番茶の最近の記事

タダよりはまかり申さず候

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秋になると、染み染みと、煎茶が美味しくなって来る。一般的には「新茶、新茶」と、新茶ばかりが尊ばれるんだが、煎茶はひと夏越して、秋くらいの方が味が熟成されて良くなります。今日はオクシズ蛇塚の玉露。萎凋させているので、味わいが奥深いです。和菓子屋で上生和菓子を買って来た。急須は中国製で、蓋がなくならないように紐をつけましたw 中国のスタイルです。

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売茶翁の生涯
本書は、僧臭を脱却して、しかも俗臭に堕ちない禅僧で煎茶の祖とあおがれる売茶翁(一六七五~一七六三)の生涯をまとめた初の伝記(英語版)を年代順に整理し、書きあらためた日本語訳版。
京の東山、東福寺や三十三間堂、聖護院などの景勝地に自在に茶店をもうけ、茶代を飲む者にゆだね茶禅一味の宗風を開き、最後はみずから茶道具を焼却したという売茶翁の生きざまや思想は、伊藤若冲や池大雅ら当代文化人を魅了し、時を超え人びとの魂をゆさぶってやまない。
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さて、売茶翁です。江戸時代の禅僧だったんだが、突然、寺を出て世俗に混じり、お茶を売るようになったw 漢詩をたくさん残したインテリで、大名や金持ち階級のための抹茶道から脱して、誰でも気軽に飲める煎茶をふるまった。お代はいくらでも良し。お気に召すまま。ただし、「タダよりはまかり申さず候」という、そういう人です。

舎那殿前松下開茶店

松下点茶過客新
一銭売与一甌春
諸君莫笑生涯乏
貧不苦人人苦貧

大仏殿の前の松の下で、新たに訪れる客に茶を点じている。
一銭で、春にとれた新茶を一杯売りあたえる。
皆さん、この私の貧乏な人生を笑わないでほしい。
貧しさによって人が苦しむのではなく、貧しいと思い込んで人は苦しむのだ。

「貧、人を苦しめず、人、貧に苦しむ」というのは良い言葉です。この本も外国人の書いた物の翻訳なんだが、売茶翁は日本より海外で評価が高く、ニューヨークの日本茶マニアには良く知られているらしい。なお、年老いて茶道具を担げなくなった売茶翁は、自分の茶道具を燃やしてしまい、余生は頼まれた書を書くなどして過ごしたそうです。利休の使った道具が金持ちの玩具になっているのを知っていたので、後世の人が自分を神格化しないように、だろう。

薪炒り番茶株式会社の近況

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薪炒り番茶株式会社の近況です。敷地の整備を進めています。長年放置されていたためにジャングル化してマムシの棲家となっていた構内を整備して、薪の置き場所を作っています。

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山から伐り出して運んできた薪は、ここで一年間、寝かされる。水分を抜かないと使えません。簡易的な屋根を作り、雨除けにします。

もちろん、釜を置くための工場の建設も進行中。これから急ピッチで建設を進め、年内には稼働を目指します。今週中に銀行口座が出来る予定なので、来週から資本金の振込みが始まります。出資予定の方には、メールを送りますが、申し込み口数の多い順に合計1000万まで受け付けます。具体的な案内は、個々にメールでお送りします。よろしくお願いします。



お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

  1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

薪炒り番茶には紐が付いてない

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豆州楽市の薪炒り番茶、ティーバッグには紐が付いてない。日本茶や紅茶のティーバッグには紐が付いてますね。なんで薪炒り番茶には紐がないのか? 大きめのマグカップにポン!と入れて、熱湯注いで、その抽出具合を観察してみると、5分くらいで7、8割、10分で9割といった感じで次第に濃くなって行く。緑茶、紅茶の場合、そこでティーバッグを取り出さないと、「苦く」なります。最後に苦味がドッと出て来る。ところが薪炒り番茶には苦味の原因となるカフェインが少ないために、そのまま放置しておいても苦味が出ないんですね。「茶葉を取り出さなくて良い」というのが、薪炒り番茶の大きな特徴です。なので、マグカップに入れっぱなしで、飲んだ再びお湯を注げば、二、三回まで飲めます。

お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

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紅茶のクレオソート漬けが今のラプサンスーチョンだという話は前回書いた通りなんだが、じゃあ、昔の「本物の」ラプサンスーチョンはどうだったのか? 「龍眼のような、あるいは名も知れぬ南国のフルーツのような香り」がした、というので、今のクレオソートとはまったく違う。そこで、お茶のバイヤーである北条さんの出番です。

正山小種と言うお茶は、本来は武夷烏龍茶とならぶ、高価な岩茶です。それもそのはず、正山小種の産地である星村の桐木鎮は武夷山の国定公園内にあり、このエリアではほとんどの農家が無農薬栽培を実践しております。
紅茶の代わりに烏龍茶を作ればかなり高い値段で売れるところを敢えて紅茶を作っているだけに、売値もなかなか強気です。
正山小種の正山は、真性のとか、本物のと言う意味を含みます。大量に流通したコピー品と区別するためにこのような名称になったと言われております。

北条さんは自分で産地まで赴いて、現場を見て仕入れる人です。実店舗はクアラルンプールにあるw お茶にウルサイ華僑相手に自分で仕入れた烏龍茶を売っている人なので、そこら辺のお茶屋さんとちょっとレベルが違う。どこの茶葉を扱うにも、現地の茶摘みや製茶の写真が添えられ、作業の工程が丁寧に解説されていて、バイヤーさんならでは、です。この、ラプサンスーチョンの産地は、今では国定公園になっていて、そもそも整備された茶畑が作れない。自然保護区なので、整備をしないまま、自然に近い環境の中、無農薬でお茶が作られている。紅茶ばかりを作ってるわけじゃない。一般的に、もっとも高く売れるのは中国人向けの烏龍茶なので、そもそも紅茶の生産量は少ない。北条さんのサイトで限定して「ラプサンスーチョン」と検索してみると面白いんだが、この人、もう10年間も現地に通って、「本物の」ラプサンスーチョンを探し歩いている。その結果、最近やっと、伝統的製法で作られた、クレオソート臭くない、フルーツ香のラプサンスーチョンが入手できるようになった、という事で、最近はちゃんと売ってますw 2006年当時は、現地の紹介記事ばかりで、品物が入手できなかったらしいw バイヤーというのも大変な商売ですw

さて、本物のラプサンスーチョンなんだが、香りが凄いです。ダージリンのセカンドフラッシュも香りが強いが、それよりもっと強い。つうか、ダージリンの紅茶は、この武夷山の茶樹がルーツで、イギリスのプラントハンターが命懸けで盗んで移植したのだ。そのルーツが今でも生き残っていた。今でもこのお茶を作っている農家は、22代目だそうですw 唐津焼の中里太郎右衛門より古い時代から、作られている。中国人は偽物作りが大好きで、なので、ラプサンスーチョンも偽物ばかり。世の中のラプサンスーチョン、ほぼ100パーセントが偽物です。

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紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入...。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。
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標高が高いのと、値段が高いのと

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紅茶のクレオソート漬けの続きです。正露丸の材料であるクレオソートを作るのとまったく同じ製法で燻される茶葉。それが現在、出廻っているラプサンスーチョンだ、という話を書いたんだが、いや、実は昔はそうじゃなかった、という話もある。恋する中国というサイトに、ラプサンスーチョンの歴史が出ていたので、それを読めば事情がわかります。

桐木でつくられた正山小種は、自生茶特有の香りがあった。それは福建省を中心に採れる龍眼という果物に似ており、柑橘系の淡い香りに、プラムの甘さを加えたような芳香である。そして製茶の際に茶葉の発酵を止め、乾燥させる工程で火入れをする材料に松の木を使用した。その松から発生した煙は茶葉に付着し、出来上がった正山小種は龍眼のフルーツの香りと、ほんのり松で燻煙されたスモーキーな匂いが混じった不思議な紅茶になった。

龍眼はタイにもあって、散々食った。甘くてさっぱした果実です。日本には似たような果物がないので、説明しにくい。このラプサンスーチョンが作られるのは、標高が2000メートルに近い、茶樹の限界の地域です。福建省はウーロン茶の産地として有名なんだが、その中でも、もっとも「高い」お茶の採れるところ。高いというのは、標高が高いのと、値段が高いのと両方w kg何十万円もするお茶もあるw このお茶がイギリスに入って、王族貴族をトリコにした。とはいえ、野生茶のわずかな量しか採れない。とても注文に応えられない。昔からレアな最高級品だったのだ。

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図説 英国紅茶の歴史 (ふくろうの本/世界の文化)
英国王、女王、貴族、そして国民を魅了したティー......。英国紅茶の芳醇な歴 史を旅しよう。英国紅茶350年の歴史を300点を超える図版と共にご紹介。紅茶文化を学ぶ人にとっての決定版ガイドとなるだろう。
ホテルのアフタヌーンティー、こだわりのティーカップ、おいしい紅茶にティーフード、カントリーサイドの素敵なティールーム。トワイニング、フォートナム&メイソン、リッジウェイ、リプトン、ブルックボンドをめぐるエピソード満載。イギリス帝国の発展とともに開花した紅茶文化のすべて!!
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紅茶が作られるのは、武夷山だけではない。中国のあちこちで作られているし、インドでも栽培が始まる。けれど、あの、龍眼の香りはしない。ラプサンスーチョンを飲んで、そのトリコになった二代目グレイ伯爵が、なんとかラプサンスーチョンのような香りを、香りの薄い紅茶に付けようというので考えたのが、「アールグレイ」です。アールグレイはベルガモットで香り付けがされる。ベルガモットというのは地中海で採れる柑橘類です。苦くて実は食べられないし、果汁も使えない。ただ、香りが良いので、香水の材料にもなる。アールグレイはかくして、イギリス製の紅茶として、いまでも愛好されているんだが、

一方、桐木で作る正山小種(ラプサンスーチョン)には、東インド会社を通じ、別の注文が付けられた。それはロンドンの石灰混じりの硬水では、せっかくの龍眼の香りが希薄になる。水色は濃くなるが、味と香りを弱めてしまうのが硬水の特徴だ。そこでもっと強い香りの紅茶を作るよう要求された。
桐木の人たちは、強い香りとは一体なにかと悩んでしまう。龍眼の香りは茶葉そのものの自然の香りでどうすることもできない。ひょっとしたら松の煙の匂いかもしれない。そこで、出来上がった茶葉を水に浸し、もう一度松の煙で燻じた。それはもう龍眼の香りなどせず、ただ強烈にスモーキーな最も個性的な香りになってしまった。

中国人は、こんなインチキな臭い紅茶は飲みません。けれど、ウイスキーや葉巻で燻製臭に耐性のあったイギリス人は、そんなクレオソート正露丸茶でも、大喜びで飲んだ。やがて、ラプサンスーチョンは、貴族階級の間で、「公式な場で」飲まれる紅茶となり、今でも伝えられてるそうですw まぁ、連中もさすがに「美味しい」と思って飲んでいるわけじゃないらしいがw 格式だけはいまでも高いお茶のようだw

で、こういう逸話を知ると、かつての「本物のラプサンスーチョン」を飲んでみたくなるんだが、その当時と同じ製法を伝えているのは武夷山でも何軒もないらしい。皆無ではないw でも、極めて希少なシロモノです。はたしておいらは本物のラプサンスーチョンを手に入れられるのか? その続きは、またいずれw

紅茶のクレオソート漬け

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今日はラプサンスーチョンとミシマカロンです。って、何言ってるのかわかんねーぞ、と言われそうだが、ミシマカロンというのは三島の名物として開発されたララ洋菓子店のマカロン。中にクリームが入ってます。紫芋とワサビと白ごま。ララ洋菓子店は太宰治が愛したカフェが発祥の名店です。ウチの近所なので、しょっちゅう買ってます。ロシアケーキがいいですね。で、ラプサンスーチョンだ。中国語では「正山小種」と書くんだが、ほぼ全量がイギリスに輸出され、紅茶業界ではイギリスのお茶という事になっている。「正山」というのは、武夷山の事。この武夷山にある桐木村というところで作られる紅茶で、「クレオソート臭い」「正露丸臭い」というので知られているw 中国からイギリスに入ったごく初期の紅茶がラプサンスーチョンで、香り高い「お茶」という不思議な飲み物を始めて知ったイギリス人はすぐに夢中になり、お茶欲しさに阿片戦争まで引き起こし、苗や種子を求めてプラントハンターが大冒険を繰り広げ、中国から盗んだ種子を武夷山と気候風土が似たダージリンの地において、栽培に成功する。実に、世界史を動かしたお茶、それがラプサンスーチョン。ところで、ウチの近所で紅茶が買える店というと、柿田川サントムーンにルピシアがあるんだが、ルピシアでラプサンスーチョンを買って来た。ルピシアというのは日本全国に支店がある紅茶の専門店です。ラプサンスーチョンは50gの袋入り560円。

【正山小種】は福建省武夷山のふもと、星村で生産される、松の薪で燻製した紅茶です。ラプサンスーチョンと呼ばれ、独特の燻製香がヨーロッパ人を虜にしています。硬水でいれるとすっきりとした風味になります。

