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従軍慰安婦については、戦争中にたくさん作られた書類を、あわててドラム缶で燃やして進駐軍の到着に備えたわけですw よほど都合の悪い資料があったんだろう。いちおう形としては、民間の女郎屋業者が軍隊を相手に営業しました、という事になっていて、日本軍が街なかで歩いている娘を強制的に拉致して売春婦にしたわけではない、という事になっているんだが、女衒たちがどうやってオンナを集めたのか、そこは謎。日本軍は関知しないし、知らない事になっている。

高校3年の時、世界史のレポートで第二次世界大戦についての課題があり、関係資料を漁っていたら、従軍慰安婦問題の資料に出会いました。
高校生のわたしには、衝撃的な問題でした。
父に、これは本当にあったのか尋ねると、「あったよ。」
日本から来た女郎さんや芸者さんは、偉い人の愛人として迎えられていた。一般兵士には、朝鮮人の女の子たちがあてがわれ、粗末な小屋の前には、兵士が列をなしていたそうだ。
父に「お父様も並んだの?」と聞くと「可哀想でそんなことできなかったよ!」
まあ、聞く娘もなんですが。
「かわいい子たちだったねー。時々、休みがあり、その時は朝鮮の女の子たちを河原に遊びに連れて行ってあげたんだ。お礼にって、みんなで朝鮮の歌を唄ってくれた。看護婦募集に応募した子や、河原で洗濯していて、誘拐されたって子たちだった」
「野営地を移動する時、自動車(トラックの荷台)に具合の悪い女の子たちを乗せたら、上官からお父さんたち、死ぬほど殴られて、その子たちは、歩いてこれるならついて来いと、そこに捨てられた。可哀想でね。生き延びてくれていたらと思うよ」

【捕捉】
この投稿の中で、18、9歳のぺーぺーの新兵だった父が、休みの日に慰安婦の女の子たちを河原に遊びに連れていった話があります。どうやって、連れ出したのかを聞いていませんでした。普通に考えたら、あり得ないことです。
でも、この投稿に韓国人の方が、父が聞いたのと同じ状況で拉致された元慰安婦の方をモデルにしたアニメーションを送ってくれました。
それを見て、分かりました。
父は、軍の中で自動車部隊として、物資や人を乗せた車の運転をしていたといっていました。
アニメの中で、慰安婦たちは月に1回、車に積まれ、街中の病院に性病の検査に連れていかれていたというシーンがあったのです。
ああ、これだなと思いました。
父は、そのトラックの運転をする時があったのでしょう。
そして、帰り道、ちょっとだけ、バレないように河原に寄り道していたのだと思います。
多分、わたしの投稿を読んだ方で、同じ「なんで女の子たちを連れ出せたの?」と疑問に感じた方がたくさんいたと思います。
投稿後に、教えてもらった以上のことを捕捉しておきます。

戦後すぐの時期には、こういう証言がいっぱいあった。水木しげるも漫画で描いているが、他にも証言はたくさんある。この証言をフェイスブックに書き込んだ人は、父親が18歳で出征して、戦後、50歳過ぎてから生まれた娘さんだそうで、証言としては新しいんだが、戦後すぐの時期にあちこちで出ていた証言と一致する。

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自動車部隊
あったそうですね。
自動車部隊なら、投稿のようなことがあったとしても腑に落ちます。

私もかつてその生き残りの人から話を聞いたことがあります。
立場は幹部のような、所謂「エリート」ではないけど、
彼らととても近いところにいたようです。
自動車の運転ができるというのは当時ではとても稀少で、
「エリート」でも車の運転ができたわけではないようで、
軍でも重宝されたと言ってました。

彼は超激戦地に配属されながらも
無事に生きて帰ってこられたのは
真っ先に逃げる幹部を自動車に乗せて運んだからのようです。

鴻上尚史の「不死身の特攻兵」にも出てきますが、
幹部は部下を見捨ててとっとと逃げるのが
誇り高き日本軍ですから。

ウチの親父なんざ、西武の自動車修理工だったので、兵隊に取られなかった。自動車修理工が出征したら、箱根のバスが動かないw

>看護婦募集に応募した子や、河原で洗濯していて、誘拐され
>たって子たちだった」

確かにこうした事は起こったのでしょう。
ですが、それと、上記の悲劇が日本軍により組織的に20万人規模で行われ、被害女性が、戦争直後にこれまた軍により組織的にほぼ全員を殺害された、とされる問題の間には大きな飛躍があるのではないですか?
日本軍人のふりをした朝鮮人の女衒による誘拐は、当時すでに問題視されていたそうです。

