の少年で、コイツがガキの頃からすばしっこく銭儲けに長けていて、15歳でアメリカに移民したんだが、船を降りた瞬間、ホテルの客引きを捕まえて「客を12人連れてくるからタダで泊まらせろ」と交渉したというから、凄いですw 19歳で帰国したんだが、その頃には既にひと財産作っていたw このリプトンが、スリランカの農園を買収して、今の「紅茶のリプトン」の基礎を作った。茶葉の加工法を工夫して、「すぐに抽出できる」「少量で濃く出る」茶葉を細かく粉砕して製茶する方式にした。特にティーバッグでは、これは有効で、紅茶を上流階級のモノから、世界中の貧乏人までもが楽しめる存在にした恩人ですw イギリスの紅茶のお作法というのは色々とヤカマシイんだが、その底辺をキッチリ支えているのは、今でもリプトンですw ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



一杯の紅茶の世界史 (文春新書)
かつてヨーロッパ人にとって中国の不思議な飲み物は、神秘の薬・王侯貴族のステイタスであった。英国人はやがてその茶に二つの種類があることを知る。一つは緑茶、一つはもっと深い色で、見も知らぬ南国のフルーツの香りがした。この茶を求めて、英国は国家経済を揺るがせ、戦争を起こし、ついには世界をまたぐ帝国を築いてゆく...。紅茶誕生の数奇なドラマと、その影の知られざるアジアの真実を追って各地に取材した、紅茶ファン必読の一冊。
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日本茶ではあまりティーバッグが普及してないんだが、最近では「急須を持ってない」ヒトが増えているわけで、これからは日本茶の高級ティーバッグが面白いのではないかとおいらは考えている。また、豆州楽市で売り出す薪炒り番茶も、リーフだと漢方薬みたいに煎じなきゃならないわけで、ティーバッグが非常に有効だと思う。今、発売に向けて問屋筋と調整しているんだが、やはり需要は圧倒的にティーバッグだそうで。「ペットボトルも欲しい」と言われているんだが、ペットボトルは製造ロットが多くて、しかも貯蔵に場所を取るので、販売ルートがよほどしっかり確立してないと難しい。何万本も在庫抱えたら、倉庫代で倒産しちゃうよw

いつからお茶を飲んでいるか?

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ヒトはいつからお茶を飲んでいるか? という話なんだが、一般的に日本では、「栄西が日本に持ち込んだ」と言われるんだが、栄西以前、平安時代の文献に既に、お茶は出て来る。なので、Wikipediaでも「廃れていた喫茶の習慣を日本に再び伝えた」と書かれている。ところでお茶の文献というと中国には「茶経」があって、西暦760年頃、唐の時代に書かれている。
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茶経 全訳注 (講談社学術文庫)
中国唐代、「茶聖」陸羽によって著された世界最古の茶書『茶経』。茶の起源、製茶法から煮たて方や飲み方、さらに茶についての文献、産地による品質まで、茶に関する知識を実践的かつ科学的に網羅する「茶学の百科全書」を、豊富な図版とともに平易に読み解いてゆく。中国喫茶文化研究の泰斗による四十年余にわたる探究を経て完成した喫茶愛好家必携の一冊。

六 茶の飲み方
翼のあるものは飛び、毛のあるものは走り、口をひらくものは言う。この三者はともに天地の間に生まれ、飲みくいして活きている。飲の時義は遠なるかな。
渇きをとめるには、漿(水)を飲み、憂いと忿りをのぞくには、酒を飲み、眠気をはらいのぞくには、茶を飲む。
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読んでみると色々と面白いんだが、この時代、既にお茶というのが飲料、食料として普及していた中で、趣味性の高い「茶道」の元祖を追求する、とでも言うべき内容です。ちなみに茶経では、「お茶の元祖は炎帝神農」だと書かれている。炎帝神農というのは、古代中国の伝承に登場する伝説の人物です。つまり、歴史書に残らないほどの昔から、中国ではお茶を利用していた、という事だ。じゃあ、日本ではどうなのか? 文化人類学者の考え方としては、「栄西が持ち込んだのは、その当時の中国での、喫茶のスタイル」という見方です。今でも西日本では、山茶と呼ばれる野生の茶樹が多くて、「焼畑をすると、まっ先に生えてくるのがお茶の樹」だそうです。なので、確かに栄西は茶の種子と喫茶の作法、製茶技術などを持ち帰ったんだが、それ以前から日本には茶樹は存在し、中国の作法には囚われない形での、使用法があったのではないか? という仮説です。まぁ、考古学が進化して、花粉の分析などで証拠が出てくるかも知れないが、それまでは、あくまでも仮説。判らない事は判らないとしか言いようがない。

