カメラよりもライティング

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映像はカメラよりもライティング。まぁ、スチールもそうだが、動画はまた一段と照明が大事だ。とともに、今は「ジンバル」というのが必要で、手持ち撮影の必需品です。手持ち撮影用のステディカムというのがあるんだが、いわばその簡易版が撮影用のジンバルです。ステディカムというのは特殊で高価な機材で、素人が買えるようなもんじゃなかったんだが、Iphone用のジンバルだったら1万6千円くらいだ。まぁ、ジンバルと呼ぶより、正確には「カメラスタビライザー」(カメラ安定支持機材)と呼ぶべきなんだが。なんでこんなに安くジンバルが買えるようになったかというと、DJIのドローンにカメラを搭載するに当たって、ブレ防止に必要だったからで、大量生産しているからですね。だから民生用のジンバルではDJIがトップメーカーです。さて、話がそれた。照明です。これもLEDの普及で一気に変わった。昔はちょっとした照明というと500wの「アイラン」というのが定番で、コレがヒューズは落ちるわ、触れると火傷するわ、すぐに割れるわで、今から考えると馬鹿みたいな代物だったんだが、なんせそれしかなかったので仕方ない。今は、LEDが160個入った照明器具が2000円位で買える。よく光が廻った曇天で使ってみたが、シャドー部の描写を改善するバワーは強力で、レフ板要らずだw 単3が6本でかなり長時間保つ。充電式電池を使っている人が、「フルパワーで90分しか保たない」と言ってたが、オマエなぁ、もう一度言ってみろよ、アイランでアタマ叩き割るぞw というわけで、動画撮影としては、高いカメラは要らない。Iphoneでいい。その代わりにジンバルとライトは買っておけ。

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こういうガジェットは中国製が凄く安くて良いのが多い。LED電球一杯並べて電池容量たっぷりのUSB充電式が多く、日本製は価格面から端から勝負になってないです。

リンク先のは2000円ですけど、自分は充電式デスクライトを買いました。調光も5段階はあって凄く便利です。日頃充電しておけば勿論停電時の緊急ライトとして使えます。

枯れ木。。。
動く、生きた動画期待してます。

昔、若いころ不定期のアルバイトでAPA(ホテルではなくて日本広告写真家協会)カメラマンの「亀足」(カメラアシスタント)を時々やっていたことがあるのですが、

商品撮影などは準備とライティングに半日以上かけて、実際の撮影(シャッタースピード)は数十分の一秒~数秒という世界でした。

典型的な3K仕事で、重いカメラやライティング機材を運んだりそれをセッティングしたり片づけたりと、建築仕事と似たような現場の状況でした。

また、デジタル全盛の現代と違って、カラー(ポジ)フィルムなどは専門ラボに出して現像してもらうことから、今のように撮影現場ですぐに確認できたりPCで修正ができないため、その映り具合の良しあしに気をもみながら待っている間の重圧というのも大変でした。

特に再撮影ができない対象物の時などは、布団をかぶってカメに祈るような心持だった記憶があります。どんなに細心の注意を払っても、撮影機材(カメラやストロボ、露出計など)の故障とか感度セッティングミス、調整ミスなどもありますし…

結局、カメラの腕もさることながら、このプレッシャーに耐えられる心臓の強さがなければ、挫折してしまう可能性が高い職業だと感じました。

昔はタングステンのリフレクター電球照明をトレペでディフィーズというのも結構ありましたので、ある撮影ではライトスタンドを倒して商品を燃やしてしまったこともありました。

フリーになってからは、オ〇カーのモデルさんなどをリゾート地に連れて行って雑誌のグラビアなどを一人で撮ったりしたこともありましたが、腕も上がらないしギャラは安いでまっとうな商売にはなりませんでしたね。もちろん、ヌードなどは恐れ多くて夢にも思いませんでした。

