金谷農兵隊と民々亭

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反射炉は、平日でも通常の4倍という人出だそうで。もっとも、普段の平日なんてほとんど人がいなかったので、4倍と言っても知れたもんだがw ちょうど今の時期は、茶摘み体験で、TVのNEWSでは観光客のオッサンが茶摘み娘の格好をして遊んでました。で、今回は「金谷農兵隊」というお話です。金谷というのは、韮山の江川邸のすぐ裏にある集落です。ここは、日本の「近代式軍隊発祥の地」です。「回れ右」とかそういう掛け声もまた、江川さんとその一派が作ったモノです。この、金谷集落の百姓たちが作った「農兵隊」は、イギリス船マリナー号を追い返したり、百姓一揆を鎮圧したり、幕末の日本で大活躍。ペリー提督が来た時にも、提督の前で堂々の行進をして見せている。日本の近代化は、まさに、この伊豆の片隅から始まったのだ。


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金谷農兵隊と民々亭/2009/9/28

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屯田兵というのがありまして、まぁ、言うまでもない、北海道開拓のために明治政府が失業士族を送り込んだんだが、Wikipediaを見ても

屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の警備と開拓にあたった兵士とその部隊である。明治7年(1874年)に制度が設けられ、翌年から実施、明治37年(1904年)に廃止された。

と書いてあるわけです。ここで注意しなきゃならんのは、屯田兵というのは「兵」だという事ですね。実際には農業に従事しているんだが、あくまでも「兵」です。何のための「兵」なのかというと、「警備」だというんだが、北海道には、ほとんど戦力というモノを持たないアイヌ以外には、熊とか蝦夷鹿くらいしか警備対象がないと思うんだが、その当時の政府は、ロシアが北海道に入ってくるのではないか? と警戒していたわけです。

日本の開国というと、ペリー提督がすぐに名前あげられるんだが、その頃はロシアのプチャーチン艦隊もしきりに、日本進出を窺っていたわけだ。それはディアナ号事件で表面化するんだが、その前から幕府は警戒していた。そこで、

幕府がなにも手を打たなかったわけではない。開明派の老中・阿部正弘は嘉永四(1851)年四月、江川坦庵に下田警備を明治、翌嘉永五年九月、坦庵の盟友で尚歯会のメンバーでもあった川路聖謨を勘定奉行に抜擢する。また、おなじ年、八王子千人同心に対して、北方警備のための蝦夷地移住を命じている。これに応え、二男、三男や厄介など、多くの同心関係者が嘉永五年から六年にかけ、屯田兵として蝦夷地に入植した。この入植は、寛永一二(1800)年の最初の移住に次ぐ大規模なものであった。

例によって、上のAmazonリンクの
未完の多摩共和国という本からです。ちなみに「厄介」というのは「当主の扶助を受けている非血縁の縁故者」だそうで、居候みたいなもんですね。

まぁ、江川さんの「農兵隊」というのもそうなんだが、この頃は現実に制度が追いついてないわけで、現実に、最新式の鉄砲で武装した民兵が軍事訓練はじめて、時には外国船追い払ったり、百姓一揆潰したり、そんな活躍しながらも、なかなか「農兵隊」というのは制度としては認められてない。屯田兵というのも、同じですね。1852年には既に北海道に「千人同心」という半農武士階級が北方警備のために入植しているわけです。

この、幕府の心配が杞憂でなかった証拠には、ディアナ号という、当時世界でも有数のロシアの軍艦がほどなく下田に訪れるんだが、安政の大地震で津波に巻き込まれ、大きな被害を受けるわけだ。そこから、逆にロシアの協力で、日本初の本格的洋式帆船戸田号を建造し、日本造船界に多大な功績を残すという経緯についてはまだ別に書くとして、だ。話はペリー提督です。

歩兵銃隊は専業武士団によって組織されるものではない。徴兵された平民によってである。とすれば、彼らの戦闘意欲はいったいどこから生まれるのか。我が身を自ら守ろうとする自然な思い。自らが願い、自らが決定した事項の責任ある追求。これなくして強固な歩兵銃隊を創出することは出来ない--坦庵やその周辺はこのころ、確実に共和思想を抱くようになっていた。そのイメージは明確ではなかったが、〈将軍にはいずれ退いてもらい、公論を取りまとめる議会(代議院)がこれに代わる〉という将来像であった。