問題になっているのは、朝鮮人慰安婦がいたかいなかったかではなく、それが軍により組織的に誘拐され強要されたものだったか?
その数が二十数万人だったか?
終戦に伴う証拠隠滅のために、全員が殺害されたのか?
という合理的には説明のつかない事象についてだと思うんですが・・・


 朝鮮どころか内地でも左巻の女が憲兵に捕まってそのオトモダチの慰安所経営者に売り飛ばされてということはあったのかも。 45年くらい前ですが、そういう小説をNHKのラジオでやっていた。 気になって中野坂上の図書館に行ったら、そのころすでに慰安婦の話の本がありました。 そのときの印象が、この件だけは寝た子を起こすようなことはしないほうがいいな、というものだった。 あの当時は、左巻の連中ですら、この問題はそっとしておいたほうがいい、という良識があったのでしょう。 ところが時代が進んで、戦争を知らない中味の薄い糞左巻がアカヒの編集を牛耳る時代になって、ああいう愚かなことをしてしまった。 それとも何かの謀略が裏にあったんですかね。 北チョンによる日韓分断工作、あるいは日中韓のアジアが団結することを恐れてバラバラにすることをねらったアメリカの工作。 たぶん両方だったのでしょう。 その両方の入り込んでいたのがあの新聞社なわけだし。

敵が海を渡り飛行機で攻めて來るにも拘らず激戰で消耗した戰力の補強豫算を東條は認めない。豫算は陸海軍均等二等分を維持、海軍航空機資材の優先配分など以ての外であると。是に對し竹槍では航空機と鬪へぬと海軍の意を通じた變態新聞記者が内務檢閲課の調整を經て記事にしたのだが、是を陸軍批判と捉へた東條は内務省(檢閲を單獨所管)を動かして改めて發禁處分に。所謂竹槍事件である。

東條は變態新聞社の人事にも介入し編集總長、東京本社編輯局長及び同次長を待命休職に追込んだが擔當記者に對する追撃も怠らなかつた。三十七歳と本來召集の對象とはならない變態新聞記者の新名氏に對し召集令状を發行、一兵卒として激戰地に送り込まうとした。無論懲罰召集である。


記者は海軍の介入で召集解除、海軍報道班員として比國に渡り生き延びた由だが、記者の本籍地(高松市)出身で年齡の近い者約250名が記者の卷添へを喰つて召集、硫黄島に送られ多くが戰死したと『空氣の檢閲』にはある。

女は賣春婦に男は兵隊に。悲しい哉大日本帝國の現實である。いや實に碌でもない國であるな。
ごみ箱漁り(東條の渾名)の狹量が元凶ではあるのだが。

>日本軍人のふりをした朝鮮人の女衒による誘拐は、当時すでに問題視されていたそうです。

そこねぇ、当時朝鮮は日本だったということを無視してて破綻するのよ。
言葉遣いには気を付けないと。「朝鮮人の女衒」を「現地民間の売春組織」ならオッケーですが。悪いことはすべて朝鮮人の仕業という書きっぷりでお里が知れる訳で、それこそ引用の引用で発言者に他意はなくても、受けとる情報の検証時点で気を付けていかないと。

日本政府は敗戦後、米兵(ヤンキー)が大挙して上陸するのに恐れをなして、日本の健全な腐女子を守れということで、非常に手際よく特殊慰安施設を設営しました。米軍の圧力を忖度した日本国公認の慰安所です。そういう施設の運営ノウハウがあったわけですな。

資料はないんですが推測で借金のかたに誘拐同様拉致された娘も多かったんじゃないでしょうか。(さすがに法治国家ですから良家の子女を街なかで大量に略奪したり女子大突入して根こそぎは思えない。ただしマニラではあったようだ。米軍に包囲されて秩序崩壊したときのこと。)
西郷ドンでも高梨臨ちゃん連れてかれるし、2.26の原因の一つも東北娘の身売りですしね。「匿名仮面あの」さんには批判されるかもしれんけど、なにせチョンですからねえ。儒教主義男尊女卑だから日本人より徹底してひどかったかもしれん。