そういう気を遣う仕事がイヤで、「犬の目」写真の森山大道とか「記憶喪失」写真の中平卓馬の、単焦点(私の場合は35㎜)一本勝負の、露出もピントもブレも荒れもお構いなしの、いわゆるコンポラ方面に興味が移りましましたが、これは食えない部類の典型のようなものです。

また、モノクロの現像・紙焼きでは、暗い中での引き伸ばし機の焦点合わせと停止液の酢酸の臭いで目が廻り、いつも吐きそうになったのを覚えています。結局「写真」は肌に合わなかったということですね。

ということで、

デジタルカメラやLED照明による今時の撮影はやろうとは思いませんが、もう一度アナログカメラとフィルムで、訳の分からないモノを撮ってみたいという欲求はあります。

数十年前のアナログカメラに腐った古いフィルムを詰めて、ノーファインダーで無作為に撮影したネガを、これまたカビの生えたような骨董物のバライタ印画紙に焼き付けたら、いったいどんな映像が浮かびあがるのか、ちょっと楽しみです。

>数十年前のアナログカメラに腐った古いフィルムを詰めて、ノーファインダーで無作為に撮影したネガを、これまたカビの生えたような骨董物のバライタ印画紙に焼き付けたら
 
そういうのおもしろいですねえ。
田舎暮らしで思い切り狙ったようつべやりたいと同時に思い切り狙わないこともしてみたい。
といっても周りにカメラわかる人がいないです。鎌倉のふるーい写真やさんが詳しいらしい情報は持ってる…。

実は大昔に撮った35㎜モノクロフィルムのコンタクト・ネガが2000カットほどあるのですが、
これをある程度の大きさの紙焼きプリントにする体力とか気力がもう私にはないので、
この先どのような形にしようか思案しているところです。

所詮、私が死ねばただのゴミなのですが、いささか青年期の感傷的な思い出もありますので…

イメージとしては、このスティングのMV動画の中ほどに、ドラムの音に乗ってフラッシュバック映像で出てくる街角のスナップ風景のような写真です。

https://youtu.be/d27gTrPPAyk

私が写真を撮ったのは、このMVよりも数年前のストリートの光景なのですが、雰囲気的にはこんな感じです。ほとんどが35㎜準広角レンズによる、歩きながらのノーファインダー撮影です。

ちなみに、この時(といっても一回だけですが)は正規の特派員ビザで入っていたので、歌詞に出てくるように「アイムァ リーガル エイリアン」でした。

(動画に出てくる女性は有名なゲイの男おばさんのようです。最後の方に在りし日のWTCツインタワーのシルエットが映っていますね)

これもデジタルでフィルムをスキャニングしてデータ化すれば、モニターで何時でも見られるし、必要に応じてプリントアウトもできますので、とても便利だと思いますが、そんな意欲もスキルも機材も、今の私にはありません。

ところで、田舎暮らしのYouTube動画づくりですが…

真面目にやると、以前のスレッドにあったベトナム家族のピクニックPV(『都会人の農村動画』)のように、美しく端正につくることも可能だと思われますが、

私の嗜好としては、ハリウッドスタイルの真逆を行くジョナス・メカスのような、何が映っているのか解らないくらいの、セグメントの寄せ集めみたいな、気まぐれな撮影手法の方が断然好きです。

https://youtu.be/P-QjvfIj_94

スチル写真も動画映像も、できるだけ物語性や意味性(イデオロギー性)を排除した、映像それ自体を主体とした表現をしたいと考えていますので、まぁ、私が撮って実際の形として現れるのは、「ぶれ・ぼけ・あれ・ストーリー性なし」のデタラメなものばかりです。

もっとも、物語性とか意味性を排除したいという概念欲求自体が、すでに完全なイデオロギー性を帯びているというパラドキシカルな展開に陥るという矛盾は、充分に理解しております。