「硬水でいれるとすっきりとした風味」という言葉の持つ意味は大きいw 日本の、良質な軟水で淹れると、「出過ぎ」ですw もうね、淹れる前から正露丸臭プンプンw 熱湯注ぐと、ますますプンプン。飲む前からゴメンナサイしたくなるw 味としては、割と普通の紅茶なんだが、スッキリしたメントールっぽさもある。まぁ、言ってみれば「紅茶の燻製」なので、煙臭いのはアタリマエ。しかも使っているのが松の木なので、クレオソート臭いのも当然。

正露丸の主成分である木(もく)クレオソートは、ブナやマツなどの原木を乾留して得られる木(もく)タールを精製した淡黄色透明の液体です。
医薬品として使用されており、正露丸・セイロガン糖衣Aの主成分として含まれています。日本薬局方(医薬品の規格基準書)には、「クレオソート」として収載されていましたが、「木(もく)クレオソート」に名称変更されました。

正露丸のサイトから転載w 松の木を弱い火でチロチロと燃やすと、精油分が気化して茶葉に染み付く。実は、クレオソートの作り方とまったく同じ製法なので、ラプサンスーチョンというのはいわば、「紅茶のクレオソート漬け」ですw こんな物にイギリス人は夢中になったのか? そんな疑問が浮かぶんだが、その答えについては、「本物の美味しいラプサンスーチョン」を飲んでからにしようw おいらが書くのを待ちきれない、という人は、

現在市場に流通している正山小種(ラプサンスーチョン)の実情
武夷山に今も存在する2つのラプサンスーチョン

を読んで下さい。

茶器を育てる

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茶器を育てる、という話なんだが、白化粧というか、粉引の茶碗は2週間ほど前に窯から出てきた作品なんだが、気に入って毎日使っていたら、茶渋が貫入に染み込んで、こんな模様になって来た。後ろに写っている菓子皿はあまり使ってないので、ツルッと綺麗なままです。粉引の白化粧というのは、半生の生地の状態で、溶かした白い泥に漬けて表面にまとわせるんだが、生地の陶土と一体化しているので、そこにはヒビ割れは出来ない。素焼きしてから施釉するんだが、釉薬というのはガラス質で、陶土とは伸縮率が違う。なので、たくさんのヒビ割れが出来る。それが「陶器」というモノです。100均で売ってるようなヤツは、陶器ではない、磁器。磁器はボディもガラス質なので、ヒビ割れは出来ない。一体化している。この、茶渋が染み込んで黒くなったヒビ割れ、もちろんハイターに漬けたりして真っ白にする事も可能なんだが、それでは茶器の意味がないw つうか、抹茶茶碗などはそもそも「洗わない」ですw 拭くだけw なので、古い、由緒ある茶碗はみんな真っ黒ですw おいらは茶人ではないので、この茶碗は普通に洗っている。洗剤は使わないが。この工程を理解すると、偽物の骨董品を作るのにも応用できるw 骨董屋は、キレイ過ぎる陶器は、お茶の出し殻で煮るw 貫入のヒビ割れが見事に真っ黒になって、時代が付くw 陶芸家の中には、墨汁で煮る人もいます。陶器というのはどれでもこのヒビ割れを持っているので、インチキ骨董屋は毎日せっせと安物陶器を煮てますw でも、100均の磁器はいくら煮ても、貫入の模様は出て来ませんので、念のためw

ロイヤルミルクティー

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11月2日は「タイツの日」だそうで、Twitterにやたらパンストやタイツの画像が流れてくるんだが、60デニールが最強だとか、マニアがウルサイんだが、ところで1日は「紅茶の日」だった。ロシアに漂流して流れ着いた大黒屋光太夫という人が、女帝エカテリーナ二世に謁見し、紅茶を飲んだ日だそうで、1791年の11月1日だそうです。ロシアでは紅茶にジャム入れて飲むね。イギリスでは砂糖とミルクを入れる。今日はヌワラエリヤでロイヤルミルクティーを淹れました。茶葉に少しの熱湯を注いでふやかしておく。牛乳を沸かして、そこに注ぐ。おいら、砂糖は入れない。苦いのは平気だ。ところで、なんで西洋人が砂糖を使うのかというと、紅茶はもともと苦いし、使う茶葉の量が多いから。イギリス人は日本茶や中国茶の標準からすと、倍くらいの量を使うので、そのままでは苦い。紅茶も半分くらいの茶葉で薄めに淹れると、砂糖もミルクもなしで、普通に美味しく飲めます。ミルクティーには、アッサムかスリランカの安いお茶がベストです。

薪炒り番茶のリーフタイプです

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コストパフォマンスの良い、薪炒り番茶のリーフです。100均で売られている出汁用のパックに10g詰めて、1000mlの水で30分かけて煮出す。減った分の水は随時、追加。と、これが正式なレシピです。京都では京番茶と呼んで、同じような番茶を朝、大きなヤカンで大量に作り、一日中、水代わりに飲んでいる。薪炒り番茶は漬けっぱなしにしておいても苦味が出ないので、パックは取り出さなくても良い。

DSC00971_300.jpg 近日発売!
<薪炒り番茶リーフ 100g>
土鍋やヤカンなどで煮出して使う、本格的な薪炒り番茶のリーフタイプです。30分間煮出すのが基本ですが、ずっと入れっぱなしにしておいても苦くなりません。茶粥のベースとしても最適です。

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耕作放棄された茶畑です。ここは10年近く、農薬も肥料もやってない。それでも自然に還った茶樹が、大地のエネルギーを吸収して、少しずつ成長している。茶樹の原産地の雲南省には、樹齢数百年という、高さ10メートル以上もある巨木があります。今でも少数民族が春になるとハシゴを使って、新芽を摘んでます。

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今は花の季節です。白い可憐な花が、あちこちに付いている。葉はすべて、充実して固く、枝には来春の新芽を作るための栄養がたくさん蓄えられている。薪炒り番茶は、そんな、充実した葉と、枝まで全てを使って作られます。薪火でていねいに時間をかけて炒る事によって、カフェインを減らし、ミネラルたっぷりの番茶になります。わずかに薪のスモーキーな香りが残り、ホットでもアイスでも、水代わりにグビグビ飲めます。カフェインの多い緑茶は、たくさん飲みすぎると身体が冷えたり、利尿作用でトイレが近くなったりしますが、薪炒り番茶は二度の火入れによってカフェインが減り、、身体に優しい成分になっています。

リモンチェッロのチーズスフレ

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チーズスフレなんだが、通常レモン汁を使うところ、豆州楽市のリモンチェッロを使ってます。どう違うのか? レモン汁は酸っぱい。リモンチェッロは香りだけで、酸味はない。詳しいレシピは知らないんだが、あの伝説のショコラティエが、今週末、常連さんのために作ろうという試作品で、特にウチで通販するために作ったわけではない。でも、これは冷凍できるので、通販も出来ますね。売るかも知れない。先日、3時間で売り切れたリモンチェッロの生チョコは大好評で、特にウチのスタッフは今でもその美味しさを語り草にしてますw さて、リモンチェッロのチーズスフレはどうか? 口に運ぶと、フワッとしたレモンの香りに包まれて、味は、いつもながらの、甘すぎない、素材の味を活かしたトロトロのシアワセです。問題は、6号サイズのホールが、一度に数個しか作れないという事かw ちなみにチーズスフレを発明したのは日本人で、普通のベイクドチーズケーキの生クリームを牛乳に替え、焼かずに湯煎焼きしたもの。英語では「Japanese cheesecake」と呼ばれるらしい。

  1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

ビンテージダージリン

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紅茶の世界で最高峰と呼ばれるのが、ダージリンティーだ。紅茶のシャンパンとも呼ばれる。インドで作られる紅茶のほとんどがアッサム種で、葉が大きい。ところがダージリンで作られているのは、イギリスのプラントハンターが苦労の末、中国から持ち帰った中国種で、葉が小さい。もちろんリプトンでもダージリンは出しているんだが、今回はトワイニング。しかも、「ビンテージ」です。

トワイニング独自の卓越したブレンド技術から生まれた本格リーフ ティー。 ヒマラヤ山麓・ダージリン地方の高地で育まれる特別な紅茶です。収穫時期にこだわって手摘みされた茶葉は、繊細でありながら芳醇なマスカテル フレーバーと上品な渋みを生み出します。ゆったりとした午後や特別なおもてなしに、ぜひストレートでお楽しみください。

アッサムとダージリンの違いは品種だけではない。標高が違う。アッサムはせいぜい1000メートルまでの高原。ダージリンは標高2000メートルです。日本で標高2000メートルといったら、森林限界に近いあたりで、茶樹は育たないが、熱帯では茶樹に理想的な、一年中穏やかな気候になる。ダージリンでは茶の収穫は年に四度。春夏秋冬、それぞれの時期に特徴の違うお茶が収穫される。春のファーストフラッシュ、日本で言う「新茶」が高級で高いのかと思ったら、そうでもないらしいw 人気があるのは、夏摘み茶。成長が良いので、香りが高いというんのだが、ダージリンの場合は「マスカテル」と呼びます。マスカットのような香り、という事だ。イギリス人はお茶に「香り」を求める。正山小種(ラプサンスーチョン)とか、臭いお茶が好きですw トワイニングのリーフ販売ではダージリンは二種類ある。クオリティダージリンが1128円(税込み)で、ビンテージクオリティダージリンが1290円(税込み)。160円しか違わないし、味はともかく、香りがぜんぜん違うので、ここはビンテージを選びたい。つうか、紅茶の最高峰が缶入り100g1290円というのは、また、べらぼうに安いねw 手摘みなのに。トワイニングやリプトンといった大メーカー以外の小さな輸入紅茶で探すと、ダージリンティーは100gで3000円から5000円くらいします。そういうお茶が、トワイニングやリプトンとどれだけ違うのかというと、正直、たいして違わない。老舗の大メーカーは、自前で農園を抱えていて、安く仕入れられるのだ。もちろん、「上を見たらキリがない」んだが、「下には下がある」というのも確かな事で、ティーバッグに使われるお茶とか、ペットボトルに使われるお茶とか、ケニヤの紅茶とか、まぁ、キリがないw 同じトワイニングやリプトンでも、「英国内向け」と「外国向け」では味が違うという説もある。外国向けのトワイニング紅茶は、ポーランドの工場で作られているそうだw 旦那がイギリス人でウルサイので、紅茶はイギリスから並行輸入、なんて話もあるw ちなみに「ティーバッグとリーフでは元の材料から違う」というのも確かな話です。ちなみに、いつもポーランド工場のトワイニング飲んでいる人が、英国製の同種の紅茶を飲んだ感想w

あなたがたはいつもこんなお茶を飲んでるのか
ポーランド人には賞味期限切れた少し古い茶葉を詰め替えたような
日本人には賞味期限切れたティーバッグをバラして低級な茶葉とブレンドしてカサ増ししたみたいな
しかももう一度焙煎掛けたみたいな、香ばしくて紙の味のする茶葉か

このビンテージダージリン、英国製だともっと美味しいのかと思って調べてみたら、そもそもあっちには存在しないようですw

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薪炒り番茶、新発売!