>さわらないでおく

そうしたかった、と言うより、強権で無理にそうさせたのは、御存知のとーり当時朝鮮で朝鮮人を爆撃してた軍人でシたね。

日本にとっては戦後でも朝鮮人と米軍は真っ最中で、
さらに、「韓国」では朝鮮人の慰安婦がその名前で兵隊相手に制度化ちゅうだった・・・しかも

日本人女でさえ朝鮮で戦争やってる軍人の相手させられてたし。慰安婦という名前さえ日本では使わないものの・・・。

李香蘭こと山口淑子主演・黒澤明脚本の映画「暁の脱走」でさえ検閲され慰安婦隠蔽させられたのは有名。慰安婦が出てくる映画も多数・・・戦争ものなら当たり前だった。戦争やってる軍当局は個人の行為にして隠したがった。60年代の映画でさえ当たり前だったみたい、にっぽんぱらだいす、兵隊やくざとか。だって兵隊だった人がまだ40代くらいで大勢居たじだいですから。ところが

今では、朝鮮戦争前後とか1950年代とかの慰安婦関連映画はクリップでさえ、うpされてもバンバンババンされてるようなかんじw


金で歴史を書き換えたい連中がいるヨーダw

===

アカヒの問題というより、当時誰でも知ってたことを、80年代になって、「無かった」と強弁したがる三世連チュウが、

金と大声でバッコバッコアベちょんぞーだったわけですね、今から思えば。

カルト糾合がシンコーしたんでしょう。


日本人ボクちゃんからカネ巻き上げる手口の一つだったかも


というか、

ボクちゃんに手柄立てさせ、
カルトでバkうpしてやって、


日本政府の枢要な地位に潜り込ませる

とやってきたのがアヘちょんぞー時代かも

軍隊あがりの先生がおった、

手のひら返しの民主主義教育を担っていたが、
怒ったり、体育の時間などには、
身に付いた軍事教練の地が発揮されてた、

なにかというと、
圧倒的優位な立場を使った強制、押し付け。

なかには 少尉だったことを自慢げに喋る
バカセンコーもおった、
(負けたくせにナニ云ってやがる、と
大人になったら半殺しにしてやる、と)
それらの科目のデキは当然悪いし未だに嫌い
である。

戦争の傷は、50年や百年じゃあ癒えない、
戦争指導者になりたくば、前線に立って、真っ先に
突撃することを広く国民、神仏に誓ってからにせよ。

資料がない資料がないなんて言ってますが、本気で探せば関連資料は山ほどでできますよ。

どうやって集めたか。新聞使ってますねー。
当時の三大紙はすべて毎日求人欄に出てます。
カフェー女給募集。外地赴任・高給保証てな具合です。

当時、これに応じたら女郎に売られることはみんな知ってました。
まあ究極ブラック求人です。
図書館でも見られます。

あとは事務員募集の名目もあります。昭和恐慌後の社会状況は小津が「大学は出たけれど」なんて映画を撮っていたころです。当時の大学は今の水増しFランクなどではなく正真正銘の知的エリートですが事務員の口もない時代。当然娘の働き口なんかほとんどなかったからこそ慰安婦を集めること自体はそれほど難しくはなかったのです。

まあこのあたり有馬頼義の兵隊やくざみたいな大衆小説でも出てきます。あの話では朝鮮からはインテリ娘が応募してきて、こんな仕事だぞと確認して連れて行ったらやっぱりだめというので送り返すという話があったと思います。ほかにも期間を決めてちゃっかり稼いで帰っていく子もいれば、兵隊と恋仲になっておかしくなる子。みんな若い子なので壊れやすいんですな。

まあ合法的に集めて、違法に働かせ、後は知らん。
というのは「美しい日本」の伝統です。

日本がそんなことをするはずがないという脳内ウンコ詰め右翼はしかし、
兵隊やくざ読まんのかね。オマエらの大好きな光文社文庫だぞと言っておきます。

東條がやったことは裕仁の意向でしょう。
すべての悪行を東条に擦り付けて、英国王室エージェントで英陸軍元帥の裕仁は戦後も逃げ切った。

日本の皇室は悪魔の巣!

