信長怖いわー誰かどうにかせえや

| コメント(10)
戦国時代というのは妙な時代で、天皇制と将軍と、二重の枠組みの中で、ワイワイと争っているわけだ。腕力が強いヤツがそれだけでナンバーワンではない。信長は、最後の足利将軍15代義昭を京都から追放するが、追放しただけで、自分が将軍になったわけではない。だから義昭は、秀吉が将軍より格上の「関白太政大臣」になるまでは将軍のままだった。

 本能寺の変で織田信長を討った重臣の明智光秀が、反信長勢力とともに室町幕府再興を目指していたことを示す手紙の原本が見つかったと、藤田達生(たつお)・三重大教授(中近世史)が発表した。変の直後、現在の和歌山市を拠点とする紀伊雑賀(さいか)衆で反信長派のリーダー格の土豪、土橋重治(つちはし・しげはる)に宛てた書状で、信長に追放された十五代将軍・足利義昭と光秀が通じているとの内容の密書としている。

武士は二君に仕えず、という言葉があるんだが、アレは「理想」であって、現実にはそうじゃない。光秀は、足利将軍の部下だったのが、その後、信長の部下となっている。それが、信長を裏切って足利将軍を立てようというのも、ありそうな話だ。

そんな事よりかんてんラーメンなんだが、伊豆は日本一のテングサ産地です。良いてんぐさから作られるかんてんで、ラーメンを作りました。特にダイエット用ではないんだが、普通に美味しく食べられる乾麺です。醤油味の鶏ガラスープも付いて、インスタント並みの手軽さで食べられます。

KOJ_3039_300.jpg 930円(税・送料込み)
<かんてん入り棒ラーメン 佐野製麺所 4食分>

伊豆ならではの、かんてんの入ったヘルシーな棒ラーメンです。普通の乾麺で、インスタントではありません。2-3分茹でるだけ、という手軽さで、スープもお湯で溶くだけ。インスタントどころか、カップラーメン並みの手軽さで、本格的なラーメンが楽しめます。

image210.jpg豆州楽市がお届けします。
<明智光秀>反信長派への密書の原本発見 本能寺の変直後、室町幕府再興を目指していた 、というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。
-----------------------
主君殺しを正当化するには何かしら名目が要るわなぁ
-----------------------
↑せやな
書いた日をみれば
秀吉が目の前まで来てるわかってるし
-----------------------
これは凄いな。
確かに足利に大きく関与して厚遇されてた奴だしな。
-----------------------
やっぱ裏切り者じゃん
なにが新事実!光秀は裏切ってなかっただよ
-----------------------
↑最初から、足利側。

と言う解釈なら裏切ってはない
-----------------------
毛利だって野心があったから将軍を匿ってたわけだし、上手く相互でやり取り出来てたら毛利上洛もあり得たんだな
-----------------------
↑軍略的には秀吉の大返しの時に、毛利が後ろから追撃するのが上策だったよな
なぜ毛利は動かなかったんだろう?
-----------------------
↑その毛利軍にはすでにその体力が残ってなかったからと
本能寺の変を知らなかったからだろ
秀吉は街道を封鎖し、毛利方に信長の死が伝わるのを防いだのと