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スーパーで買った「秋田諸越」です。秋田県の名産で、落雁の一種。素朴なお菓子だ。こういうお菓子には、番茶が似合うね。薪炒り番茶です。リーフも近々発売します。リーフは「30分煮出す」です。というのが正式なレシピになるんだが、鍋で30分もグラグラ煮ていると、水が半分になっちゃうし、ガス代かかるし、それでいつもは「ポットに熱湯入れてリーフ入れて30分待つ」という方法でやってます。煮出さなくてもそこそこ抽出できます。もちろん、以前やったみたいにパーコレーター使っても良い。まぁ、そんな面倒しなくても、今の時代には便利なティーバッグという物があるんですけどね。ティーバッグなら熱湯5分で飲めます。その秘密は、粉砕してあるからです。

お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

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<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

ダージリンのほとんどが偽物

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紅茶といえば「ダージリン」というのがもっとも有名なんだが、実はダージリン・ティーの生産量というのは、全紅茶のわずか2パーセント。世の中のダージリンのほとんどが偽物だというんだが、今回はリプトンの「クオリティ・ダージリン」のリーフです。安価なダージリンというジャンルでは、標準的な物だろう。値段は220gで3240円。100gあたり1500円弱なので、日本の普通の「新茶」よりちょっと高いという程度。紅茶は基本的に安いです。もっともダージリンの農園指定でブランド品になると、値段は数倍になる。紅茶でそんな高い値段が付くのはダージリンだけです。なぜ、ダージリンはそんなに貴重なのか? インドでは物凄い量の紅茶が生産されているんだが、その多くが、アッサムです。アッサムは微妙に品種が違い、標高も違う。ダージリンは標高2000メートル。アッサムは500メートル。アッサムはアッサム種で、ダージリンは中国種。アッサムは安価で濃厚なので、インド国内でも大量に消費される。いわゆる「チャイ」というヤツですね。ミルクティー向きです。ダージリンはわざわざ中国産の苗木を苦労して持ち込んで育てた、プラントハンター苦労の結晶です。寒暖の差が激しい高地で、葉の小さい中国種を育てているので、香りの高い品質の良い紅茶になる。ストレートで、お茶そのものの味をシッカリ味わうのが良いだろう。安いリプトンでも、常用としては文句なしです。上を見ればキリがない。下を見たら後がないw いやいやリプトンさんは、紅茶を庶民の手が届く物にしてくれた功労者です。サー・トーマス・リプトンと呼ぶので貴族の偉い人かと思うんだが、貧乏人の出で、苦労して紅茶王になった。リプトン飲んでりゃ間違いないw
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一杯の紅茶の世界史 (文春新書)

かつてヨーロッパ人にとって中国の不思議な飲み物は、神秘の薬・王侯貴族のステイタスであった。英国人はやがてその茶に二つの種類があることを知る。一つは緑茶、一つはもっと深い色で、見も知らぬ南国のフルーツの香りがした。この茶を求めて、英国は国家経済を揺るがせ、戦争を起こし、ついには世界をまたぐ帝国を築いてゆく...。紅茶誕生の数奇なドラマと、その影の知られざるアジアの真実を追って各地に取材した、紅茶ファン必読の一冊。

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この、香り高いダージリン・ティーを飲むために、イギリスは世界中を植民地として荒らしまわった。カップはウエッジウッドだが、これも中国産の陶磁器を必死でコピーして作り上げたもの。イギリスは泥棒で成り上がった国です。

月ヶ瀬の萎凋在来種

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日本の製茶法では、「刈り取った茶葉は一刻も早く蒸して発酵をさせない」というルールで統一されている。なので遠州の製茶工場では、一度に何トンもの茶葉を処理できる機械が並んでいて、持ち込まれた茶葉はその日のうちに蒸され、揉まれ、加工される。最近では深蒸し茶が流行りで、しっかり蒸した茶葉は細かく砕けて、お湯で戻しても原型を留めない。まぁ、紅茶でもそうなんですけどねw CTC製法と言って、顆粒状になるまで細かく砕けているので、ティーバッグではよく出ますw 紅茶では、イギリスですら売上げの9割以上がティーバッグなので、短時間ですぐに成分が抽出される砕かれた茶葉が望ましいのだ。同じ理由で、深蒸し茶でティーバッグを作ると、使いやすい。豆州楽市の夏摘み茶ティーバッグは超深蒸しで、手軽に美味しい緑茶が楽しめます。まぁ、紅茶でも日本茶でも、方向性は二つある。安くて美味しいお茶を大量生産する方向と、質の良い理想的なお茶を追求する方向性と、その二つだ。今の日本茶では、収量の多いヤブキタ種の深蒸し茶で、大量生産を賄っているんだが、それは「日本茶」のひとつの側面でしかない。で、今日のお茶は奈良県月ヶ瀬の萎凋在来種です。

在来種というのは、そういう品種があるわけではない。ヤブキタ種はクローンなので、基本的に全て、同一品種、同じ味です。在来種は一本ずつ、味が違う。それがMIXされて、複雑で奥行きのある微妙な味わいを作るんだが、収量の多いヤブキタ種に押されて、今では生産量の10パーセント以下です。萎凋というのは、収穫した茶葉を24時間くらいかけて微発酵させ、良い香りを引き出す技術です。中国茶では定番の技法なんだが、日本の煎茶では基本的に使われない。昔は今ほど機械化が進んでなかったので、自然に萎凋が行われていたと推測する人もいるんだが、確かに、山のお茶を萎凋させ、ごく浅い蒸しで仕上げると、昔ながらのキリッと苦みの効いた美味しいお茶になる。けれど、大量生産できない。お湯で戻した茶葉は、蒸しが浅いので、原型をとどめている。日本各地で、こうした技法のお茶があり、個性を競っている。大量生産のお茶とは違った、手作りの職人芸のお茶です。まぁ、どう転んでも、大量に作れるわけじゃなし、手間がかかるので値段も高くなるし、ヘタクソが淹れると苦いだけだし、主流にはなり得ないんだが。
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日本茶の「本流」 萎凋の伝統を育む孤高の狭山茶
"萎凋"が生きていた! 旨み系が蔓延する中で、奇跡的に生き残った香りの日本茶、それは<本質茶>の証。孤塁を守ってきた坂東の銘茶が、いま時代の最先端に!

この本で知ったんだが、狭山茶の本場で、萎凋にこだわってそれだけを扱っている問屋さんがいるわけです。このお茶は、その問屋さんが自前で持っている「自然仕立て」の野木園のお茶。リンク先で判るように、人間の背丈ほどまで延びた新芽を、手作業で摘んでいく。そう、手摘みです。これを萎凋させ、浅蒸しで殺青して酵素の働きを止め、揉んで仕上げる。上記の本から。

十一秒で茶葉の完全蒸しができるのであれば、どうして業界は深蒸しなどにこだわるのか。渋みをとるため? 渋みがダメという消費者には、もとより日本茶を飲む資格はないはずだ。日本茶の生命は萎凋香と渋みであり、これらをともに放棄してしまった現在の日本茶に、明るい未来を望むのは筋違いである。チッ素多投による毒々しい茶葉の緑色と、喉を通らない不自然な旨みにしがみついている限り、いくら待っても日本茶の次のステージはやってこない。
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手作りの少量生産だったら、萎凋も出来る。各地で、新しい日本茶を目指して、こうした日本茶を作っている生産者が居ます。

ずしゃだちの最終兵器彼女

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ずしゃだちの最終兵器、彼女たちです。かつては美味しい山のお茶を作って生きてきた集落が、今、絶滅の危機に瀕している。既に、「お茶を作って生計を立てている」という家は一軒もない。作っているのは、自家用と、知人に分けるだけのわずかな量です。多くの茶畑が耕作放棄され、薪炒り番茶の材料になるばかり。いや、それじゃ勿体ないだろ、というので、豆州楽市の新しいプロジェクト。来季はこの娘たちを使って、新茶を摘みます。このあたりでは昔、「茶畑引き回しの上、茶工場張り付け」と言っていたそうで、茶摘みや製茶が手作業だった時代というと、かれこれ100年近く前になるんだが、たしかにずしゃだちには古い茶樹が多い。90歳過ぎのお婆さんが「若い頃にアタシが種を蒔いた」なんていう茶畑がある。タイムカプセルのように、奇跡的に残されている。豆州楽市の薪炒り番茶がよその三年番茶と違うのは、元になる材料が違うから。番茶に使うだけでは勿体ないので、こうした美味しい南アルプスのお茶を使って、新しいプロジェクトを企画中です!

_DSC2193_300.jpg  1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。

微発酵茶

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通販で買った、さして高くない急須なんだが、宜興茶壺(イーシンチャフー)と言います。中国製で、作者の写真付き署名保証書が入っていた。若い女性のようです。宜興というのは上海から無錫を越えたその先。ずいぶん小さい急須なんだが、中国茶や煎茶で使うのはコレくらいです。使った茶葉は狭山の微発酵茶。

埼玉県で生まれた緑茶品種に、半日間の萎凋(いちょう)を施しました。
花のような香りと、すっきり爽やかなのど越し。そして甘みのあるやさしい萎凋香の味わい。
いままでになかった、新しい嗜好の日本茶です。

琥白というんだが、作り方も説明されているんだが、収穫した茶葉を半日間、萎凋させ、その後、揺青(ようせい)揺青というのは、葉を掻き回しして揺らして、傷つける作業。傷から発酵していく。その後、殺青。釜炒りで発酵を止めます。と、ここまでだったら中国茶の白茶や、発酵度の浅い台湾茶に似ているんだが、これは更に揉捻といって、揉んでいる。なので、普通の煎茶のように抽出が早い。さて、味なんだが、普通の煎茶や、玉露みたいに、出汁のような旨みというのではなく、自然な甘みと、ほのかな苦み、渋み。よくバランスが取れて、香りも良い。台湾の上質なお茶のようだ。発酵度の浅いウーロン茶みたいです。うん、こりゃ、美味しいわ。惜しむらくは、値段が高く、生産量がきわめて少ないので、ガブ飲み出来ない事くらいか。このお茶、2014年の世界緑茶コンテストで最高金賞を貰っている。川勝平太から賞状貰っているので、静岡が主宰しているんだろうが、狭山茶なのに立派なもんだ。「いままでになかった新しい嗜好の日本茶です」というんだが、ヤブキタ深蒸し一辺倒の業界に、風穴となるのか。萎凋による微発酵緑茶というのは、コアなマニアの間では、ちょっとしたブームですね。

熊野釜炒り生茶

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静岡ではほとんど番茶は作られていない。明治時代に対米輸出用に、製法が「上級蒸し煎茶」に統一されたからだ。地方の各地に残っていた違う製法のお茶はどんどん淘汰されていった。そもそも、地方のお茶というのは自家消費用で、規格が統一されていなかった。商品じゃないから、それで良かったのだ。その、自家用のお茶が番茶です。これは和歌山で名物になっている「熊野番茶」という伝統的な釜炒り茶で、収穫した新芽を鉄鍋で40分かけて炒り、それを手で揉んで、日光で乾燥させる。天日干しは1日2日といったところです。こちらに工程の様子がありますね。特徴的なのは、「機械を使わない」というところで、鉄鍋も、江戸時代からどこの農家にもあった、ありあわせだ。上級蒸し煎茶も、手で作れないわけではないが、高度な技術が必要となる。番茶は、高度な手揉み技術ではなく、農家の爺婆が力づくで竹ザルの上で押して揉むだけのようだ。機械で揉むほどにはシッカリ揉まれていないので、こういうお茶は抽出に時間がかかる。販売者のサイトを見ると、「一番茶を使用し、2~3日間かけて丁寧に作られた香味は、乾草のような懐かしい香りと、すっきりとした味が何煎も続きます。」とあるんだが、中国茶にもよくある「何煎も」という言葉は、揉みが浅くて、葉が原型をとどめている物の特徴です。そういう作り方をした番茶は、だから、「煮出す」というのが正しい淹れ方。急須で冷ましたお湯で、という、煎茶のやり方ではうまく淹れられない。コレはパーコレーター10分で淹れました。販売者の言う「乾草のような懐かしい香り」というのは、天日干しに特徴的な匂いで、明治時代の輸出用としては嫌われ、炭を熱源に使って工場で匂いがつかないように乾燥させるようになった。そんなわけで、このお茶は極めて原始的な、昔のスタイルのままのお茶です。「熊野釜炒り生茶」というんだが、通常はこのお茶を更に焙じ茶にして飲むらしい。焙じ茶にすると、香ばしさが立って天日干し臭も薄れるので、より、飲みやすくなる。このままだと、プーアル生茶とか、白牡丹系の白茶みたいな、マニアックなお茶ですw もっと熟成させると味が良くなるかも知れないので、試しにサウナに入れておこうw

ただいま発売しました!

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お待たせしました! 今年の薪炒り番茶がやっと発売です。ナイショなんだが、今回の初期ロットは、標高750メートル、ずしゃだちのお茶が原材料で、南アルプスの麓、シカよりもカモシカの方が多いという深山です。寒暖の差が激しく、厳しい環境で、自然に育った茶樹を丁寧な二度炒りで飲みやすい番茶に仕立てました。カフェインが少ないので、乳幼児、妊婦さん、病人などにも安心安全。ガブ飲みに最適です。ホットでもアイスでも可。なお、アイスの場合は、熱いお湯で濃い目に淹れてから、冷蔵庫で冷やして下さい。水出しは出来ません。

_DSC2193_300.jpg  1100円(税・送料込み)
<豆州楽市 薪炒り番茶ティーバッグ 3g x10pc ×3> 

自然食品業界では三年番茶と呼ばれ、定番のお茶です。豆州楽市の薪炒り番茶は、標高600メートルから1000メートルという山岳地帯限定生産の茶の樹を使用しています。10年以上も放置され、農薬も肥料もナシで自然に還った自然栽培茶。茶の樹の旨味が存分に味わえます。苦味がなく、優しい味ですが、ミネラルが濃く、ボディが強くてしっかりしています。



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パーコレーターで薪炒り番茶を淹れてみた。薪炒り番茶、ティーバッグが完成し、ただいま袋詰作業中です。二、三日うちには売り出しできると思う。そちらはティーバッグなので、こんな面倒な作業は要らないんだが、リーフだと「30分煮出す」という作業が必要になってくる。鍋で煮出すと、どんどん蒸発して量が半分になっちゃいますね。パーコレーターなら、蒸散量が少なそうだ。バスケットに茶葉をセットし、バスケットの蓋をしてお湯が沸くと、ご覧のように勢い良く、お湯が飛び出す。

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パーコレーターの蓋をセットすると、お湯が飛び散らない。抽出加減は透明なツマミ部分で確認できます。10分間このボコボコを続け、しばらく休んで、更に10分。完成したら湯量が700mlまで減ってしまった。その分、水を足して1000mlに戻す。これが鍋だと半分以下まで湯量が減ります。