ということで、

YouTube動画制作にとっては、まったく参考にならないコメントでした。

庭仕事をするようになって、ミリ単位のいきものや植物の撮影をしたいのだがスマホではうまくいかない。マクロ撮影用の外付けレンズなんかをつけたままポケットにいれておいたりできないしな。マクロ撮影専用にコンデジを買おうか思案中である。
 メモ代りに毎日大量にスマホで写真を取るのだが、誤操作が多いのでイヤになる。地鶏なんかしないのに、インカメラになっていたり、動画など取らないのに動画モードになっていたり、シャッターボタン押してもなかなか撮影してくれなかったり、矢張りカメラとしてのスマホには限界があって、専用機がいるなあ、と思っている。審美的な写真を取ることには全く興味はに、記録用に特化したコンデジが欲しい。お薦めがあれば教えて欲しい。

ジョージャクさんが言うとエロ系にしか読めないのだけど、エロ系で記録するほどのことが日々起きてるとも思えないので文字通りなのだらう。

メビウスさんもどちらかというとカオス状態からエネルギーを引き出してくるタイプとお見受けするのですけれども、仰っておられた、言葉に変換するフローがソリッドなんだろうなと思いました。
私の場合は勘のまま処理してしまうので、思考は言葉で行われるということに渋々納得したのは社会人になってからです。それからは切り分けフェチ。
1つめの動画のおばさん、ジェンダーフリーでかっこいいですね。メビウスさん特派員ビザで枯れた写真を撮りまくるってハードボイルドでカッコイイんですけどスパイですか。
あと、2つめのやつも、すごくいいですね。子どもの肌のぬくもりが笑笑笑
まぢでああいうの作りたいです。
ようつべでは沈没しそーですけどまいっかと思わせる説得力。
 
まあたぶんメビウスさんは、イケメンですね。
昔、ネットゲームのチャットで「これ俺」といって山下清みたいな素人さんのサムネばっかり貼る面白い人がいましたけど、オフで見たらホスト系でした。

> エロ系で記録するほどのことが日々起きてるとも思えない

 この間セカンドストリートで、パスタマシーンが出ていたので、ウチに帰って詳しいスペックを知らべようと、(商品を)撮影してもいいですか、とブサイクなヲバサン店員に聞いたら、ええ、いーですよ、とポーズを取りだして、自分を撮影したいのか、と思った、といわれたことがあるなw。
 どー考えても終っているヲバサンでも、内心はまだまだイケる、と思っているモノであるのだw

そーゆーヲバは案外モテるのでバカにできないのだよ。
気づいたらジョージャクさんちに住み着いて草むしりしてるわw

つーかジョージャクさんが日々記録したいのって、ヘンなトコに生えたいんもーとかでしょwww 

>よく光が廻った曇天で使ってみたが、シャドー部の描写を改善
 
な〜るほど、そう言う表現をするんですね。
勉強になるなぁ。
 
『よく光が廻った曇天』
 
『シャドー部の描写を改善』
 
かっこ良い!
 
今度使おうw
 
>アイランでアタマ叩き割るぞw
 
お下品w

 醜形恐怖に苦しむ美女とか、知的コンプレックスに苦しむガリ勉女とかは多いのである。ワシは知的な女が好きなのだが、寄ってくるのは知的コンプレックスに苦しむ女ばかりなのは困ったものである。
 自己評価の低いことに苦しむ人間は病気なのであるが、その逆で、(日本ばかりでなく欧米でもそーなのだそーだが)組織において評価の低い人間の自己評価は高かったりするのだそーだから、自己評価の高い人間というのは組織に適合しておらず、逆に自己評価に苦しむ人間は実は組織に適合しているのかもしれない。ワシは自己評価の高すぎるヲバサンというのに興味をもったことがなかったのだが、これからはちょっと注意して観察してみることにしよう。

> ヘンなトコに生えたいんもー
 最近は毛唐国では、インモーは処理するのがマナーなのだそうで、ヤリマンとかはツルツルにしているのがスタンダードなんだそーだ、知らんけどな。

