自分勝手な中国人に理想の規範が論語

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世界最古の論語がKO大学で発見、というんだが、今の中国だったらオークションで何十億でも出すだろうし、間違いなく国宝に指定されるだろう。別にかっぱらってきたわけじゃないんで中国に返すいわれもないんだが、遣唐使が持ち帰ったのだろう。という事は、朝貢貿易で中国から「貰った」物だという事になる。貰った物を1000年間、大事に保存し、伝えて来たんだから、たいしたもんだ。

 古代中国の思想家、孔子(こうし)(前551ごろ~前479)と弟子との対話などをまとめた「論語(ろんご)」の注釈書の一つ「論語義疏(ぎそ)(論語疏)」について、6~7世紀初めに中国で書かれたとみられる写本が日本で確認された。調査した慶応義塾大学を中心とする研究チームによれば、日本に伝わり、国内の寺社や家々などで大切に保管されてきた伝世品(でんせいひん)では最古級の論語の写本の可能性が高いという。
 論語義疏は中国では12世紀ごろには失われており、仏典以外のまとまった紙の写本としては現存最古級とみられる。中国では論語は主に注釈書(解説書)を通じて伝わってきており、専門家は日中の思想史や交流史などの研究にとって貴重な史料と注目する。

おいらは四書五経には関心もないんでせいぜい漢詩か、聊斎志異が好みなんだが、孔子の作った儒教というのは「秩序」を大事にして人民を支配するツールだったので、その後も長く東アジア文明圏では支配者お墨付きの思想だった。今でも日本は儒教の呪縛の中にあり、秩序を壊そうとしない人間ばかりなので、アベシンゾー一匹、叩き出せずに終わっている。

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最古級の「論語」写本を発見 中国でも消失、古書店からというわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。
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神保町の態度の悪い糞古本屋、全部潰れろ
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↑客見るからな
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↑無職ねらーさん?買わないのにいつまでも売り物触りまくる変な人
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↑古本屋に新刊本屋の対応を求めてはだめ
何を聞いても「その辺にあるかもしてない」とかしか返ってこないのが普通
何万もするようなものは即答してくれるかもしれないが
通常は自分で探すのが基本。
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やっぱ中国では焚書されちゃったのか?
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↑国名変わるたびに民族入れ替わってたからね
近代まで残ってても文化大革命で焚書されてただろうし
なんせ諸橋大漢和辞典を日本から買った国だから古書古文書は残ってない
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↑ネトウヨの聖典日本書紀も原本は行方不明やで
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億単位の価値?
福音書の古い写本とか凄い価値だろ
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子曰。學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦樂乎。人不知而不慍。不亦君子乎。