写真は、中国の大雪山の野生茶です。中国雲南省臨滄というところです。釜で炒って、軽く揉んである。ごく原始的な製法で、雲南省の山の民は、春になるとこの野生の茶の芽を摘んで、自家製のお茶を作り、飲んでいた。20年前までは、中国国内でも、ほとんど知られてなかったというんだが、お茶の原産地と呼ばれる土地では、いつとは知れぬ昔から今に至るまで、そういう使い方をしている。歴史書に書かれなかった事は、「なかった」わけではない。我々が知らないだけです。



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さて、今週は売り出せるのか? 豆州楽市が一年間かけて開発して来た薪炒り番茶です。マクロビオティック業界では「三年番茶」として知られているんだが、耕作放棄された伸び放題の茶畑から、しっかり成長した枝葉を採ってきて、薪火の遠赤外線でしっかりと火を通す。それを半年寝かせて、再度の火入れ。手仕事が多く、専門の機械もないので、手探りでの作業です。これは標高700メートル、ずしゃだちの茶です。やぶきたではなく、在来種の樹齢も古い茶樹です。





ご覧になって判るように、揉んでない。葉の形がそのまま残ってます。写真は約10g。これで約1000mlのお茶が淹れられる。コツは、「煮出す」という事。熱湯で徹底的に抽出しても、苦くならない。長時間の焙煎で、カフェインが飛び、タンニンがポリフェノールに変わる。ティーバッグでは、素材を粉砕して短時間で抽出できるように加工してあるため、面倒な煮込み作業無しで、マグカップにポン。すぐに飲めます。

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番茶と日本人 (歴史文化ライブラリー)
お茶は、日常茶飯事といわれるほど日本人の暮らしに根づいている。かつての庶民の茶=番茶を求めて国内のみならず海外まで行脚し、産地・製法・利用法を比較分析する。列島文化の成立ちを、番茶を通して描く日本文化論。

ここで自家製の釜炒り茶の使い方を見ると、まず飲むためには、朝、囲炉裏にかけた薬缶に一握りの茶を放り込んで一日中煮立てておき、随時湯呑に汲んで飲む。料理に使用する時には、茶袋に入れて十分に煮出し、その液で粥を煮たり振り茶にする。つまり熱湯で煮立てることが前提である。もし、上等の蒸し茶を煮立てたらどうなるか、やたらに渋い茶色の液体になって、とても飲めたものではない。最高級の玉露はせいぜい六〇度くらいの湯で、ゆっくりだすというのが基本である。
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明治になって「上級蒸し製煎茶」が普及するまでは、日本人はこういうお茶を飲んでいた。それだけじゃない。コメや雑穀を入れて煮立て、茶粥にして毎日食べていた。日本人を作って来たのは、「番茶」です。ティーバッグ、もうすぐ完成です。リーフも発売します。おいらが静岡に番茶を取り戻します。

鍋で煮るとはかどる

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豆州楽市の薪炒り番茶なんだが、鍋で煮るとはかどるんだが、後始末が面倒なので、100円ショップで出汁取り用の紙パックを購入して、10gのリーフをぶち込み、熱湯でグラグラと煮立てて冷めるまで放置。おいらは何でもアイスで飲む。まぁ、乱暴といえば乱暴なんだが、実はコレが由緒正しい、日本古来のお茶の淹れ方だという話です。
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番茶と日本人 (歴史文化ライブラリー)
お茶は、日常茶飯事といわれるほど日本人の暮らしに根づいている。かつての庶民の茶=番茶を求めて国内のみならず海外まで行脚し、産地・製法・利用法を比較分析する。列島文化の成立ちを、番茶を通して描く日本文化論。

