珠流河国

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卑弥呼というのは、あの時代にしては珍しく、死んだ年が分かっている。248年頃だと言われてますね。もちろん、中国の史書に記録があるからで、その時代、まだ日本では「年号」というのもないし、モノゴトを記録するという習慣もなかったので、中国の記録に頼るしかない。で、沼津なんだが、おいら、以前、「ヤマタイ国は沼津にあった!」と書いた事がある。何故、そう書いたのかというと、沼津には卑弥呼の時代の古墳がいくつもあるからだ。辻畑古墳というのは3世紀前半の前方後円墳なんだが、今回発掘されているのは、250年頃に埋葬された前方後方墳です。不思議なのは、この古墳なんだが、埋葬品には230年頃の物が多いそうで、年代測定が微妙です。

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検査機関による放射能検査の結果が出ました。材料の生鯖、製品、いずれも検出限界値(5ベクレル/kg)以下です。安心して食べて下さい。伊藤食品では、3年前から随時、放射能検査を行っています。

豆州楽市がお届けします。
 沼津周辺では近年の調査の進展で、沼津市の神明塚古墳(墳長約54メートル)が3世紀後半に造営された前方後円墳と判明。東隣の三島市では4世紀築造の前方後円墳の向山16号墳(約70メートル)が見つかった。西隣の富士市には4世紀築造の前方後方墳、浅間古墳(約97メートル)があり、これらの古墳は規模や位置などから古代スルガの王が葬られたとみられている。これらに先駆け、2世紀後半から3世紀前半にかけて活躍した王のために造られたのが高尾山古墳と指摘されている。

卑弥呼の時代に、既に沼津には中央政権の勢力が及んでいたわけです。これについては、おいらが解き明かしているんだが、

当然ながら、この当時の政権というのは、米作を権力の源泉としているわけです。沼津の遺跡は東熊堂というところなんだが、今でこそ陸地なんだが、割と最近までは海岸線だったところだ。このあたり、広大な泥地が広がっていて、江戸時代にはウナギやドジョウが名物だったというくらいズブズブです。初期の稲作では、そうした土地でないとコメが作れなかった。ヤマタイの為政者たちは、船に乗って海岸線を延々と探し歩き、稲作適地に「植民地」のような「国」を作っていった。もう少し時代が下がると、このあたりは「駿河の国」と呼ばれ、東熊堂からさほど離れていない黄瀬川に国府が置かれます。逆に、陸路で日本を征服して行く事を考えると、伊賀とか、鈴鹿とか、とんでもない山の中を延々と旅しなきゃならない。狼は出るし、山賊みたいなのがいるし、危険が危ない。むしろ、船でのんびり行って、稲作に適した土地だけを制圧して押さえればいいわけで、古代の政権というのはそういうモノだと思う。

古代の移動というのは、陸路より海路です。コレはもう絶対的で、山を越えるというのは大変だし、荷物も運べない。陸地伝いに海路で行けば、小さい船でも楽ちんです。それで政権は海沿いに点々と領地を増やして行った。そもそも稲作を経済の中心に据えた政権なので、当時は水利の悪い山の中では稲作は出来ないし。大規模な灌漑設備を作らない限り、自然のままで稲作が可能なのは、海に近い場所です。沼津に根方街道というのがあるんだが、愛鷹山の麓、山裾を通る道です。これが古代には、「海沿いの道」だった。ここより南は、ズブズブの泥沼みたいな土地です。いまだに地盤が悪くて、工事をやっていたブルドーザーをひと晩置いといたら、沈んでしまって、とうとう引き揚げられなかった、という話もある。それでも、海から小舟で上陸するには好適だった。ズブズブの沼地というのも、古代の稲作には都合が良い。卑弥呼の時代、まだ関東平野は野蛮人の巣だったが、珠流河国(スルガ国)は既に、中央政権の出先機関だった、という事です。こうした最古期の古墳というのは、近畿や九州だったらいざ知らず、静岡県では極めて貴重だと思うんだが、沼津人は野蛮なので、保存しないで壊しちゃうらしいw

コメント(8)

モナ男さんに陳情すれば、遺跡残るんでは?
それくらい頼んでもバチは当たらないんじゃないかと。

沼津は渡部周だ。

読売渡辺臭に頼んでも・・・無駄でしょうね。。。

>沼津人は野蛮なので、保存しないで壊しちゃうらしいw

だからぬまっきなんじゃね?www
そこになんか建てても廃墟確実www駅前が衰退してるのにバカ丸出しwww
バカしかいねーよなwww

>ヤマタイ国は沼津にあった

 卑弥呼は、日御子(ひみこ)とも書けるようでして、天照大御神、つまり皇室のご先祖様ということかも。ぬまっきごときが皇室のご先祖とは信じがたいですが、事実なら受け入れるしかない・・

>最古期の古墳・・・沼津人は野蛮なので、保存しないで壊しちゃうらしいw

 やばいものが見つかると困る、という勢力が暗躍してたりして・・

「日本の「三種の神器(じんぎ)」の一つ「八咫鏡」に、
神の御名を示すヘブル文字が記されているというウワサは、はたして本当か。」
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/099yata.htm

>>沼津は渡部周だ。

うーん、残念!
かくなる上は、全国の考古学科の学生総動員かけて
遺跡の周りに塹壕掘らせて立てこもり作戦でもしますか。
考古学会の本気を見せなくちゃ!

一県一邪馬台国運動推奨

北海道だけはちょっと無理があるけどw

邪馬台国は非常に小さな国だったという前提で所在地論争がおるわけですが、大和朝廷の前朝廷とするならば支配圏は意外に大きかったのかもしれません。
つまり論争のある地域はいずれも邪馬台国の一部であった可能性はあるということです。

あとはその本拠(首都)がどこかということなのでしょうが、
おそらくそれは現代と違って転々としていたはずです。
大和朝廷になってからも遷都は非常に頻繁に起こっています。
北九州も近畿も駿河も本拠になっていた時期はあるかもしれません。

ちなみに遺跡はどこも断片的にしか残っていない、発見されていないというべきでしょう。沼津だけではありません。
陵墓はもちろん、かつての村落に至っては近畿や中国など田圃をひっくり返せば必ず何か出てきます。いちいち全部発掘調査をしていたら住むところがなくなるわけです。

奈良の旧そごうなど田圃をひっくり返すと長屋王の邸宅が出てきて工期が五年ストップしています。そのうちにバブルはじけてそごうはイってしまいました。
狭い日本、過去を確かめるのはもっと人口が減ってからでないと無理そうです。

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