学生の時に格闘してみたが、最初のこれで敗退したよ(笑)
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何でも捨てろ捨てろという女が権力握ってたら残ってなかったな
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↑ホンマそれ笑笑
断捨離?
何かの寿司に使われてる米か?笑笑
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論語が立派だから中国人が立派じゃない
自分勝手な中国人に理想の規範が論語だ
バカ高校の校則が厳しいと同じだ
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↑これ
戦前の本を読むと孔子が現れたのは中国社会が乱れきっていたからだと書いてある
わが国に孔子のような人物が出なかったのはその必要が無かったからだとも
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論語は詰まらんな
荀子や墨子の方が面白い
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↑論語の面白さがわからんうちはまだ小僧だな
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鑑真が持ってきた王羲之の真筆もどこかで眠ってるかも
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日本こそ漢文化の正当な継承国
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梁か・・・書物収集癖の最後の皇帝がやっちまったっけ
「国が滅ぶなら俺のコレクションも灰になーれ」
あれさえなければだいぶ原典級が残ってたかもな
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中央で喪失した文献が辺境で見つかることはよくある
中央から伝わったものだとありがたがって保管するから
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 今以有限之力當讀無涯書徒欲強記洽聞終恐唇腐歯落。
 現実とのすりあわせに失敗すると、もれなく不幸がついてくる。
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日本は中国で失われた本がよく見つかるね
陳舜臣は「日本は保存の天才」と語ってた
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孔子は人肉が好物だったって本当?
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↑本当、それまで食べていたけど食った肉が弟子である事を知り、それ以降食べなくなった。
当時として社会が混乱混迷していた世では人肉も流通していた商品、その材料も材料として人間が流通し、弟子になれるような階級もその材料として孔子の食事となって現れる世の中だった。
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↑荘子雜篇に
「大亂之本,必生於堯、舜之間,其末存乎千世之後。
千世之後,其必有人與人相食者也」
(堯舜以降に人の世は乱れ始めた。このまま行けば3万年後には人同士で食べあうようになる)
という記述があるので、当時は食人の習慣は一般的ではなかったと推測できますぜ。
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フランスの哲学者が論語を読んで、インディアンの酋長の説教みたいだなと言ってたけどな
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↑フランス語の哲学者じゃなくて、シュバイツァー(ドイツ国籍のアルザス人)です。
牧師の息子として生まれたシュバイツァーは神学者であり医師であり哲学者であり音楽家でもありましたが、その根底にあるのは典型的な「帝国主義時代の白人至上主義による植民地の伝道師」でしたから、キリスト教を絶対視する反面、キリスト教以外の世界各国の宗教に対しては蔑視に満ち溢れた論評を行っています。
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1500年前の写本か
遣隋使の船に積まれて来た巻物ってまだ残ってたのか
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おい中国、いくら出す?いくら出せる?
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オークションにかけたら中国人がとんでもない金額で競り落とすだろうな
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聖徳太子の時代より前か すげーな
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廃れた文化は辺境で保存されるってなことを某作家が言ってたな
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最古級でも論語の時代から1000年後なのか...
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↑論語の時代には紙がない
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↑用を足したあと途方に暮れたのを思い出すわ。懐かしい...
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↑最近は仙界もネットが通じてるのか
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し、のたまわく、とか、昔の子どもはポケモンキャラのように暗記してたんだよな。
音読されたものを暗記してから、はじめて書かれた文字を見た。
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流し読み程度でいいから
四書五経は読んでおいた方がいい
日本の倫理観の根底なのだから
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慶應から二点目の国宝か
これで国宝の点数で早稲田に並ぶな
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子のたうち回る!
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三国志の一番古いのも日本にあるときいたが
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↑横山光輝のか?
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今時支那の書物なぞ屁の役にも立たん
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↑支那人がお前の生涯賃金以上の額で買い取ってくれるやろ
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中国は文化大革命で儒教の残滓を徹底的に潰したから、今の発展がある。まぁ、どうせ落ち着きゃまた、論語を大事にする時代も来るんだろうがw

コメント(21)

平成、令和の日本の文書は改竄、黒塗りだらけで後世の歴史学者
無用な苦労を掛けることになりました。

日本の1990年代から1930年くらいに掛けて発生した国力の低下の
原因は日本国内の資料からは永遠に解明する事が出来ませんでした。

もっともこれについては中国が全て記録してそうなの歴史の闇に
葬られることならないでしょう。

先の戦争の失敗も日本国としては全く総括していないので日本という
国ではこれが平常運転です。

中国で、ワシが歩き回った揚子江流域では仏教寺院よりも道教寺院の方が多い感じであったが、孔子廟という儒教の寺があるのが目についた。無論孔子廟は日本にも湯島聖堂とかあるが、あれの管理は儒教の坊主(儒者?)がやっていたりして、信者もいたりするんだろうかW、まあ朝鮮なら今も信者は沢山いそいうではある。
 中共人でも皆孔子の名前は知っている(大概的な文化宣伝の施設に孔子学院と名前をつけるくらいである訳だが)、儒教の教えは中共的には色々マズいので、大卒者でも論語の内容は全然知らないのが普通であって、ワシがすらすらと論語の一節を引用したりすると驚愕されるのである。まあワシも論語は色々よろしくない、排斥されるべき思想ではあると思う。英米人にとっての孔子の知名度はどの程度なんだろうか?

