凍頂烏龍茶

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おいらが30年来飲み続けているのが、この、凍頂烏龍茶。もっとも、30年前の凍頂烏龍茶は高かった。100gで5000円くらい、平気でつけていた。とても毎日は飲めないので、おいらはタイの山奥で作られている「偽物」を常用してました。タイの山奥では、国民党の残党が住み着いて、凍頂烏龍茶の偽物を作って、台湾に輸出していたのだ。クンサーとか言われて、麻薬を作っていた連中ですw 偽物の凍頂烏龍茶は、手摘みなのに100g1000円くらいで買えて、シアワセだったw 行くたびに3kgくらいまとめて購入してました。ところがそこ、英語でメール送っても通じないので、通販は出来ない。行かなきゃ買えません。というわけで、最近は横浜中華街で100g2000円くらいの安い凍頂烏龍茶を買っていたんだが、その値段だと手摘みではない。味はそこそこです。悪くない。コレは、北条さんのところの商品で、100g3150円の中級品です。それでも手摘みで、かなり上等な部類だ。

凍頂烏龍茶は昔からあったわけではない。歴史は浅いです。

もともと19世紀半ばに林鳳池という挙人(科挙地方試験合格者)が大陸から伝えられた茶の苗を持ちこみ、台湾の凍頂山で栽培したことがはじまりとされるが、台湾を代表するお茶として認知されるようになったのは、1970年代に経済開放政策が推進されたとき、凍頂山一帯が輸出茶の開発・栽培モデル地区として選ばれ、官民一体となって凍頂烏龍茶のブランド化が進められたことからはじまる。
1980年代に入り、製茶技術の改良により品質の向上が進んだことや、着香料を加えずにバニラの香りがする金萓種や青みのある香りの四季春種、翠玉種などの品種が開発されたことなど、凍頂烏龍茶のブランド化は着実に成功し、台湾のみならず日本においても支持されるに至っている。

昭和30年代くらいまでは、台湾は日本の下請けで、煎茶や紅茶を作っていたんですね。日東紅茶の工場は、今でも現役で使われているらしい。なので、元より、製茶技術はあったんだが、台湾茶のブランド化に成功して、大儲けw 日本とは対照的ですw で、このお茶なんだが、

HOJOの看板商品でもあるお茶です。鹿谷の標高800m付近で収穫されたお茶をしっかりと発酵することで、蜜のような、フルーツのような香りに仕上げました。凍頂烏龍とは思えない深い喉越しのお茶です。非常に高価な原料を仕入れているのですが、看板商品と言うこともあり、価格設定を抑え気味にしております。

台湾は標高2000mでもお茶が採れるので、800mではたいした事はない。おいらは静岡県人なので、濃くて苦いお茶が大好きで、コレを濃く淹れます。大量の氷とともにグラスに注いでグビグビ。台湾では、こういうお茶を氷とともに紙コップに入れて若い人が普通に飲むカフェが流行りらしい。日本でも、横浜中華街にはそんな店があります。今の中国茶ブームの基本は、この凍頂烏龍茶。中華街の名店で食事をすると、出されるのは凍頂烏龍茶が多くなった。昔はジャスミン茶だったが。

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