> 草むしりしてるわw
 来年の、というか(コケは生育が遅いので3年以上掛る訳だが)ウチの庭のテーマは苔庭の再生である、草むしりをするとコケがはがれてしまうので、グリホサートを筆で塗ってまわるのである。(草むしりよりはラクである)
 意識高い系のバカ女はグリホサートに弱いので安心である。

駄洒落とえろと意味不明なコメントばかりのカオスの醜悪な沼底から、どのようにイメージを接ぎ木してアクロバティックに昇華させていったら、「イケメン」という実態とは真逆の言葉が形成されるのか、ちょっと不思議に思います。

過剰で過大なご評価痛み入りますが、実情は、いつもの「◎皆様のお墨付き」のコメント通りの、ただのデブで貧乏な、だうしようもない「岩面」(イワメン)の痛風じじいですよ。

特派員ビザは、当時、彼の国にいた友人のアドバイスをもとに、仕事をもらっていたローカルな(旅行)雑誌出版社から、外国の風景を撮ってくるという形でリコメンデーションを発行してもらい、それを私が虎ノ門に持っていってビザを発行してもらったものです。

当時は、まだ行き来が割合に自由なところがあり、怖いもの知らずという年頃でしたから、それで何とかなりました。向こうへ行ってからは自助努力です。

幸い現地で友人に邦人向けの雑誌を発行している出版社を紹介してもらいましたので、編集補助とか雑用とか写真撮影とかで、少し居留できました。

一年の予定でしたが、ちょっと体調を壊して(盲腸の疑いが出て)、向こうは医療費が高いですから、途中(半年ぐらい)で帰国いたしました。(なので英語はまったく話せません)

撮影のスキルも組織の後ろ盾もない、一介の非商業志向のカメラマン青年にとっては、「地雷を踏んだらサヨウナラ」するか「犬に喰われるほど自由だ」といった方法以外では、なかなか写真を世に出す機会はありませんでした。
(ネットゲリラ先生のように、モデルに絡んでえろを撮るコミュ力も胆力も甘いマスクも才能もありませんでしたので)

何をやっても中途半端で、何ひとつモノにならない人生ですので、そろそろ終活になろうかという段階ですが、(当面の生活費の工面という大問題を差し置いて)いまだに、この先何かできないかと夢想しているところです。

ということで、

気力、体力、財力の衰えが加速していることから、この先においても何もできないでしょうが、まぁ、可能性を「夢見る」ことと「お口」(コメント投稿)だけはタダですからね…

(現状はネット禁治産者のような状態ですので、機会と手段があればゲリラ通販商品は買いたいと思っています)

醜形恐怖、知的コンプレックス、神経症ですね。
努力で昇華させていく方向は正しいながらも難しいのは、結局、劣等感つーのは優越感と同じで、神経症的自尊心という出どころがおんなじ現象なのでふ。
いつも劣等感と優越感の間をふらふらしておられる。
劣等感いっぱいで御し易いヒトと思うと逆なのである。裏面ではもんのすごい優越感をこっそり抱いておられるから。

劣等感を抱くのは原因があるんであーる。ズバリ生育歴で植え付けられます。生育者の神経症による自我の圧迫。ものすごく強固に自分が悪いと思いこまされている→人のせいにすれば少しほっとできる→優越感を求める。

へんな神経症的メンタルをお持ちでないということは親がステキなこと、お育ちが良いということではあります。
個人的にはヘンなヒトは好物ではあります。

メカスは晩年、スチールカメラみたいにして一コマ撮影で撮ったムービーフィルムを定速で上映するということまでしてたそうです。見た人が「なんでこんなにシェイキーなんだ」って聞いたら、「私の人生はシェイキーだから」と答えたそうです。

合気道の開祖、植芝盛平翁は晩年、あらゆるテクニックを超越して、「そこに居る」と言うこと自体がすでに技となっていたといいますが、達人の自在の境地にはあこがれます。僕は写真家はケルテスが好きです。

