ピチピチハツラツ

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【小仙若】なんかピチピチハツラツなんだが、おいらの好きなタイプではないんだが、でも、この娘は好き。ハーフじゃないか?と思うくらいにバタ臭い身体と顔で、中国女らしくない。中国で「イイオンナ」というと、もっとほっそりしてなよなよしているもんだが、この娘は白人みたいにガッチリした身体をしている。でも、いつも楽しそうに踊ってて、気分が良いね。

コメント(42)

御ちゅーかアマゾネスw
<人民服>似合わないダロなww
ジンミンフクて<神聖視>されてるんか?www
ジッチャンの古着をビンテージして<ダラシナク>着こなすとグーと思うべ査wwww

昔YMOは詰襟の人民服をステージでもよく着ていたが、今思えばあれはある種の未来の予感だったのかもしれませんな。

まあアルバムタイトルがpublic pressure だとか solid state survivor
だとか暗喩されているのは固い抑圧的な国家なんですな。
で、コロナなんかが出てくると固い国家が優位性を示してしまう。
不確定な時代は制服は固い職業の印。ナチスは失業者に制服着せてやって台頭したんですな。日本もそういう時代が来るかもしれない。

ところでその昔バレエやってた娘とちょっと付き合ったことがあったが、身体はコチコチの筋肉質。柔らかく踊っててものすごい筋力がいるんですな。必ずしも見た目は一致してないかもしれませんぜ。


キャロルのライダージャケット上下やダウンタウンブギウギバンドのツナギとアナーキーの

動労ナッパ服を経たYMO/イモのMao suit/中山服ですね日本では人民服としか呼びませんが

『毛主席語録』と同じように教養ある人はぜひ孫文/孫中山にちなんだ「中山服」と呼ぼう

YMO ホントは「芋」って意味なんだとは やや韜晦した坂本龍一本人から聞いたことです/笑。

龍一は今でこそ無知な民が「教授」なんて呼びますが大昔のアダ名は簡素に「ボロ」でした

永井豪の描く女性キャラみたい

よくわかりましたw

无苔嬰児=負け組
坂本隆一=勝ち組

という理解でよろしいでしょうか?

坂本龍一だったね 

訂正しますw

坂本龍一だったね

失礼しましたw

 YMOとは、懐かしい。
 幸か不幸かアルバムは1枚も保有しておらず、従ってじっくり聴いたことがない。
 でも、鮮明に覚えていることがある。
 YMOを熱烈に支持したのって「小学生」だったんじゃなかったかな。
 当時スタジオで練習してるとさ、シンセのケースを提げた小学生がダダダッとやってきて両隣の部屋に消えていくわけ(笑)。
 で、お子さまだけならいいんだけど、少しうまくなってくると人に聴かせたくなるんだね。まずPTAを連れてやってくる。そして、クラスメイトが大挙して押しかけてくる。
 10畳程度の狭い部屋からゾロゾロ30人以上の人間が出てくるのを目の当たりにしてぎょっとする、なんてことが何度もあった。
 当時のイケてる小学生は、皆YMOで音楽に目覚めたんでしょう。
 というわけで、子供たちに「バンドブーム」を広めた最大の功績者はYMOだと思う。これは凄いこと。
 ローランド、コルグのキーボードが市民権を得たのも、あの頃じゃなかったかしら。……いい時代だったなあ。

>当時スタジオで練習してるとさ、シンセのケースを提げた小学生がダダダッとやってきて両隣の部屋に消えていくわけ(笑)。

ちょっと調べてみたらYMOが活躍したのが1980年前後で、当時人気のあったシンセキーボードのメーカーはヤマハ、コルグ、ローランドなど(海外メーカーは高価でプロユースなので除く) 。61鍵盤のもので3社の代表的なモデルのサイズは、幅992~1018mm 奥行320~338mm 厚み101~120mm。重量は10~14.2kg。ちなみに人気の高かったヤマハDX-7が14.2kgでした。そして持ち運び用のケースですが、当時はハードケースが主流で重量はメーカーの現行品で大体7~8kgでした。

シンセキーボードとケースで総重量が軽く見積もって17kg。当時人気のあったヤマハのDX-7に至っては21kg超えです。

ここで疑問です。果たして小学生がこんなに重いものを提げてダダダッと移動できるものしょうか?