毛利の家臣団の多くが、長い兵糧でつかれきっていたから
戦いが終わった後に振舞われた食料をたらふく食って
ほとんどが死んだと言われている。
何しろ、長期に渡る水攻めで食料がなくなり
城内では、兵たちが死んだ仲間の肉に群がって食べていたとされる状況だった
いきなり腹いっぱい食べるのは、体に大きな負担をかけるので
断食の後は、薄い粥など、軽いものを少しずつ増やして体に負担をかけなくするものだが
そんなのお構いなしに食べたもので、兵たちの多くが死亡したといわれている
-----------------------
本能寺の変の直後から、光秀は朝廷からの支持を得るなどの行動に出ている
それは成功したが
しかし秀吉の方は、高松攻めから取って返すと
信長の遺臣団を抱き込み、光秀を主殺しとして討伐する側に動いた。
光秀は朝廷の権威で織田家臣団をはじめとする
諸勢力を押さえ込むことができると思ったようだが
秀吉の方は、もっと現実的に織田家臣団を纏め上げ。光秀討伐に動いたのだ
-----------------------
↑鳥羽伏見では朝敵というだけで、戦局が大いに変化するほど効果があったけど
戦国時代は朝廷の権威が落ちぶれており
朝廷なんかに時間割く暇があれば、織田家臣取り込んどけばと思うね
明智はまず近江を制圧し、最初攻めてくるのは柴田勝家だと思ったのだろう
しかし予想を覆し西から羽柴秀吉が攻めてきた
これが大きな誤算だったのだろう
-----------------------
結局、司馬遼太郎のいわゆる司馬史観で正しかったんじゃん。
知ったかネラーが、司馬史観プッとか言ってるけど。
-----------------------
なんかー、ボスは自分が神だとか魔王だとか言い始めてー
もうついていけないっすわー
神輿は軽くてパーがいいの古い時代が良かったっすわー
-----------------------
足利黒幕説てはなく神輿が欲しかった
-----------------------
みんな信長にはうんざりしてた頃だから知ってても見て見ぬ振りしてる奴はいそう
-----------------------
結局は足利を神輿として再興し旨い汁を吸いたい人たちが謀っただけだったか
まあそんなもんだよな
-----------------------
無能担いで実質の所は自分なんじゃね
-----------------------
朝廷を形だけでも立てつつ政権の中枢を牛耳るというところかな
家臣や親族による地固めもそれなら理にかなってるし
-----------------------
本能寺の変後、同志とも言える細川藤孝が光秀からの誘いを散々断って、死んだ信長の為に剃髪して坊主になったわけだから、>>1の説はどうだかな。
ボスを殺した裏切り者の光秀の誘いを皆が断わり続けて困り果てた光秀が、とにかく自分が信長を討った正当性を世間にアピールしただけの話だと思うがな。
細川藤孝と光秀は流浪時代の足利義昭を共にささえた同志なんだけどね。
室町幕府の再興とか、今の感覚だと「今の日本の内閣を、江戸時代の幕府制度に戻そう」みたいな事だったのかも。
つまり「今更室町幕府の再興とかアホか」という時代だったんじゃねーのかね。
そんなアホみたいな事を書くしかない程、誰も光秀に味方してくれないので追いつめられたってだけの話じゃねーの?
-----------------------
↑細川藤孝は、光秀が勝てないことをわかっていて誘いにものらなかった。
明智軍に細川軍が加われば、秀吉軍と互角になると思うが、それでもやや足りないんだろうな。

あと、本能寺の変の直前に、信長からの動員命令をシカトしているから、細川藤孝は何か知っていたらしい。
-----------------------
これが仮に本物だとすると秀吉黒幕説だの家康共犯説なんて下らない陰謀論より普通に考えるたらあり得ないけど色々、考察したらコレしか無いと言われていた

