暗い日曜日

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最近はとんと聴かれなくなったジャンルの音楽なんだが、昔はこうした馬鹿みたいに暗い歌というのが、結構あったわけです。この曲はまた別格ですがw 水死体の歌w 早川義夫には「サルビアの花」という名曲もある。からっぽの世界は凄い名曲なんだが、なんせ出だしから「僕、オシになっちゃった」なので、TVで聴かれる事は、まず、ない。



山崎ハコです。この曲は滋賀県に伝わる伝承歌だそうで、メロディーはハコが付けたというから、元は語り物だったのだろう。と思ったら、

 「きょうだい心中」は、1979年公開の映画「地獄」(神代辰巳監督)で山崎ハコによる、挿入歌として発表された。この映画の主題曲「心だけ愛して」と併せてシングル版『地獄「心だけ愛して」』として発売されている。「ベスト コレクション」のライナーノーツには、「作詞:不詳(「江州音頭」より)、作曲:山崎ハコ」とある。

ちなみに江州音頭というのは、河内音頭みたいな感じです。デロレン祭文とかの、古い放浪芸の末裔のようです。

ところで話は変わるんだが、山崎ハコというと、このジャケット写真なんだが。
時は流れて (MEG-CD)というアルバムなんだが、デビューして10年後というから1985年になるんだが、この写真を見て、おいら、ギョッとしたわけです。箱根ホテルの屋上テラスだろ、これ。念のため、グーグルマップで確かめたんだが、背景の山の形からして、間違いないです。箱根ホテルというのは、おいらお気に入りの南欧風ホテルで、よく、コーヒーを飲みに行った。泊まった事も何度かある。今は建て替えて新しくなってしまったので、既に見られない景色です。壊してる時においら訪ねて、写真に移っている瓦を一枚、貰って来ました。どっかにしまってあると思うw



浅川マキというのもまた、独特の歌手だった。とにかく、歌うのが全て、こんな感じの暗い唄ばかり。映像が少ないです。以前、特集組んだんだが、すでに全て削除されていて、残っていたのはコレだけだった。



寺山修司が作り上げたお人形w 本人はこういうの好きではなかったようで、その後、ロック歌手になって、この路線から離れて行った。



森田童子もいいよね。アルバム二枚持っていて、擦り切れるほど聞いた。今の音楽界には、こういう暗い歌というのがなくなってしまった。人は誰しも、心に闇を抱えている筈なのに。



歌が暗いだけじゃなくて、存在そのものがなんとも情けないという、あがた森魚。この曲は初期の名作なんだが、アレンジが抜群です。アルゼンチンタンゴ風の伴奏で盛り上げておいて、途中で一気にグループサウンズ風に転換する。ところで、1970年代、伝説の中津川フォークジャンボリーになぎらけんいちが行った時に、まだデビュー前のあがた森魚が道端で自主制作のレコード並べて、泣きながら歌っているのを見て、仰天した、というエピソードがあるw

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《 昔はこうした馬鹿みたいに暗い歌というのが、結構あったわけです。》

  ホント 。。。 遠い目になりました/笑。

敗戦の1945年から軍事占領が一応終了したとされる1952年までの足掛け8年で

「占領下の子供たち」が1800万人余生まれています

浅川マキを除いてここに挙げられたほとんどがオキュパイド・チルドレンです

私見では「占領下の子供たち」のトップランナーは連続射殺魔 永山則夫でした

敗戦のスティグマを負って生きた永遠の「闇のヒーロー」 

永山則夫は1800万人中でもっとも暗かったひとりといえます

占領下に生まれた子供がホントウに明るくなるなんてデキナカッタ

無条件降伏という過酷な刻印/スティグマを最初から背負わされてきた赤ん坊たち

ぼくにとって永山則夫とある種の対になるのは山口二矢です

戦争中の1943年に生まれ17歳で死んだ 山口二矢

山口二矢と永山則夫のあいだに流れる狭いけれど深くて暗い河 。。。

早川義夫 山崎ハコ カルメン マキ 森田童子 あがた森魚

軍事占領下に生まれたぼくたちの歌が暗いのはむしろ当然です

六本木にあった浅川マキさんの家で「これイイでしょ」

美空ひばりの古いLPを聴かせてもらったことを思い出しました

チャーシュー麺と一緒に 。。

そういえば浅川マキさんと山口二矢は 一歳違いです 


山崎ハコ『時は流れて』LPレコードを観ましたが、気がつかなかったなあ。 まあ、そのホテル、行ったことがないから。
シングル版『地獄「心だけ愛して」』、愛聴してました。
藤圭子、浅川マキ、あがた森魚、山崎ハコ、いやあ、わが1970年代の愛聴盤です。今も聴いているけど。
若い知人男女からはミーハーおじさんと呼ばれております、はい。


