とにかく塩で飯食ってた

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江戸時代の食事、というんだが、鬼平犯科帳読んでいると、軍鶏鍋とか兎とか、鰻とか、鯉とかやたら食っているんだが、そんなのはごく一部の上流階級の食べ物であって、庶民は動物性タンパク質なんか採れない。蕎麦の産地でも汁は人参で出汁引いたりしていた。ただし、江戸では下々の者までが白米を食っている。武士の俸禄はコメが基本で、地方からコメで集められた税金は都会の米相場で現金に替えられる。それが江戸の庶民の食い扶持となる。だから江戸ではみんなコメを食う。産地の田舎では、コメは税金であり、換金作物なので、なるべく自家消費は控え、雑穀を食べる。

つけもの、汁物、手前みそ、塩、玄米2合――。社会学博士が作った「江戸時代のごはん」がなかなかの破壊力で話題を呼んでいます。昔の人すごい......!
投稿者は中部大学人文学部コミュニケーション学科の助教・おうこうはん(@SUSHIwanghaofan)さん。
「いつも『江戸時代の食事がね』みたいなことを授業でしゃべってるんですけど、諸事情で自分でつくる必要がでてきてつくってみたんですよ。
玄米2合はやべえっすね」と、自分で作った"江戸時代のごはん"を画像付きで紹介したところ、5万件を超える"いいね"が寄せられました。
お米1合が大体お茶碗2杯分と言われるので、玄米2合だと4杯分。重量にして1036グラム。
これを食べきるためにつけものが大量に必要だということがビジュアルからしっかり伝わってきます。

