ピジョン・ブラッド

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 川本耕次・書き下ろし長編ハードボイルド
  ピジョン・ブラッド

 ・・・それを、仲田はニヤニヤ笑いながら見ている。そう、いつも仲田とおれはつるんで流していた。ヤツがスケコマシ、おれがゴロマキ。ちゃんと分業はうまく行っていた。
 あいつだって、いまさら暴力沙汰に巻き込まれるほどバカじゃないだろうに。
 けどピジョンブラッドって何だ?

 第一章  失踪

 第二章  シンジケート
 第三章  マイケル『正直』ヨン
 第四章  堕天使の都
 第五章  熱帯夜
 第六章  逃 走
 第七章  殺戮のハイウェイ
 第八章  国境の町
 第九章  チャイナ・ホワイト
 第十章  血 笑
 第十一章  五百一人目の、女
 第十二章  日本人横町
 第十三章  どしゃ降りの街角で

1980年代に書いた小説なんだが、書いているうちに版元が倒産してしまったので、刊行されなかった。脱ポルノ小説家の試みはかくて潰えたんだが、取材と称してバンコクに沈殿しているうちにすっかりあの街に馴れてしまったw


 第 一 章  失踪

 黒々と太い縁の、眼鏡。
 いかった肩を大きく震わせて、ワンピースのオカマが『昴』を歌いあげている。陶酔しきった表情が歴然とおれを向いている。
 なんでバレたんだ? 韓国や台湾のツアーの宵っぱりの残党も、ロビーにはたむろしているっていうのに。
 日本人客は早朝の水上マーケット観光にそなえて眠りこけているんだろう、エアコンの冷気が低く澱んだロビーに、おそらく日本人はおれ、一人。
 そばに寄ってきたオカマの笑顔にどこか居心地の悪さを覚えながら、ビールのグラスを口に運んだ。
 氷で割ったクロスター。横浜からの十時間の旅の疲れのせいもあって、身体はほどよくだるい。
 アジア・ホテル、バンコク。
 遊びに来たわけじゃない、事前の予約もしてない。ラウンジでオカマが歌っている、この程度の宿で充分だ。
 何日かかるか、いや、下手をすれば何週間ということにもなりかねない身の上だ。
 ひとりの男が、この街で失踪してしまったのだ。