ここで自家製の釜炒り茶の使い方を見ると、まず飲むためには、朝、囲炉裏にかけた薬缶に一握りの茶を放り込んで一日中煮立てておき、随時湯呑に汲んで飲む。料理に使用する時には、茶袋に入れて十分に煮出し、その液で粥を煮たり振り茶にする。つまり熱湯で煮立てることが前提である。もし、上等の蒸し茶を煮立てたらどうなるか、やたらに渋い茶色の液体になって、とても飲めたものではない。最高級の玉露はせいぜい六〇度くらいの湯で、ゆっくりだすというのが基本である。
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明治維新までの庶民が飲む「お茶」というのは、そういうモノだった。そもそも「急須」が普及したのは意外に新しく、一般家庭では明治に入ってからだそうだ。急須で淹れるためのお茶というのは、「上級蒸し煎茶」と呼ぶのだが、江戸時代に上級蒸し煎茶を作っていたのは宇治など、限られた産地だけだった。それ以外の産地は、全て「番茶」です。釜炒りの物も多かった。シーボルトが幕末に持ち帰った「当時、街で市販されていた高級茶」は、その半分が「釜炒り」「日干し」だった。ところが、釜炒り茶は色が黒く、抽出液も茶色いんですね。鮮やかな黄色や緑色ではない。日干しのお茶は「日向臭い」し、ムシロの上で揉むと藁臭くなる。明治維新で開港し、輸出用に品質向上を図る中で、「日本のお茶」という均一化の中で、日本中のお茶が、「上級蒸し煎茶」の技法に統一されて行く。それでは、上級蒸し煎茶というのはどういうモノなのか? その話はまた別の機会として、「100円ショップの茶袋にリーフを入れて鍋で煮出す」という淹れ方が、実は江戸時代とまったく同じだった、という話です。それとともに、「ティーバッグ」というのも、その延長上に位置しているわけで、「急須で淹れるのがお茶」ではないんです。

聖心女子学院の紅茶

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本物のお嬢様は、普段使いの紅茶も違う。ダージリンとかセイロンウヴァとか、そんなんじゃないです。コレです。「聖心の紅茶ただにしき」ですw 裾野に聖心女子学院があるんだが、そのキャンパスの一角に、茶畑があって、お茶を作っている。なので、聖心関係者はもちろん、生徒や卒業生はみんな、聖心の「不二農園」製のお茶を飲んでます。一般市場には市販されてないんだが、今ではネットでも買えるので、お嬢様気分でいかがでしょうか? ちなみにトラピスト修道院のクッキーを作っているのは、修道女ではなく修道士です。オッサンですw この紅茶は、果たして寄宿舎の女子中学生や女子高生が作っているのかどうか、そのあたりは深く追求しない事にしようw なお、お味なんだが、香りが高くて、旨味のある良い紅茶です。値段の割には良いクオリティです。

さて、番茶の話に戻ります。今の日本人は「家に急須がない」と嘆く人もいるわけだが、それでは急須が一般家庭に普及したのはいつ頃なのか?