塩でコメを食う。これが基本で、そういや塩なめながら日本酒飲むヤツいるけど、そんな感じです。

18102502.jpg 税・送料込み 1300円 <炒り玄米の番茶粥セット 6食分(2食分×3)>
弱火で20分間コトコトと煮るだけでカンタンに作れる番茶粥セットです。一人前ずつ小分けされているので、とても便利。コメは、無農薬・無施肥の自然栽培米です。番茶ももちろん、無農薬・無施肥の自然栽培茶。「日本の食」を追求して来た豆州楽市、薪炒り番茶KKが辿りついた、ひとつの結論です。
【画像】 社会学博士が「江戸時代のごはん」を再現 ご先祖様はこんなもん食ってたんか......というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。
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ハンバーグねーのかよ
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↑俺はエビフライがいい
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干しイワシ一匹を「尾頭付き」と表現した必殺の彼はリアルだったんだな
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キムチがない
サラダもない
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江戸時代ってここまで大量に食えるほど裕福じゃない気が
ましてや米なんて...
日本史のアニメ全部一気に見たが、食料事情だけは近代までかなりキツかった記憶
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↑いまだに貧農史観にとらわれてるのか。
江戸時代の日本全国で取れるコメの総量を
江戸時代の人口で割ると、末端庶民でも
それなりに米食えてたことがわかるんだよ。
金持ちだからって5合も6合も食えねえだろ。
結局みんながそれなりに※食ってたことがわかる
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↑飢饉の頃を除けば中々グルメな食生活を楽しんでそうだぞ
江戸の瓦版から市民生活を調べた本があるけど面白かった
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二合とか1日分でも食い切れないわ
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昔の日本人って生野菜とか果物食ってないよな
冬場に至っては漬物とか干物ばっかだろ
絶対栄養偏ってただろ。
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↑うちの祖母は昭和一桁生まれで元気に一人暮らししているが、生野菜は胡瓜とトマトくらいしか食べない
ぎょう虫を避けるために生野菜は食べないよう教えられたと話していたが、その娘の世代になると欧米式のサラダが一般化していたみたいだ
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なんかで読んだけど駕籠屋が質素な食事で延々走れるのをドイツ人が驚いて
肉食にしたらどこまでやれるかって実験したら3日目でバテてたらしいな
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↑たしか明治時代にベルツがやったと思う。
友人と軽井沢まで行くのに、馬と人力車で行ったら人力車の方が先に付いたので
肉を食べさせたらもっと速くなるかと思って実験したら駄目だったという記憶がある。
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農民だろこれ
町人は白米食ってたぞ
で、脚気だらけになったわけだが
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そういや年寄りとかって生野菜食べない人多いよな
昔は食べてなかったのか?
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↑昔の農作物は寄生虫が必ず付いてたから生野菜なんて食えた物ではなかった
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宮沢賢治の雨ニモマケズにも一日四合の玄米と味噌と少しの野菜があればおkみたいな一節があるね
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↑宮沢賢治の時代は1日四合でも少食なんだって
江戸時代もそうだけど、昔はおかずがないから、その分を米でエネルギーと栄養をカバーしてたって聞いた
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米にはわずかしか蛋白質が含まれていないにもかかわらず、とにかく蛋白質を米から摂るという食生活だったから、大量の米を喰う必要があった
今でもそのなごりで一升飯を食べる祭りなんかが残ってる
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江戸は白米食ってたんでしょ
大坂と京もまともなもの食ってたと思う
それでも魚は滅多に食えなかったらしい
天皇も同じ鯛を昼と夜に分けて食べてたし将軍も冷えた代わり映えしない飯を食ってたし商人が一番良いもん食ってたんじゃないの
地方の農民は大量の玄米と漬物少々って感じ
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昭和中期までこんな感じよね。ここにちょっと魚が増えるくらい。
でもこれだけ糖質取りまくっててもみんな痩せてたんやで。
現代人、ずーっと座ってるから太る。
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↑宿場町の間隔って老人や女子供が1日で歩ける距離ごとに作られてんだけど、平地だと40kmとか離れてんだよね
昔の人って健脚だったよな
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最近米と味噌汁と漬物の組み合わせのヤバさに歴史の重みを感じている
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玄米は完全栄養食、おかずなしで1日2食ならこんなもんでは
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ちなみに東南アジアの米は水分が少ない品種なので腹が膨れずに毎食これくらいの量を食っている
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江戸とその他で格差激しそう
江戸は庶民でも寿司の屋台とか蕎麦とか天ぷら食えるけど田舎の農民は玄米に粟とか稗を混ぜた汁とかしか食えなかったんじゃね?
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昔の農民がコメ食えないっていう間違ったイメージってどこから来てるんだろう
このスレにもチラホラいるけどさ
粟やヒエだけ食ってると思ってんだろ?
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↑売ったほうが得だから食わないだけ
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↑室町時代の大名だったと思うが
米は清酒にして売った方が格段に儲かるから毎日の食事が粟ばかりで嫌になる
と書き残してる人がいたはず
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池波正太郎みたいな飯じゃないのか
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1回の食事に玄米ごは2合も食べるの?
1日2合の間違いじゃない?
1日2回の食事として4合も食べるって無理だと思うんだけど...
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↑宮沢賢治も
一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
って書いてたし
普通一日二食だから食ってたのかもよ
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出汁とかあったのかな?
煮干しとか鰹節、昆布なんかは一般的だったのかが気になる
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↑基本的にその地域周辺で取れないものは高級だったんじゃないかね
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タンパク質が足りんからそらチビになるわけだわ
長距離走とか長時間労働は得意だったろう
塩分は摂りすぎても大丈夫というか運動量に合わせたのが適量
現代でもアスリートなら一日20~30g摂って平気
あと血圧は絶対値で比べても意味がない
本人の健康な血圧がある
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やっぱり日本人は大豆でタンパク質を摂ってるね
これは現代日本人にも当てはまる
大豆は日本人には分解しやすく
吸収されやすくなってるはず
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写真だとすごい量のコメだけど、まさか一回の食事でこれ全部食うわけないよね?
一日分だよね?