光秀「ついカッとなってやった今では後悔している」

を補強しているだけじゃね?
本能寺の変の時点で毛利家で冷や飯食らいしてる足利義昭なんて担ぎ上げるって現実的じゃないし
自分の感情に任せた愚行に対する言い訳として利用しただけでしょ将軍家の名前を
-----------------------
普通に考えたらそう
外国人黒幕とか家康、秀吉、ましてや公家とか
全部嘘だろ
-----------------------
幕府再興これが一番光秀らしい
よく考えれば光秀は諸国を放浪してた訳だし
褒美に不満があれば鞍替えするのはおかしい事ではない
-----------------------
幕府再興して執権として義昭を傀儡にすればいいわけだし
-----------------------
信長も初期は将軍家再興を大義名分に利用したし秀吉も織田家を復活させる事をいい
家康も三成を討ったとき豊臣のためとか言ってた
今もそうだが軍人と政治家の言葉を全うにとっちゃいけないな
-----------------------
義昭は毛利領にいた。毛利と織田は交戦中。毛利が不利。
義昭が毛利のために動いたとも考えられる。毛利が滅びたら義昭は行き場がない。
-----------------------
信長が生きてたら信長が皇帝の大日本帝国が17世紀にできてたな。
信長の代では朝鮮半島までが領土。
息子の代で中国も日本領土。清国に相当。
-----------------------
手当たり次第手紙送ってたらしいし、ノープランだったのは確かだと思うよ。
-----------------------
明智から毛利に送った密書の内容も想像できるな。
それが途中で秀吉に奪われず毛利に伝わっていたら、毛利・明智連合に支えられた足利幕府再興が実現したかもしれない。
-----------------------
義昭が毛利側にいるから毛利を味方にさせるため
どこの大名よりも一足早く毛利に本能寺の一報を知らせた
これが運悪く一番早くに秀吉が知ることになってしまった
-----------------------
「応援すっからよ、やっちまえよ」といろんなやつに言われて「いけるかも」とやっちまっただけだろ
-----------------------
信長も将軍義昭に対して謀反をしている。
本来信長は将軍の家来だからね。
将軍の命を受けた光秀が忠臣なのだが、そうなると信長や秀吉は足利将軍家に対する謀反人になるから、秀吉が本能寺は光秀の怨恨による謀反にしたのだろう。
-----------------------
我こそは!隙あらば!みたいなやつが群雄割拠したのが戦国時代なんだから
けっきょくこれで良かったんじゃね?
基地ボスにいつ粛正されるかもしれん恐怖と戦いならがも野心を持ち続け
ガバガバの隙を見せた信長に対して
いまここで討てば!となったわけだ
-----------------------

晩年の信長って末期の始皇帝やヒトラーみたいな感じで
疑心暗鬼で古参の家来追放したり
自分の回りに若いイエスマンだけ置いたり、
しかも気まぐれになり、末期的状態だったからな
元々足利につかえてた光秀が、信長倒して室町幕府再興とか思うのも無理はない

でも光秀って信長より高齢で、室町幕府再興なんていうダサいアイデアで行こうとするあたり、やっぱ中高年はダメだな、という実例だな
-----------------------
どんだけ密書や歴史的な公文書がでてきたって本当の行動の理由は分からんよな。本人が心中告白の日記でも毎日書いてて残ってたら別だが。
-----------------------
当時の信長の増長ぶりとキチガイぶりはやばいから光秀じゃなくても誰かに撃たれてたと思う
もしかして信長だけ撃たれて信忠が後をつぐ方が織田にとって一番理想的だったかも
信忠は真面目で人望があってしかも軍は強かった 信忠の天下は磐石だっただろう 
-----------------------
秀吉は毛利攻めに信長を招待していたから信長本体が来れるように中国ー大阪間を整備してあった。大返しはできる。

信長はもともと義昭の命令で天下布武を始めた。
室町幕府再興が義昭と光秀の考えで信長に命じてやらせてた。
しかし信長が義昭に謀反をして室町幕府を滅ぼし織田が天下を取ろうとした。
-----------------------
↑たしかに謀反人はむしろ信長なんだよな
-----------------------

光秀は信長よりひとまわり年上で、それだけ発想も古い。あの時点で「足利将軍家はオワコン」と見切れなかった。信長はやり過ぎて暗殺された。秀吉はなんとか、軟着陸させたが、そこで寿命が尽きた。結局、天下を取ったのは、目立たずジッと我慢していた家康w 長生きも芸のウチw