自分勝手なのは中國人ではなく人間と謂ふ存在だらう。「權利だ」と正當化の主張に走るのが歐米人であり、「ムラの掟だ」「多數派に從へ」「お上に從へ」と盲目になびくのが中世倭人と謂ふに過ぎまい。

中國に於ける儒教の排撃も文革時代は激しかつただらうが、資本論と四書五經の何れを聖典とし、KarlMarxと孔丘の何れを聖人とするかと謂ふ宗教戰爭であるとともに、毛澤東が林彪ほかを肅正する政治鬪爭に過ぎなかつたのではないか。抑も儒教の本質は祖先崇拜であり、親不孝や子孫斷絶を惡と看做す價値體系のことだらう。庶民の間からさうした考へが消えてなくなつたとは思はないし、産經あたりで書いてゐる石平などが儒教に絡めてCPC批判を行つてゐるところからしても實態は怪しいのではないか。大體支那の宗教は祖先崇拜の儒教と不老不死の道教の二本が柱と謂ふのは以前より變はるまい。併せて佛教は遺蹟のなかに消えて死せる宗教と化し、法家は支配原理のなかに組み込まれ不可視化されてゐる構圖だらう。


歴代の政府が儒教を國教化したのは、”政府を親と思つて從へ”、”抑も親の愛情を疑ふこと自體許せない”と謂ふ考へに基づいたものであり、支配の爲に時に儒教を持ち出すのはCPCもLDPも變はらないと思ふのだ。兩國が法治國家ではなく人治國家であることもだが。

いまだ孔子学院とかいうのを大事にしてるみたいですけどね

中国共産党政府は、2020年までに世界1000カ所に孔子学院と孔子学級を設置しようとしており、そのために3000人分の奨学金を提供する方針である[5]。

2019年(令和元年)12月、中国湖南省長沙市で開催の国際中国語教育大会(旧名称「孔子学院世界大会」)で明らかにされた情報では、中国共産党政府は世界162カ国・地域に孔子学院550カ所と孔子課室1,172カ所を開設。専任・非常勤講師の総数は約5万人、学生・受講生の総数は2,500万人に達している[6]。

↑孔子と関係ないというより子牛と関係ないと言ってくれたほうがまだ理解できる話です。

ここで論語を引いてコメントを書き込んだことが何度かあるので、またちょっと書こうかと。
> 孔子の作った儒教というのは「秩序」を大事にして人民を支配するツールだった
論語は読みようによっては統治思想にもなるし、革命思想にもなりえるようで、そこが古典の奥深さなんだろう。
人民の支配というか、どちらかといえば社会の安定のほうが先行するような印象がある。最近読んでないんでちょっとあやしい。
しかし、古代ギリシャ的な社会観(→近代以降の民主主義につながる)とは別の発想があるようで、ギリシャ的には支配するものと支配されるものは役割分担であって入れ替わり可能であるが、古代中国の場合は、入れ替わり不可のようなかんじがある(士大夫レベルでもめているような)。勉強不足なんで自信ない。
以前、安富歩の「生きるための論語」を引き合いに出したが、いま見ると「超訳論語 革命の言葉」という本が出ているのに気づいた。今度読んでみよう。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0367593

ところで、中国人は自分勝手が過ぎるので論語で抑えるとちょうど良いというわけだが、似たような話で、インド人は我が強すぎるので、我を捨てる仏教が生まれた(けど、根付かなかった)という話も聞いたことがある。
まあ、与太話ということで。

神保町で最古の写本が見つかったのなら、正倉院のように古書店街も国宝指定してみたらどうだろう。まだ掘り出せばいろいろあるかもしれないwww

いまの汚チューカで見直されているのが<儒教・仏教・古典書道>だと思ふ<道教>はもともとチヨイw
トラ辞意よりオイラの砲が<コーガク納税者>陀なW

「作つた」のではなく「體系立てた」と謂ふのが正確なところだらう。無から有を生み出したのではなく、以前よりあつた教へや因習を體系立てゝ”宗教”として完成させた者こそ孔丘なのでは、と謂ふ意味だ。

古代支那には流浪の祭祀集團と謂ふやうな存在があつて、孔丘は先祖代々をさうした連中を率ゐる團長の家に生まれた人物と何處かで讀んだやうに記憶する。祭祀(儀式)に詳しいのは家業ゆゑでもあり、また教へが殘つてゐるのは團員(弟子達・部下)に教へるのも仕事のうちだつた爲だらう。一方で鬼神を語らずなどとしてゐるのは現代に謂ふ宗教的な”靈力”のやうなものは有してをらず、幽靈も見えず未來を見通すことも出來なかつた爲ではと。


世襲の葬式會社の社長が、實は經營理論よりも人生理論に詳しく、部下達である”送り人”共々雇ひ入れてくれる國家(王)を求めて各地を彷徨つてゐたと謂ふ構圖だらうか。天下を獲つた支配者には洵に都合の良い教へでもあり、叛逆者は輕んじ、支配者は逆に重んずるのも道理ではある。

汚猥屋の社長が會社の經營よりは自民政權批判に御執心で、と謂ふ話とはいさゝか違ふか。
官房機密費や自民の工作費を求めてゐる譯でもなし。


子牛が喰えん……?