そういやうちの妻もショッピングセンターのカート回収のバイトしてたが、あれはかなり体力使うんだ
そのころは男性向けのラーメンをぺろりと平らげていたな
やっぱ体動かす仕事するとモリモリ食うんだよな
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とにかく塩で飯食ってたんだな
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1日中朝から晩まで働くにはとにかくそれを支えるエネルギーが必要
その為には大量の玄米ご飯と塩分は必要不可欠だった訳か
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わかるわ
地主な親戚(農家)の家でご飯御馳走になると
>>1みたいなご飯が出てくる。
残すと悪いから、正直に「食いきれません;;」って言って
半分未満にしてもらう。
伝統的にそのくらいの量食べるらしいけど
みんな痩身体形なんだよなぁ、体育会系みたいな。
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栄養バランス的にはタンパク質足りないかな、くらいで割と良さげだな
あと納豆か魚か卵でもあれば
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↑江戸時代は納豆汁が定番だから。
味噌汁に納豆豆腐だから高タンパク。
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江戸時代の食べ物と江戸の食べ物は違ったりするからな
地域格差が現代とはケタ違い
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流通が今と違うので、魚なんて海の近くのヒトしか食べられない。三島の北に裾野市というのがあるんだが、ここは蕎麦の産地で、けれど徒歩で海まで一日がかりなので、海産物は手に入れにくい、小魚を乾したものくらいか。それも江戸時代には人間の食べ物ではなく、「肥料」です。肥料として貴重なので、人間が食べるなんざもってのほかw ウチで売ってる「カツオの生利節」は茹でてあるので他所ぅは日持ちする。塩サバとか、干物とか、それも人間が運ぶんだから遠くには運べない。まぁ、中国の農村動画みたいな世界です。

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あまり関係は無いが
先日業務で丹後網野に逝ってきた

遅い昼食を摂るべく原住民………
ではなく依頼先Bの黒猫のおばちゃんにオススメを聞いて、「ひものや」っつー店に

地物海鮮丼
コイツは梅ーω

十二分に満足したので干物を買って帰った
地物ハタハタの干物等

ちっこいがいい味してるは
秋田で乱獲されるワケだω

玄米も圧力鍋でやっつけられるんだが、水浸け12hとか24hなのがなあ
それさえ無ければフツーに喰えるが

> 庶民は動物性タンパク質なんか採れない
コレはどうだろうか、農村だったらタニシとか蛙とかナマズとかイナゴとか、農薬もなかった時代、自然の脅威は今日考えられない程すさまじく、その中には動物性蛋白源となるものも沢山あった筈である。タダ、それらの多くは今の時代食わない、というだけの話だろう。
アヘチャンネルも(政治ドラマな)大河ドラマなんかやめて、各時代の庶民の生活が分るのようなものを(最新の研究成果をもとに)やれば結構ウケると思う。とにかく衛生状態が悪くってヒトは簡単に死ぬ、とか、トイレはどんなだった、とか

だから年取って胃腸が弱ってくると
コメが消化できなくなって急激にやせ衰えて死んじゃうんだけど、

近年の老人は年金で食糧事情良いから
現役世代より肉野菜たくさん摂って長生きなんだよ。

8兆円の年金運用失敗
強盗キャンペーンで地方老人をコロナで処理するというのが
政府の狙いです(キリッ

まぁ、一食分が米2合で一日二食、あわせて一日で4~5合は米を喰っていたと思われます。

木材の原木をオガという巨大な鋸で挽く「木挽(こび)き」の仕事では、
「木挽きの一升飯(めし)」といわれたほどですから、
重労働をするものは、もっと米を喰っていたのではないでしょうか…

動物性のたんぱく質も、江戸時代半ばごろからは、「生類憐みの令」などによって、
四足の動物の肉食は表向き禁止されていたようですが、

「ぼたん」とか「さくら」とか「山くじら」とかに名称を変えて、密かに食べられていたとされています。

ウサギも四足ではなく鳥の扱いで、「一羽、二羽」と数えられていましたので…

ところで、この動物の肉を扱っていたのが、東京(江戸)では千代田区平河町(平川町)一丁目界隈(現、第一生命ビル)とされ、
あの首切り浅右衛門(山田浅右衛門)の家があったところといわれています。