 大抵のヒトには何がしかの劣等感というのはあるんだと思いますが、コンプレックスといかに向き合うか、というのが人生をかなり決めるんだと思いますね。まあ親や育ちのセエだ、というヒトには見込みはない訳ですが、自分が原始時代とかに生れたら、とか考えてみたらいいと思いますね。人類百万年の歴史の中では、かなり恵まれているんじゃないかとw
 まあ、他人のコンプレックスに付け込むのは重要なテクではあります

半端に才能を具へてゐることが逆に才能の不足を當人に自覺させる面があると先づは思ふ。乳兒も重度の障礙兒も寢たきり惚け老人も才能の不足に惱んだりなどしない。寧ろ乳兒や幼兒は全能感で滿たされてゐるだらう。學問や知識を求めるほど自身の不足に氣づくのは喉が渇いて海水を飮むやうなもの。また學問でも藝術でも運動であつても變はらぬだらうが、其れらを探求する者同志が集へば、持つて生まれた才能の差に氣づいても仕舞ふだらう。

更には、さうした才能は個人のidentityとも結びついてをり、昔から美人で美人キャラで通つてゐた者は自尊心の多くを自身の見た目に負つてゐたり。見た目の美しさも才能ならばお勉強が出來るのも音樂や美術の才能に惠まれてゐるのも才能であり、さうした”才能に惠まれてゐる自分”がゐて”才能に惠まれなかつた部分”を許容してゐるのではと思ふのだ。精神の均衡が保たれてゐるのは”才能に惠まれた部分”が保たれてゐるが爲と。

美人は年を重ねても美人だつたりするが、美人の中には美人であることが小さい頃からのidentityとなつてゐるやうな人がをり、さうした人はidentity crisisを避ける爲に更年期以降も脅迫神經症的に美を探求してゐるのではないか。かうした例は、外見は人竝以上ではあつても中身が乏しいまゝ馬齡を重ねて仕舞つた表層的な美人にあるいは多く觀察されたり。今更異性の目を氣にするのか、と謂ふ同性の揶揄の聲を訊いたりもするが、當人は自分自身の爲に美を追及してゐるのだらう。中身に氣を掛けるなりの轉進や、年齡相應に美しく年を取るなり、發想の轉換が出來ずにゐる譯だ。


分かりやすさの爲に”美”を用ゐたが、運動能力であつても知的能力であつても本質的な部分は變はるまい。始めに優越意識ありき、劣等意識ありき、と謂ふ話ではなからう、と謂ふもの。病的な劣等意識、脅迫神經症的振る舞ひは別にして、半端な才能が才能の不足を自覺させる點と、identity形成にかゝはつてゐる點とから説明をこゝろみたつもりである。

さすが優秀なメンタル・アナリストの茱萸さんですね。

以前の「自殺」関連のスレッドで触れようと思いましたが、「二人の世界」で盛り上がっていたので遠慮しました。

実は、小学校4年(10歳)ぐらいの時に、偶然見たテレビでの「小学4年生が自殺しました」というニュースがトリガーとなって、その後、成人するまでひどい「神経症」に悩まされたことがあります。

当時は「鬱病」という言葉が一般的ではありませんでしたので、自我と自意識との葛藤にさいなまれるような精神的な状態は、「神経症」とか「ノイローゼ」と呼ばれていたと思います。

「自殺」報道は伝染するという、“何とか現象(効果)”というのは、自らの実体験として持っていますので、自殺報道の在り方は、多少は影響力を持つのではないか… と思われます。

ウイルス感染と同じように、その個人が持つ潜在的なタイミング(生理的・精神的な間隙とか環境要素において)で直撃を食らえば、かなり自覚的な現象(精神における重篤な病識)としてダメージを与えるでしょうから…

私の場合は、自我と自意識が分離する年頃に、ちょうどトリガー(タイミング)が合ったのだと思います。

自己のヴィジュアルとか知識とか才能とか学歴とかに対するコンプレックスは、自分の理想とする状態と現実との乖離が、一つの要因としてもたらすのではないかと考えています。