 ほかの奴だったら、知ったこっちゃない。いくらおれがこの街を多少は知ってるとはいえ、慣れない真似してノコノコ、探偵ごっこしに来る必要はない。
 けど、ガキのころからのダチの仲田だ。放ってはおけない。
 それにしても......と、彼が二週間前によこしたという絵葉書のことを考える。
『明日はバンコクに戻る。最後の仕事が待っ ている』
 言葉のとおりだとすれば、彼はこの街にいるのか。
 ポケットから出した、半折れの絵葉書をテーブルに置いてみた。
 抜けるような青空に、おさだまりのヤシの樹のシルエット。
 仲田はなんでパタヤになんか行ったんだろう。それに、なんで自分の女房に絵葉書なんて出したのか。
 ......いつもは絵葉書どころか電話ひとつしないヒトなのに。だから、かえって心配で。
 頼りになるの、アナタしかいないの。お願い、こんなこと頼めた義理じゃないことはわかってるんだけど......。
 あいつは古い友人だ。
 そして、おれたちは小悪党だった。
 横浜の街で、ありとあらゆる小悪事を働いて育った。
 たいしたことじゃない。
 オンナを世話すると、トロいGIをダマしてドル札を何枚か失敬したり、喧嘩を売って歩いたりだ。
 おれはしがない飲み屋のオヤジ。だが、オンナをコマしまくっていた仲田は、しけたソープ嬢のヒモを皮切りに、出世して宝石屋にまでなった。
 やってることはおんなじだ。女の機嫌をとって金を出させる。
 バンコクやスリランカでルビーやサファイアを仕入れ、それを横浜で売る。
 ......ダイヤは駄目なんだ。ユダヤのシンジケートが価格操作をしているから、利幅が薄くてね。
『色石』の場合、値段というのはあってないようなものらしい。
 彼はバンコクでアクセサリーを作り、日本で売る。三、四倍には売れる。
 まともな結婚をしてダイヤモンドの指輪を貰うことをあきらめた水商売の女にとってはルビーやサファイアは憧れの的だ。
 かくしてスケコマシの不良少年はヒモに出世し、ヒモの青年はめでたく宝石屋のオッサンに出世したというわけだ。
 絵葉書をひっくり返した。
 青いボールペンで書きつけた乱暴な字。そっけない手掛かり。
 こう書いてある。
『パタヤのソーセージはうまい。毎晩、ムエタイを見ながら食っている。が、明日はバンコクに戻る。最後の仕事が待っている。ピジョンブラッドを土産に帰るつもりだ』
 ムエタイ、つまりタイ式ボクシングを見せるバーはパタヤの名物だ。
 殴り、蹴り、血と汗にまみれたアジアの貧乏人をサカナにビールを飲むなんて野蛮な趣味は、どうせベトナム帰休兵相手の商売人の発明に決まってる。
 が、サウス・パタヤにはいまだにそのテの店が何軒も並んでいる。
 まるであの頃みたいに殺伐とした店。
 ......そう、いつもおれと仲田はつるんで流していた。古き良き、バカな時代だ。
 仲田が指さす。『どうだ? あいつは?』あるいはパン助をぶらさげて歩いているGIだったり、あるいはこれ見よがしにボクシングのグローブを肩にしている男だったり。
 そんなバカなヤツがいた時代だ。
 おれは答える。『やってみるよ』
 仲田が喧嘩をふっかけて、けれども出てゆくのはいつもおれだった。
 アイツはニヤニヤ笑いながら見ているだけだ。
 サウスポーのボクシング・スタイルで構えてみせる。なんだったら、少しくらい殴りあってもいい。
 ボクシングなんか知らないのだが。
 おれが知っているのはわずかな柔道と、それにこれだけは自信のある空手。
 殴ってくるもんだとばかり思っている相手 に、いきなり横っ飛びに蹴りつける。
 気がついたときには、相手はすでに廻し蹴りをくらって、地球と熱烈なキッスを交わしているというわけだ。
 それを、仲田はニヤニヤ笑いながら見ている。そう、いつも仲田とおれはつるんで流していた。ヤツがスケコマシ、おれがゴロマキ。ちゃんと分業はうまく行っていた。
 あいつだって、いまさら暴力沙汰に巻き込まれるほどバカじゃないだろうに。
 けどピジョンブラッドって何だ?
 聞いたことのない言葉だ。
 おれの英語はほとんどパングリッシュだ。知らない言葉はいっぱいある。が、コンサイスにも出てなかったし、奴の女房も知らないと言っていた。
 ピジョンブラッド。......つまり『鳩の血』か......。
 氷が溶けて、ビールがますます薄くなっている。
 こんなんじゃとても酔えない。
 舞台ではいつの間にかオカマが引っ込み、ホンモノの若い女の歌手がカーペンターズの古いヒット曲を歌っていた。


 朝っぱらから焼けつくような陽射しのもと、エイシアを出てサムロをつかまえた。
 2サイクルの青い煙を吐き散らしてこまねずみのように走りまわる三輪車はバンコクの名物だ。
「オリエントン! ホテル・オリエントン!駄目か。ちくしょう、......じゃあ、シャンガリラ! ロンレム・シャンガリーラ!」
 英語の通じない運転手にニューロード界隈のホテルの名前を並べ立てて、やっと通じさせる。
 渋滞は東京とさして変わらない。
 道路にあふれるのもほとんどが日本車で、乗っているのがサムロでなかったら、とんと北千住だ。
 狂った陽射しがカッと照りつける。
 ニューロードまでの道筋にも、骨董屋と宝石屋はいくらでもある。
 考えてみりゃ、タイやスリランカのように貧乏な国が、宝石を名物としているってのも妙なものだ。
 いや、もしかして宝石なんてものは貧乏なところにしか出ないのかも知れない。
 南アフリカはダイヤと金とプラチナと、宝石、貴金属ではとにかく世界一の産地だ。
 市場のほとんどを占めるエメラルドが出土するのは、南米のコロンビアだし、ブラジルではルビーやサファイア以外のほとんどの宝石が出る。
 ......ブラジルの山奥に行ってみろよ。道路の砂利がみんな水晶なんだぜ。
 というのは仲田からの受売りになってしまうが。
「オッケー、ストップ」
 ニューロード手前のセントラン・デパートメントでサムロを運転する少年に言った。
 あてがあるわけじゃない。ニューロードあたりの業者と取引している......という聞き齧りの記憶を頼りに、しらみつぶしに宝石屋をあたるしかない。どこでも同じだ。
「オッケー、オッケー」
 約束の料金を払ってやると、少年はやっと安心したのか、田舎者丸出しの笑顔を見せるのだった。