ということで、

動物の肉はもとより、人間の肉(臓器)も、貴重な漢方薬として取引されていた模様です。

はたして塩気が効いていたのかどうかは、
私はコメント以外で人を喰ったことがないので不明ですが…

 たんぱく質を取らないと脚気で死んでしまう。
麦飯、大豆を摂取してたんだろう。

>↑宮沢賢治も
>一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
って書いてたし
>普通一日二食だから食ってたのかもよ


パパ 「賢治、昔の人は、味噌とつけもの野菜に2合の玄米ごはんだったって、知ってた。」
賢治 「知ってるよ。「一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」てたんだよ。」
パパ 「なんか、どっかで聞いたような気がする。」
賢治 「こないだ学校で、名前の由来、というのがあったでしょ。 で、パパに聞いたでしょ。 そしたら、宮沢賢治という偉い詩人がいて、その名前をつけた、ってパパ言ってたじゃない。」
パパ 「、、あ、、、そうだった。」

(お米を一日に4合も?宮沢賢治の名詩「雨ニモ負ケズ」に描かれた近代日本の米食文化)
「肉体労働の多い農家や商工業に従事する者、兵士などは貧弱な副食を補うため、4合どころか6合も食べることはざらでした。面倒臭い手作業や農業をしなくても6合のお米が食べられることを理由に、兵士や出稼ぎ労働者になる人もいたほどなのです。」
https://mag.japaaan.com/archives/62396/2

 これも例のパターンで、コメントをほとんど書き終わって5cherが何か書いてないかチェックしたら、やっぱありましたw 

最近は糖質カットのためにご飯自体をそんなに食べなくなりましたね。

https://inga-cae.com/index.php/2020/07/06/post-502/

 ただ、玄米飯だけでは、なんとか必要最小限の蛋白ビタミンはとれたとしても、体は大きくなりません。 江戸時代は、肉食もしていたもっと古い時代に比べて、かなり背が低かったようです。

 その中で例外が二宮尊徳。 大豆をすり潰した呉汁を毎日食べていたとか。 大豆は、マメ科ですから、窒素分の少ないやせ地や隙間みたいな土地でも育ちます。 子供の頃、尊徳は、そんなとこに種をまいて、自活してきたのでした。 大豆、それもそのまますり潰したものは、身長を伸ばすためには、もっとも効果的な食品の1つと、今日では言われているようです。 尊徳は、当時珍しい6尺の大男でした。

(尊徳とご汁)
http://chihou.jp/setup/20180514916

(かわじま呉汁)
http://www.kawajima.or.jp/suttate/gojiru/index.html

 余談ですが、江川坦庵公にしろ、二宮尊徳にしろ、これからは民主主義の世の中だ、そのためには自ら自律することが大切だ、と実践に励んでおられた方だったようです。 それを、エゲレスの手先になりさがった薩長軍閥政府は、民衆封じ込めに利用してしまったのでした。 

(二宮尊徳)
「天皇を頂点とする中央集権国家を目指す明治政府にとっては、極めて都合がよかったのである。そのため、二宮尊徳の類まれな創造性や先進性は切り捨てられ、主君への忠義や勤勉といった側面だけがクローズアップされてしまったというわけである。

 GHQのインボーデン少佐は、戦時中に刻苦勉励の象徴となっていた二宮金次郎について、軍国主義的だとして否定するどころか、意外にも逆に以下のように述べて誉め称えている。

「二宮尊徳翁は、日本のアブラハム・リンカーンである。自由と民主主義を日本で初めて実践した人物である」

 表面だけをとらえて利用しようとした日本の軍国政府よりも、外国人の方が実際をよく分っており、評価も的確である。」
http://koukorekisikikou.a.la9.jp/ninomiya/ninomiya-main.htm

違います。脚気はビタミンB1不足です。

 一言つけくわえておくと、さっきのインボーデン少佐というのは、朝鮮戦争前夜、二宮尊徳を民主主義者と持ち上げることで、日本人が社会主義に走らないよう、世論工作に励んだんですね。 ま、CIAの手羽「元」といったことか、この少佐殿は。