子羊美味しいよ子羊
蒙古覇極道って言い辛いよなω

封建支配は孔子が悪いと言うより荻生徂徠や日本の民間儒学者が言うように朱子学が悪なんじゃないの。

確かに法家とて性惡説を介して儒家と繋がつてはゐる。全ての惡の根源を儒家思想に求めるのは誤つてゐるだらう。だが、古來親への忠誠を「孝」、王への忠誠を「忠」とするなか、國家が道徳や價値判斷を説いた揚げ句に、王(上司)を親以上に見よ、とする主張の淵源は孔丘を孔子と呼ぶあたりにあるのではと。

王朝が異民族に乘つ取られ、文化の正統な後繼者こそ支配權の正統な後繼者だ何だと倒錯した理屈を捻り出すこそ朱熹の吐いた毒であり、中華思想の根源であり、支配の名分や正統性に執着して主客顛倒した現實認識を示す朱子學の病理なのだらうが、本文の文脈からすれば朱子學ではなく儒學で良いのではと思つた次第。

講師の書物読んだことねーwww

https://inga-cae.blogspot.com/

たまたまここ数日寝る前に布団の中で読んでいた本(柄谷行人著『柳田国男論』)の中に、儒教に関する記述があったので途中で雑駁ながら…

(このブログには柳田国男の専門家がいらっしゃるので精確な論考はそちらにお任せして)

それによると、柳田国男は国学者の本居宣長よりも、儒学者の荻生徂徠に近く、柳田にとって学問(民俗学)は、「経世済民の学」であり、「実際に役立つ」ものであった。

これに比して、徂徠にとっての道(よって立つ考え)は、「民を安んずる」ために聖人(中国古代の王たち)によって立てられた政治制度のことであり、これは道を道徳的・宗教的に理解する朱子学とは真っ向から対立する見解であった。

つまり、宣長の国学的な方法は、本家の儒学を超えて、かえってイデオロギー的な精神に染まった朱子学的な視点であるという指摘になり、

そしてそこには、(本来の学問の対象とすべき)実在の民衆が生きてきた「事実」(≒経世済民)はないというところに、むしろ柳田の批判の目が向けられていたということになる。

つまり、民衆の実際の姿(生活)を超越した形での観念(この場合は、儒学に続く朱子学的イデオロギー)のむなしさを、柳田は実感していたのではないだろうか…

儒学(に続く朱子学)が為政者(権力者)の民衆統治のための(政治的)思想体系だとすれば、それを覆す(革命)思想もひとつの政治的な思想としてあると思われます。

このあたりを、丸山眞男の荻生徂徠解釈をもとにチラ見すると、

江戸の元禄時代には、すでに腐敗した封建制に対抗するための一切の(思想的・革命的)条件が出そろっていたにもかかわらず、
「これらのモメントはいずれも未だ根本的な打撃を封建社会に与える程に強力な生長を遂げていなかった」ということで、徳川封建制を揺るがすほどには至らなかったということになり、

このことをして、支配層における政治的思惟の優位(性)は、「安定した社会」および「救いがたいほどの混乱や腐敗」の状況のときにはむしろ現れず、いわば「ほどほどに生活レベルの基盤が揺るがされたとき」(まだ生活や生命に若干の余裕があるとき)に、より敏感に「政治的なるもの」(ダス・ポリーティシェ)が思惟の前景に立ち現れると… 丸山は述べているのですが、

それを受けながら、儒学が「政治的」たりうるのは、儒者が行政に参与することができ、且つそれが有効でありうる時期に限られるとし、(イデオロギー優位の)国学とは、むしろ(すでに)政治的な絶望形態の表れであるとしています。