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鍋で30分煮出したより濃いくらいの良い色になりました。味も文句なし。これからリーフの薪炒り番茶はパーコレーターだな。なお、3人用の小さなパーコレーターだと、ヤフオクで2300円くらいで買えます。最近のヤツはステンレス製で、丈夫に作られているようです。
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紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入...。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。
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清朝末期には、阿片戦争で負けたために中国は皇帝の権威が衰え、各地で叛乱が起きていた。そんな中、勝手に農民を拉致し、奴隷としてイギリス人に売り飛ばす行為が頻発。奴隷たちは上海からマレー半島に、あるいはアメリカに送られ、イギリス植民地の開拓に従事した。激しい労働や熱帯のマラリアで、ほとんどが死にました。生き残った中国人が、今でも東南アジアやアメリカにいる華僑たちだ。その当時、中国が誇った最大の輸出品がお茶だったんだが、それもイギリス人のプラントハンターの手によって盗まれる。「史上最大の産業スパイ」と言われてますw 中国から盗まれたお茶は、ダージリンで育てられ、「紅茶のシャンパン」などと呼ばれる最高級品になるんだが、そういう歴史を経ているので、今でも中国人は欧米人を決して、許していないと思うw

パーコレーターでお茶沸かす

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パーコレーターです。カウボーイが焚火でコーヒー淹れるための道具です。コレで淹れたコーヒーは美味しくないので有名w 原理としては、お湯が沸騰すると細いパイプを通って勢い良く噴き上げ、手前の丸いヤツからポタポタとアルミの籠に落ち、籠のなかの粗挽き豆からコーヒーが抽出されるという。どのくらい抽出されているのかは、蓋のツマミが透明なので確認しやすい。道具としては良く出来ている。おいらが50年間使ってきたヤツは中身がどっか行っちゃったので、コレはヤフオクで購入した。キャンプ用品として出廻っているので、安く買えます。で、これを眺めているうちに気がついたんだが、「コレでお茶、淹れられないか?」という事だ。

薪炒り番茶は、「30分くらい煮出す」という淹れ方をする。そこまで行かなくても、中国茶の多くは、熱湯で15分くらいかけないと、完全には抽出できない。良いお茶ほどそうです。これをマニアは「煎が効く」と言うんだが、7煎、8煎はアタリマエ、ゆっくり時間を掛けて淹れないと、味がシッカリしない。今の日本の深蒸し茶は、せいぜい2煎くらい。まったく淹れ方が違う。まぁ、小さい急須で、じっくり構えて、時間をかけて楽しむのもいいが、いつもそうしてはいられないので、コイツでボコボコと沸騰させながら熱湯のシャワーを浴びせ続ければ、中国茶の淹れ方としては、そんなに間違ってないのではないか? というわけで、やってみた。10年物のプーアル熟茶。10gをバスケットに入れ、水の量は1000ml。このパーコレーターは7人用という事で、だいたいそれくらいの分量です。急須と違って、お湯が「動く」ので、その分、抽出が早い。沸騰した所で火を弱めて、ボコボコ噴き上げる水色を観察していると、ほどなく良い色になって来たので、適当なところで火からおろす。便利なのは、そのまま水に漬けて冷やせますw ガラスのポットでそんな事をしたら割れてしまう。大雑把な扱いができるのも、アメリカ製品の良いところだw

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紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく
19世紀、中国がひた隠ししてきた茶の製法とタネを入手するため、英国人凄腕プラントハンター/ロバート・フォーチュンが中国奥地に潜入...。アヘン戦争直後の激動の時代を背景に、ミステリアスな紅茶の歴史を描いた、面白さ抜群の歴史ノンフィクション。
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ちょうど今、上記の本を読んでいたんだが、イギリスが紅茶の製法を盗むために中国人の技術者を探していた頃、アメリカの開拓のために、中国人の奴隷を大量に購入して、アメリカで鉄道建設にあたらせてたんですね。中国政府(清朝)は奴隷制を認めてなかったので、表向き、人身売買なんてない、と言い張り、イギリスも奴隷だとは言わず、契約労働者だと言い張っていたんだが、奴隷です。アメリカに中国人が入った歴史は古い。そうした中国人たち、厳しい労働が終わると、こんなパーコレーターで、故郷を偲びながら、中国茶を淹れて飲んでいたのではないか? そう考えると、「パーコレーターで中国茶」というのも、実は、由緒正しい淹れ方なのかも知れない。いや、おいらの勝手な想像なんだがw

砂糖入れて、レモン絞って

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日本には発酵食品が多くて、たとえば醤油も日本酒も納豆も、みんな発酵食品。おいらが社長をやっている七尾たくあんも発酵食品。じゃあ、お茶は? というと、少なくとも現在の煎茶に限っては、発酵食品ではない。ただし、ウーロン茶や紅茶は発酵を利用している。発酵というと「微生物」と来るんだが、お茶の場合は微生物ではなく、茶の葉が自分で持っている酵素による物です。

お茶の発酵に関与する酵素は、ポリフェノール酸化酵素(ポリフェノールオキシダーゼ)と呼ばれます。
この酵素はカテキンをはじめとするポリフェノールを酸化する酵素です。通常、酵素とポリフェノールは別々に存在しますが、切ったり、傷を付けた場合、両者が混ざり発酵が促進されます。
リンゴにや他の植物にも類似の酵素が含まれます。リンゴを切って放置すると茶色くなるのも、バナナの皮をむいて放置しておくと茶色に変色するのも同じ原理です。

ところで発酵と腐敗の違いという話がありまして、どう違うのかというと、「人間の役に立つ現象を発酵と呼ぶ」事になってますw 価値判断の基準は、役に立つか否かw なので、リンゴが茶色くなるのは発酵とは言わない。

発酵茶を作る上で重要なのは、「萎凋を制御することでポリフェノールの酸化をデザインし、理想的な段階になった時点で熱を加えて止める。」ことです。発酵度の高い低いは萎凋を行う時間で調節するのが一般的です。これにより、花のような香り、フルーツの香り、更には乾燥フルーツのような香りまで生み出すことができます。

今では、全ての工程が機械化されて流れ作業なので、収穫された茶葉は、新鮮なまま機械に飲み込まれる。最初に蒸して酵素を殺してしまうので、発酵している時間的余裕がないw けれど昔はそうじゃなかった。昭和の初めまでは、茶摘みも揉むのも手仕事で、時間がかかる。その間に、どんどん発酵が進んでしまうのだ。この、酵素による発酵を「萎凋」と呼ぶのだが、たくさん積み上げて放置しておくと、良い匂いにならず、蒸れた不快な臭いになってしまう。広く、薄く並べて、風通しの良い状態で保たなければならない。萎凋させようとしてしていたわけじゃなくても、腐敗による蒸れ臭を防ぐためにはそれしか手段がなかったのだ。だから、昔の煎茶は、結果として萎凋させた物が多かった。意図的な作業なのかどうかはともかく。

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日本茶の「本流」 萎凋の伝統を育む孤高の狭山茶
"萎凋"が生きていた! 旨み系が蔓延する中で、奇跡的に生き残った香りの日本茶、それは<本質茶>の証。孤塁を守ってきた坂東の銘茶が、いま時代の最先端に!

この本で知ったんだが、狭山茶の本場で、萎凋にこだわってそれだけを扱っている問屋さんがいるわけです。このお茶は、その問屋さんが自前で持っている「自然仕立て」の野木園のお茶。リンク先で判るように、人間の背丈ほどまで延びた新芽を、手作業で摘んでいく。そう、手摘みです。これを萎凋させ、浅蒸しで殺青して酵素の働きを止め、揉んで仕上げる。上記の本から。

十一秒で茶葉の完全蒸しができるのであれば、どうして業界は深蒸しなどにこだわるのか。渋みをとるため? 渋みがダメという消費者には、もとより日本茶を飲む資格はないはずだ。日本茶の生命は萎凋香と渋みであり、これらをともに放棄してしまった現在の日本茶に、明るい未来を望むのは筋違いである。チッ素多投による毒々しい茶葉の緑色と、喉を通らない不自然な旨みにしがみついている限り、いくら待っても日本茶の次のステージはやってこない。
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そんなわけで、本来の煎茶は、わずかとは言え、「発酵」の要素があったわけですね。今では日本茶は「不発酵茶」というのが常識なんだが、昔は必ずしもそうではなかった。

緑茶の場合、熱を加えることで酵素を失活させます。
酵素が失活しているため、それ以上酵素が関与する酸化は起こりません。
但し、酵素が失活した後も酵素が関与しない酸化は起こります。例えば、深蒸し茶の場合、過度に熱を加えることでポリフェノールの酸化を促進します。
概して質の低いお茶が原料として用いられることの多い深蒸し茶の場合、深く蒸すことで強い個性を形成し、質はさておき個性を売りとしております。
また、同様に日本茶の火入れ工程では、熱を加えることで意図的に酸化を促し、香りを生成させます。質が低い原料ほど火が強く入れられ、個性を高める努力が行われます。

おいらの子供時代、お茶というのは苦い物だった。香り高い物だった。広沢虎造も言っている。「旅ゆけば、駿河国に茶の香り」と。今の主力であるヤブキタ種は、香りが薄い。量はたくさん採れるが、質はそんなに良くない。そんな素材で、いかにして製品としてまとめるか、茶師が苦労してたどりついたのが、深蒸しと、強い火入れだった。でも、それが唯一の正解というわけではない。

さて、狭山の備前屋さんちの「富貴昔」です。昔ながらの、浅蒸し、萎凋24時間というこのお茶を4g。400mlのお湯、約70度で、15分くらいかけて抽出しました。これを自然に冷やして、氷でアイスにして飲む。おいらのいつものスタイルです。ほどよい苦味が快適です。昔、アメリカに輸出されていた日本茶はこういうのではなかったのか? だとすると、「砂糖入れて、レモン絞って、ウォッカで割ってパンチにしていた」というエピソードもうなずける。

自然仕立ての萎凋茶

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今日は「狭山茶」だ。狭山茶というと、大学生の頃、川越の探索でウロウロしていてよく飲んだんだが、白湯みたいに薄くて、味が感じられなかった。静岡がいちはやく深蒸しに切り替える中、まだ浅蒸しだったのだろう。今はどうなのか? ヤブキタの深蒸しというのは日本中で定番になっているんだが、そんな中にも、各地に違った傾向のお茶を目指す人はいる。


日本茶の「本流」 萎凋の伝統を育む孤高の狭山茶
"萎凋"が生きていた! 旨み系が蔓延する中で、奇跡的に生き残った香りの日本茶、それは<本質茶>の証。孤塁を守ってきた坂東の銘茶が、いま時代の最先端に!

この本で知ったんだが、狭山茶の本場で、萎凋にこだわってそれだけを扱っている問屋さんがいるわけです。このお茶は、その問屋さんが自前で持っている「自然仕立て」の野木園のお茶。リンク先で判るように、人間の背丈ほどまで延びた新芽を、手作業で摘んでいく。そう、手摘みです。これを萎凋させ、浅蒸しで殺青して酵素の働きを止め、揉んで仕上げる。上記の本から。

十一秒で茶葉の完全蒸しができるのであれば、どうして業界は深蒸しなどにこだわるのか。渋みをとるため? 渋みがダメという消費者には、もとより日本茶を飲む資格はないはずだ。日本茶の生命は萎凋香と渋みであり、これらをともに放棄してしまった現在の日本茶に、明るい未来を望むのは筋違いである。チッ素多投による毒々しい茶葉の緑色と、喉を通らない不自然な旨みにしがみついている限り、いくら待っても日本茶の次のステージはやってこない。

今回のテイスティングは「富貴昔」というヤツで、最高級の手摘み煎茶だというんだが、包装には「玉露」と表示があったので、玉露でもいいのかも知れない。萎凋させた玉露というと、こないだ書いた水を美味しくしてくれるのが良いお茶 の、本山蛇塚玉露がそうだったんだが、味はやはり似たような傾向で、苦味がしっかり立って、濃厚です。萎凋させた日本茶、どれもボディがシッカリして、良いですね。こういう玉露を飲んでから、安い店売りの玉露を飲むと、確かに味の素を水で溶いて飲んでるみたいな気分になりますw 

日本茶では「萎凋」を行わない、と言われるんだが、はたして昔からそうだったのかというと疑問が残り、最近になって全てが機械化されてスピードアップされ、萎凋が省略されるようになった、という説もある。ちなみに萎凋というのは「大きな竹のザルに茶葉を重なりすぎないように置いて、風通しの良い場所に24時間」というモノで、よく考えれば判るんだが、今の大規模製茶工場では、ひと晩で何トンもの茶葉を処理するわけで、そんなモノを広げて並べられる場所はありませんw 手作業でしか出来ない、効率の悪い作業ですw