 ただ、だとしても、やれエゲレスだ、やれダメリカだ、そしてお次は来たるべき覇権国家の中国様だ、と右往左往するのではなく、自らの歴史をふりかえって、その中にすでにあったいい芽を見つけ、育てていくしかないでしょう、われわれ日本人は。

税金を米で取り立てる爲に寒冷な東北地方に稻作を強制する。其の爲に彼等が主食としてゐた栗の木を、大和朝廷はあらうことか彼等の手で伐採させる。米食により確かに人口は増えたかも知れないが、支配の爲に植生や食文化まで變へさせた爲に冷害の度に食料難に陷る始末。豐かな筈の東北で饑饉が度々發生し、近代にあつても”娘を賣りに出す”事態に及んだのは”作られた貧困”によるものだらう。福島縣が原發誘致に動いたのも賊軍支配域ゆゑに貧困に留め置かれた爲。志願して迷惑施設を誘致に及ばされたのである。大和朝廷だらうが薩長政府だらうが實に碌でもない政府であるな。


以上は單なる前振りなのだが、專業ではなくともマタギ衆はゐなかつたのだらうか。米増産の爲に増えた人口を養ふほどの山の幸には惠まれなかつたと謂ふことだらうか。杉や檜を強制的に植ゑさせるやうな惡辣を働いた爲に廣葉樹と共に動物達もゐなくなつたのだらうか。富農ならば獵銃も狩獵許可も所持してゐるなど昭和まではあつた筈である。311以降は喰へたものではないし、穢土の都市下層民にマタギも何も關係ない譯だが。

最後にだが生きる爲とは雖も昆蟲を捕まへて食べるまでして長生きはしたくないところではある。今後倭國が鎖國や貧困の極みに陷るにしても鷄や鷄卵邊りで踏み止まりたいところと。一日に玄米四合を食すのも木偶の坊と呼ばれるのも良いのだが。

一日二食が基本でしたので、一回の食べる量が多かったのです。栄養豊富な玄米食に一汁一菜と言う最高の食事をしていたのが江戸時代の庶民。

面白い話があり、飛脚はおにぎりしか食べていなかったのですが、オランダ人がその持久力を信じられず、肉を食べればもっと早くなると言って、飛脚に肉を食べさせたのですが、肉を食べた飛脚はさっさとバテたそうです。米恐るべし。

山本太郎みたいな偏差値35にも満たない相対的大脳機能障害者が65万票も得たことに驚愕するよなw85万票の宇都宮健児先生に迫る勢いだもんなあ。宇都宮さんは副知事候補に名前を上げた人が悪すぎたなwエロの伝道師が副知事じゃあ歌舞伎町のホストを一掃するなんて説得力ゼロだもんなw

江戸のヒトはトニカク
白米が好きで 脚気に
ナルヒトが多かったようです
地方では玄米や七分搗 雑穀米
ナドを食するため
カッケは少なかったようです
金山寺味噌 松前漬 松浦漬け
塩辛 塩鯨 ゴハンの供があれば
驚く程沢山タベラレマス
お試しあれ!

「塩2」対「酢10」の“塩梅”で調理すると、

コテコテの宗教ファンダメンタリストたちの、
大好きなオカズの味になるかも知れませんね。

江戸患い
https://www.maff.go.jp/j/meiji150/eiyo/01.html
江戸時代、それまで主に玄米を食べていた江戸の人々にも白米食が広がりました。以前は、白米は身分の高い人しか食べられないものだったのです。

ところが、その頃から奇妙な病が流行り始めました。白米を食べる習慣は都市部から広がり、地方ではまだまだ玄米食が中心だった当時、江戸を訪れた地方の大名や武士に、足元がおぼつかなくなったり、寝込んでしまったりと、体調が悪くなることが多くなりました。そんな人たちも故郷に帰るとケロリと治ってしまうことが多かったため、この病は「江戸わずらい」と呼ばれました。当時の明確なデータはありませんが、亡くなる人も少なくなかったと思われます。