政府統計による1980年の男子小学6年生(11歳)の平均身長が142.9cm、平均体重が36.2kgでした。

電車でキーボードと思われるソフトケースを背負って乗り込んでくる人を何度か見たことがありますが、それは非常に大きく男性でも背中は全部隠れて、上端は大きく頭からはみ出していましたね。

20kg前後も重量があると大人が持っても非常に重く、軽快に動くことなど不可能です。しかもかなり大きな物になります。ちなみに通常のポリカンに灯油満タン(18リッター)で15kg弱です。内ポリカン自体の重さは約1kgほどです。ポリカン満タンだと大人でも持ち運ぶのに結構苦労します。

小学6年生男子と仮定して、平均体重36.2kgの子供が17kg~21kgのものを手に提げてって...たとえば私と比較してみると、体重70kgの私が40kg近くのものを持っているのと同じことになりますが、とてもダダダッなんて動けません。


次の疑問です。
>まずPTAを連れてやってくる。そして、クラスメイトが大挙して押しかけてくる。

こちらも言わずもがな。
当時も今も子供がPTAに連絡して呼びかける?なんてあるわけないです。調べるのもばかばかしいです。

平均給与額が現在の約半分の1980年代前半、小学生に当時25万円(DX-7)のセンセキーボードを買い与える親がたくさんいたなんてのも信じられませんね。小学生にバンドブームwというのも聞いたことありませんし、ネットで調べてもそのような事実は見つかりませんでした。

そして結論ですが、何でこんな嘘をわざわざコメントするのか理解に苦しみます。何かコメントしたいなら、なにも嘘を付く必要はないのにと思いました。

世の中にはいろんな人がいるんですねw

以上

https://www.ishibashi.co.jp/academic/history_of_the_keyboards/10-5.htm

http://www.mc-club.ne.jp/synthesizer/sh_32/01/index.html

 
 いま検索したら、79年発売のRoland / SH-2で重さは6・9キロ。
 細野さんのインタビュー記事にも目を通せばいい。


 当時1時間2千円から3千円くらいのスタジオの部屋には、エレピはCP20とかCP10が置いてあって、シンセはその上に載っけて演奏してたっけね。シンセは別料金で借りられるのに、子供たちは持参してたよ。ソフトケースでね。
 シンセばっかのグループだから、ギターアンプの他、ボーカル用ミキサーに繋げ、PAスピーカーを使ってた。

 スタジオや楽器に慣れてないコたちがいきなり真空管タイプのギターアンプにシンセをつなげ、とんでもないシールドの抜き方をしてスピーカーを吹っ飛ばし、親が弁償させられたなんて話も聞いた覚えがあるな。


 ま、嘘つきで結構。
 おまえになんかどう思われたって構わない。

当時YMOには松武秀樹がエンジニアについてくれていたんだが、
シンセサイザーMOOGのお値段は800万円。死ぬ思いで買ったと。
(大卒初任給がまだ6万円くらいの頃だったと思う)

https://www.youtube.com/watch?v=uDcQ8kUYCvY

こんな箪笥というかオフコンみたいな巨大シンセではさすがに一般向けではないんで、ローランドがMINIMOOG(モノフォニックシンセ 単音しか出ない)カタログに載せていたが百万円オーバーでしたな。つかそこらの楽器屋で買える代物ではなかった。

まあシンセでなくても当時の外国製キーボードは本当に高くてPROPHETやARP ODESSEYなんてそれこそ外車と同じくらいの価格でプロも借りまわしていたそうで。

DX7はそれでもずいぶん安くなったほうで、高校生が夏休み死ぬ思いでバイトして何とか買えるくらいの値段。一人買った奴がいて、文化祭では皆借りたがっていた。しかし単体で音が出るようなもんではなくアンプやエフェクタ通すこと前提で考えると子供向けではない。ただそれから何年かして小型の廉価版がいろいろ出たからそういうのは小学生も持ってたかもしれませんな。