いいかえると、「政治的思惟」とは、もはや政治的参加の可能性を失った知識人が見出した(脳内における観念的な)「政治的闘争」ということになるのかな… とも思われます。

さらに、もっと形而上的なことがらに踏み込んでいえば、政治は詩と対立しないということで、いわば「文人でなければ政治(家)たりえない」というところに儒学の思想の深層をかいま見るともあります。実際に柳田はロマン派の詩人でもあったといわれていますので…

それでは、イデオロギー(朱子学)を超えた柳田の儒教的な心情(信条)とは何かといえば、

柳田の学問(勉学)を支えたのは、忠義はともかく「孝行」だけは疑いえず、東京へ出て勉強していても、故郷で学問成就を願う父母のことは夢にも忘れることはなく、目頭に浮かぶのは自分の学費を紡ぎだそうとする老いた母の糸車という、現実的な生きた「もの」(民衆の実生活)であり、真理とか世界文化とか国家などという「宙に浮いた観念」ではなかった… ということであったということです。

くりかえしていえば、柳田にとっての民俗学は、(本来の儒教の流れにもとづいた)古学の「方法」に沿ったものであり、明治時代に導入された西洋の近代科学が「朱子学」(イデオロギー)的なものとして機能したということに、逆説(逆接)的に対応(対抗)する思考だったという解釈です。

まぁ、政治的な「忠義」(イデオロギー)よりも実践的で心情的な「孝行」(ハート)を、儒教の奥底に横たわるものとして、ある種の倫理的な規範としたということでしょうか? (このあたり、もうひとつ私には不明ですが…)
 
ということで、

儒教から朱子学となれば、(我が国においては)次は陽明学になるような気がしますが、

この陽明学からは、大塩平八郎とか三島由紀夫?といった、いわば反体制の(実践的)革命思想(家)が出てきているというのは、いささか興味のあるところですが、
柳田国男探訪すらその玄関口に立っていない私にとっては、その辺りは遥か彼方の暗黒星雲群として、いまだ検証するに至っておりません。

また、地勢的に見ると中央の影響(文化)が時と距離を置いて(同心円的に)周辺部に浮上するという説から見ると、古代中国で焼失した文化(文書)が辺境の島国である日本で長らく沈潜したのち、時代を経て再浮上した(発見された)というのも、構造的な帝国原理からすると、これまた面白いものがあります。

以上、大幅にでたらめな個人的珍説を恥も脈絡もなく開陳しましたが、安定期(平和期)から大混乱期に突入しそうな、今現時点こそが、本来の(経世済民的実学としての)儒教を政治思惟化するための社会的契機かも知れませんね。

とはいっても、お堅いイメージの公官僚的な柳田国男よりも、オカルティックな「まれ人」志向の折口信夫とか、アマチュア色が感じられる宮本常一あたりの(写真の)方が、私の曖昧な嗜好具合には合っているのですが…

メビウスさんのコメは私には難解すぎてお勉強いたします、というしかないのですけれども、暗黒星雲群にはしぬまえにとりくんでみるかな??
んで寝る前にマドモアゼル愛せんせの暗黒星雲群(失礼な!)の動画見たら、今は月の時代だから人気のあるものは全て嘘、そこにはなんにもない、それを死ぬ前にたったひとりで気づくのだ、というお話。
たぶん竹内結子の件に向けたのだと思うけど。
次は太陽の時代だってお話なんですかね。
ほんとくだらないコメ欄で申し訳ナイデスタマゴナイデス。

殺生は嫌だけど北海道ジンギスカンは食べてみとうございます。
私の山の家の前オーナーさんは、鎌倉在住で次の別荘を北海道に求めたらしく、みな北を目指すのかもしれない。
私も親の介護に入る前、北海道の秘境の温泉巡りをしてたことがある。

私も何を書いているのか自分でもサパ~リわかりませんので…

それよりも、お役所の行政文書などの方が難しくて、まったくわかりま千円。

仕事中はタブレットでYouTubeを自動再生にして、
作業場で流しっぱなしで聞いているのですが、

今日は、JUJUの「東京」(歌手とかジャンル無視で「東京」というタイトルの曲を、とりあえずいろいろ聴いてみる無意味な自分企画)とか、
中国のハンディキャップ歌手のこともあって、テレサテンの「ジェルソミーナの歩いた道」(まぁ、ある種、障がい者大道芸の元祖かも)かなにかを聞いた後に、
一月万冊とか藤原直哉かなにかが入って、その後、マドワセル愛の動画が流れてきました。

そういえばそこで、「月」は悪いものの象徴というようなことを言っていましたね。

仕事しながらの聞き流しなので詳細は不明ですが、2本ほど聞いたうちのひとつは、
トキオの山口某の飲酒運転問題かなにかを擁護口調で話していました。

芸能人という人気商売柄か、性器じゃなかった精気とか生気が吸い取られるのでしょうか?