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番茶と庶民喫茶史 (日本歴史民俗叢書)
従来、茶文化の研究は「茶の湯」の文化や歴史を指していた。しかし「日常茶飯事」というように、茶は人々の暮らしの中で当たり前の存在である。庶民の茶(番茶)はいかなる製茶法で作られ、利用されてきたのか。茶の木のあるところ日本全国各地はもとより、中国やミャンマーなども現地調査。「食べるお茶」など、お茶の持つ独自の文化を探究する。
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文化人類学ではそういうコトを研究するんだが、上記の書籍によると、急須の元になったのは中国茶で使う茶壺(チャーフー)だそうで、17、8世紀あたりに上流階級から普及し始めて、一般まで普及したのは19世紀末というから、そんなに古い話ではない。各家庭でバラバラに作っていた番茶が、輸出用に上級蒸し煎茶に集約されて行く中で、急須で淹れるというスタイルが普及した。それまではどうしていたのか? 実は「ティーバッグ」なんですw 番茶はあまり揉んでないので、葉が大きいままです。なので、藤や麻で編んだ目の粗い袋に入れて、それを鍋に放り込むだけw その袋を「茶袋」と呼びます。まさにティーバッグそのものw 100円ショップ行くと売ってるよね、大きめのカラのティーバッグみたいなの。出汁引くのに使ったりする。昔のは使い捨てじゃないので、お茶はお茶専用です。お茶は明治開港の立役者で、日本全国が一気に、上級煎茶の製造に走った。更に、紅茶も作ろうというので、明治政府の役人が日本人として初めて、産地ダージリンなどに入って、持ち帰ったのが、聖心女子学院の「ただにしき」で、今は聖心女子学院の茶畑にしか、まとまった量がないらしい。貴重品です。寄宿舎のお嬢さまが作った紅茶だしw

「ガラッ茶」「ヒドリッ茶」

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中村羊一郎という人の書いた本なんだが、著者は元静岡産業大学教授です。番茶研究の専門家。さて、番茶とは何か? 商品としてのお茶ではなく、農家の普段使いとして自家製で作られていたお茶です。庶民のお茶。各地に違った製法があり、千差万別。また歴史的にも時代によって違います。

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番茶と庶民喫茶史 (日本歴史民俗叢書)
従来、茶文化の研究は「茶の湯」の文化や歴史を指していた。しかし「日常茶飯事」というように、茶は人々の暮らしの中で当たり前の存在である。庶民の茶(番茶)はいかなる製茶法で作られ、利用されてきたのか。茶の木のあるところ日本全国各地はもとより、中国やミャンマーなども現地調査。「食べるお茶」など、お茶の持つ独自の文化を探究する。
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静岡県では割と早い時期、明治時代には、輸出用に茶産業が合理化されてしまったので、それまで各地で作られていた多種多様な番茶は消えてしまった。輸出用に均一な品質の製品を作るには、家庭でなく、工場でマニュアルに従って作業をしなければならない。煎茶というのは生葉を収穫したらすぐに製茶する必要があり、小さな工場があちこち、茶畑のあるところならどこにでも作られる。いったん工場が作られると、自宅で製茶をする【番茶】が消えてしまう。製茶の機械化は大正期には完了していたので、わざわざ手間かけて自家用のお茶を手作りしなくなるのだ。ところが、その静岡でも、昔ながらの番茶が最近まで生き残っていた。

静岡県の大井川最上流部に、川を隔てて小河内と田代という二つの集落がある。(ともに静岡市葵区井川)。下流の村々が井川ダム建設によって移転を余儀無くされた中で、この二つの集落は古くからの景観を保っている。このあたりでは、少し前まで、日常のいわゆる飲み茶として、通称「ガラッ茶」とか「ヒドリッ茶」というお茶が作られていた。これは。その製茶の仕方から来た名称である。一番茶の終えた頃、残った新芽や古い葉も一緒に手でこきとり、熱した鍋か釜に入れ、カラカラになるまで箸で掻き回す。この、煎る動作のことを「ヒドル」ということから、ヒドリッ茶という言い方ができ、またガラガラと掻き回すことから、ガラッ茶という呼び方が生まれたと説明されている。

このお茶は、薬罐にいれて煮出すと黄色を通り越した樺色に近い色だが、香ばしくて美味しいといって、先年亡くなる前まで、自分で作って飲んでいた人もいた。

この製法と、これで作られる製品、実は、京番茶や三年番茶とほぼ同じです。ついでに豆州楽市の薪炒り番茶とも同じ。番茶の製法としては、ポピュラーです。ただ、「昔ながらの」というわけでもない。日本の製茶法としては、中世以降、むしろ近世に入っての、割と新しいやり方で、九州や西日本では中国から伝わったというので唐式と呼ばれる。そもそも庶民に「鉄の鍋、釜」が普及したのがそれくらい。それまでは煮炊きをするための「土器」しかなかった。なので、「煎る」のが難しく、「蒸す」方法が主流だった。そして今でも、日本のお茶というのは「蒸す」方法が多く、中国との違いを見せている。