まあ今でも八十年代の内外の音楽聞いてるとDX7の音はあっちこっちで使われてて懐かしい。独特の奥行と抜けがあってあれが気持ちよかったんですな。

ピアノはカワイ派(怪傑さんとなぜか同じ)シンセはコルグ派です。
35年は軽く前の話ですけど、私なら小学生に見えた自信はある。
でも私が買ったのは当時量産型で出回り始めたコルグのポリフォニックシンセでケース入で15キロ、それとアンプとスタンドが必要。イメージとしては宇宙音も出るエレクトーン(の上だけ)。キャスターくくりつけてても階段では抱きかかえることになり「それよく持てるね」とテクノ少年たちに冷ややかに言われたものだけど彼らは華奢で荷物を持ってくれる文化はなかった。キーボード毎持ち上げてほしかった欲望はたまに体育会系と付き合って晴らした。
YMOのコピーはメインキーボードひとりで足りて、もうひとり和音が出せればだいたい足りてた記憶。セカンドがふたりいても良かったかもしれないけどいつもいる必要がもしあるとすれば高価なシンセ持ちとかだったらという感じ。メインのテクノ少年は親を脅して30万近くするモノラルなシンセを入手してましたがアンプ入れても私のより軽かった。
ただあれはツマミをいじりまくってやっと音をつくる機械で。だいたい和音の出ないモノラルですし、エレクトーン的ですらなく、素人がいきなり音を出すと言ってもピロピロピロとかゴゴゴゴザーザーなどの宇宙音が関の山。
所詮クラシックピアノ女子な私にしても楽器というよりかなり醒める機械でしかなく大衆用でも初期のシンセは子どもにはムリだったと思う。だからこそYMOが神に見えた。
即興で楽しむ楽器というよりは部屋で孤独に荒んでつくり込んできた音の試し撃ちがスタジオ練習、というストイックな感じだったかな。

また、出遅れてしまった。
深夜なんであまり書けないが、ディンゴという人は絡み癖があるのかね?
いわゆる嘘松病か。

それはどうでもよくて、田舎育ちの俺としては、スタジオに初めて入ったのが高校終わりくらいで、それまでは友達の家の納屋の2階とか蔵にドラムセットが置いてあって、そこで音を出していた。
近所から文句が来なかったかといえば、田舎なんで隣の家と距離があって、大ごとにはならなかったようだ。
なんか言われても、おかまいなしだったろうが。

で、夏と冬に公民館を借りて、いろんなバンドが出る合同ライブが恒例だったが、あるときに妙に場違いな人たちが交じってくるようになって、それがテクノ一派だった(つっても、みんな顔見知りだが)。
こっちは、友達の兄貴から押し付けられた(お年玉を巻き上げられたともいう)グレコのレスポール(なぜかセミアコ構造)なんかなのに、YMOのコピーバンドはいかにも富裕なかんじであった。
ここのコメントを見ても、若干の社会格差を感じるwww

ちなみにそのころは、初期ビートルズのコピーバンドでドラムをやっていて(ギターを持っていなかった)、演奏したらパンクバンドかといわれた。
思うに、演奏がラフだったのと(下手ともいう)、俺がリズムキープしかできないドラムだったのと、みんな焦りすぎてテンポが走ってしまったからではなかったか。
で、上級生がクラッシュとピストルズのコピーバンドをやっていたが、子どもながらに、ほんとにパンクならばパンクのコピーはしないだろうよと思ったりしていた。

その頃の人たちは一人欠け、二人欠けと、往時茫々としか言いようがない。

セックスならぬ切腹ピストルズ。
https://www.youtube.com/watch?v=bAQBwT6SF3w

 嘘つき呼ばわりされてムカついてるっていうのもあるが、バアさんになったせいか、
『もしかしてあたし耄碌しちゃったのかしら?』と、自分の記憶力が何だか不安になり、いくつか調べてみた。

 まずYMOの「ライディーン」がリリースされたのは、80年7月。
小学生がYMOに熱狂するようになったのは、あの「ライディーン」が発端だったように思う。
 とにかくどこに行ってもよく流れていた。
その頃から、貸しスタジオで小学生を見かけるようになった。

