横浜山水 陶栄舎

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高台の裏に「横浜焼 陶栄舎」と書かれているんだが、陶栄舎については資料が見当たらず不明。横浜焼というのは、Wikipediaにも項目があるくらいで、割と知られた言葉です。

横浜は開港するまで半農半漁の小さな寒村で焼き物の産地としての歴史はなかった。しかし、1859年7月1日(安政6年6月2日)の日米修好通商条約や明治政府の殖産興業政策を機に、生糸貿易や日本の伝統工芸品の輸出が盛んに行われるようになった。輸出される伝統工芸品で日本の焼き物は欧米諸国で非常に高い評価を受ける。 中でも横浜での焼き物の生産のパイオニアだったのが、宮川香山(真葛香山)である。彼が造る焼き物は海外では「マクズ・ウェア」とも呼ばれ、1873年(明治6年)に初めて出品されたウィーン万国博覧会では名誉金牌を受賞し、その後世界の万国博覧会で数々の最高賞を受賞する。横浜の焼き物は宮川香山を筆頭に世界から注目を浴びるようになり、海外からの需要は増え日本各地から続々と陶工が横浜に一旗揚げようと横浜に開窯する。また廃藩置県により藩窯として製作し続けていた職人も職を失い、活躍する場を横浜に移す者もいた。焼き物を地場の産業として栄えた横浜はその後、陶磁器を製造する窯・製陶所や商店が増え一時期は数百名もの横浜焼に携わる人が居たと言われている。

瀬戸や有田などの産地から白生地を仕入れて、横浜で外国人バイヤーの求めに応じて絵付けをする、というのが、当時、大産業だった。産地から陶土磁土を仕入れてボディから焼く、というのもあっただろうが、商売としては白生地を仕入れて絵付けだけやるのが手っ取り早い。絵付師は日本画の画工出身も多かったと見えて、「横浜山水」という言葉もある。「横浜山水」「なんて言葉、Wikipediaどころか、グーグルでも出て来ないw 「神戸山水」という言葉もあるw 横浜、神戸といった輸出港にあった絵付け工房で描かれた山水画のアイテムをそう呼びます。この絵のように「鶴」が描かれたのは「竹鶴物」とも言う。それもまた、グーグルで出て来ない言葉だw 世の中には、グーグルさんも知らない秘密がまだまだたくさんあるw 横浜焼は関東大震災や横浜大空襲などで歴史が途絶えてしまうんだが、1921年くらいまでが最盛期になります。

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そうして焼物が日本の輸出産業として成長すると、焼物で儲けた半島出身の陶工たちが、零落れた武士の戸籍を買うんですね。

昔から美しいジャップランドでした。

沈壽官は15代目なんだが、君の15代前はどこで何をやっていたヒトなのかね?

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