上海特集

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さて、今日は上海特集だ。上海は1949年までは外国資本が投下された国際都市で、日本租界とか外国人租界とかあって、中国でも治外法権みたいな土地だった。かまやつひろしの父親は、その上海のジャズバンドで演奏していて、戦後もしばらくは帰れなかったらしい。よちよち歩きのかまやつひろしは、上海でタップダンスの真似をして、観客を沸かせていたというんだが、そのかまやつも死んじゃいましたね。



上海リルというのは戦前の歌謡曲として有名なんだが、実は1933年のアメリカ映画で、ジェイムズ・キャグニーが歌ってますw 日本では川畑文子がヒットさせた。川畑文子というのは日系三世で、まずはアメリカで売れた。13歳で天才ダンサーと呼ばれ、あまりに売れたので草臥れて、日本には休養のつもりで来たんだが、横浜港にコロンビア・レコードが待ち構えていて、アメリカの契約を残したまま、日本でもデビューしたのが、17歳w アクロバチックなダンスとジャズを上手に歌うというので大人気だった。戦後はアメリカに帰って引退してしまったので、知る人は少ないんだが、上海バンスキングの吉田日出子の元ネタになった人です。



戦後の1951年に、上海リルのアンサーソングとして作られ、大ヒットしたのが、この「上海帰りのリル」。1951年というと、上海に中共が入って外国資本を追い出した翌々年だし、日本にも上海帰りがたくさんいたので、割とリアルな雰囲気の歌だったんだろう。



そして幾星霜。1978年になって上海が改革開放で、外国資本が入るようになる。1949年から、30年が経過していた。その間、毛沢東の大躍進やら紅衛兵やら、激動の時代があったんだが、30年ぶりに上海に戻ったビジネスマンが驚いたのは、和平飯店のジャズバンドが健在だった、という事だ。和平飯店というのは、昔のサッスーンハウスです。1920年代に上海経済を支配したサッスーン家の根城。1949年までは、このビルにサッスーン家の会社であったキャセイホテルが入居しており、上海ではもっとも名門のホテルだった。おいら、1978年になって改革開放された当時の、このジャズバンドの音源を持っているんだが、あまりのヘタクソさに涙が出て来るw 1949年までは、日本を含め、世界中から腕っこきのジャズマンが集まって競っていた上海で、化石のように生き残った爺さまたちは、もうね、元からヘタだったんだろうが、年取ってヨレヨレで、それでも懸命に「ジャズらしき物」を演奏しているのが、世界中で評判になった。



その後も、和平飯店の爺さまたちは、世代交代しながらも、あのヘタクソさは変わらず、いい雰囲気で上海名物になってますw

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 香川京子さんというと清楚な理知的な感じの女優さんというイメージ↓ですが、それがクラブのダンサー役とは。

(東京物語の香川京子)
https://i.pinimg.com/originals/14/44/86/14448688ea34b55f574dc0aa3509606c.jpg

 そういえば、カズオイシグロの「上海の伯爵夫人」も、タクシーダンサーの元伯爵夫人でした。  どっちも見たことないですが。

子供心に上海帰りのリルがどうして大人に受けるのかがわかりませんでした。大人になればわかるのかと思いましたがそのままで50年くらい過ぎてしまいました。胸がすっとしました。ありがとうございます。

朝ドラの桑田さんの歌を初めて聞いた時にリルのメジャーアレンジか?と勘繰ったのはいい思い出。

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