 だから、80年には、どう考えてもローランドから廉価版シンセが出回っていたはず。
 ヤマハはその頃、鍵盤といえばCPシリーズ、とくにCP70、CP80は圧倒的な人気を誇っていたけれど、シンセやストリングスは価格が高く、どちらかといえば高嶺の花だった印象。もっとも渋谷エピキュラスに行けば、機材は全部ヤマハだったけどな。

 CP80といえば、このかた。
https://www.youtube.com/watch?v=x5wCEIR1UEQ


 81年、82年も、小学生の間でのYMO人気は凄かったように思う。
 蛇足ながら、82年2月8日には、ホテルニュージャパン火災。
 翌9日は、「逆噴射」なる言葉でも有名な羽田空港沖での日航機墜落事故。スタジオのロビーにあったテレビで事故を報じる番組を見入ったのを覚えてる。


 tanuki氏のコメントにあったヤマハDX7が発売されたのは、83年5月。
 YMOが散開したのは83年末。
 YMOがバンド活動を停止した後、子供たちの間でのYMOブームがどうなったかは、まったくわからない。というのも、83年の春、私は音楽をやめ、それから7年以上スタジオを利用することはなかったから。

 

 参考までに、次の動画を貼り付けておく。
 当時YMOをコピーする子供たちは、このバンドの他にもいっぱいいた。
https://www.youtube.com/watch?v=ifpBqHN9hGQ

 ネットもケータイもなかった80年代初頭の思い出。
 今より色々と不便だったはずなのに、今よりもずっと良い世の中だったような気がするなあ。


切腹ピストルズ、良いなw
木綿の着物着て溶け込める。日本人で良かったな〜w

八神純子は去年ネットゲーム一緒にやってた開業医がここ数年コンサートを全国追っかけしてると言ってたな。

まあ当時国産アナログモノフォニックシンセで十万円以下のものはそろそろ出て来てましたが、和音が出せず単音フレーズしか使えないんで。
エレピの上にのっけてここ一番ソロで使うか単音リフに使うか。

https://www.proun.net/gallery/roland_sh2.html

でも音色づくりの勉強用にはこういうアナログシンセはいいんで小学生が使ってたということはあり得ますな。

DX7の名前を出したのはデジタルでいろいろなシンセの音にかなり近い音が出るようになったのと、16音ポリフォニックで実用性が格段に上がったからですな。このころからシンセはバンドに必須になった。

それまでのアナログシンセのポリフォニックは巨大でバカ高かったのは間違いないんで。
https://www.proun.net/gallery/roland_jupiter8.html

それからコスミックインベンションのお子たちだが、まあ親も音楽関係が多くちょっと特別なセミプロですなあ。まあ貸しスタジオ借り始めたのはこういう子たちなんだろうが、親が金持ちでないとできませんな。

普通の子たちはラジカセ買ってもらって聞くだけがやっとだったろう。
そうそうあたしはずっと年長だったがYMOなんかにうつつ抜かしてるのはちょっと幼稚な扱いでしたな。まだ洋楽全盛の時代です。

 コレを忘れておりました(笑)。

YAMAHA CS01
 25秒過ぎから、右側の女性がブレスコントローラーを使って演奏しているのがわかります。

https://www.youtube.com/watch?v=HOh6qG4iT48

 
https://www.proun.net/gallery/yamaha_cs01.html

了解。つかエレピがいきなりとちってる。
発売が1982年だそうだが、その値段なら普通の小学生もお年玉溜めて買えましたな。

そうそう、当時のいわゆるテクノミュージックが流行ったのは教授がサウンドストリートの火曜を担当していたころ(81.4~86.3)とシンクロしてるんで、YMOの初期アルバム発売時期以降しばらく続いてますな。

で、今思い出したんだがそこでデモテープのコーナーがあって中学生くらいの作品がたくさん紹介されていた。子供たちにはその後も相変わらず人気があったようで。

*******************************************************
坂本の担当日の目玉企画のひとつであった「デモテープ特集」ではリスナーからデモテープを募集し、アマチュア作品を中心として流した。若き日のテイ・トウワや槇原敬之が投稿しており、いくつかの作品がCD『DEMO TAPE-1』(MDC4-1070)に収録されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88