のちにわかったことですが、これはビタミンB1不足が招いた「脚気」という病気が原因でした。胚芽部分に多いビタミンB1は、精米で取り除かれてしまうため、白米にするとわずかしか残りません。当時の人々は一汁一菜が基本で、ご飯を大量にとり、おかずの量も数も少なかったこともビタミンB1不足の原因となっていました。
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ところでいつもの薩長がーのアホだが。

長閥森鴎外のクソバカが陸軍に脚気を蔓延させ、しかも玄米食による対策を妨害したのは今や常識ですな。

一方薩閥高木兼寛(海軍軍医総監)のいた海軍では脚気は根絶されていた。

軍医森林太郎と脚気
https://www.fuanclinic.com/ooi_h/ooi_q57.htm

海軍医務局長高木兼寛は、明治8~13年のイギリス留学中、ヨーロッパに脚気がないことを知り、白米を主とする兵食に原因があるのを察する。彼は、まず遠洋航海実験で、蛋白を増やした新糧食により脚気の発生が事実上なくなるのを示した。さらに巧みな政治工作で猛反対を押し切り、明治18年以降、兵食を蛋白の多い麦飯に切り替えた。その結果、海軍での脚気はほぼ根絶する。

 一方、当時の陸軍軍医総監石黒忠恵は、脚気伝染病説を信じていた。彼の信念に理論的根拠を与えたのが、明治18年ライプチヒで陸軍一等軍医森林太郎が書いた論説「日本兵食論大意」である。しかし、古典的名著「脚気の歴史」の著者山下政三によれば、この論説は、彼の師ホフマンらの研究論文と明治15年頃の日本国内論文を「種本」にして書かれた「まったくの机上作」だったという。

中略

 明治21年帰国した森は、講演「非日本食論ハ将二其根拠ヲ失ハントス」で、米を食うのを日本食、パンを食うのを西洋食と定義し、日本食は脂肪、含水炭素、蛋白のいずれにおいても問題なく、西洋食に劣らぬとした。その中で、高木兼寛を「英吉利流の偏屈学者」と呼び、露骨な非難を浴びせている。また、実際に被験者に米食、麦食、洋食を食べさせる比較試験をおこなったが、「カロリー値、蛋白補給能、体内活性度」のすべてで米食が最優秀という結果が得られた。当時、ビタミン欠乏という疾病概念はまだなかった。当然のことながら、この陸軍兵食試験成績は後々まで引用され、陸軍兵食の正当性の根拠として利用された。

ところが、明治27~28年の日清戦役では、陸軍の戦死者がわずか977人にたいし、傷病患者約28万人、患者死亡約2万人であり、脚気患者は約4万人という奇妙な現象が起こる。前代未聞の脚気大流行であるのに、陸軍首脳はまだ懲りなかった。海軍には軽症脚気は認められたが重症例の多発はなかった。

 明治37~38年の日露戦争では、陸軍の戦死者約4万6千人、傷病者35万人であり、そのうち脚気患者25万人という驚くべき数字になる。しかも、戦病死者3万7千人中、脚気による死者が約2万8千名に登った。

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まあこのあたり、まともな論文一つないドメスティックな権威が正当な対策をぶっ壊す。今と同じ。
コロナ対策は、明治の脚気対策と同じ末路になると思いますな。
そして一世紀たった頃ようやく正当な評価が下されるはずだが、それまで日本という国が存在しているか。
甚だ疑問ですな。


>面白い話があり、飛脚はおにぎりしか食べていなかったのですが、オランダ人がその持久力を信じられず、肉を食べればもっと早くなると言って、飛脚に肉を食べさせたのですが、肉を食べた飛脚はさっさとバテたそうです。

×飛脚、〇人力車夫
×オランダ人、〇ドイツ人(エルヴィン=フォン=ベルツ:東京帝国大学医科大学[医学部]教授、大日本帝国憲法の内容も知らずその発布をお祭り騒ぎで祝う日本の民衆を揶揄した『ベルツの日記』で日本史教科書でもおなじみ)