そういえば、北海道に逃れた幕府軍の残党は、蝦夷地に「共和国」を作るわけですね。明治政府が、実際には薩長の独裁政権であったのと、大きく違っているわけです。で、こうした「共和思想」とか「民主主義」というのは、外国船に救助された漂流民たちから聞き書きした役人たちの中から伝わったモノらしいんだが、特に、江川坦庵公の場合はジョン万次郎を配下にしていたわけです。ジョン万次郎というのは若くして漂流し、アメリカ船に拾われ、アメリカで高等教育を受け、出世して自らの捕鯨船まで手に入れるんだが、日本の攘夷政策がアメリカで不評なのに心を痛め、改めさせるために帰国した、という人物です。この男を、坦庵公は「専属通訳官兼外交顧問」として抱えるわけだ。

さて、そこにペリー提督がやって来て、いよいよ交渉が始まるわけです。当時、徳川幕府にはほとんど英語をしゃべれる通訳官がいなくて、その点ではジョン万次郎はうってつけだったんだが、水戸斉昭が猛反対する。万次郎はアメリカのスパイだ、というのだ。まぁ、このオヤジは守旧派であり、開明派の坦庵が大嫌いで、実は、坦庵を暗殺したのがコイツだという噂もあるほどなので、まぁ、アレだ、江戸時代にも「抵抗勢力」というのがいたんですね。

阿部の急使に「斉昭の反対があるので、交渉に万次郎を使うのは控えるように」と伝えられた坦庵は、翌日の二四日、再び阿部と面談。万次郎の採用は表向きには見送られたが、ペリー側の報告(「米国艦隊遠征記」)には、万次郎を伴った坦庵との交渉が記録されている。
「米国遠征記」によれば、江川坦庵はこの秘密交渉の中で、日本が開国したらアメリカも日本に国を開くのか、アメリカに土地を持つ(拠点を置く)ことができるのか、と問うている。「なぜそれを望むのか」とペリーが質すと、坦庵は「アメリカの政治制度の研究所を作りたい」と答えたという。民主共和制や大統領制などを学びたい、というのである。
 ペリーはこの言葉にいたく感動し、即座に用地の提供を約束し、「ビバ、友邦・日本共和国!」と叫んだといわれる。

以前、おいらも書いたんだが、坦庵公は「民々亭」と名乗っていたわけです。また、江川さんに限らず幕府の開明派というのは、立憲君主制の明治政府よりずっと新しい「民主制」を志向していた。日本は、明治政府によって「進歩」したのではない、むしろ「退化」したんですね。

そして、このペリー提督との交渉時に、坦庵公が育てた「金谷農兵隊」が公式の場での初デビューを飾ります。鉄砲隊を中心とした金谷農兵三〇名に、江川の家臣一四名が加わって、堂々の行進です。ペリー提督側はフリントロックの銃だったそうなので、傍装式雷火銃の農兵隊の方が装備は上等ですねw まぁ、ペリー艦隊には日本中が仰天したんだが、実際には石炭の補給ルートもないし、日本側の軍備もそれなりにあったわけで、アメリカ側としても、実は軍事的に日本を制圧する余裕なんかなかったんですけどね。

コメント(3)

これを失敗してると「ハワイ(島)の歴史」が実体験できたのにw
蝦夷は大黒屋光太夫の帰還により北の守りがクローズアップされたと思うのw

>水戸斉昭が猛反対する。・・・守旧派であり、開明派の坦庵が大嫌いで、実は、坦庵を暗殺したのがコイツだという噂もあるほど

 筝曲を所望され、辞しきれず弾いたところ、武骨な風体に似合わぬ悠揚として迫らぬ見事な演奏だったとか。

 坦庵は、高島秋帆流砲術の門下で、ドンドル銃もさることながら、黒船到来2年前から晩年にかけては直接照準で炸裂弾を水平射撃できるペクサン砲の開発製造に携わったようです。

「1851年(嘉永4年)に会津藩が江戸湾(富津台場)の防備を命じられると、江川英龍に150ポンド(17貫300目)ペクサン砲の鋳造を依頼している。当時は音をとって「伯苦斬刪砲」、またはその特徴から「暴母加納」(ボム・カノン)と呼ばれていた。
1853年(嘉永6年)のペリー来航の際、ペクサン砲を搭載した米国軍艦に乗り込んだ浦賀奉行所与力中島三郎助は、その大砲がペクサン砲であることを見抜いたとされている。」(ペクサン砲 wiki)

(ペリー来航とペクサン砲)
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2551.html

江川氏への思い入れ 熱いものがありますね。
狙いは 『大河』ですか。
今の長州より 面白いのができるかも。

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