 その店のドアには金文字で『オネスト・ヨンの店』と書いてある。
 日本語、英語、中国語と、三カ国語で、だ。
 ショーウインドーには黄色く変色した貼紙。そこにも『同じ場所で二十年間、商売しております』との英文。
 もう、午後もかなり遅くなっていた。
 インド人のおばさんは親切だったが、何も 知らなかった
 客じゃないと知ると、露骨にイヤな顔をしたヤツもいるし、とたんに英語のわからなくなったデブもいた。
 どうやら収穫らしいものはないまま、もう今日はオシマイだと思っていた。
 汗を出しきった身体がビールを欲しがって、脳味噌はとっくに煮つまっている。
 ......オネスト・ヨンか。
 東南アジアでみずから正直だなんて名乗るやからにロクな人間はいない。
 これで十四軒。水晶、淡水真珠、そんな安い石ばかりを並べた、素人目にも安っぽいウインドーを眺めて、どうしようか迷っていた。......期待できそうもない、そろそろ今日は打ち止めにして、ビールにしようか。
 照明は消えている。華僑はケチだから、客が来ないと照明をつけないのだ。
 店を覗きこんでいると、どこかから男が現われた。バタバタとあわただしく蛍光灯をつけ始める。しかたがない。ゆっくりとドアをあけて入っていった。
「コニチワ」
 愛想いっぱいの笑顔で、脂ぎった顔の男が挨拶してくる。
 おれはそれを無視して、「ハロー」と答えた。写真を見せて訪ねるのは、あきらめていた。こいつらは金儲けにしか興味がない。それに、こんなに宝石屋があったら、仲田の行った店を探すのは難しいことだ。
「何を探している? わたし、どんなものでも持ってる。とっても安くしてあげる」
 嬉しそうな英語。
 年齢は六十前くらいか。
 ロマンス・グレーの髪、大柄で皮膚も白っぽい。一見、白人に見えるが、いや、紛れもないチャイニーズだ。
「奥さんにどう? 五万バーツね」
 おれの視線が漂っていたあたりから指輪を 取り出して、さっそく商売をはじめようとしていた。
「宝石はウチがいちばんよ。わたし、マイケル・ヨンの店、ニューロードでいちばん安い。見てくださいよ、ねっ? いいサファイアでしょ?」
 朝から延々とこれだ。
 彼らの言葉を信じるならば、だ。十四軒が十四軒とも、バンコクでいちばん安い店ということになる。
「さっきの店じゃ、それくらいのサファイア、二万だって言ってたなあ」
 こすっからい眼の男。ジロジロ眺めて、こちらを値踏みしようとしている。
「オーケー、オーケー。......アナタだから特に三万でいい」
 こんなことしてたら買わされてしまう。
「......いや、いいんだ。それより、ピジョン・ブラッドって、知らないか?」
 顔写真を見せて歩いたあげく、何の成果も 得られなかった。そこで考えた質問というのが、これだった。
 仲田の絵葉書にあった『ピジョン・ブラッド』。宝石の名前じゃないだろうか。
 それも、かなり特殊な。
「ピジョン・ブラッド......?」
 よく顔色の変わる男だった。誰が名づけたか、根はやっぱり正直なんだろう。
「なんでピジョン・ブラッドを探してる?」
 そう言われても困るのだった。それが何なのか、知らないのだから。
「ナカダっていう、日本人の宝石屋がいた。そいつがピジョン・ブラッドを探しに行って、行方不明になったんだ」
 あきらかに彼の態度が変わりはじめていた。急にオドオドして、逃げだしそうなほどだ。
「あんた、ポリスマンか?」
「ナカダには大金を貸してる。やつの居場所を知ってるのか?」
「......知らない、そんな奴は知らない」
 短く叫んでヨンは腕時計を眺めている。日本製の、計算機つきの安物だ。
「店をしめる時間なんだ。帰ってくれ」
 確かにそろそろ暗くなる時間だ。けれどその言葉はあまりに唐突すぎる。閉店時間だからって客を追い出す店があるわけない。
「わかった。また明日、来ることにしよう。ガールフレンドに指輪でも買ってやらなくちゃな」
 そう言って、ニタッと笑ってやった。伊勢佐木町で買ったパナマ帽を斜めにかむりながら、唇の端を歪めて。
 が、あいにくマイケル・ヨンは宍戸錠を知らないらしく、ただ憮然とした顔をしているだけだった。