キーワード:ベルツ 日光 人力車

で検索すると概要と結果がおわかり頂けるかと(ベルツが植物性食品の重要性に目覚めたのは、この出来事が原因とか)。

米については経験上考えることが多々ありました。

 日本人が洋食(肉とかシチューとかサラダとか)を食べるようになったのはご承知のように米国が自国の余り物を日本に押し付ける事から始まりました。
これは既に常識だと思っていたのですが皆さまのコメントを読むとそうでもないようですね。

 「米を食べると馬鹿になる」から始まって洋食推進宣伝隊を組織して日本中に料理法を説いて回り日本人がそれに染まっていった事は写真や記録に残っています。
 
 その後米国でマクガバンにより米国民の肥満と疾病の原因が肉食と砂糖・油の摂り過ぎであり、理想の食事は「日本食」との報告がありました。
そして、この報告は時の米国政権により潰されました。
健康によい食事の情報はつぶされました。

 
 日本人は米というと白米を思い浮かべるようですが、
米はもともと「玄米」のことを言います。
玄米を食べるようになってからまったく便秘がなくなった。
糠味噌漬のおいしさがよくわかった。
塩や海苔のおいしさがよくわかった。
そして非常に重要な事は、肉食では必須栄養素を十分に取れない為いつまでも食欲が満たされないという事、これです。


 生野菜には野菜毒というものがあり伝統的日本食は野菜
を煮炊きして食べました。生野菜は人間には適していない
のです。

 西欧の食事は植物生態が貧しく太陽照射時間が短く身体
に色素が少ない人種がやむを得なく選択した食事です。
日本人にはまったく合っていない。

 戦後のGHQの目論見どおり肉食やファストフードが日本
中にはびこり心臓病や糖尿病を増やすのに役立った。
その結果医療利権と薬剤利権が異常に大きくなった。
米国でマクガバン報告が潰された理由を考えてみて下さい。
米国のマトモな政治家は放逐され、今は薬・医療利権
(と武器)に関わる者ばかりが米国を私的に横領している。

 大きな嘘・策略は周到に計画されています。
50年程度のスパンではない。


玄米を炊くのに浸水時間が長くかかるから面倒くさいというかたがいるが、そんな事は何の言い訳にもならない。
食事が身体を作る食事以外に身体を作るものはありません。

食事を軽視することを我々はGHQから始まったこの社会のなかで徹底的に叩き込まれた。
誰が、何を、どうやって調理したのか全く
わからない物を食べる。
人間の歯が入っていたりするものを食べる。
 自分が食べる物を自分で作る時間や費用が
ないような「生活」に追い込まれておりその
異常性を自覚出来ない。

 繰り返しますが玄米はほぼ全栄養素を持っている唯一の食品です、白米はそうではない。
玄米のおいしさと体調維持機能を殆どの日本人が知らないことが非常に残念です。


 

ことわざ:バカはカゼひかないw
いい加減なフレーズではない妖だww
駕籠かきは冬でもハダカンボ(日常もホボ)www
暖衣をするとカゼを却ってひいてしもうンだそうだwwww
たすかに年中ハダカではバカに見えるwwwww

んー
「面倒くさい」とは書いてないんだが…

外で働いてると、な
規則的勤務ではないので仕事次第では何時帰って来られるのか分からないんでなぁ
そんな仕込みはメッタに出来ねーの

で?

玄米を食べてないオマエラは馬鹿
俺偉いω

でオケっすか?

玄米は必須栄養素がすべて入っているので、
もし、お米だけで栄養を満たすとなれば
白米より玄米の方が効率がいいはずです。

今後、深刻な食料危機が訪れるとしたら、
白米より玄米の方が需要が高まるかも知れません。

ということで、

小池百合子は勝ちすぎましたね。

得票数があまりにも不自然です。
こんなに取れるわけはありません。

こんなに票を大量に不正取得してしまうと、
疑惑の卒業証書と同様、後々辻褄をあわせるのが大変です。

小池が圧勝したことの原因(野党側の敗因)を、
宇都宮健児陣営を支持した野党連合勢力たちは、
山本太郎ひとりの責任に押し付けようと必死です。

山本太郎の票と宇都宮健児の票を足して小池百合子を上回るのなら、
そうした分析も可能ですが、

双方足しても小池百合子の得票数の足元にも及ばないとなると、

野党各党はもとより、与党側も含めた「山本太郎排斥」のための、
与野党合同の「談合的選挙互助会」に見えてきて仕方ありません。

もちろん、その「与野党互助会」の中心まとめ役となっているのは、
やっぱり結党当時から大きく変節して支持者の期待を裏切り続けている、
枝野幸男なる凡庸な男が率いる「利権」民主党なんでしょうね。