槇原敬之が69年生まれで80年頃まさに小学生。
おかんさんの完全勝利かもしれませんな。

この話題、まだ続いているの、うれしいなあwww

YMOといえば、このへんの演奏がじつは本質だと思ってる。
https://www.youtube.com/watch?v=rKxxN0o-a48
https://www.youtube.com/watch?v=8E0A6_arkdU
やっぱりこれは細野さんのバンドで、彼がソロアルバムでyellow magic 云々というのにこだわっていた記憶がある。
オーケストラというのがまた洒落の一種かと思うだが、大人数ではなく本質的には最少人数の3人で成立するバンドだろう。

2011年の原発事故のときに、1985年の電力消費量は半分だったという話があって(正確ではない)、でも1985年にはすでに電化サウンド(マイルスみたいな言い方だな)の権化でありYMOも十分活動できる状態だった。
だから、その後の30年は電力的に音楽を見ると、たいして変化はなかった(このへん深い意味はない)。

サウンドストリートといえば森永博志さんなんかもいたな。音楽詐欺師(誉め言葉)の渋谷陽一はまだがんばっているようですが、DJもやってんのかね。

教授といえば、これが初々しくて一番好きで、シングルがうちにあるFrontline  坂本 龍一
https://www.youtube.com/watch?v=dgtgnmNiOjs

I want to know ,do you all need this music?
I`ve got to know ,do you find it amusing?
Gonna be a soldier, fighting mind war.
It`s called music, and I`m a soldier.
若気の至り的な歌詞だけれども、なんだかちょっと感動的でもある。
たまに聞きたくなる。

 72年コルグMS-10、82年SH-101あたりもシンセの入門機種だったようですね。


>完全勝利かもしれませんな。

 tanukiさん、ありがとうございます。 
 自分はまだボケちゃいないらしい、という確信がもて、ホッとしました(笑)。
 
 YMOのブームが、後年(1989年2月~1990年12月)のいかすバンド天国によるバンドブームにもつながることになったのかもしれませんね。

 78年コルグMS-10、82年SH-101あたりもシンセの入門機種だったようですね。


>完全勝利かもしれませんな。

 tanukiさん、ありがとうございます! 
 自分はまだボケちゃいないらしい、という確信がもて、少しホッとしました(笑)。
 
 YMOのブームが、後年(1989年2月~1990年12月)のいかすバンド天国によるバンドブームにもつながることになったのかもしれませんね。

 年号を間違えたので訂正したらダブってしまい、大変失礼いたしました。

 EDさんが紹介してくださった動画、最高に愉快ですね。
 聴きもしないで「小難しい」バンドに違いないと決めつけていたので、このシンプルさは非常に心地よく、好感を抱きました。
 で、見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=xgDtVww-PMU

 昨夜からこればかり聴いてます(笑)。
 そうしたら、今朝FMでも流れたので、納得。
 まずはベスト盤をポチります。

 YMO「ライディーン」がヒットした79年には、こちらの曲も大ヒット。
https://www.youtube.com/watch?v=vNOSw_S-YAM


坂本龍一の名すら正確に書けないような頓馬に「勝ち」「負け」判定されてもナァ/笑。

「无苔嬰児」読めなくて含意の転石苔生サズも意味不だろ 白痴は早よアッチ行けシッシ

イカ天は第2次バンドブームだね。
第1次バンドブームはYMOも入るみたいだけど小学生を巻き込むのは第2次以降なんじゃないのかなという気は若干する。
私が出入りしてたのは中高学園祭バンドの雇われキーボード以外は、テクノか歌舞伎町のパンクバンドか、佐野元春の横浜のライブハウス制服で見に行ってたの含めて第1次の期間はちびっこは見なかったお。私が若く見えた可能性は否定しない。大学時代、ディスコであう小学生は私より老けておった。
第1次はクイーンとかのロックからTOTOへ、フォークの流れで松山千春とか甲斐バンドとか、そこからオフコース、ちびっこはゴダイゴへ、大人はコケた原田真二に変わって売り出したサザンへ、みたいな感じだっけな?(どうでもいい上にいい加減に書いてるからツッコまないでね)
YMOは竹の子族も踊ってたらしいし、ジャニーズの追っかけも黎明期から大衆化低年齢化してたものの、あの年代はやっぱりせいぜい中学生からかな。
カンパネラかサティ、チューブラベルズ。私にとってはそういう時代だったし小学生はもう少し純真だったな。


