京薩摩・錦光山

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京都の粟田焼です。江戸時代には代々、将軍家御用茶碗師を勤めていた「錦光山」家の作で、明治維新後は海外への輸出で名を馳せた。

将軍家御用御茶碗師の地位も失った六代錦光山宗兵衛は、海外に活路を見出す。また、苦心の末に「京薩摩」という絵付技法も開発。日本のアートとクラフトがヨーロッパに衝撃を与えた折からの「ジャポニスム旋風」の広がりもあり「京薩摩」は一世を風靡。最盛期には年間40万個を輸出するまでになり、東京遷都で衰微していた京都を救うことになる。
その後、明治中期の不況でも「粟田の陶業は廃絶の危機」に瀕するが、ここでも六代の息子、若き七代錦光山宗兵衛が苦難を乗り切るべく京焼の改革に取り組んでいく。それは当時の西欧世界とのデザイン・化学技術における開発競争でもあった。
とりわけ、1900年のパリ万博で最高潮に達したアール・ヌーヴォーの衝撃は大きく、危機感を持った七代宗兵衛は洋画家の浅井忠らと「遊陶園」を結成し意匠改革を進める一方で、京都市陶磁器試験場を設立。釉薬の開発、窯の改良などに奔走し設備の近代化を推し進める。
京都粟田焼窯元 錦光山宗兵衛伝 ― Kinkozan Sobei : the story of an Awata Kiln ―

年間40万個というと、毎日1300個くらいの製品を輸出していた事になるんだが、人気の程が忍ばれる。薩摩焼といっても京薩摩は、デザインが洗練されていて、都会的なセンスだ。京都という大都市、将軍家という顧客によって磨かれた伝統だろう。

コメント(5)

「やれるもんならやってみろ」ゆうから、やったったのに
こたえがこれかいっ!
お前も飯山一郎パターンやのう!

 セザンヌともタッチが違うし、京都は京都ということか

(セザンヌの花瓶)
http://paintingandframe.com/prints/paul_cezanne_flowers_in_a_delft_vase_c_1873_75-27835.html

弦巻町さんにお伺いします。
あなたはサクラですか。

ED氏は既に「サクラ」認定が完了しております。

 野次馬さんとはそもそも互いに面識ないですよw
 あと、こっちは親米派でアベヨイショが見え隠れしてるが、野次馬さんは親中派で大のアベ嫌いなんで、米中戦争にでもなればどうなることやらw
 だからダメリカかアベの工作員だろ、と言われれば返す言葉を探すのに困ってしまってワンワンワンと吠えてたとこですが、野次馬さんのサクラとはねw

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