それとも、噂されるような何か陰謀論的なものがあるのでしょうか?

儒教とか朱子学というよりも、私としては、明治維新の人物たちの革命の拠りどころとなった、
日本における「陽明学」の方に、右翼的な国家主義とは違った意味でちょっと興味があります。

月は悪いもの、とかそういう単純な話ではないんですw
大変に奥深いお話です。
性戦術は、じゃない星占術は、星に象徴的な意味を込め解釈する手法です。
私は象徴論も中途半端なんですけど結構好きでしたw
一般的な星占いでは、個人のホロスコープ上の月を「個人の性格」の象徴として解釈してきました。例えば生まれたときの月の配置が獅子座である人は、リーダーシップのある太陽のように明るい人である、という風に。
しかしマドモアゼル愛せんせが2年くらい前からようつべで語られるには、月は見てはいけないもの、月とはどうしようもなく惹きつけられ捉えられてしまうけれど、裏返しである。
その解釈ですと、月が獅子座の人は一見上記のとおりに見えます。しかし、本人は本質的には違う、というかその反対である自分に気づいています。心の中では常に月に捉えられているので、自分がリーダーシップを持ち太陽のようであらなければならないと思います。そしてそうはなれない自分に無駄に悩み苦しむ。そうして月はその人を一生捉えて離さない。
そんな感じのお話です。
いま私が鶏揚げてみた月が獅子座とはスンズロです。
人って他人を羨んだりしますけど、羨ましがられてる当人は全然長所と思ってない、ということがよくありますけど、月が獅子座になければそもそも自分にリーダーシップが備わっていなければ、という思いにはとらわれない、どーでもいーのですよね。
月って、美しいけど、いつも夜道をついてくるし、不気味ですよね。


つまりこういう事ですか?

・中国文化には、超越的支配者である「神」の概念が希薄で、欄外からの補助線のような、「神による規定」という行動規範が発達しなかった

・そのため、欲望や闘争の混沌状態にブレーキをかけ、社会を維持するツールとして「超越者」でなく、あくまでも「優秀な人の、役立つ教え」として論語が発生した

・中国文化は、超自然的な超越者による規範よりも、「天」という、あくまでも物質界に即した「宇宙的必然」の方にリアリティを感じ、一種の科学として道教など他思想も発展した土壌があった

・秩序維持ツールとしての論語を権威づけるため、後世の権力者は「論語の説く道徳秩序は宇宙的必然」という学理を発達させた

・論語をダシに宇宙的必然論にまで行きついた陽明学は、日本で「宇宙的必然論を身につけた自分の行動は天の摂理と化し、主君徳川家を倒し天皇国家をつくるのは宇宙的必然」という超武士道を生み、本来なら下級武士の言語道断のクーデターである明治維新の正当化につながった

ほかいどは開拓民山師云々の子孫が多いので新参者にも住みやすいですよね
気候は厳しいですがω

暖房費が賄えるのなら良いのですが
標準価格的な物はほかいどでも同じ価格ですし送料も高いです
がねえ

海の幸山の幸等はほかいどはとても宜しいですな

ジンギスカンですが、実は贔屓にして喰ってる通販のは遠野の老舗の奴ですω
ぶっちゃけニュージーランド産の羊さんです
まあお手軽にオーダー出来ますから通販もアリかと

ほかいどの住民と宜しくやっていると、行者にんにく送ってもらえるので旬になったら知人に毎年お願いしてますね
ジンギスカンには最高に合います
余ったら真空パックで冷凍庫に入れたらある程度は持ちます
こないだのもソレです
返礼も必要ですがねえω
豆州楽市のスイーツ等を賄にしてますな


無益な殺生は嫌いですが、喰ったら美味いんで喰う!
ってのもあんま変わらないか……
鉄馬駆るような螺族は自然破壊者必至故、ある程度開き直ってますが
諸々無駄に徹底度を求めるとロクな結果になりそうもないのでね……

月は悪いものではなく、逆に魅力的すぎて
どうしようもなく惹きつけられるからこそ怖ろしいもの… ですか…

となれば、まさに男にとっての女性のような存在になるのでしょうか?