パーコレーター

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ステンレスのマグカップは最近買ったモノなんだが、後ろのコメットはおいらが中学生の時に購入した「パーコレーター」です。パーコレーターというのはアメリカ人が焚火で雑にコーヒーを淹れるための道具で、おいらはアメリカ人でもないし、焚火でコーヒー淹れたりもしないので、いつの間にか中身のストレーナーが紛失して、単なるポットになってしまいましたw 実はコレ、アルミ製で軽い。ちょうど1リットル入る。耐熱ガラスのポットはよく割れるが、コレは割れないので、もう半世紀も使ってますw さて、薪炒り番茶です。おいらリーフなんだが、10gを小ぶりの行平鍋で煮立てて、このポットに移す。ガラスと違って、そのまま水に漬けて冷やす事も出来ます。このポット、直火でも平気なので直接火に掛けてもいいんだが、ウチのガス台は大きくて、取っ手が焼けると困るので、直火では使わない事にしている。せっかくのアンティークなのでw 50年使ってきたので、死ぬまで使い続けますw このコメットというメーカー、とっくに死んだかと思ったら、最近まで生き残っていたたらしい。アウトドア用品としては長く、定番だったようです。ちなみにパーコレーターで淹れたコーヒーというのは、

どれほど火力を調整しても、できあがりは香りと酸味 の飛んだやや酸化した味わいになってしまいます。
また、コーヒー粉に降りかかるお湯は時間が経過するほど出来上がりのコーヒーに近付いていくため、粉を通過しても新たに成分を溶かしこむことが難しくなっていきます。
結果として、全体に味も色も薄い、いわゆる「アメリカン」な仕上がりになるのです。
つまりパーコレーターで淹れたコーヒーは、現代の日本人の感覚で言うと「薄いわりに苦いあまりおいしくないコーヒー」と感じられるものになりがちなのです。

という事なので、「本物のアメリカンコーヒー」を味わってみたい方は、是非、一度、これで淹れてみるといいです。本物のアメリカンコーヒーというのは、マズくてこそ、本物だからw その際には、MJBの缶入りが定番ですねw



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良いお茶が採れる条件、というんだが、おいらは生産者ではないので、好き勝手に何でも言えるわけです。「ヤブキタは飽きた。在来種が良い」とか、「やっぱり山のお茶。標高650メートル以上だね」とか。現実には、日本のお茶の95パーセントくらいがヤブキタ種で、ほとんどのお茶が平地で作られている。もっと厳しい条件を付けるなら、「無農薬はアタリマエ。肥料もやるな」「樹齢100年は欲しい」「挿木は根が浅いからミネラル分が少ない。実生に限る」とか、理想とする条件、全てを満たすようなお茶は、多分、日本には存在しませんw 中国にはある。茶樹発祥の地、雲南省の自然栽培茶はそういうお茶です。緑茶ではなく、白茶とかプーアル生茶なんだが、白茶というのは微妙な「萎凋」だけで仕上げる原始的な製茶法です。そういうのもずいぶん飲んでみたんだが、よほどのマニアでないと、「美味しい」とは感じないだろう。そもそも、ほとんど味がしない。理想のお茶とは何か? マニアはこう言う。「水を美味しくしてくれるのが良いお茶」だと。人間、喉の渇きを付けるなら癒やすだけなら、水を飲めば良い。それを、何故、わざわざ手間とカネをかけてお茶にして飲むのか? 水が、一層、美味しくなるからだ。自然のミネラル分が口に甘く、喉越しの余韻が深く感じられ、ついでにカフェインの作用で気分もシャッキリw この、「ミネラル分の甘さ」とか「喉越しの余韻の深さ」というのがポイントなんだが、中国茶の良いヤツとなると、どんなに味がないように見えても、このポイントだけはシッカリ確保している。安いお茶は、どんなに美味しく感じられても、この二つが薄い。

さて、今日のお茶は、静岡の山の中、標高800メートルの地で作られる玉露です。徳川家康御用達のお茶の産地なんだが、本山蛇塚玉露といいます。品種はヤブキタで、肥料も農薬も使っているので、特に珍しいわけではないんだが、珍しいのは、「萎凋」を24時間行っているわけです。萎凋というのは、収穫した茶葉を冷暗所で熟成させる事を言うんだが、今の日本茶業界ではほとんどやらない。可能な限り手早く蒸すというのが常識で、それだけ新鮮な香りを重視するんだが、熟成させた萎凋香というのは評価されない傾向にある。それでも各地に、萎凋にコダワル生産者はいる。花のような香りが立つのだ。おいら的な飲み方としては、通常の玉露のように低温で淹れるのではなく、中国茶みたいに熱湯で淹れちゃうんだが、キリッとした苦味の効いた、美味しい山のお茶として優秀です。

閑人適意の韻事

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出先でお湯だけ貰って、三人分のお茶を淹れました。九州産の安い玉露です。絞り出し急須は100ml。茶葉がお湯を吸って膨らむので、淹れられる量は一人あたり20ml以下です。ずいぶん少ないんだが、ここは夏目漱石の「草枕」だ。

茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃く甘く、湯加減に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落して味わって見るのは閑人適意の韻事である。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭へぽたりと載のせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどへ下るべき液はほとんどない。ただ馥郁たる匂が食道から胃のなかへ沁み渡るのみである。

ところで、この煎茶セットには、玉露なんて洒落たお茶ではなく、山の自然栽培茶の方が似合いそうな気がする。場所も、病院のテーブルじゃなく、どこか戸外の景色の良い場所がいいなw

ドイメーサロンの偽凍頂烏龍茶

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タイにも山はある。ドイメーサロンは標高1600メートル、日本では厳しい気候になるが、熱帯の高地というのは、世界で一番、心地よい場所です。陽射しは強いものの、そんなに暑くならないし、真冬でも滅多に霜も降りない。この街が拓かれたのはそんなに古い話ではない。中国共産党と内戦をしていた国民党、蒋介石率いる本隊が台湾に逃亡した際、オトリとなって逆方向に逃げて、共産党軍をひきつけた連中がいたわけです。負け戦の中でも、もっともやりたくない任務だなw 結局、彼らは中国国内に居場所を失い、国境を越えて山に逃げ込む。ゴールデントライアングルと呼ばれる、ラオス、タイ、ビルマの国境です。阿片を少数民族に栽培させながら、彼らは世代を越えて何十年も逃げ回った。クンサー将軍というのが有名なんだが、クンサーもその一味です。1987年、そんな武装勢力に対して、タイ国王が恩赦を与え、タイ国籍を付与して、定住させる。それで作られたのが、ドイメーサロンの街です。おいらが最初にこの街を訪れたのは、街が作られてからまだ何年も経ってない時期なんだが、ご覧のようにロバが荷を運んでます。自動車が入れるようになったのは1987年以降なので、それまではロバが主な運搬手段だった。下界まで一週間かかったという。そんななので、現金収入を得る手段というのが阿片くらいしかなかったのだ。ドイメーサロンには、「タイ人」は一人も住んでおらず、国民党の残党と、少数民族ばかり。村では普通に阿片を吸ってました。おいらも目撃してますw

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今ではゴールデントライアングルも観光名所なんだが、定住させられた麻薬部隊たちは、仕方ない、阿片以外の収入の途を探るわけです。消費地から遠いので、小麦とか作っても運搬費で赤字になる。そこで選ばれたのが、ウーロン茶です。当時、台湾では凍頂烏龍茶が爆発的にヒットして、大人気だった。一般的にお茶は、「標高が高いほど質が良い」。そこで、台湾からコッソリ苗を持ち込み、ドイメーサロンの頂上に巨大な短波アンテナ塔を建て、栽培法を聞きながら少数民族と共同作業で、広大な茶畑を開墾して行った。おいらが最初に訪れた頃には、まだインターネットもなかったので、短波だけが、彼らの通信手段だったのだ。

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団将軍記念館でクンフー茶の接待。最高級の凍頂烏龍茶です。ちなみにkg1万はしなかったと思う。下界の半値以下。タイではこんなに高いお茶を飲む人はいないので、収穫されたほぼ全量が、台湾に運ばれ、台湾産として売られる。乾燥させたお茶は軽くて高価なので、遠くまで手間かけて運んでも採算が合うのだ。台湾までの運賃はkg数十円くらいだろう。この、タイの凍頂烏龍茶、ほとんど知ってる人がいない話です。外国人観光客は訪れるが、このお茶を飲んで「凍頂烏龍茶だ」と気がつく人は少ないし、それが台湾に運ばれて、倍以上の価格で売られている事を知る人も少ない。ちなみに凍頂烏龍茶の製法は台湾だけの秘密で、いまだに中国本土では作れません。

おいらの煎茶セット

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おいらの煎茶セット。煎茶道なんかやらないが、このセットを籠に入れて持ち運べば、どこででも美味しいお茶が飲める。籠は骨董品です。急須、湯冷まし、そして煎茶椀と、全てが自作です。いつも同じお道具使う事で、安定した味になる。おいら、茶葉の量は必ず、秤で計って使います。100mlに対して、茶葉1g。「お茶が美味しく淹れられない」という人は、まず、使う茶葉の量を必ず秤で計量するところから始めてはどうだろうか。この急須は100mlの容量なんだが、茶葉は4gくらい使って何煎か淹れるという感じになります。茶葉の種類にもよるが、5煎ないしは6煎です。5人で飲むと、一度の配給量はせいぜい10mlちょっと。煎茶の淹れ方というのはそういうもんです。水代わりにガブガブ飲むわけではない。

静岡市の奥地、ずしゃだちから爺婆の自家用茶を横取りして来ました。標高の高い高山の厳しい気候に磨かれた、自然栽培茶です。

ただいま品切れ中。しばらくお待ち下さい。

_DSC2475_300.jpg 税・送料込み 580円
<ずしゃだちの煎茶 ティーバッグ 2.7g×10個>

日本茶ティーバッグというと、安いお茶を使った物が多いんだが、これは違う。標高700メートルの高地で自然栽培に準じた無農薬のお茶です。最高級のお茶を手軽に飲んでいただきたい。そんな想いが、形になりました。小さめの急須で二人分、大きめのマグカップで独り占め、どちらでも楽しめる2.7g入りです。

グレートティーレース

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帆船というと、マニアにもっとも人気なのが、ティークリッパーと呼ばれる「中国茶をイギリスに運ぶ専用船」なんだが、その中でも唯一、「カティーサーク号」だけが現存してます。ただいま改修中で、こないだ火事で燃えたんだが、装飾などは既に外されていたので、燃えたのは数パーセントだそうで、ちゃんと復元されるだろう。帆船最後の時代を華やかに彩った、グレートティーレースを戦った船です。グレートティーレースとは何か? 中国産の新茶をロンドンまで運ぶんだが、阿片戦争の頃までは、東インド会社が中国貿易を独占していたので、「急いで運ぶ」という必要はなかった。独占なので、競争がなかったからだ。それが、自由化され、競争に曝されると、アメリカが高速のクリッパー船を投入し、短時間で新茶を運ぶようになる。

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それから1869年にスエズ運河が開通するまでが、グレートティーレースの期間です。帆船はスエズ運河を通行できなかったので、時代は蒸気船に移行する。それまでの、ほぼいち世代、25年間。毎年、何隻ものティークリッパーが参戦し、10分でも早く港に着いた船が、勝者の栄光と多額のプレミア金額を受けた。ご祝儀相場みたいなもんで、新茶の、しかも一番乗りというのは、高額で取引されたのだ。特に激しかった1866年のグレートティーレースは今でもイギリス人の語り草なんだが、11隻のティークリッパーが参戦し、そのうち3隻が99日間で到着している。東インド会社が独占していた時代には、18ヶ月から24ヶ月かかったというから、時代の進化というのはめざましい。このグレートティーレースはロンドン中を沸き立たせる大イベントだった。船がイギリスに近づくと、その情報が刻々と電信で伝えられ、賭け屋から庶民に至るまで、大騒ぎだw 

さて、阿片戦争が、「イギリスが中国茶を欲しがって、インドの阿片を売り付けて起こした戦争」だというのはよく知られているんだが、アメリカの独立戦争というのも、お茶にかけられた税金がきっかけで、ボストン茶会事件として知られている。この時代、近代史はお茶の貿易とともにあった。何しろ、貿易額のトップが「お茶」だったのだ。何故、西洋人はそんなにお茶を欲しがったのか? それは、ヨーロッパでもアメリカでも、茶樹が育たなかったからです。香辛料もそうだが、自分のところにないから、世界中探しまわって手に入れる。まぁ、今にして思えば。、まだ牧歌的な時代だと言えるだろう。今では、自前で自給自足できるモノまで叩き潰して、海外から輸入させようという時代。日本の食料自給体制は崩壊寸前だ。
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ロマンス・オブ・ティー―緑茶と紅茶の1600年
中国での茶樹発見以来1600年、世界中に広まり各国で独自の喫茶習慣を生み出し、多くの絵画や文学にも描かれてきた緑茶と紅茶。その長い歴史に秘められた、茶にまつわる伝説・逸話・名言・芸術のすべてを詳述する緑茶・紅茶文化の一大データベース。茶文化研究の大家の古典的名著、待望の初邦訳。
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売り切れました!