>玄米を食べてないオマエラは馬鹿
俺偉いω

でオケっすか?

で、OK でしょうww

オレも ズーッと 玄米食 食う2日前から 重曹を少量入れた水
に米を浸して 軽度の発芽玄米もどきにして 食うわけだ

文化 っつーのは 何でもそうなんだが その萌芽ってのは
手間をかけないと 育まれない っていう原理があるのネ

ここんとが 10000年かけても 挑戦人には 理解・実践できない
感じの 面倒くさい ヤツなんだニダ

松前漬けサイコーω

つーか
玄米フツーに美味いんだが、美味さで推せないのかね?
ガキの頃から喰わせておいて洗脳しときゃあ良いんでね?

 ワシは長年、なんで態々手間掛けて量を減らして精米するのか、が謎であったので玄米食というものに興味を持っていた。(食品成分表によると、玄米より押麦の方が可食繊維が豊富であるのでお通じ改善には押麦を推奨する) 庭に玄米を撒いても鳥は見向きもしないけれど、一雨降って発芽すると鳥はついばみにくる。実は玄米にはフィチン酸などミネラルを強力にキレートして吸収を阻害する有害成分が含まれていて、恐らく経験知としてこういうことが知られているから、食料が不足しがちな地域でも、通常は白米を食べるのであろう。この有害成分は発芽すると減少するので、この点では発芽玄米は安全かもしれないが、食品として発芽玄米が利用されるようになったのは最近のことなので、まだまだ思わぬリスクがひそんでいるかもしれない、食や安全は保守的であるべきなのである。無知故に玄米食をやっとる連中こそ馬鹿というべきである。

玄米だけで炊くとボソボソして
不味いンダナ 白米食い慣れた
お口には中々ハードデスナ
短命でも旨いもの腹一杯食べたい
アト何食食べられるか
数えられるくらいの歳デアル
毎日の夕食が昔の盆や正月
のようなご馳走 肉や卵は
病気に成らんとタベレンかった
われわれは
飢えることを体験しないで
一生を終える 希な世代なのかも
しれんね

得票数を時系列で追ってたんだが
私のソフト読みでは太郎は
70万に乗ってくるはずだった
後半で失速 大きな票田でダメ
だったミタイダネ

競馬が外れるはずだわ

⌘〄


    (#゚Д゚)y-~~ (コメント出来ませんw 暫く自重 )

発芽玄米は、フィチン酸が一時不活性になってる状態らしいな
一時だから、こいつをなんとこか保存したとしてもキッチリ後で蘇るw
そこで乾煎りを施せば、ゾフィチン酸のゾンビ化にトドメさせるし、そこそこの量も保存できるんじゃまいかw

皆さんの教養の高さには ついていけないので、、、バカな質問。

いつから、オ〇ペットのことを ” おかず ”と言うようになったのでしょうか?

>藤田誤郎 様

25歳を過ぎたくらいからではないでしょうか…

それまでは、“おかず”なしでも、
軽く2杯は逝けたような記憶があります。

たいへんそそられる疑問ですね。
> いつから、オ〇ペットのことを ” おかず ”と言うようになったのでしょうか?

調べたら、こういう主張がありました。
https://togetter.com/li/290616
「1985年にオレが「Momoco」誌上で使い始めたのが起源で、旧知の作家サンが『オールナイトフジ』の台本で流用してくれて、そこから世間に定着したものです。オレの造語の原点は落語と関係なく、中学の時の友人の発言。」

わりと最近の用法のようです。

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