(ああ、怖ろしい… 饅頭怖い。お茶はもっと怖い)

まぁ、空に描かれる天体としては月は最大のものですからね。

太陽はそれを照らす光源自体(描写のための装置)として考えれば、
人間から見る物語の主体は、むしろ太陽の反対側にある月と星ということになりそうです。

占星術はまったく興味と理解の対象外で、私の生活や人生とは無縁の存在ですが、
最近よく見る『おととひの世界』というおやじブログに盛んに星座の図式が出てきて、
政治的な意味で、以前よりはちょっとは関心を持つようになりました。

といっても、その見方(解き方)はまったく理解できませんので、
単なる星や月や太陽の相対的な位置関係(惑星重力の物理的な調合具合)といった印象です。

私も元々は(顔と文体には似合わず)こう見えても案外ロマンチックな人間なので、
そうしたものへの反発もあってか、象徴(サンボリズム)的な表現を飛び越えて、
二十歳過ぎ位の頃から「現象(学)」の方面に興味が向くようになってしまいました。

つまり、「もの自体」をそのままダイレクトに認知するのではなく、
一度「言葉」をいう表象記号に還元してから認識するという感じですね。

そのため、「言葉」(記号)としてとらえられないものは神秘的なものとして、
とりあえずは「オカルト」的な範疇のものとして彼方に遠ざけることになります。

ということで、

直感的なものとかエモーショナルなものといった感覚的(右脳的)なものは、
どうしても本能的に怖れて遠ざけてしまう性向になるわけです。

もうこれで何十年もやってきたので、この石頭のまま棺桶の中に入るとだろうと思われます。

生年月日は判りますが、生まれた時間がもう分らないので、
正確な占星術的占いの対象者としては無理があると考えていますが、

星座は恥ずかしながらヴィジュアルイメージとは正反対の「おとめ座」です。きゃ~っ( *´艸`)

>名無し 様

私も専門的に中国の歴史事情を検証しているわけではありませんので、
あくまでも印象的に述べたものです。

それでも、感覚的には、中国に対しては、いわゆるユダヤ教とかキリスト教、イスラム教といった、絶対的唯一神(大文字の「GOD」)的なものはイメージとして涌いてきませんので、経典宗教としての仏教的なものは儒教(朱子学)の基底に横たわっているとは思われるものの、

そうした宗教的な概念がそのままベースとなって社会統治のための政治的な規範(道具)に、儒教的要素が昇華していったかどうかは、私にはわかりません。

ご指摘のとおり、中国においては、(宇宙天文学を含めた)もっと科学的な思想原理が、政治や社会における行動の指針になっていた可能性もあり得ると思います。

むしろ、唯一神的な抽象度より、もっと現実的で合理的(物理的・現象的)なものとして、「天」(宇宙とか占星術的なもの)という包括的な概念を、社会・政治を運用するためのツールとして導入・発展させ、国の統治に利用していたのかも知れません。

そのあたりが、絶対的唯一神と人間個人が個々に一本釣りされる形で結びつく、ユダヤ・キリスト・イスラム教とは違って、むしろ人間そのものの在り方(実在の教師・導者としての聖人思想)として普及していったとも想像できます。

まぁ、本当の歴史と解釈はまったく違うかも知れませんが… 

こうした中国の合理的思考(志向)が、現在の「共産主義」(唯物論的マルクス主義)と、ある種の親和性を持っているとも考えられます。

(日本における)陽明学についてですが、

明治維新における各人士たちの行動規範のベースに、この陽明学的な思想があったと見られていますので、陽明学のある部分には(その時代状況における)革命的なモチベーションを喚起させるような、「自己犠牲的な要素(精神)」を内包していたとも思われます。

(それが西洋的な見方によれば「死ぬことと見つけたり」といった、疑問符のつく凡庸な「武士道精神」に脚色されてしまう恐れもありますが…)