外部からはどんなに理想的な体型でも、それを否定して過剰なダイエットにハゲむというのも、そうした自己の内なるコンプレックスとの乖離を埋める(解消する)ための発露現象だとも思われます。

(これとは別に、凡庸な容姿と脳力の女性が、何かのきっかけで容姿端麗で頭脳と能力に優れた特別な人物と(勘違いして)思い込んでしまい、社会の表舞台に出て堂々の人生を歩みだすという外国の映画も、半コメディ物としてあったような気がします)

まぁ、勘違いしてうぬぼれるよりは、悲観的で自虐的でいる方が、周りの皆様にご迷惑をかけることが少ないと考えますので、すごく気の弱い私としては、これも一つの処世の方法ということになるのかも知れません。

ということで、

ジョナス・メカスの「コマ撮り」の手法は、概念的(戦略的)なこともあると思いますが、フィルム(代)を節約する手法として必然的に取り入れたという要素も考えられます。

リトアニアからきた青年が、あの表現スタイルで、まともに作家としてお金を稼いで生活していけるとは、なかなか思えませんので、売れない表現者は、みんな一様に貧乏で材料(フィルム)を買うのにも苦心するでしょうから…

アンドレ・ケルテスいいですね。いかにも近現代のモダンスタイルの王道写真といった感じです。建築にたとえるなら巨匠コルビジェといったところでしょうか…

私はもっとひねくれていますので、コンポラ思考の「リー・フリードランダー」をはじめ、「ロバート・フランク」とか、日本なら「牛腸茂雄」とか「中平卓馬」などが合っています。

古屋誠一なども好きですが、地方では、なかなか写真集が手に入りません。

「アーバス」や「メイプルソープ」、「ウィトキン」の写真集も持っていますが、若い時はともかく、今はキワモノ感が強くなっています。

コンセプトを意識した思考(手法)の写真家では、一時期「マイク&ダグ・スターン」兄弟の手法に注目しましたが、現在は、あまり表に出てきませんね。

日本では杉本博司などが抽象写真の大家になっていますが、私としには商業的な概念臭が強すぎて(手法がキレイすぎて)あまり趣味ではありません。

抽象的なコンセプトと生々しい情念とが融合するあたりの写真が、私の体質(志向・嗜好)には似合っている感じです。

情念こってり(それでいて上質)な鈴木清あたりの写真も好きですが、昔の写真集の値段が高くなっているのには驚きました。

>気力、体力、財力の衰えが加速していることから、この先においても何もできないでしょうが、まぁ、可能性を「夢見る」ことと「お口」(コメント投稿)だけはタダですからね…

<餓えの奥地>はタダで菅<嫉多の贈恥>にはゼニが海豚とW

まあ、確かに報道は大衆に影響させるためのものでしょうから、意図する意図しない関わらず様々な情報を伝達するでしょう。
同じように、サスペンスドラマ、ゲーム、映画なども、繰り返し接し感情移入が伴いますので刷り込まれそうです。
大家族の頃にはご近所、曽祖父母、曽祖父、と身近だった人の死が、現代の核家族化で遠ざけられ過ぎており、免疫というかリテラシというかが育たない点は何かでカバーされるべきと考えます。
現代は、親族の死でとちくるってしまう人がわりといます。
生死に関わる病気の治療の場面で、冷静に考え選択することができない人がいます。

一方私達はスーパーで日々動物の死骸を購入し調理し何の感情も抱かずに食べているのです。

>理想とする状態と現実との乖離

個人の理想というものが何でセットされるのか、です。
マドワセル愛せんせは月理論で、生誕時の月の星座にその個人が何にこだわるかが設定されているとおっしゃいます。
私は、生育歴で、と書いたわけですね。
強くこだわらざるを得ない何かが必要だと私は思っていて、それは日々流される報道だけでは何か納得がいかずもうひとつ深みがあるのではないかと思ってしまいます。