-----------------------
信長は自分の主君である織田信友を殺害してるし
さらにその上の主君である守護・斯波義銀をも追放してるわけで
足利義昭がなんで主人を二回も裏切ってる信長に頼ったのか意味が分からん
100万%の確率で義昭を裏切る事も最初から分かってたじゃないか。
-----------------------
↑義昭は信長以外にも武田やら有力大名に片っ端から助力しろと言ってたからな
その中で信長が勝ち残った
まあ利用するつもりが利用されるのは無能義昭本人もわかってたんで
光秀みたいなスパイを懐に忍ばせてたんだろうな
-----------------------
これだと将軍が裏で糸を引いていたか
光秀が将軍の名を利用していたのかわからない
-----------------------
【近世の三大ヒール】 *名前に「秀」の字が付く奴はクズ説の根拠にもなっている
・松永久秀...ドケチ・狡猾でルイス・フロイスの手記でも評価最低、「蓑虫踊り」の考案者。
・明智光秀...主君を殺し天下を狙ったが人望ゼロで秀吉に大敗、落ち武者狩りの農民に首を取られる。
・小早川秀秋...家康と内通していたくせに西軍の補給物資を大量にネコババ。小早川姓の善人は野球選手のみ。
-----------------------
この書状は本能寺の変の後の3通目ってことだよな
最初から室町幕府の復興をあげて謀反したってことだな
黒幕はやはりいそうだな
-----------------------
明智光秀を信長の家臣と決めつけてる輩ばかりだが
光秀や家康はそもそも信長の家臣じゃないだろ
謀反というのは豊臣家が後世に作ったくさい
-----------------------
↑光秀は複数の資料で明白に知行(安八郡、志賀郡、坂本城、亀山城)と役職(京都奉行など)を与えられてることがわかるので
名実ともに信長の家臣
-----------------------
相手に合わせて書状の内容を変えていた可能性もあるんじゃない?
この武将は室町幕府再興って言っておけば釣れる筈
みたいな。
-----------------------
↑それはあるだろうね。光秀ほどの知将なら相手の説得のウィークポイントとかを熟知してただろうし
そういう相手に対する多様性が本能寺の変の真の動機を判らなくさせているのかもな
-----------------------
やはり戦国時代ってのは太平の江戸時代とは心持ちが違うんだな
ヤルかヤラれるかというギリギリの人生
-----------------------
幕府権威の凄さを逆に思い知らされるな
下剋上の戦国時代と云っても現代人が考えるほどには荒れてたわけではない
既存権威のもとで世の中を安定させるというほうがおそらく大方の考え方だったろうな
-----------------------
ポルポトと同じように人を殺しまくった信長
光秀の方が本当の英雄だわな
-----------------------
↑アホ
光秀も殺しまくってるわ
-----------------------
多分、日本人お得意の空気やで
空気を読んで信長やったんやろ
朝廷、家臣、商人、町衆みんなが「信長怖いわー誰かどうにかせえや」って空気を醸し出してたんやろ
光秀は賢くて折衝事も得意やったから、そこらへん敏感そうやし
-----------------------
信長は政治的に革新アナーキズムだし、光秀は優等生保守という感じだから
なるほどあり得る話だなあと思った。
-----------------------
本能寺の変を起こさなかったら佐久間、林みたいに突然土地没収されて放逐されてたろ
自衛戦争だ。
-----------------------
大義名分の為に室町幕府の再興という御輿を担いだだけでしょ
本心かどうかは分からん
まあそれがガチの本心だとしたら古臭い金柑頭してんなと逆に失望する
-----------------------
光秀は認知症だったんだよ
-----------------------
でも謀反してなかったら相当高い確率で最後は粛清されてたと思う
-----------------------
光秀の場合裏切り者というより、古来の伝統ある権威への忠誠を優先した感じだけどね
信長は皇室すら壊しかねなかったから、そこを尊重する勢力につく選択したんだろうと思ってる
-----------------------
この書状は昔からコピーされたものは知られていて、学者には有名なものだ。オリジナルが見つかったことが学術的にどんな意義があるとか、新しい知見の有無は全く記事にはない。学者がメディアを使って自分の名前を宣伝しているだけだなあ
-----------------------
高齢で忍耐力が低下して「いまヤラなきゃやられる」感は強くなってたかもね
-----------------------
目の前に転がってきた絶好のチャンスに飛びついてみたが、冷静になってみたら自分を討った者が次の権力者に一番近くなる旗頭だと気付いて必死に野心無いってアピールしているようにも見える。
友好関係にあった細川家に早々にそっぽ向かれた辺りが運の尽きだったかな
-----------------------
信長も齢とって狂気の度合いが深まっていたのだろうし
この2人がこうなるのは時の流れの必然だったかも
だから是非もないんだろう
-----------------------
信長は多くの人々から恨みを買い過ぎたってのも遠因だろうと予想する
必然と味方も減る
晩年の秀吉も