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「お茶を汲む」と言う。「煎茶」と言う。「汲む」というのは、どういう動作を言うのか? 汲むというのは、「液体をすくって取る」動作を言う。けれど、会社のOLは「お茶汲み」と揶揄されるんだが、鍋からお玉でお茶をすくって茶碗に注いでるわけじゃないですね。それなのに何故、「お茶を汲む」と言うのか。また、「煎茶」なんだが、今のお茶は煎じて淹れるわけじゃない。急須の中でほどよく抽出されたモノを、茶碗に注ぎます。こうした言葉から、かつての【お茶】というのがどういうシロモノだったのか、推測できる、という話です。

さて、番茶です。上級の煎茶というのは、春になって出てきた新芽を摘んで作る。一方で庶民が飲んでいたのは番茶。こちらは新芽ではなく、育った葉から作る。蒸して発酵を止め、乾燥させて保存する。番茶には急須なんか使いません。そもそも急須が出現するのは17世紀で、歴史的にはそんなに古くない。急須のない時代から、人はお茶を飲んでいた。日本の庶民がいつ頃からお茶を飲んでいたのか、歴史的にはほとんど判ってない。どうも、弥生時代には間違いなくあったらしい。縄文時代にあったという証拠はないんだが、茶樹というのは「焼畑農業」と密接な関係があるのだそうで、縄文末期には、既に日本に入っていたかも知れない。まぁ、少なくとも1000年以上は、急須のない状態で飲んでいた。鍋のお湯にひとつかみ番茶を放り込み、グラグラと煮え立たせて「煎じ」、火を止め、茶葉が沈んだら上澄みを「汲んで」茶碗に注ぐ。だから「煎茶」であり、「お茶を汲む」だった。江戸の街にはあちこちに「お茶屋さん」というのがあって、一杯いくらでお茶を飲ませるんだが、そういう店では、鍋にザルを沈めて茶葉を押さえ、ザルの中のお茶を汲んでいた。だから「お茶汲み」なのだ。茶樹というのは、関東以南だったらどこでも育つので、基本的には「商品」ではない。宇治の抹茶とか玉露のように、都会の貴族という特権階級に売るモノもごく一部あったんだが、基本的には自宅の庭先に生えている茶樹の葉っぱを毟り取って使うだけです。

何故、静岡には番茶がないのか?

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文化人類学、という学問があるんだが、どういう学問なのかというと、文字で記録されてないような庶民の歴史を調べたりするわけです。「歴史」では「日本史」とか「世界史」とかあるんだが、文化人類学では国境を越えて、幅広い文化圏とか、そういうのも研究する。で、お茶の文化人類学的な本を読んで勉強しているところなんだが、それというのも、「何故、静岡には番茶がないか?」というのが疑問だったからだ。

写真は今日撮ってきたんだが、山の茶畑です。耕作放棄の茶畑が背後の左側にチラッと見えてますね。手前は一番茶だけ収穫して、以後は放置されている。秋になると、「台切り」と呼んで、次の一番茶に備えるために高さを揃える。その際に切り取られた葉は、関西圏では「京番茶」と呼ばれる番茶に仕立てられます。京番茶の材料は、玉露や抹茶といった高級茶の台切りした枝葉です。そうした高級茶では、二番茶、三番茶を収穫しないので、台切りではかなりの量の枝葉が穫れる。玉露、抹茶というのは消費量が少なく、ブランド力を維持するためには、あまりたくさん作ってはいけないw なので、新茶しか収穫せず、台切りで出る枝葉は「京番茶」という、まったく別の商品に仕立てる。玉露の二番茶、三番茶なんて多少安くても、だからって売れるもんじゃないので、それが正しい態度ですw

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