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売り切れました。茶葉の在庫はもう少しあるので、近々、ティーバッグにして再発売します。

静岡では現在、ティーバッグ屋さんがフル操業だそうで、伊藤園からの大量発注で忙しいらしい。そういやTVでもCMやってたなぁ。なんでいま頃ティーバッグ作っているかというと、今は四番茶まで終わって、安い原材料がある事。一番茶の売れ残りも安く仕入れられる事。その二つですね。伊藤園に限らず、大手メーカーの日本茶ティーバッグは安い茶葉で作られる。業界全体の、暗黙のルールでもあるのかw ところでイギリスでは、ティーバッグの普及率が9割を越えたそうです。あれだけの紅茶にコダワル国でも、その有様。一方、日本ではまだ、「日本茶のティーバッグ」「というのはマイナーな存在で、高級茶はなかなかティーバッグにならない。まだ、ほとんどの家に急須があるのだ。じゃあ何故、豆州楽市ではこのティーバッグを作ったのか? このお茶、標高700メートルという、ずしゃだちで作られたお茶です。ずしゃだちには11軒の家があるんだが、今ではお茶を「商業生産」している家は一軒もない。自宅で飲む分と、知人に配る分しか作らない。農薬は使いません。古い樹が多く、肥料は少しだけです。お茶がよく売れて相場が高かった時代には、山でも商売になったんだが、今は安いので、商売にならない。耕作放棄されて薪炒り番茶の原材料として重宝しているんだが、まだ見捨てられてない茶畑のお茶を飲んでみて驚いた。下界の茶畑と違って、年に一度しか収穫しないので、味が濃い。生産性を考えたら、100g1700円くらいつけたいシロモノなんだが、あまりに量が少ないし、みんなに楽しんで貰いたいし、特に、日本茶の本当の美味しさを知らない若い人にも味わって欲しいし。というわけで、ティーバッグです。他社のティーバッグ2gと違って、2.7gと多めに入ってます。大きめのマグカップ一杯分の、苦み走った本物の煎茶が作れます。



こぶりの急須と湯呑み茶碗なら、二人分。味が良いのはもちろん、使い勝手も良いティーバッグです。限界集落の爺婆が「自分用」に作っているのを横取りして来たので、量がありません。すぐになくなりますw

_DSC2475_300.jpg 税・送料込み 580円
<ずしゃだちの煎茶 ティーバッグ 2.7g×10個>

日本茶ティーバッグというと、安いお茶を使った物が多いんだが、これは違う。標高700メートルの高地で自然栽培に準じた無農薬のお茶です。最高級のお茶を手軽に飲んでいただきたい。そんな想いが、形になりました。小さめの急須で二人分、大きめのマグカップで独り占め、どちらでも楽しめる2.7g入りです。

ヒネクレモノの趣味

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煎茶道というのがありまして、使う急須が握りこぶしくらいに小さい。茶碗はぐい呑ほどのサイズ。これで濃く淹れた煎茶を、何度も味わう。文人墨客の趣味で、それもヒネクレモノの趣味ですw 日本では抹茶道の方がポピュラーで、通常、「茶道」といったら抹茶道だ。ところが、夏目漱石は煎茶マニアだったw

茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃く甘く、湯加減に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落して味わって見るのは閑人適意の韻事である。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭へぽたりと載のせて、清いものが四方へ散れば咽喉のどへ下くだるべき液はほとんどない。ただ馥郁たる匂が食道から胃のなかへ沁み渡るのみである。

名作「草枕」の一節。煎茶趣味というのは漱石の中国好きから来ていて、草枕というのは一種の反戦小説でもある。日本は中国人をバカにして、日清日露と二度の戦争で中国大陸に利権を植え付けようと戦争を繰り返した。もちろん、その後も日中戦争に続くんだが、そうした時代の中、趣味的な世界に沈殿して韜晦するフリをしながらも、漱石は時代をしっかりと見据えている。
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漱石と煎茶 (平凡社新書)
漱石は『草枕』で、いまはほぼ忘れられた風流韻事「煎茶」をみごとに描き出している。
近世文人が愛好した「煎茶」は、日本で独自に発展した茶の湯とは別の茶事で、陸羽以来の中国の茶の正系を色濃く継いでいる。その煎茶の歴史がはぐくんだ精神と漱石の思想は、じつは深く重なり合う。そしてその視角から読みなおすとき、『草枕』は明確な反戦小説であり、漱石が「維新の志士の如き」過激な文学者であることが見えてくる。
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この本を書いたのは、小川流煎茶道の宗家さんなんですねw なかなか面白かったです。夏目漱石は教師を長くやっていたので、立場としては政府の役人です。それでいながら反戦思想を持っているというので、「探偵」に追われていたらしい。探偵というのは、治安維持のためにあちこち探っていた、憲兵みたいなもんだ。江戸時代には、抹茶は武士の嗜みで、それが裕福な町人にまで広がるんだが、京都の貴族などはむしろ煎茶を楽しんでいたという。教養がありながらも不遇の連中が、集まってはグチをこぼし合う、まぁ、カッカッと火照ったオツムを冷やすには、カフェインの豊富な煎茶、という事ですかw

_DSC2475_300.jpg 税・送料込み 580円
<ずしゃだちの煎茶 ティーバッグ 2.7g×10個>
日本茶ティーバッグというと、安いお茶を使った物が多いんだが、これは違う。標高700メートルの高地で自然栽培に準じた無農薬のお茶です。最高級のお茶を手軽に飲んでいただきたい。そんな想いが、形になりました。小さめの急須で二人分、大きめのマグカップで独り占め、どちらでも楽しめる2.7g入りです。近日発売!

ハイグロウンティー

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というわけで、ヌワラエリヤです。リプトンです。普通に楽天でも買える。250gで1836円なので、紅茶としては安い。これでも、スリランカを代表するハイグロウンティーで、ウバ、ディンブラと並んで、三大銘茶の一つです。しかも、その中でもヌワラエリヤがもっとも標高が高い。おいら、スリランカの農園で土産に買ったので病みつきになって、ずっとスリランカからお取り寄せして飲んでましたw ナニも、高いお茶だけが美味しいわけじゃない、世の中には安くて美味しいお茶というのも、いくらでもある。というか、紅茶は基本的に安いです。白人がビジネスを仕切っているので、いまだに植民地収奪ビジネスのまま。ヌワラエリヤの特徴は、「緑茶に似た適度な渋みと、優雅でデリケートな花香」だそうで、ストレートで飲むべし、というんだが、おいらは濃い目に淹れてミルクで割ったり、冷やしてレモン入れたり、何とでも使います。ボディがシッカリしているので、どう使っても美味しい。

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ヌワラエリヤの競馬場専属のポニーw 年に一度だけ、お祭りがあって、レースがある。そのために飼われている。普段は観光客を乗せて散歩してます。

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山で見つけた、「世界一小さなお店」。裏の畑で採れたカシューナッツを売ってます。

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どこにカメラを向けても、にこやかな笑顔が返って来る。カメラを向けると怒る人がいるというのは、不法入国とか、治安の悪い土地です。スリランカでは、イギリスは現地人の生活を破壊しなかった。紅茶は山の傾斜地で作るので、シンハリ人の農業とは競合しなかった。その代わり、イギリスが去ったらスリランカは物凄く貧しい国になってしまった。もっともおいらが行ったのは20年も前なので、今はもう少し発展しているのかも知れないが。

ヌワラエリヤ

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スリランカは言うまでもない、世界一の紅茶生産国なんだが、中でもヌワラエリヤのお茶が好きで、おいら現地をわざわざ訪ねた事がある。延々と続く曲がりくねった山道、おいらの雇ったレンタカーはオールドファッションのベンツで、消耗を恐れてか、運転手がなかなかワイパーを使わないw 霧が深く深く湧いてきて、それが霧雨になっても、手動で時折一回だけシャコン!と動かすだけで、怖かったですw 標高1868メートル。何もない山の中に、突然、リトルイングランドと呼ばれるお伽話のような可愛い街が現れる。植民地時代の建物が多く、競馬場とゴルフ場がある。スリランカを占領したイギリス人は、この山の上まで鉄道を敷き、熱帯の避暑地として整備した。熱帯とは言え、夜は寒くて、ストーブなしではいられない。泊まったホテルが骨董品で、ストーブが壊れていたので、おいら、震えてましたw 日本人がめったに行かない観光地なんだが、スリランカに行くんだったら是非。このあたり、素晴らしい紅茶の穫れるところです。ご覧のように、手摘みです。イギリス人はインドからタミル人を連れて来て、紅茶農園の労働者として使役した。いまでもタミル人の仕事です。強い陽射しをやわらげるために、背の高い樹をあちこちに植えてある。ヌワラエリヤの名物は競馬場での、年に一度だけのレースだそうで、そのレースに出すためのポニーが、普段は観光客を乗せて、茶畑の中を散策してますw 可哀そうみたいだが、おいらも乗ったw

熱帯では、標高2000メートルでもお茶が作れる。スリランカでも、平地のお茶はランクが下る。やはり高いところのお茶が高級品です。現地の農園主は、「イギリス人が去ってから樹を植え替えてないので、老化して、収量が増えない」というんだが、確かに「収量」でいえばそうだろう。ただ、お茶の場合、老木の方が収量は少ないが、ミネラル分の多い、良質の葉が穫れる。ヌワラエリヤの茶樹は、どれも盆栽のように捻くれた幹をしていて、風格がある。あの老木だからこそ、ヌワラエリヤの、あの美味しい紅茶が穫れるわけです。
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お茶の歴史
紅茶か日本茶か中国茶に偏りがちな「茶の世界史」を初めて詳細に網羅した待望の決定版。東南アジアの茶の起源から現代まで、日本茶を含めて、100以上の図版とともに茶の発達史を読む。
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スリランカは、紅茶の産地としては後発です。最初はコーヒーの産地だったんだが、病気で全滅してしまい、その後、紅茶に切り替えた。商売の上手なリプトンさんが投資して、今の地位がある。量産の安くて美味しい紅茶の産地です。

肥料を与えると、味が悪くなる

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良いお茶を育てる、理想的な環境というのはどういう物か? よく言われるのは、「寒暖差が大きく、霧が深いところ」だというんだが、それは単なる気象条件であって、そういう意味では深山幽谷という事になるんだが、そういえばお茶の樹というのはその原産地は雲南の山の中です。

HOJOで紹介する雲南蒸製緑茶と雲南春尖緑茶は臨滄の奥地、ミャンマーとの国境付近、2000-2300m付近の茶園産のお茶から作られました。通常、臨滄の山奥へ入ると、優れた原料茶葉は豊富にあるのですが、反面、プーアル生茶と紅茶以外のお茶の生産が出来る人がほとんどおりません。プーアル生茶の腕の良い生産者を探索する過程で、非常に腕の良い生産者を見つけました。この生産者は少数民族の村の中に立地しており、完全自然栽培で作られたお茶のみを用いてお茶作りを行っておりました。このため、お茶の後味が従来の緑茶の常識を覆すほど深く、飲み込むと喉に染み入るような強いコクが感じられます。

熱帯の高地というのは、霜が降りるほどは寒くならず、平地のように灼かれるような暑さもなく、人類にとっても天国のような環境です。そして、この雲南省からミャンマー、タイ北部あたりというのは、「お茶」「コメ」「みかん」の原産地でもある。静岡人にとっては、故郷のような土地だ。

肥料や農薬を与えず、自然な状態で育てるとお茶の木が窒素不足になり、葉がバナナの皮のように黄色くなります。このようなお茶は、人が手を貸さなくても、自分の力で生き、また、お茶の木は人間の手による過保護な状態ではなく生体系の一部として機能しております。この様に変化し茶園をよく観察すると、生き物が豊富に見られます。にもかかわらずは消毒も何もしなくてもお茶の木は病気にもかかりにくく、また、虫にも食われないと言います。厳しい環境下に置かれたお茶の木は根が深くまでしっかりと達し、ゆっくりと成長します。その結果、茶葉を構成する細胞は非常に小さく、細胞の数が高密度になります。また、時間をかけてゆっくりと成長したお茶は、健康体ゆえにポリフェノールとミネラルを豊富に含み、ゆえに非常にコクがあり、後味の甘い、とろりとしたお茶になります。

北条さんというのは、クアラルンプールでお茶屋さんをやってる人で、自分が探し歩いたお茶を売ってます。高いです。何故高いのかというと、この人ならではのコダワリがあって、無農薬、無施肥、限りなく自然に近い、自然栽培茶ばかりを扱っている。「肥料を与えると、味が悪くなる」という信念があって、このお茶もその典型です。リンク先で写真を見てもらうと判るんだが、そもそも「茶畑」ではない。単なるジャングルw その中に、まばらに生えている栄養不足の茶樹から、季節になると新芽を摘んで製茶をする。現地では昔からプーアル茶を作っていたんだが、このお茶はそうした野生に近い素材から、釜炒り緑茶を作ったもの。日本は蒸し製茶なんだが、西日本には釜炒り緑茶もあり、中国では釜炒り緑茶ばかりです。ごく一般的な緑茶の製造法で、この、茶樹発祥の地のお茶がどうなるのか?