小学4年生のメビウス少年が何に反応したのでしょうね。
子どもが死に反応する原因て、深層心理学的には性的リビドーと言われることありますね。例えば両親のセックスを見てしまったとか。
本人は見てしまったことが何なのかわからないなりに大変ショックを受けて、トリップしたり乖離したりするんですね。そして内面を抑圧して別のものに転嫁させることがあります。
そういう原因のトリップ話は童話で様々あるようです。

今日は物件の契約でヘロヘロですw
明日から果てしないお掃除とリフォーム…
苔庭、いいなあ。
なんとか苔が好きです。←思い出す気力すら残ってない
苔って粉々にして撒いてラップしてシュッシュしとくと増えるらしいけどやっぱり繁るには3年くらいかかるんですかねえ。

才能は、やっぱり相対的なものでしかないので、クラスで1番ならいいのか、国体クラスか、オリンピッククラスなのか、その良しとするクラスがどこで、またそこまでの意地を育てるのは何なのか、ということですね。
親が影響してると私は思います。
前世の経験でもなければ、3才の子どものうちから最上階を求め、それ以外を排除するアイデンティティは持たないのではないだろうか。

親を始めとする周圍の影響がないなどあり得ない。あつて當然だらう。幼少期ならば尚更である。だが逆境にあつても意地を通せしめ、またidentityを爲さしめるほどのことが、幼少期の周圍の影響而已で發生し、また生涯を通して維持しうるものだらうか。

維持や強化まで視野を廣げれば、原因を外部而已に求めるのは無理があると思ふのだ。程度の差はあるが、人間と謂ふものは自分で考へて行動する生き物であり、當人の内部に維持・強化の仕組みなくして生涯を通した行動原理のやうなものには成り難いのでは。費やした時間なり、投入した勞力なり、張つた意地の分だけ後戻りが出來ないだけではないのか。


幼少期とは雖も、生涯を通じての影響に就いて原因を全て當人の外部に求めるのは誤つてをり、切つ掛けや動機づけ程度の可能性はありはしないかと指摘したつもりだ。其れまでの努力を放棄して人生をやり直すなど餘程の踏ん切りがないことには無理だと思ふ譯だ。

人生は幼少期に於ける周圍からの影響こそが決定的だ、とする主張に對し、單に損切りの時期を逸し、また惰性で生きて仕舞つた結果に過ぎぬのでは、とアンチテーゼを示してみた格好でもある。

人間だれしも惡いことは他人の所爲にして置きたく、原因を自身の内部に求めるよりは他人、取り分け幼少期に大きな影響を及ぼす兩親に求めた方が樂だらう、とは思ふ。男の顏も四十までは親の責任ではあらうとも、其れ以降は當人の責任だ、と巷間謂はれるやうでもある。

個人的な事柄でこのネットゲリラ・ブログ様のスペースを蕩尽していくのは心苦しいものがありますので、私の方はこれで一区切りつけさせていただきます。

ということで、

自分なりの分析を、以下箇条書きで要点を羅列してみます。

・小学生の時に、同学年の「自殺(死)」という言葉(報道)のトリガーによって神経症の自覚症状が現れたのは、自我と自意識の分離による思春期前の時期にタイミングが合致したためではないかと思っている。

・それは、一般的な神経症というよりも、漠然とした死の恐怖から逃れるための強迫神経症的なものであったと思われる。

・おそらく名付けられない実存的なものと初めて出会ったために、その黒い底なしの深淵に恐怖を見い出し、嘔吐的な感情をもたらしたと思われる。

・性的なものは、そのころまで、小さな家ながら、両親・兄弟とともに、間借りの下宿人として他人(大学生・新婚夫婦・どこかの旦那のお妾さん・老夫婦)などと、ひとつ屋根の下で暮らしていたので、特別に両親に膠着される状況ではなかった。

・両親の性生活を見たという記憶もなく、むしろ性的な関心には遠かった。(ある意味、奥手であって、それは今も続いています)