半世紀もムカシだから御海容を願いますが 老生はある時期「野音のリードダンサー」を

僭称する優秀な踊り手でした/笑。勲章はいくつもあるけど「夕焼け楽団」で踊り狂って

曲が終わると 久保田麻琴のGF/フラの名手サンディーから「GREAT!」とsmackされたほど

あと裕也さん主催のコンサートで配られたTシャツが少しダサかったので 裏返しに着てたら

ユーヤさんに「○○○はオシャレだもんナー」と嫌味を言われたけど もし他の人間だったら

確実にブン殴られていたパターンです/笑。ジュリーの膝枕で30分も眠った噺はいつかまた 。。


今後は「負け犬嬰児 。。 」もしくは「妄想嬰児 。。」または
「見栄っ張り嬰児 。。」いっそのこと「スペースエイジ」と名乗ったらいかがですかW


こんなHNじゃ土方巽もぞっとしないだろうね。


合掌 チーン


苦しい反論くりかえしても全く信憑性がありませんね。


PTAの件はなんか考え付いた?


がんばってねw

 もー、イライラして返事をするのも癪なんだけど、やっぱ短く書いておく。

 PTAと書いたけど、正しくは「親」としておくべきだった。
 子供たちが親を連れてきたのは、おそらく演奏を聴かせたいというのもあったのだろうが、貸しスタジオがどんなところかを理解させる必要もあったに違いない。
 楽器を買ってくれるのは親。お小遣いをくれるのも親。その親に反対されたら、スタジオなんか利用できないでしょうよ。

 タバコの煙が充満した不良の溜まり場となっているようなところ(地下が多かった)から、いまのカラオケボックスみたいなスタジオ……など一口にレンタルスタジオといっても色々あった。

 当時のスタジオやライブハウスの状況は細かく書いてもいいんだが(というか、思い出話をすると止まらなくなりそう)、こっちだって聞かせる相手は選びたい。今後は不愉快な相手はスルーします。
 

    ……………………

 ここから先は、単なる呟き。
 聴いたといってもまだEDさんご紹介の「どてらRYDEEN」と、「君に胸キュン。」の2曲なんだが、シンプルさが、新コロナに対する不安やストレスに晒されて疲れ切ったキモチに本当に心地よい。
 加えて凄いのは、「これなら自分にも弾けるんじゃないか」「あたしにだってカバーできそう」と思わせるところ。これ、凄く褒めてるつもりです。音楽に限らず、大ヒットを記録する作品にはそうした魅力が備わっているものが少なくない気がする。

 シンプル、かつ「売れセン」のメロディー。短髪。
 そして攻撃的な歌詞なんか一つもないインストゥルメンタルというのも、「親」には比較的、受け容れてもらいやすかったのでしょう。
 いかにも高そうな重厚な機材とは裏腹に、奏でる音楽は非常に親しみやすいってのが大きな魅力になっているように思いました。

 最初にあれだけ売れたら、あとは何だって好きなことができるよね(笑)。最も理想的な展開。

 岡井さんが、いいことを語っている。
 http://ongakujin.com/okai/index.htm


 で、3人バンドで思い出したのが、なぜか、このかた。
 https://www.youtube.com/watch?v=d5NdEM-u2UQ

 