 陸士でとある宮様のご学友だった伯父さんも、東條さんではない(悪いのは、ということだろう)とボソリとつぶやいておった。

 でも、それでも陛下は「日本国統合の象徴」、天皇がいなくなれば、日本はバラバラ、カオスになりかねん。

>「匿名仮面あの」さんには批判されるかもしれんけど

 多分、大きく誤解されていると思われますが、私は右巻き270度の歴史修正主義者で国粋主義者の日本人ですよ。但し歴史修正において取るべき方針が少し、他とは違う。過去の失敗を隠蔽して無かった事に修正したがる奴等と違い、過去の失敗をあるものはあると事実を認めた上で、侵略者としての日本から、合作を試みたが、現地の人々との音楽性の違いから深刻な失敗をしたのだと認識を書き換えたい訳です。だからその一歩として1910年から1945年における朝鮮人の不始末は日本人の不始末である(当然逆に、その期間の朝鮮人の功績は日本人の功績である)という、仲間にいれた以上、入れた側の取るべき当たり前の態度を述べているのに過ぎません。
また、失敗をしたのは仕方ないが、ではその教訓を未来に生かすにはどうするのかを真面目に検討するために、まずは洗いざらい事実は事実として扱う(背景、ステークホルダーの意思の確認は別問題)べきという発想です。
その分析結果としていや、あの地域の人たちとは音楽性が違うからとか、半音隣接にチューニングされててハーモニーが成立しないからという考えまでは否定しません。それもひとつの解釈です。

【 一群韓國少女被日軍強行征作慰安婦肆意發泄獸欲,看完令人氣憤不已。10分鍾看完電影《鬼鄉》 】

https://www.youtube.com/watch?v=QMkVEWHBNSA

・・・歴史的事実の客観性の保証というのは、どういう立場に立つのかで難しい問題デス。従軍慰安婦に関する諸問題も、肯定派否定派で長年論争が絶えません。日本軍軍人が直接手を出さなくても、日本軍の意向を受けた者が日本軍の威光を嵩に強制連行をしていれば、被害者から見れば“事実上”日本軍による強制連行となるでしょう。「加害者日本人」と「被害者韓国人」との対立という図式意外に、慰安婦を直接騙し、慰安所に連れていき、売春行為を強制し、その上売上をピンハネしていた朝鮮人経営者も存在する訳デス。そして大東亜戦争の敗戦後も・・・。

【 にっぽんぱらだいす nippon_paradaisu /japan paradise 従軍慰安婦は戦後も! 】~1964年・「にっぽんぱらだいす」で監督デビューの前田陽一監督・脚本~

https://www.youtube.com/watch?v=1U683xm8vhg

>RAAとは「Recreation and Amusement Association」の頭文字で日本名は「特殊慰安施設協会」という。終戦直後の45年8月18日、日本政府は国内に進駐してくる連合軍兵士による性暴行や性犯罪を危惧し、進駐軍向けの慰安婦と慰安設備の提供を決断。政府の要請をうけて花柳界が中心となり、同年8月26日、RAAが発足する。大蔵省(当時)の保証で日本勧業銀行(現みずほ銀行)が、当時の額で5500万円を融資していることからも「国策売春設備」、要するに従軍慰安施設の進駐軍版だった。

>RAA経営の公的慰安所は、終戦からわずか3ヶ月のうちに東京都内だけで25箇所を数え、横浜をはじめ、大阪府、愛知県、広島県、静岡県、兵庫県、山形県、秋田県、岩手県など日本各地に広がっていた。全国の公的慰安所の数は資料によると全部で45箇所。RAAで働く慰安婦の数は、東京都内だけで約1600人、全国で4000人にのぼったといわれている。このRAAは、GHQによる公娼制度廃止の方針とアメリカ本国からの厳しい批判を受けて、発足から半年足らずの翌46年3月には廃止となった。活動期間が短く、また廃止後、進駐軍向けの慰安設備を既存の風俗街や「パンパンガール」と呼ばれた街娼が担ったこと、RAA慰安婦自身、一切、口をつぐんだことで歴史の闇へと消え去っているのが実情だろう。

相変わらず、言葉遊びのような気がします。

経済的な弱者を本人の真意に反して売春婦にした=当時のほとんどの日本人売春婦。おそらく半島出身の慰安婦の大多数も同じ(現代では違法だが、当時は合法)

本人、家族の意思に反して、身柄を連行して、あるいは騙して従軍慰安婦にした=皆無じゃないでしょうが、例外的(これは当時でも違法行為)

どっちにせよ、慰安婦は軍が(ある程度)管理している。これは性病予防のために当然です。

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