最初はよくここまで暗いヒトを揃えたなぁとギョッとしたものの

聴きながら考えてみれば他にも暗いのがイッパイいることに気づいた

三上寛だって友川かずきだって真っ暗だし 高田渡だって明るくなんかない

友部正人や西岡恭蔵を明るいと思う人は鈍感なだけだ 。。

遠藤賢司『夜汽車のブルース』も暗いし

岡林信康『チューリップのアップリケ』に至ってはドス暗い 、、

頭脳警察や村八分 裸のラリーズだって存在そのものがかなり暗いですよ

憂歌団はドクラだし ブルースクリエーションも明るくなんかない

フォークルはデビューの出だしが「♪オラは死んじまったダァ」だし

『悲しくてやりきれない』の暗さ不足は曲も弱くて単に歌がヘタだから/笑。

はっぴいえんどですら『はいからはくち』なんてホントはかなり暗いです 。。

むかし「ネクラ」とかディスるのが愚かなヴァカモノの間で流行ったけど 

  根があかるいのはガラス容器「水栽培」の球根だけです 。。/笑。

 浅川マキは隣室のやつがレオパレスより薄い壁越しに何度も何度も擦り切れるまで聞きあがったので、耳にこびりついてしまった。
 そのときは、この野郎と思ったものだが、今にして思えば、下手なギターに音痴のダミ声で聴かされるという最悪のパターンもありえたわけで、まぁよかった。 今では感謝してますw

五つの赤い風船を忘れちゃいけない。

バブルの女王であるユーミンでさえ、デビュー曲は自殺した少女の歌。
あの時代は別に珍しくなかったが、80年代は日本のターニングポイントで音楽も映画も小説も、文化的基盤が根本的に変わっちまったように思いますな。悲しい歌がなくなってしまった。
暗いものを受け止められない、共感しない文化になってしまった。

根暗というのタモリが深夜放送で作った言葉で、本人は反省している、とか言っているがいずれ誰かが別の言葉を造っていただろう。

対する明るい、ポジティブ、前向き、あきらめないなんてのは、まあアメリカニズムの出来の悪いコピーなんですな。
バブル崩壊後転落の三十年を経てそういう時代もそろそろ終わりということなんでしょう。

ところであがた森魚といえば林静一なんだが、こんなの出てますなあ。
これも暗いんだが、暗くても透明で純粋な七十年代までの日本がよくわかる。

https://www.amazon.co.jp/%E8%B5%A4%E8%89%B2%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%BC-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9E%97-%E9%9D%99%E4%B8%80/dp/4091924719/ref=sr_1_1/357-1050439-1427057?s=books&ie=UTF8&qid=1538297150&sr=1-1&keywords=%E8%B5%A4%E8%89%B2%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%BC+%E6%9E%97%E9%9D%99%E4%B8%80

> 水死体の歌
亡くなった遠藤賢司に「海の底からのぞいた月は」という曲があって、これも同じ趣旨の歌だった。
で、ビデオを見ていたら早川義男とやっているギターがなんとなく聞いたことがあったので、ちょっと見たら、これも亡くなった佐久間正英だった。
佐久間正英は、エンケンのプロデューサーをしたこともあったので、なんとなく俺のなかでは、このあたりの曲がリンクしている。
ちなみに、エンケンの遺骨は日本海に散骨されたそうです。
https://ameblo.jp/enken1947/

俺も1曲。
Phew 「終曲」。暗いというよりは別の世界だが。このころの坂本龍一はいい仕事していたな。
https://www.youtube.com/watch?v=Phcp01N81vw

山口二矢と永山則夫に関してもう少し補足しておきます

ふたりは6歳しか違わない だから二矢が浅沼稲次郎を刺殺したとき

則夫はネグレクトされた極貧生活のなかに放り出された11歳だった 。。

19歳になった彼は横須賀の米海軍基地に侵入し拳銃と実包50発を手に入れる 

二矢の父山口晋平は東北帝国大学から戦争でやや複雑な経路を辿ったが

次男が淺沼を刺したとき陸上自衛隊幕僚監部勤務の一佐 旧軍でいえば大佐だ

17歳の縊死による自死と18年間を死刑囚として過ごしたのち48歳での絞首刑 

ふたりはとても対照的な環境のなかで少年期をおくったといっていいでしょう

ふと 

ある種 相似形ともいえる山口冨士夫と成毛滋を連想しました

「冨士夫チャン凄いよッ。」もしかすると「格好イイよッ。」だったかもしれない

本気で成毛はそのとき冨士夫に最大限の敬意を表していました

これは成毛の六本木邸宅の離れで当人の口から聞いたことです

一緒にいたのは角田ヒロと高中正義だったはず

ブリジストンの創業者を母方の祖父に持つ成毛滋と

孤児院育ちの山口冨士夫 。。 対照的な子供時代と言わざるをえません 

それを相互に尊重しつつなにかを共有できた暗くてもヒップな時代 。。。
  
ロックもフォークもその一体感だけを一番たいせつにしていたような気がします 

いまの人工照明のような無意味で有害な「明るさ」を心から疎ましく思います
 


学生時代に読んでた「ぎゅわんぶらあ・自己中心派」という麻雀ギャグ漫画で、中島みゆきと山崎ハコを足して二で割ったような、「中島ハコ」という雀士が登場して、結果は「ハコテン」に終わるという話があったのを思い出した。

成毛滋が山口冨士夫をなぜ絶賛したか言葉足らずだったので補足します

ウッドストックから帰ったばかりの成毛がその衝撃から十円コンサートを始めた

主要なゲストミュージシャンのひとりだった山口冨士夫がリハーサルに遅れてきた

「電車賃がなくてコークのボトル拾って酒屋に持って行ったりして時間がかかった 

すまなかったナ」(当時コカコーラの瓶は酒屋が一本十円で引き取った)

終了後(すべて自前だった)主催者の成毛が「少ないけど、、」ギャラを渡そうとすると

「要らねーヨ」と電車賃にも困っているのに受け取らずに帰って行った 。。

秋が来て「不逞老人/、、」なんだか古体になったので Reform しました 。。/笑。

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