 腹が減っていた。
 けれども、とりあえずひと仕事、片付けたような満足感がある。
 あてなく歩いているうちに、賑やかな市場に出た。
 狂ったように走りまわるオートバイとサムロ。甘酸っぱい2サイクルの排気ガス、熱気の中に騒音が立ちこめ、エネルギーに溢れた夕暮れ。
 もはや、バンコクは貧しい街だなんて言えない。ありとあらゆる物が溢れている。
 果物が積みあげられ、野菜、流行歌のカセット、偽物リーヴァイス、安っぽいオーディオ・セット......。
 物は、溢れている。
 けれどまた、それを欲しがる貧乏人たちもまた、溢れている。
 イサーンから、チェンライから、ナコンシータマラートから、あまつさえ、ラオスやカンボジア、ミャンマーといった隣国からも、貧乏人は押し寄せて来る。
 まるで蜜に群がる蟻のように。
 街に満ちている饐えたような熱帯の匂いは、ひょっとしてその蟻たちの発する体臭、蟻酸なのかも知れない。
 そういえば、昔、ちょうどこのあたりをウロついたことがあったのを思い出した。
 貧乏旅行をしていた頃だ。
 オンナにフラれて日本を逃げ出すなんて、おれもウブな坊やだった。
 しかもその女が、今の仲田の女房だっていうんだから。
 パンやケーキを並べたファーストフードらしき店があった。西洋かぶれの現地の若者たちの店だ。
 ホテルの飯は高い。
 とりあえず何か詰めこんでから、ホテルに戻ろうと思った。
 人と車と、溢れかえった通りが見渡せる席について、コーヒーと簡単なサンドイッチを注文した。
 それにしても......と、考え込む。
 ここは人間の安い国だ。
 そして困ったことに仲田は宝石屋だ。
 たとえば、宝石を安く買おうと思って、鉱山まで行ったとする。
 まさか山の中でアメックスのカードは使えない。大金を持っている。
 空港からホテルまで頼んだモグリのタクシーの運転手は言っていた。『それはとっても危険だ』と。
 その可能性はあるし、山でなくてもそういう事は起こりうる。
 だとすると絶望的だ。
 ここは人間の値段の安い国だ。
「サンキュ。......ミルクはいらないよ」
 どうも腹が減ると、悲観的になってくる。サンドイッチを口に運ぼうとして、おれはどこからか注がれて来る視線に気がついたのだった。


 サンドイッチは水っぽくベタつき、コーヒーはやたら苦い。
 安いからしょうがない。けれど、やたらマズく感じるのはその視線のせいだ。
 ......なんでアイツは、腹を押さえているんだ?
 窓のすぐ外、そいつはドアの開いた車にもたれ、ズボンの外に出したシャツの腹を押さえているのだ。
 こちらを監視しながら。
 古いホールデンだった。日本で見かけたことのない黒のばかでかいワゴンだ。
 おれは立ちあがった。金を払って、店を出る。ウインドー・ショッピングをしているといった雰囲気で、尾行してくるヤツが見失わないようにゆっくり歩いた。
 ......いや、むしろ歓迎すべきかも知れない。これもこの暑い国で一日、汗を流して歩きまわった成果。ひとつの手掛かりなのだ。
 クルッと向きなおった。
 相手は顔色も変えなかった。
 むしろ体格は貧弱なほうだろう。細身の腹を押さえているところは、まるで胃潰瘍を患っているかのようだ。
 彼は素知らぬフリをしてやりすごしたが、きっとついてくるという確信があった。
 大通りから脇道に入りこんで、オリエンタル・プラザの裏に出る。
 バンコク有数の高級ショッピング・ビルも、もう閉まっている。路地で、誰もいなくなった。おれはゆっくりと立ち停まり、振り向く。
 さっきの男だ。
 さすがに戸惑って、立ちすくんでジッとこちらを見つめていた。
 それからハッと我にかえって、腰を踏んばって、右手が動こうとする。
 シャツをまくりあげようと。
 その右手めがけて、おれは全身でぶつかっていった。
 英語で言えば「ノー」だ。小さな叫び声をあげながらころがった男。こうなると小柄なのは不利だ。
「この野郎、やっぱりチャカ持ってやがるな」
 膝で押さえつけた腹のあたり、なにやら堅い物の感触。やっぱり拳銃だ。
 奪いあいになった。
 カラカラ......と、乾いた音をさせて、拳銃が闇にころがってゆく。
 それに気を取られていると、「ンッ......!」気合をこめた声とともに、跳ね飛ばされてしまった。
 二十年前の記憶が、アドレナリンとともに浮かび、おれは無意識のうちにサウスポーのファイティング・ポーズを取っていた。
 それが間違いのもとだった。
 こいつらはガキの頃からキック・ボクシングをやっているのだった。