日頃の行いって大事だなあ
その点を家康は反面教師にしたのか上手くやったと思う
-----------------------
光秀の史実からみるパーソナリティは
頭脳明晰、勇敢、策士、ええ恰好しい(下々に)
こんな感じで信長には徹底的に茶坊主

これが謀反起こすのは、やはり信長の狂気にたいする自分もふくめ反感がマックス高まっていると判断してのことだろ
そして脇ガバガバの好機が来た
あとはやるしかない
理由はぜんぶ後付でもしょうがない
-----------------------
主人が二人いる。
当時はそう珍しいことではない。
-----------------------
↑うちのネコみたい
うちでメシ食って昼寝して夜だけ実家に帰ってる
-----------------------
足利義昭が明智光秀に命令して本能寺の変を起こしたってのは以前から言われてたよね
それが確定したってこと?
-----------------------
老い先短いからいじめの仕返し&足利再興なんていうノスタルジーに夢見たんだな
-----------------------
本人にトップに立つカリスマ性も自信もなかったんだろうね
傀儡お飾りを用意しないと人を動かせない
それだと乱世を生きて勝ち抜いてきた人間は従わない
-----------------------
秀吉や家康もいじめ、いびりうけまくりの前半生だろうが
そこで暴発しない、チャンスがこなけりゃあきらめるというのが最後にかつんだわな
-----------------------
大義名分は必要だからな
今の日本でクーデターする際に大日本帝国や江戸幕府の再興とか言うようなものだ
-----------------------

しょせん光秀は旧体制の利益代表なので、信長を倒した所で、自分がトップの座にはつけなかった。と、そういう事だな。新体制は、足利将軍家を完全に廃して、秀吉の関白体制を経て、新しい徳川将軍家になるまで、待たなきゃならない。

コメント(10)

真保裕一「覇王の番人」はとてもよかった。歴史小説好きなら読んで損はないと思うよ。

戦国時代って戦乱で荒廃しただけあって、宗教が栄えた時代でもある。異教であるキリスト教が大名の公的な許しを得て布教できたのは、混乱による権力の隙間があり、大名と商売する機会があったため。そのバテレン商人らによる日記は貴重な戦国時代を知る第三者記述になっている。織田信長の人物像は、真田丸で吉田鋼太郎が演じたような、神経質なのが正解だと思う。

信長も秀吉も家康も光秀も名古屋人だでよ。
静岡に縁があるのは家康だけど、所詮は転勤族ですwwww

>義昭が毛利側にいるから毛利を味方にさせるため
>どこの大名よりも一足早く毛利に本能寺の一報を知らせた
>これが運悪く一番早くに秀吉が知ることになってしまった

>目の前に転がってきた絶好のチャンスに飛びついてみたが、冷静になってみたら自分を討った者が次の権力者に一番近くなる旗頭だと気付いて必死に野心無いってアピールしているようにも見える。
友好関係にあった細川家に早々にそっぽ向かれた辺りが運の尽きだったかな

 光秀の子孫が書いた本(家康との共同謀議説)によると、光秀から事前に相談を受けた細川幽斎が秀吉に情報を流したとあるが、これはいくらなんでもどうだろうか。 

 さて、あまり注目されてないが、この複雑に入り組んだネットワークの中心にいたのが足利将軍の重臣で後には細川幽斎の重臣とも盟友ともいえる微妙な地位にあった松井康之だ。