最初に感じたのは、「懐かしさ」です。懐かしい、日本のお茶の味がする。山のお茶です。それも最近の主流である、旨み重視の深蒸しヤブキタではなく、在来種の苦いお茶。しかもコクが深い。実は、「旨み」というのは窒素肥料を大量に与えれば、カンタンに作れる。最近では窒素肥料どころか、アミノ酸を畑に撒くw 味の素漬けで育てば、茶葉もその味になる。それが「美味しい」と信じ込まされた消費者は、「出汁みたいに旨みが」と叫ぶ。オマエら、出汁飲んでろw まぁ、このお茶は、お茶の「原点」ではあるものの、今の時代に量産も出来ず、価格も高く、むしろ贅沢の極み、みたいな物なんだが、こういうお茶を飲むと、おいらとしては、自分の目指している方向が見えてくるので、楽しくなっちゃいますw

サンプルが届いた

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薪炒り番茶株式会社の薪炒り番茶、やっと製品が完成です。最初のロットが出来て、そのサンプルが届いた。以前、ここの読者の皆さまにも試作品をテストしていただいたんだが、改良点としては、「粉が出ないように粉砕を加減した」というところ。その分、抽出は遅れるので、ゆっくり時間をかけて飲んで下さい。ティーバッグの中身は3gです。時間をかければ300mlの美味しい番茶が作れます。普通のコーヒーカップの容量が150mlなので、二杯分。大きめのマグカップで大盛り一杯分。緑茶のティーバッグと違って、お湯に漬けっぱなしでも苦くならない。日本人が1000年間飲み続けてきた庶民のお茶、番茶の真髄です。



特に今回は、会社も製品もスタート、という事で、とびっきり良い素材を使いました。標高の高い山の、10年以上放置された自然栽培の茶葉が原料です。大地のエネルギーを、時間をかけてタップリ吸い込んだ、コクの深いお茶です。もうすぐ発売です。

南アルプスの美味しいお茶

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以前、ティーバッグ詰め工場に発注していた「南アルプスの美味しいお茶」です。完成しました。我々には理想とする茶樹というのがありまして、「在来種」「実生」「標高600メートル以上」「無農薬」「無施肥」です。このお茶は、その条件にパーフェクトではない。わずかに肥料をやっているものの、年に一度しか収穫しない、贅沢極まりないお茶です。標高が高いので、新茶のシーズンに間に合わず、新茶偏重の日本の茶業界では冷遇されてきたお茶なんだが、我々が求めている理想のお茶に、もっとも近いところにある。静岡市の山中、南アルプスの裾野にある、ずしゃだちという土地で獲れました。比較的浅蒸しの仕上げで、2.7gと多めに入ってます。沸騰したままの熱湯で淹れてよく振ると、苦味の効いた昔懐かしい日本茶です。ぬるめのお湯で淹れると、旨みと苦味のバランスが取れた、これこそ本物の日本茶です。
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一杯の紅茶の世界史 (文春新書)
かつてヨーロッパ人にとって中国の不思議な飲み物は、神秘の薬・王侯貴族のステイタスであった。英国人はやがてその茶に二つの種類があることを知る。一つは緑茶、一つはもっと深い色で、見も知らぬ南国のフルーツの香りがした。この茶を求めて、英国は国家経済を揺るがせ、戦争を起こし、ついには世界をまたぐ帝国を築いてゆく...。紅茶誕生の数奇なドラマと、その影の知られざるアジアの真実を追って各地に取材した、紅茶ファン必読の一冊。
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今の緑茶業界は「旨み偏重」とよく言われるんだが、窒素肥料どころか、アミノ酸肥料を大量に施肥して、出汁みたいに「旨み」の強いお茶を作っているわけです。畑に味の素撒いて、美味しいお茶になるのかよ、と思うんだが、それが現実。もうね、だったら最初から味の素、舐めてろw このお茶は、厳しい自然の中、ほとんど天然自然に還った状態で、大地のミネラルを一年間かけてじっくり吸い上げて育った。農薬は使ってません。肥料も最小限です。味の奥行きが違います。静岡のお茶に革命をもたらすための、我々の第一歩です。近日発売ですが、ティーバッグが650個しかない。でも、ほぼ同じ条件のお茶をまだ用意してあるので、これから折りに触れ、少しずつ発売できると思う。

ティーバッグの中身は2g

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トワイニングのオレンジペコ。カップはウェッジウッドなんだが、カップはともかく、リプトンやトワイニングのティーバッグというのが、今の日本では標準的な紅茶のスタイルだろう。一つのティーバッグに2gの茶葉が入っている。薪炒り番茶のティーバッグ、発売が遅れているのは、ティーバッグ屋さんが忙しいからで、何でも「伊藤園の大量注文で忙しい」というんだが、なんで伊藤園はいまごろティーバッグを大量に作っているんだ? 一番茶のシーズンではないので、二番茶、三番茶で作っているのか。まぁ、この時期になると、売れ残った新茶(一番茶)が安く買えるんだろうw 人の弱みにつけ込むような阿漕な商売しないと、カネは儲からない。ちなみに今の静岡県知事は伊藤園が嫌いらしいですw 実は今、牧之原では四番茶のシーズンです。もちろん順番に値が下がる。四番茶はキロ25円。「20円なら捨てる」と生産者は言っていたw 四番茶はリーフで売られるわけではない。主にペットボトル茶の材料になります。キロ25円の茶葉から何本のペットボトルが作られるのか、まぁ、世の中には知らないほうがシアワセな事はいくらでもあるw で、その伊藤園のティーバッグも、2gが標準です。おーいお茶は2g、一番茶100パーセントが売りの高級な「ぞっこん」は1.8g。紅茶でも日本茶でも、ティーバッグの中に入っている茶葉はリーフそのままではない。抽出しやすいように、粉砕してある。豆州楽市で近々売り出す薪炒り番茶は、実は3g入ってます。良心的、なのではなくて、番茶は抽出がしにくいから。もちろん粉砕してあるんだが、それでも2gでは薄くなってしまう。その代わり、時間をかければ二煎行けます。ただいま製造中です。ウチが発売元になって大規模な商売にしたいので、問屋さんを募集中。


T- Backではない

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ティーバッグです。ティーバッグは、TeaのBagです。Packではないし、ましてやT- Backでもないw イギリス人に言わせると、「紅茶の邪道な飲み方はみんな、アメリカで生まれた」と嘆くんだが、ティーバッグもまたアメリカの発明です。1920年代だそうで、もう100年になる。今ではイギリスでも8割がティーバッグ使用だそうで、このティーバッグで市場を制圧したのが、リプトンだ。リプトンというのは1850年生まれの貧しいアイルランド系の少年で、コイツがガキの頃からすばしっこく銭儲けに長けていて、15歳でアメリカに移民したんだが、船を降りた瞬間、ホテルの客引きを捕まえて「客を12人連れてくるからタダで泊まらせろ」と交渉したというから、凄いですw 19歳で帰国したんだが、その頃には既にひと財産作っていたw このリプトンが、スリランカの農園を買収して、今の「紅茶のリプトン」の基礎を作った。茶葉の加工法を工夫して、「すぐに抽出できる」「少量で濃く出る」茶葉を細かく粉砕して製茶する方式にした。特にティーバッグでは、これは有効で、紅茶を上流階級のモノから、世界中の貧乏人までもが楽しめる存在にした恩人ですw イギリスの紅茶のお作法というのは色々とヤカマシイんだが、その底辺をキッチリ支えているのは、今でもリプトンですw ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



一杯の紅茶の世界史 (文春新書)
かつてヨーロッパ人にとって中国の不思議な飲み物は、神秘の薬・王侯貴族のステイタスであった。英国人はやがてその茶に二つの種類があることを知る。一つは緑茶、一つはもっと深い色で、見も知らぬ南国のフルーツの香りがした。この茶を求めて、英国は国家経済を揺るがせ、戦争を起こし、ついには世界をまたぐ帝国を築いてゆく...。紅茶誕生の数奇なドラマと、その影の知られざるアジアの真実を追って各地に取材した、紅茶ファン必読の一冊。
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日本茶ではあまりティーバッグが普及してないんだが、最近では「急須を持ってない」ヒトが増えているわけで、これからは日本茶の高級ティーバッグが面白いのではないかとおいらは考えている。また、豆州楽市で売り出す薪炒り番茶も、リーフだと漢方薬みたいに煎じなきゃならないわけで、ティーバッグが非常に有効だと思う。今、発売に向けて問屋筋と調整しているんだが、やはり需要は圧倒的にティーバッグだそうで。「ペットボトルも欲しい」と言われているんだが、ペットボトルは製造ロットが多くて、しかも貯蔵に場所を取るので、販売ルートがよほどしっかり確立してないと難しい。何万本も在庫抱えたら、倉庫代で倒産しちゃうよw

いつからお茶を飲んでいるか?

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ヒトはいつからお茶を飲んでいるか? という話なんだが、一般的に日本では、「栄西が日本に持ち込んだ」と言われるんだが、栄西以前、平安時代の文献に既に、お茶は出て来る。なので、Wikipediaでも「廃れていた喫茶の習慣を日本に再び伝えた」と書かれている。ところでお茶の文献というと中国には「茶経」があって、西暦760年頃、唐の時代に書かれている。
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茶経 全訳注 (講談社学術文庫)
中国唐代、「茶聖」陸羽によって著された世界最古の茶書『茶経』。茶の起源、製茶法から煮たて方や飲み方、さらに茶についての文献、産地による品質まで、茶に関する知識を実践的かつ科学的に網羅する「茶学の百科全書」を、豊富な図版とともに平易に読み解いてゆく。中国喫茶文化研究の泰斗による四十年余にわたる探究を経て完成した喫茶愛好家必携の一冊。

六 茶の飲み方
翼のあるものは飛び、毛のあるものは走り、口をひらくものは言う。この三者はともに天地の間に生まれ、飲みくいして活きている。飲の時義は遠なるかな。
渇きをとめるには、漿(水)を飲み、憂いと忿りをのぞくには、酒を飲み、眠気をはらいのぞくには、茶を飲む。
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読んでみると色々と面白いんだが、この時代、既にお茶というのが飲料、食料として普及していた中で、趣味性の高い「茶道」の元祖を追求する、とでも言うべき内容です。ちなみに茶経では、「お茶の元祖は炎帝神農」だと書かれている。炎帝神農というのは、古代中国の伝承に登場する伝説の人物です。つまり、歴史書に残らないほどの昔から、中国ではお茶を利用していた、という事だ。じゃあ、日本ではどうなのか? 文化人類学者の考え方としては、「栄西が持ち込んだのは、その当時の中国での、喫茶のスタイル」という見方です。今でも西日本では、山茶と呼ばれる野生の茶樹が多くて、「焼畑をすると、まっ先に生えてくるのがお茶の樹」だそうです。なので、確かに栄西は茶の種子と喫茶の作法、製茶技術などを持ち帰ったんだが、それ以前から日本には茶樹は存在し、中国の作法には囚われない形での、使用法があったのではないか? という仮説です。まぁ、考古学が進化して、花粉の分析などで証拠が出てくるかも知れないが、それまでは、あくまでも仮説。判らない事は判らないとしか言いようがない。

写真は、中国の大雪山の野生茶です。中国雲南省臨滄というところです。釜で炒って、軽く揉んである。ごく原始的な製法で、雲南省の山の民は、春になるとこの野生の茶の芽を摘んで、自家製のお茶を作り、飲んでいた。20年前までは、中国国内でも、ほとんど知られてなかったというんだが、お茶の原産地と呼ばれる土地では、いつとは知れぬ昔から今に至るまで、そういう使い方をしている。歴史書に書かれなかった事は、「なかった」わけではない。我々が知らないだけです。



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さて、今週は売り出せるのか? 豆州楽市が一年間かけて開発して来た薪炒り番茶です。マクロビオティック業界では「三年番茶」として知られているんだが、耕作放棄された伸び放題の茶畑から、しっかり成長した枝葉を採ってきて、薪火の遠赤外線でしっかりと火を通す。それを半年寝かせて、再度の火入れ。手仕事が多く、専門の機械もないので、手探りでの作業です。これは標高700メートル、ずしゃだちの茶です。やぶきたではなく、在来種の樹齢も古い茶樹です。





ご覧になって判るように、揉んでない。葉の形がそのまま残ってます。写真は約10g。これで約1000mlのお茶が淹れられる。コツは、「煮出す」という事。熱湯で徹底的に抽出しても、苦くならない。長時間の焙煎で、カフェインが飛び、タンニンがポリフェノールに変わる。ティーバッグでは、素材を粉砕して短時間で抽出できるように加工してあるため、面倒な煮込み作業無しで、マグカップにポン。すぐに飲めます。

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番茶と日本人 (歴史文化ライブラリー)
お茶は、日常茶飯事といわれるほど日本人の暮らしに根づいている。かつての庶民の茶=番茶を求めて国内のみならず海外まで行脚し、産地・製法・利用法を比較分析する。列島文化の成立ちを、番茶を通して描く日本文化論。