【 TONG POO - YMO 1979 LIVE at THE GREEK THEATRE 】~YMOの「東風」と「RYDEEN」はELGINをイメージして作曲~

https://www.youtube.com/watch?v=hzSIwivBWJc

【 TVアニメ『かくしごと』ノンテロップED映像 】~「君は天然色」作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一~

https://www.youtube.com/watch?v=tOv4k7wmzoE

矢野顕子若いw
とんぷーの音コピるのすごい大変だったの思い出しました。

昨日は教授のフロントライン聞きながらマダニハスコラ見てましたフロントライン…

 おおっ、細野さん、スティングレイ弾いてる!
 てか、細野さん、スラッとしていてかっこいい~! 凄い凄いっ!
 これは、「どてら姿効果」だろうか。

 もりへーさん、素敵な動画をありがとうございます。
 このライブ映像で当分の間、楽しませてもらえそうです。

もいっちょ。個人的には橋本一子なんだがくわえ煙草細野。

https://www.youtube.com/watch?v=kCwvhbhz9zU

ふと思ったけれどエイジはマリ千鶴は知ってたりするのかしら。いやなんでもない。

ユキヒロはこれかな。カバーだがトッドラングレンはYMOのルーツの一つ。

https://www.youtube.com/watch?v=qZrI1PFVXjY

 tanukiさん、ありがとうございます!
 細野さん、サンダーバードの人形みたいでかっこいいです。凄い凄いっ。
「赤」がお似合いー。

> で、3人バンドで思い出した
さて、どうせチャーを貼るなら、こっちのほうが良いのでは、ちゃんとトリオだし(ゲスト来てるけど)。
SMOKY / PINK CLOUD
https://www.youtube.com/watch?v=iQvbnYVisSo
ちなみに、チャーの弾いているムスタングは、やっぱりショートスケールなのだろうか。
フレット間が狭すぎて、けっこう違和感あると思うけど。

いろいろ書いたが、まだ書き足りないところがあったので、さらに追加。
>切腹ピストルズ
このバンド? もとはパンクやってたらしい。
NHKFMのサウンドストリートと絡めて書くと、この番組のころ、パンクのあとになんでもありのNew Waveが出てきて、民族音楽もどんどんパクっていた。
坂本龍一も勉強家なので、上手にパクっていたと思う。ピーター・ガブリエルとかもパクリが上手でした。
そのなかに、ブルンディのドラム音楽があって、パクリのネタになったりした。
本家
https://www.youtube.com/watch?v=0SSxrEgltJc
→パクリ Adam & the Ants 聴くのはイントロだけでいいかな。
https://www.youtube.com/watch?v=EZYPr9Bn6AQ

日本にはもともと太鼓の音楽があって、山城組とか鬼太鼓座が活動していた。
セックス・ピストルズを解散させて、PILを始めていたジョニ・ロットン→ジョン・ライドンに渋谷陽一が鬼太鼓座のレコードをプレゼントして、それが傑作の「フラワーズ・オブ・ロマンス」につながったという話がある。
PIL / Four Enclosed Walls
https://www.youtube.com/watch?v=qm5vlM_dsYc
ちなみに、PILのドラムは最近はブルース・スミスで固定しているようだが、彼はLKJというか、デニス・ボヴェールdubバンドのドラムでもあって、LKJの話をすると止まらなくなるので、ここでは書かないが、LKJのライブはこれまで見たなかでも3本指に入るものだった。ポップグループの再結成よりも、LKJのライブ再開を願いたい。
Linton Kwesi Johnson and Dennis Bovell live in Cape Town
https://www.youtube.com/watch?v=n-VVla6CMCw
LKJはいつもジャケットにネクタイで決めていて、じつにかっこよい。
さらに脱線するとPILのベースだったJah Wobbleのライブが昨年新宿であったが良かったです。


閑話休題。
鬼太鼓座、鼓童もそうだが、じつは日本の伝統音楽というよりも、一度西洋音楽なんかのフィルターを通して再整理したもので、この辺の事情はガムランと似ている。
構築的な全体構成なんかは、日本の伝統音楽からだけでは、なかなか出てこないだろう。
で、切腹ピストルズも一度洋楽経由で太鼓にたどり着いたのだろう。
というのは太鼓のフレーズにリフの感覚があって、それがのりやすいというかとっつきやすさにもつながっている。
https://www.youtube.com/watch?v=O-UL3E7JyM8
わざわざ地球を一周して、足元を見たら魅力的な音楽があったというわけで、けっこうありがちな事でもある。

まあ、こういう世情になると、好きなことをつきつめるのが良いんでしょう。

とか書いていたら、またコメントが伸びていた。
アキレスとカメのたとえのように、いつまでたっても追いつかない気がしてきた。
> 橋本一子
美人すぎて、しかもインテリ(だったかな)で、かえってパワー感が薄い気がしている、というのは持たざる者のひがみなんだが、どっちかというと矢野顕子の訳の分からなさがYMOにはよかったんだろうと思う。

まだまだコメント、伸びるのかなwww

もういっちょ懐かしい奴。
この細野さんはうちのヨメも昔可愛いと言っていた。
森高の歌は細野さん作曲。

https://www.youtube.com/watch?v=sneguLqNRGA

この速さなら言えるーっ。
小学生の頃の夢は、NHK「あなたのメロディー」に出ることでした!