「しかし、藤孝に直接働きかけることはさすがに難しかったのでしょう。秀吉は周到な手を打ちました。それは藤孝の重臣を手なずけることでした。 >…こうして秀吉に手なずけられたのが、細川藤孝の家老・松井康之でした。」
http://blog.livedoor.jp/kimkimniyan2/archives/5488901.html

 逆に言えば、光秀は、先手をうって松井康之を丸め込んでおくべきだったのだ。 
 当時、松井康之は、丹波の日本海に面した港を拠点に、細川本家とは一応独立の水軍を持っていた。 早船でいつでも危険な陸路を避けて毛利と連絡を取れる立場にいた。
https://senjp.com/mathui-yasuyuki/

 この松井家は、細川の筆頭家老でありながら、それとは別に豊臣さらには家康の直臣でもあるという不思議な家なのです。
 松井康之がらみの古文書がどこかから出てきたら、いろいろな謎が分かるかもしれません。


明智の土橋宛文書は別にあって以前から有名だったよ新発見て騒ぐほどのものじゃないw
鈴木孫一が仲ま割れから土橋若太夫を殺したのが因縁の発端ww
明智も一揆の砦攻めで信長に助けられているし(信長負傷のオマケ)www
戦国の敵味方の入り乱れ関係はそれなりに面白いといえるがwwww

本願寺顕如の懸命の仲裁にもかかわらずw
孫一は若太夫を殺してしまったww
この事件がなかったら孫一は一向宗では輝く英雄だっただろうwww
信長とひっついた孫一その後は秀吉にだよくわからんヤツwwww

>信長怖いわー誰かどうにかせえや

 鉄砲の名手のはずが20メートルちょいの狙撃をしくじった善住坊が悪いw
https://www.youtube.com/watch?v=HeYrOWZobeQ

 貼るべきはこっちだったw
https://www.youtube.com/watch?v=b6r0p5nd_Rg

 このころは犬HKもちゃんとした放送をしていたw 栗原小巻もまだ美しかったw

 切支丹バテレンの鉄砲なんかに頼るからしくじるのだ。 20メートルなら矢で射れば外すことはないだろw 
 とはいえ、日本の弓矢の問題点は、格好をつけすぎるあまり、矢に毒を盛る、という土人なら必ずやる必殺技を捨ててしまったことだ。 戦争に格好も何もないだろw

心頭滅却すればFIRE=COOLw
信忠の恵林寺焼き討ちも信長狙撃の黒幕の六角承禎をかくまったからだともww
本能寺焼き討ちでお返しされたそれも手下にってのも因果は巡るだwww
それにしても信長が生きてるって手紙を書いたウソツキ秀吉には天下取りのセンスがほとばしっていたねwwww

コメントする

最近のコメント







<蔵元 田中屋本店> 三年漬梅干 
17-23粒袋入 ☆メール便送料無料
塩だけで漬けた梅干しです。添加物一切ナシ。豆州楽市でどうぞ


<落合ハーブ園> なんと贅沢な、国産無農薬ハーブだけで作られた入浴剤はいかがでしょう。無添加・無着色・無香料です。


<(農)友和組合> 明治時代から愛され続けた、熱海の元祖七尾たくあん三年漬 3本入りです。


<盛田屋> 太陽と風の塩 (完全天日塩) 1kgパックです。ミネラル豊富な駿河の海水を、太陽の熱と風の力だけで作り上げた天日塩です。
ネットゲリラのTwitter
ネットゲリラのfacebook
ポルノ雑誌の昭和史 (ちくま新書)
欧米人の見た幕末日本

伊豆マラソン2014/ノーカット版

伊豆マラソン2014

チャオチャオバンビーナ

草笛リズムマシンの奇跡

帆船ライブ/スイートメモリーズ

ネットゲリラの夏祭り

ルンミーブルースバンド

チョトマテクダサイ
戦場のテディベア
on the road
追悼・宇佐英雄/柳ケ瀬ブルース

アーカイブ

  通販専用水着屋さん
  帆船Ami号
  ずっと富士山