 間抜けなファイティング・ポーズのおれは、 臑にまわし蹴りを食らってしまった。
 バカな話だ。
 二十年前のかたきを取られたような気がする。が、感傷にふけっているヒマはない。一発の蹴りで倒れてしまったおれに、続けて腕、そして胸と、蹴りが浴びせられる。
 形勢は絶対的に不利だった。
 頭を両手でかかえて転げまわった。が、しつこく蹴りつけてくる蹴りは鋭い。
 ......こいつ、本気でやがる。
 直感的にそう思った。
 なんとか立ちあがろうともがいていると、突然、キックが止んだ。
 ハッと視線を走らせると、やはり男は、地面に転がった拳銃に向かって走っている。
 一瞬、迷った。
 逃げるか、飛びこんでゆくか、だ。
 逃げれば背をさらすことになる。撃ってくださいと言うようなもんだ。いくら非力な二十二径でも、背後から撃たれたくはない。
 オリンピックの百メートル選手なみのダッシュで突っ込んでいった。
 シュン......! と銃声がした瞬間、頬を熱いものが撫でたような気がした。
 が、気がついたらまだ、生きている。
 男はやっと、両手で包むようにして構えをきめたところ。今のは暴発だったらしい。
 だがセミ・オートマティックだ。いつ、次の弾丸が飛んでくるか、わかったもんじゃない。
 ただ、あきらかにその手は震えている。狙いが定まらない。慣れてないんだろう。
 相手は乱闘で息を荒くしているし、こちらだって動いている。黙って撃たれちゃいない。横からぶつかった。
「あうっ......!」
 拳銃を握ったままで倒れた男にのしかかる。こちらが有利なところがあるとすれば、体重差だけだ。
 おれは手首を掴まれてもがきながらも、拳銃を投げ捨ててやった。
 こうなったら、こっちのものだ。顔を殴りつけるとくぐもった悲鳴をあげて、胃潰瘍の男は折れた歯をだらしなく吐き出した。
「どいつのさしがねだ? えっ?」
 血の混じった唾液で汚れた顔に聞いた。
 答はない。あるいは英語がわからないのかもしれない。
 戸惑っていると、いきなり脇腹に走る衝撃。やっぱりムエタイだ。膝蹴りがもののみごとにおれの腹にめりこんでいた。
 しばらくは、息も出来なかった。
 眼の前が一瞬、暗くなる。頭の中にモヤモヤした虹のような光が走って、おれは転げ落ちていた。
 灼けるような息苦しさに耐えながら、やっと立ちあがった。
 当然のことながら、もう、誰もいやしない。ムッと蒸す熱気と街のグラウンド・ノイズに包まれて、しばらくは耐えているだけ。
 ひどい状態だ。まっすぐに立てない。腰を『く』の字に折って、男が消えていった暗がりを眺めて、ただ呆然としているだけなのだった。

第一章 完

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たしか10年以上前に、ご紹介のあった小説ですよね。
あらためて連載形式で拝読できるとは、感謝です。

ROM専が脇から失礼しました。

たしか10年以上前に、ご紹介のあった小説ですよね。
あらためて連載形式で拝読できるとは、感謝です。

ROM専が脇から失礼しました。

やるじゃないか!
次章に期待 !

ハードボイルドの王道ですね。何か暗闇に蠢く凶暴な生き物の尻尾を踏んづけちゃって、得体の知れぬところから痛い目に合わされ、カッと魂に火が点いて、意地になって真相を穿り出そうと足掻き、出来た小さな綻びを拡げて行き、遂には核心に辿り着く迄の道程を淡々と描いてゆくと云うのは。

この世界は旨いもん食っちゃいけないってのもセオリーですよね。水っぽいサンドイッチとやたら苦いコーヒー…良いですね、タイっぽい。アメリカだったらバサバサのサンドイッチにお湯みたいなコーヒーかなぁ… いつも思うのは、ハードボイルドの主人公ってろくに食べなくって、後は酒と煙草位しか口にしてないのに、何であんなにタフな行動を取っても不自然じゃない事になってるのか、と云う事です。でも、そうじゃないとハードボイルドじゃないですよね。そこいら辺が美学なのか…


「バカ大将」を名乗るくらいですので、アジアにうごめく人間の熱気、血と汗と涙が大好きです。続きお期待してます。

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