寝る準備をしていたら、またコメントが。
> あなたのメロディー
「与作」の原曲を、生で見た記憶がある。
おぼろげな記憶だが、北島三郎版よりもしみじみしていたような。

免疫力が下がるから、もう寝るです。

サビのところのベースがたまらない。
ちなみにYAMAHAのBBシリーズのようです。
Goodnight Tonight - Paul McCartney & Wings
https://www.youtube.com/watch?v=DRCgueckAXE


切腹ピストルズ@タイムズスクエアの動画を見て唐突にブロンディのデボラ・ハリーと

新宿駅前の雑踏のなかで目が合ってしまったのを思い出した 顔の吹き出物がヒドかった

印象だけがいまも色濃く残っております/笑。パンク系といえば新宿LOFTでの初ライブのあと

空いた店内で「フォークパンク」を名乗るエリオット・マーフィーと一緒に飲んだときに

小説家S.フィッツジェラルドが好きだと言ったので妙に盛り上がった。。グレアム・パーカー

はインタヴューで会ったが いきなり「トマス・ピンチョンは読んだか」と言われた/笑。

「ぜひ読まなくてはいけない」とつよく説諭されたことをハッキリと覚えている もちろん

真面目な性格だからその後ほとんどを読んだ 意外と知られていないロックと文学でした/笑。

そういえば加部正義の家に行ったら「これ面白いヨォ」ってロバート・クラム『ZapComix』

を渡された さすがマーちゃん「栴檀は双葉より芳し」年季の入ったドラッグの帝王です/笑。

こんな凄い時代ですがみなさん心身の健康だけには気をつけて   Keep On Truckin`!!

 暑さとコロナ不安とで疲れきった心に今宵も音楽が染みわたります。

 ↓冒頭にわたくしの押しメンが出てきます(笑)。
 それにしても、サンディー素敵! 名前は昔からよく耳にして知っていましたが音楽は初めて聴きました。
 昔ライブに誘われたとき、行っておけば良かった。
 バックの人の提灯ブルマーみたいな衣装が凄いといえば凄いけど、流行っていたのかも。
https://www.youtube.com/watch?v=iV8mIgMy4vs


 tanukiさんご紹介のCM集、サイコーですね。演技者としても凄い人なのですね。
 で、よけいなことを思い出したのですが、森高さんのプロデュースをした斉藤さん、
 昔、某スタジオでよく一緒になりました。まだ慶應の学生だったんだと思うけど、既に
プロとして活躍してらした。落ち着いていてマナーも良く「オトナだなあ」と思ったものです。
 現在は海外でもご活躍のようですね。
https://www.youtube.com/watch?v=z8J6ApIdDLw


 もうひとり。
 スタジオミュージシャンの仕事が忙しくて大学を6年だか7年留年しているというドラムをやってる「三宅さん」というかたのことも記憶に焼きついておりまして。
 20年くらい前、大ヒットしたある女性アーティストのプロデューサーが同じ名前でお顔も何となく似ているような。但しご本人がプロフィールを公開していらっしゃらないので、答えは謎のまま。私の勘違いなのかもしれませんが、学生時代からプロとして活躍する人って結構いましたね。

 エイジさんがロック史を飾る「ジュリーの膝枕で眠ったぜ」事件について語ってくださったら、次回は対抗して「あたしはあの大物ミュージシャンに会ったことがあるぞ!」をテーマにちょいと呟きたいと思います。
「もう一度行きたいあの人のライブ」もテーマとしては面白そうですね。

 では。
 我が家はこれより細野さん祭ざんす。
 

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