どちらにしても、儒教(朱子学)を含めて私には未検分(見聞)の分野ですので、時間と余命があったら、少しくらいは齧ってみたいところです。

お答えになるかどうか分かりませんが、ほとんど検証も何もなしの印象コメントですので、笑止千万と笑い飛ばしていただければ幸いです。

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雲南思芽スーマオ炭焙 200g1500円
ジックリと炒り込んで、苦味の奥から微妙な糖分を引き出した雲南コーヒーです。国際市場では新顔の雲南コーヒーですが、100年前に宣教師が自家用に持ち込んだという歴史があります。砂糖なしでも飲みやすい甘みがあります。
 
北朝鮮のミサイルはなぜ日本に落ちないのか―国民は両建構造(ヤラセ)に騙されている
貴方はご存知だろうか?金正恩が150以上の国々と通商関係を結んでいることを。首都平壌が資源バブル に沸き立っていることを。日本とアメリカが彼らの核開発を援助したことを。 「狂人的な独裁国家」という北朝鮮像はインフォテインメント(報道番組を偽装したワイドショー)の中にしか存在しないことを。税・送料こみ1870円
略奪者のロジック 超集編 1650円
「ディストピア化する日本を究明する201の言葉たち」です。まさに今現在の日本の状況を冷静に見極め、何が起きているのかを鋭く考察した注目の一冊 となっています。
二ホンという滅びゆく国に生まれた若い君たちへ ―15歳から始める生き残るための社会学―「君たちが対峙する脅威とは、外国資本の傀儡と化した自国政府であり、生存権すら無効とする壮絶な搾取であり、正常な思考を奪う報道機関であり、人間性の一切を破壊する学校教育であり、戦争国家のもたらす全体主義である」(本書「まえがき」より) 税・送料こみ1650円
 

雲南思芽熱風焙煎 200g1400円
香りを活かしたサードウェーブ系の炒りです。炭焙より香りが強く酸味があり、苦味は抑えめです。

炭焙モカブレンド 400g2080円
モカマタリに、コロンビアとブラジルを当量ずつ。今では極めて少なくなった伝統の炭焙で、深煎りの極みに、苦味の中から仄かな甘みが味わえます。 400gのお徳用です。
  
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「究極の抹茶ラテset」の内容は、抹茶50g、乳の粉200gです。砂糖は含まれていないので、普通の白砂糖でも、三温糖でも、お好きな砂糖を用意して下さい。このセットで12杯分の抹茶ラテが作れます。街なかで売られている抹茶ラテとは格段の差があります。飲んだら驚く。
税・送料込み.2110円
「究極の抹茶ラテset」

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お湯に溶かすだけで「ほぼ」牛乳! カフェオレやカフェラテ、ロイヤルミルクティーが簡単に作れます。
丹那牛乳の全脂粉乳200g1120円
続・ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ―16歳から始める思考者になるための社会学― 私たちが直面する「重層化する危機」とは何なのか? もはや国家の消滅は避けられないのか? そして私たちはこの時代を生き抜くことができるのか? 本書はそれに明晰に答える最高峰の社会学テクストである。 税・送料こみ 1650円
放射能が降る都市で叛逆もせず眠り続けるのか- 原発事故は終わっていない。それは今なお進行する現実であり、身近に迫るカタストロフなのだ。なぜ国家は何もしないのか、なぜ報道は何も伝えないのか、なぜ国民は何も考えないのか、社会はどう変わるのか、経済はどう動くのか、そして我々はどうなるのか......... 答えは本書にある。 税・送料こみ1870円
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無農薬で無施肥、南アルプスの自然に還った山のお茶を、薪火による釜炒り、炭焙による乾燥で仕上げました。今年の春摘み茶はこれでオシマイです。限定500袋の発売となります。

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<蔵元 田中屋本店> 三年漬梅干 
17-23粒袋入 税・送料込み1320円
塩だけで漬けた梅干しです。添加物一切ナシ。豆州楽市でどうぞ

  
<友和組合株式会社> 明治時代から愛され続けた、熱海の元祖七尾たくあん三年漬 3本入りです。税・送料込み2600円

ポルノ雑誌の昭和史 (ちくま新書)



300円で買える
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