・(フロイト的なものにはあまり関心がありませんが)性的な欲動(リビドー)というよりも、あるとすればむしろエディプス(コンプレックス)的なものがあったのかも知れない。

・したがって両親の過干渉もなく、いわば放任に近い形で勝手に生活していた。

・三代前から同じ職人仕事(建築関係のヒエラルキーにおいては最底辺で周辺の職種)をやっていため、サラリーマンや会社員のように社会的な上昇志向というものとは比較的無縁の家庭環境だった。(職種は共通ですが、親父の代も私の代もそれぞれ独立して営業していますので、直系の三代というわけではありません)

・そのため、一介の職人だった父親も社会的な「出世」も「名声」もさほど望んでおらず、私も同様に社会的な成功者になろうという気などさらさら持っていなかった。

・駆け引きを必要とするような営業的な仕事はまったくできず、人とのコミュニケーションが伴わない単純にモノを相手にする職人的な仕事のようなものしか、生りわいの方法がなかった。

・今に至るまで、人を使うことも人に使われることも苦手なため、職種の変遷はあれど、基本的に一人でできるフリーの仕事しかできなかった。

・同様に、(兄弟全員が男のため)周囲に女性がいたのは中学生までで、後は今日に至るまで(妻と娘を除いて)完璧に一般の女性とは無縁の環境の中で生きてきた。

・そうした意味では、老若問わず、今でも、女性に対しては潜在的な恐怖心を持っているのかも知れない。

・とりわけ、美人とか聡明(インテリ)とか、社会的な地位が高い女性などは苦手で、まともに目も合わせられず、口もきけなくなる。

・あいにくカリー印のキャットフードを切らしている。

まぁ、こんなところですので、後は勝手にテキトーに料理してください。、

おはようございます。生育歴説を少ない文字数で説得力をもって説明することは難しいようですね。
生育歴は自我と愛着形成において最重要テーマで、おとなになってからの様々な問題に光をあてます。わかったからと言って治癒するわけではないのですが、自覚してたほうがいいと私は思っています。
肌のぬくもり説はロリなおっさんだけでなく、3歳までの子どもにとって重要といわれる所以です。
本などご紹介できればいいのですが、何で蓄積したか自分でも忘れてるのでご容赦。
子育てだけはいまだに全く非科学的なのは確かです。
親の個人的感情で行われており自覚がありません。虐待や命を脅かすほどの前時代的行為がまかりとおっています。
生育歴でなく、持って生まれたアイデンティティである、とかいう話になると、神様との約束などのスピリチュアル説や、魂とか前世とかの話になるので、私は好きではないですね。せめてどの遺伝がどう発動するのか、的な話にしたいです。

メビウスさんの、書かれたこと、モノクロの写真集のように美しく受け止めてます。咀嚼して、書けることがあったらまた書こうと思います。

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続・ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ―16歳から始める思考者になるための社会学― 私たちが直面する「重層化する危機」とは何なのか? もはや国家の消滅は避けられないのか? そして私たちはこの時代を生き抜くことができるのか? 本書はそれに明晰に答える最高峰の社会学テクストである。 税・送料こみ 1650円
放射能が降る都市で叛逆もせず眠り続けるのか- 原発事故は終わっていない。それは今なお進行する現実であり、身近に迫るカタストロフなのだ。なぜ国家は何もしないのか、なぜ報道は何も伝えないのか、なぜ国民は何も考えないのか、社会はどう変わるのか、経済はどう動くのか、そして我々はどうなるのか......... 答えは本書にある。 税・送料こみ1870円
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無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

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<蔵元 田中屋本店> 三年漬梅干 
17-23粒袋入 税・送料込み1320円
塩だけで漬けた梅干しです。添加物一切ナシ。豆州楽市でどうぞ

  
<友和組合株式会社> 明治時代から愛され続けた、熱海の元祖七尾たくあん三年漬 3本入りです。税・送料込み2600円

ポルノ雑誌の昭和史 (ちくま新書)



300円で買える
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