ここで自家製の釜炒り茶の使い方を見ると、まず飲むためには、朝、囲炉裏にかけた薬缶に一握りの茶を放り込んで一日中煮立てておき、随時湯呑に汲んで飲む。料理に使用する時には、茶袋に入れて十分に煮出し、その液で粥を煮たり振り茶にする。つまり熱湯で煮立てることが前提である。もし、上等の蒸し茶を煮立てたらどうなるか、やたらに渋い茶色の液体になって、とても飲めたものではない。最高級の玉露はせいぜい六〇度くらいの湯で、ゆっくりだすというのが基本である。
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明治になって「上級蒸し製煎茶」が普及するまでは、日本人はこういうお茶を飲んでいた。それだけじゃない。コメや雑穀を入れて煮立て、茶粥にして毎日食べていた。日本人を作って来たのは、「番茶」です。ティーバッグ、もうすぐ完成です。リーフも発売します。おいらが静岡に番茶を取り戻します。

鍋で煮るとはかどる

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豆州楽市の薪炒り番茶なんだが、鍋で煮るとはかどるんだが、後始末が面倒なので、100円ショップで出汁取り用の紙パックを購入して、10gのリーフをぶち込み、熱湯でグラグラと煮立てて冷めるまで放置。おいらは何でもアイスで飲む。まぁ、乱暴といえば乱暴なんだが、実はコレが由緒正しい、日本古来のお茶の淹れ方だという話です。
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番茶と日本人 (歴史文化ライブラリー)
お茶は、日常茶飯事といわれるほど日本人の暮らしに根づいている。かつての庶民の茶=番茶を求めて国内のみならず海外まで行脚し、産地・製法・利用法を比較分析する。列島文化の成立ちを、番茶を通して描く日本文化論。

ここで自家製の釜炒り茶の使い方を見ると、まず飲むためには、朝、囲炉裏にかけた薬缶に一握りの茶を放り込んで一日中煮立てておき、随時湯呑に汲んで飲む。料理に使用する時には、茶袋に入れて十分に煮出し、その液で粥を煮たり振り茶にする。つまり熱湯で煮立てることが前提である。もし、上等の蒸し茶を煮立てたらどうなるか、やたらに渋い茶色の液体になって、とても飲めたものではない。最高級の玉露はせいぜい六〇度くらいの湯で、ゆっくりだすというのが基本である。
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明治維新までの庶民が飲む「お茶」というのは、そういうモノだった。そもそも「急須」が普及したのは意外に新しく、一般家庭では明治に入ってからだそうだ。急須で淹れるためのお茶というのは、「上級蒸し煎茶」と呼ぶのだが、江戸時代に上級蒸し煎茶を作っていたのは宇治など、限られた産地だけだった。それ以外の産地は、全て「番茶」です。釜炒りの物も多かった。シーボルトが幕末に持ち帰った「当時、街で市販されていた高級茶」は、その半分が「釜炒り」「日干し」だった。ところが、釜炒り茶は色が黒く、抽出液も茶色いんですね。鮮やかな黄色や緑色ではない。日干しのお茶は「日向臭い」し、ムシロの上で揉むと藁臭くなる。明治維新で開港し、輸出用に品質向上を図る中で、「日本のお茶」という均一化の中で、日本中のお茶が、「上級蒸し煎茶」の技法に統一されて行く。それでは、上級蒸し煎茶というのはどういうモノなのか? その話はまた別の機会として、「100円ショップの茶袋にリーフを入れて鍋で煮出す」という淹れ方が、実は江戸時代とまったく同じだった、という話です。それとともに、「ティーバッグ」というのも、その延長上に位置しているわけで、「急須で淹れるのがお茶」ではないんです。

聖心女子学院の紅茶

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本物のお嬢様は、普段使いの紅茶も違う。ダージリンとかセイロンウヴァとか、そんなんじゃないです。コレです。「聖心の紅茶ただにしき」ですw 裾野に聖心女子学院があるんだが、そのキャンパスの一角に、茶畑があって、お茶を作っている。なので、聖心関係者はもちろん、生徒や卒業生はみんな、聖心の「不二農園」製のお茶を飲んでます。一般市場には市販されてないんだが、今ではネットでも買えるので、お嬢様気分でいかがでしょうか? ちなみにトラピスト修道院のクッキーを作っているのは、修道女ではなく修道士です。オッサンですw この紅茶は、果たして寄宿舎の女子中学生や女子高生が作っているのかどうか、そのあたりは深く追求しない事にしようw なお、お味なんだが、香りが高くて、旨味のある良い紅茶です。値段の割には良いクオリティです。

さて、番茶の話に戻ります。今の日本人は「家に急須がない」と嘆く人もいるわけだが、それでは急須が一般家庭に普及したのはいつ頃なのか?

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番茶と庶民喫茶史 (日本歴史民俗叢書)
従来、茶文化の研究は「茶の湯」の文化や歴史を指していた。しかし「日常茶飯事」というように、茶は人々の暮らしの中で当たり前の存在である。庶民の茶(番茶)はいかなる製茶法で作られ、利用されてきたのか。茶の木のあるところ日本全国各地はもとより、中国やミャンマーなども現地調査。「食べるお茶」など、お茶の持つ独自の文化を探究する。
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文化人類学ではそういうコトを研究するんだが、上記の書籍によると、急須の元になったのは中国茶で使う茶壺(チャーフー)だそうで、17、8世紀あたりに上流階級から普及し始めて、一般まで普及したのは19世紀末というから、そんなに古い話ではない。各家庭でバラバラに作っていた番茶が、輸出用に上級蒸し煎茶に集約されて行く中で、急須で淹れるというスタイルが普及した。それまではどうしていたのか? 実は「ティーバッグ」なんですw 番茶はあまり揉んでないので、葉が大きいままです。なので、藤や麻で編んだ目の粗い袋に入れて、それを鍋に放り込むだけw その袋を「茶袋」と呼びます。まさにティーバッグそのものw 100円ショップ行くと売ってるよね、大きめのカラのティーバッグみたいなの。出汁引くのに使ったりする。昔のは使い捨てじゃないので、お茶はお茶専用です。お茶は明治開港の立役者で、日本全国が一気に、上級煎茶の製造に走った。更に、紅茶も作ろうというので、明治政府の役人が日本人として初めて、産地ダージリンなどに入って、持ち帰ったのが、聖心女子学院の「ただにしき」で、今は聖心女子学院の茶畑にしか、まとまった量がないらしい。貴重品です。寄宿舎のお嬢さまが作った紅茶だしw

「ガラッ茶」「ヒドリッ茶」

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中村羊一郎という人の書いた本なんだが、著者は元静岡産業大学教授です。番茶研究の専門家。さて、番茶とは何か? 商品としてのお茶ではなく、農家の普段使いとして自家製で作られていたお茶です。庶民のお茶。各地に違った製法があり、千差万別。また歴史的にも時代によって違います。

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番茶と庶民喫茶史 (日本歴史民俗叢書)
従来、茶文化の研究は「茶の湯」の文化や歴史を指していた。しかし「日常茶飯事」というように、茶は人々の暮らしの中で当たり前の存在である。庶民の茶(番茶)はいかなる製茶法で作られ、利用されてきたのか。茶の木のあるところ日本全国各地はもとより、中国やミャンマーなども現地調査。「食べるお茶」など、お茶の持つ独自の文化を探究する。
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静岡県では割と早い時期、明治時代には、輸出用に茶産業が合理化されてしまったので、それまで各地で作られていた多種多様な番茶は消えてしまった。輸出用に均一な品質の製品を作るには、家庭でなく、工場でマニュアルに従って作業をしなければならない。煎茶というのは生葉を収穫したらすぐに製茶する必要があり、小さな工場があちこち、茶畑のあるところならどこにでも作られる。いったん工場が作られると、自宅で製茶をする【番茶】が消えてしまう。製茶の機械化は大正期には完了していたので、わざわざ手間かけて自家用のお茶を手作りしなくなるのだ。ところが、その静岡でも、昔ながらの番茶が最近まで生き残っていた。

静岡県の大井川最上流部に、川を隔てて小河内と田代という二つの集落がある。(ともに静岡市葵区井川)。下流の村々が井川ダム建設によって移転を余儀無くされた中で、この二つの集落は古くからの景観を保っている。このあたりでは、少し前まで、日常のいわゆる飲み茶として、通称「ガラッ茶」とか「ヒドリッ茶」というお茶が作られていた。これは。その製茶の仕方から来た名称である。一番茶の終えた頃、残った新芽や古い葉も一緒に手でこきとり、熱した鍋か釜に入れ、カラカラになるまで箸で掻き回す。この、煎る動作のことを「ヒドル」ということから、ヒドリッ茶という言い方ができ、またガラガラと掻き回すことから、ガラッ茶という呼び方が生まれたと説明されている。

このお茶は、薬罐にいれて煮出すと黄色を通り越した樺色に近い色だが、香ばしくて美味しいといって、先年亡くなる前まで、自分で作って飲んでいた人もいた。

この製法と、これで作られる製品、実は、京番茶や三年番茶とほぼ同じです。ついでに豆州楽市の薪炒り番茶とも同じ。番茶の製法としては、ポピュラーです。ただ、「昔ながらの」というわけでもない。日本の製茶法としては、中世以降、むしろ近世に入っての、割と新しいやり方で、九州や西日本では中国から伝わったというので唐式と呼ばれる。そもそも庶民に「鉄の鍋、釜」が普及したのがそれくらい。それまでは煮炊きをするための「土器」しかなかった。なので、「煎る」のが難しく、「蒸す」方法が主流だった。そして今でも、日本のお茶というのは「蒸す」方法が多く、中国との違いを見せている。



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「お茶を汲む」と言う。「煎茶」と言う。「汲む」というのは、どういう動作を言うのか? 汲むというのは、「液体をすくって取る」動作を言う。けれど、会社のOLは「お茶汲み」と揶揄されるんだが、鍋からお玉でお茶をすくって茶碗に注いでるわけじゃないですね。それなのに何故、「お茶を汲む」と言うのか。また、「煎茶」なんだが、今のお茶は煎じて淹れるわけじゃない。急須の中でほどよく抽出されたモノを、茶碗に注ぎます。こうした言葉から、かつての【お茶】というのがどういうシロモノだったのか、推測できる、という話です。

さて、番茶です。上級の煎茶というのは、春になって出てきた新芽を摘んで作る。一方で庶民が飲んでいたのは番茶。こちらは新芽ではなく、育った葉から作る。蒸して発酵を止め、乾燥させて保存する。番茶には急須なんか使いません。そもそも急須が出現するのは17世紀で、歴史的にはそんなに古くない。急須のない時代から、人はお茶を飲んでいた。日本の庶民がいつ頃からお茶を飲んでいたのか、歴史的にはほとんど判ってない。どうも、弥生時代には間違いなくあったらしい。縄文時代にあったという証拠はないんだが、茶樹というのは「焼畑農業」と密接な関係があるのだそうで、縄文末期には、既に日本に入っていたかも知れない。まぁ、少なくとも1000年以上は、急須のない状態で飲んでいた。鍋のお湯にひとつかみ番茶を放り込み、グラグラと煮え立たせて「煎じ」、火を止め、茶葉が沈んだら上澄みを「汲んで」茶碗に注ぐ。だから「煎茶」であり、「お茶を汲む」だった。江戸の街にはあちこちに「お茶屋さん」というのがあって、一杯いくらでお茶を飲ませるんだが、そういう店では、鍋にザルを沈めて茶葉を押さえ、ザルの中のお茶を汲んでいた。だから「お茶汲み」なのだ。茶樹というのは、関東以南だったらどこでも育つので、基本的には「商品」ではない。宇治の抹茶とか玉露のように、都会の貴族という特権階級に売るモノもごく一部あったんだが、基本的には自宅の庭先に生えている茶樹の葉っぱを毟り取って使うだけです。

何故、静岡には番茶がないのか?

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文化人類学、という学問があるんだが、どういう学問なのかというと、文字で記録されてないような庶民の歴史を調べたりするわけです。「歴史」では「日本史」とか「世界史」とかあるんだが、文化人類学では国境を越えて、幅広い文化圏とか、そういうのも研究する。で、お茶の文化人類学的な本を読んで勉強しているところなんだが、それというのも、「何故、静岡には番茶がないか?」というのが疑問だったからだ。

写真は今日撮ってきたんだが、山の茶畑です。耕作放棄の茶畑が背後の左側にチラッと見えてますね。手前は一番茶だけ収穫して、以後は放置されている。秋になると、「台切り」と呼んで、次の一番茶に備えるために高さを揃える。その際に切り取られた葉は、関西圏では「京番茶」と呼ばれる番茶に仕立てられます。京番茶の材料は、玉露や抹茶といった高級茶の台切りした枝葉です。そうした高級茶では、二番茶、三番茶を収穫しないので、台切りではかなりの量の枝葉が穫れる。玉露、抹茶というのは消費量が少なく、ブランド力を維持するためには、あまりたくさん作ってはいけないw なので、新茶しか収穫せず、台切りで出る枝葉は「京番茶」という、まったく別の商品に仕立てる。玉露の二番茶、三番茶なんて多少安くても、だからって売れるもんじゃないので、それが正しい態度ですw

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